表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/50

雨上がり 後

一番近くのベンチに移動し、サンドイッチと水筒に入ったリゴーで昼食タイムとする。



「煮詰まったときは、何か腹に入れた方がいい。空腹だとろくな考えが出てこない」


大きなサンドイッチをモリモリ食いながらロイルが言う。


俺も負けじと大口を開けて噛り付き、水筒のリゴーをグビグビ飲んだ。

号泣したせいで、喉がカラカラだよ。


泥まみれの体が不快だが、食事の効果はてきめんだな。


荒れ狂っていた過去の記憶達が、サンドイッチを飲み込むごとに、俺の中で新しい居場所を見つけて収まっていくような気がした。


俺はルジンカだったのかもしれないが、今は木村広だからな。

あんまり振り回さないで欲しい。




「記憶が戻ったのか?」


黙々と飯を食う俺に、ロイルが話しかけて来た。


「一部分だけです。・・すいませんでした。諸々《もろもろ》」


王子様には無礼だが、顔を見ないように返事をする。

あの青い目はまだ危険だからな。


「かまわない。元をただせば私のせいだ」


あっという間に1人分を完食したロイルが、新しい包みを開けながら言う。


サンドイッチはかなりデカいんだが、こいつは2人分買ったらしい。

瘦せぎすのわりによく食う。


重い女を振るのは大仕事だろうからな。

食い物を準備しておいたのは正しい。



「ああいう修羅場よくあるんですか?」


まだボーっとする頭で、なんの気なしに聞く。


「・・あるわけないだろ。身が持たない」


新しいサンドイッチをかじりながら答えるロイル。

よく見ればこいつも疲労の色が濃い。


振られた俺はもちろんボロボロだが、振る方もゼロダメージとはいかないらしいな。

お断りを引き伸ばしていてた気持ちもわからないでもない。





「シズンティカを見せない方がよかったか?」


ロイルが問う。

俺の頭の花を見ようと視線を向けてきたので、目が合わないように顔を背けた。


どうなんだろうな?

この花を見に来たせいで振られたしな。

俺の心もめっちゃ振り回された。

服も顔も泥まみれだし、不本意な初チューまでしている。



でも、ありがとうと言われた時、報われた気がした。


髪に挿してもらって嬉しかった。


それは事実だ。

シズンティカが無くたって、そのうち振られていたのは間違いない。

だから、



「良かったんだと思います。見せてもらえて。髪にも挿してくれてありがとうございます」



この時だけはロイルと目を合わせ、そう礼を言った。



正直、本当に良かったのかまだよくわからない。


ルジンカは失恋したが、普通ならこれで前に進めるわけだ。

しかし、今は俺がルジンカだからな。

前もクソもない。


木村広としてはマジでクソ迷惑だった。


なのにクソ迷惑と言い切れないのは、俺がルジンカだからか。

ベアドの奴に言わせれば、そういうことになる。


なんとも複雑だった。



「そうか。そう言ってもらえると救われるな」


ロイルは食いかけのサンドイッチに目線を移し、しばしうつむいていた。


肩の荷が下りてホッとした、という様子でもない。

あんなに泣かれれば普通に気も滅入るだろう。


「シズンティカがよく似合っている。言いそびれていたが」


それだけ言うと、思い出したようにサンドイッチの残りを口に押し込んだ。





ふと周囲を見回すと、バラ園には俺達だけだ。

チラホラいた生徒達の姿が見当たらない。


気付かなかったが、もう昼休みが終わってるのもかもしれない。



服もドロドロだし、これ食い終わったら今日はもう帰ろう。





「ところで、さっきの話は本当か?」


リゴーを飲みながらロイルが問う。


「さっきの話?」


「ベアドのことだ」


そう言われて、ようやく俺は思い出した。


あれはマズかったよな。

頭に血が昇っていたとはいえ、このままじゃあいつの将来に影を落としかねない。


「あれは、全部嘘ですわ。兄はそんな人じゃありません」


きっぱりと否定しておく。


「ずいぶん具体的だったが・・」


ロイルが真意を確かめんと俺の顔をのぞき込んだので、サッとそらす。


今は極力目を合わせたくない。

落ち着いたばかりの俺の感情は、脱皮したてのザリガニ状態だからな。



「本当に全部デタラメなんで。ああ言えばロイル様が心配して、私を振るのを躊躇ちゅうちょしてくれるかもと思いましたの」


振る、という言葉に再び胸が強くうずき、涙がにじむ。

慌ててバクリとサンドイッチを頬張ってやり過ごした。

マジで下手な話題は危険だ。


「“おかず”なんて言葉どこで知ったんだ?」


「学校の性教育の授業です」


「お前は記憶喪失だろ?」


「そこだけは何故か覚えてたんです。そういう話好きだったみたいで」


「先月の舞踏会で転倒したとき、“複数の男に靴下を見られたから、妊娠したかもしれない”と泣いていたらしいな。男連中の間で噂になっていた」


「覚えてませんが・・」


「記憶を失う前のお前が“おかず”を知っていたとは思えない」


めっちゃこだわるな。

お前の嫁になるわけでもない女の性知識なんてどうでもいいだろ。


「本当に兄は無実です。取り乱した時の言葉なんて忘れてくれません?どっちにしたって、ロイル様にはもう関係のない話です」


イラっとして答える。


「そうかもしれないな。すまない」


ロイルが俺に注いでいた視線を景色に移す。


「お前と結婚することはできないが、私がさっき言ったことは本当だ。ルジンカの今後の幸せを願っている」


前を見ながら、静かに言った。



やめてくれよ、そーゆうの。

胸のうずきがいっきに蘇る。


さっきのような激しさはないものの、無視できるほど控えめでもない。

せっかく、サンドイッチで押し込んだ涙がまた溢れ出す。


これが失恋の痛みか。

まさかこういう形で知るとはな。

俺の失恋じゃないんだが・・・



せっかくだから今度アーニャちゃんに慰めてもらおう。

あの胸に顔を埋めるチャンスだしな。




泣くことに麻痺し、涙をぬぐうこともせず放置する。


そんな俺を見かねたのか、無言のロイルが今度こそ自分のハンカチを差し出してきた。




俺達以外の人影が無くなったバラ園に、新緑の薫りを乗せた風が吹き抜ける。

枯れゆくシズンティカの葉を揺らし、ロイルの金髪を揺らした。


「その髪のウェーブ、ホントに寝癖なんですか?」


なんとなく聞いてみた。


「そんなわけないだろ」


こちらを見たロイルがかすかに笑う。


ロイルに関する記憶のほとんどは思い出せないままだ。

いつ惚れたのか、どんな歴史があったのかもわからない。


だが、今まで自分に向けられてきたであろう数々の表情の中で、この笑みがきっと一番自然で優しいものだ。


なんの根拠もないが、そう思った。


胸の痛みが、また新しい涙を生む。



俺はサンドイッチの包み紙を丸め、アーニャちゃんの巨乳に見立てて顔に押し付けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ