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ヒロシとルジンカ

朝と晩に、おっさんの執務室で鉢の予知を確認する。

夕飯の前か後で家族会議を開き、1日の振り返りや翌日の対策を練る、というのが最近のリズムになりつつあるな。



この日は鉢の予知に変化は見られなかった。



「お兄さんの指示通り、今日は楽しくお茶を飲んだだけだったよ。ロイル王子とは目すらほとんど合わないしさ。リコピナと仲良くしてくれって言われてたから、午後の授業を誘って一緒に受けたんだ。リコピナはスゲーいい子そうだったけど、まだたいした話はできなかったな。あんまり収穫なかった」


夕飯後の会議で、俺は今日1日の学校生活を、こう報告した。


都合の悪い部分を全部はしょった結果、ろくな情報が残らなかったんだよ。


嘘はついていない。

医務室ではカーテン越しだから目なんて一度もあってないしな。



茶会でリコピナのおっぱいマッサージを予約したこと。

靴下を脱ぎ、生足で飯を食っていたこと。

エロ話に花が咲き、アーニャちゃんがおかしな誤解をしたこと。

裸足でデカパイを揉んで卒倒したこと。

医務室で靴下を落とし、オレオンに拾われたこと。

ロイルとカーテン1枚の距離で、パンツ脱いで靴下を履いてみせたこと。

ロイルが意外と俺の足をチェックしていたこと

王子様をエッチと攻め立てたこと。


どれも、ベアドの前で言う勇気が出なかった。


「問題がなかったならなによりだ。リコピナに接近できたのもよかったな。」


ベアドもあっさり納得した。

茶会でのリコピナとロイルの様子などを説明する。


新回復薬の延期の公表は明日だ。

今日はこのまま家族会議が終了かと思われた時、おっさんが予想外の情報をもたらした。



「ウェイド様が、一昨日おとといお倒れになったらしいよ」



うなるように明かしたおっさんに、俺もベアドも息を詰める。


ベアドの父、アントシア伯経由の情報らしい。


一昨日と言えば、王子にゲロった翌日の休みの日。

俺らが延々と家族会議にいそしんでいたころだ。


「昨日中には回復されて、仕事に復帰されたようだけどね。もともとお体があまり丈夫な方ではないから、体調を崩されるのは珍しくないんだよ。・・・・ただの偶然ならいいんだけどね」


タラコ唇の輪郭を指でなぞりながら補足する。

関係ないけど、その指絶対洗えよな。


「タイミング良すぎだろ・・」


冷水をぶっかけられたみたいに背筋が凍った。


「どんな状況でお倒れに?」


ベアドが問う。


「そこまではわからないね。エディも人づてに聞いたらしいし。情報収集してみるよ」


話す2人の様子を見守り、俺は微妙に不安になった。




解散後自分の部屋に戻り、再度こっそり執務室に舞い戻った。


一応おっさんには今日のことを話そうと思ってね。

ベアドの耳に入れても平気か確認もしたい。


ロイルの立ち位置がわからない以上、ささいな情報でもヒントになるからな。

我らがブレーン、ベアド君には、出来る限り正確な情報を渡して思索に励んでもらいたいところだ。




さっき部屋に帰ったばかりの俺の来訪に、おっさんは驚いていた。

上記の理由を説明し、本日の学校生活の詳細を全て話す。


「・・・というわけで。これをそのまま伝えていいものか、パパの判断を仰ぎたかったんですよ。王子の好感度とか、暗殺に関わっているかとか意見は聞きたいんですけどね。またわけのわからないこと言い出されても困るし」


おっさんは目を見開いて俺の話を聞いていた。


「・・・なんというか・・・パパもびっくりだよ。靴下はもう脱いじゃダメだよ・・・?」


「すいません。前の世界じゃ女子は太もも丸出しで歩いてるのが普通だったんで」


「すごいね、行ってみたいなぁ」


素直な感想を口にするおっさん。

なんか嫌だな。

自分の事を棚に上げ、キモいと感じる俺。


「とりあえず情報共有は大事だからね。ベアドにも伝えるべきだと思うよ」


テーブルセットのソファの上で、腕を組みながら言う。


「俺もそう思うんですけどね・・・ロイル王子の前でパンツ脱いで靴下履いたとか、冷静に聞いてくれますかね?」


「・・・・大丈夫そうだよ。一応・・」


おっさんが目だけ動かし、執務室の奥をチラリと見る。


??

今、変な言い方したな。


俺もつられて視線を動かし、ギョッとする。


執務室の奥にある、応接室。

その扉が半分ほど開いており、長い足を組んで座る、黒髪の男が見えた。


「げ!?お兄さん、いつからそこに!?」


「最初からだ」


応接室から憮然ぶぜんとした表情のベアドが出てくる。


「は!?・・え?・・・パパ?」


おっさんに説明を求めたが、サッと目を逸らされた。

裏切りやがったな!


「お前の注意力が散漫な証拠だ。ドアは開けていたぞ」


俺の隣の椅子にドカリと座りながら言う。


「ルジンカ。隠し事はするな。どんな情報が死の予知に繋がっているかわからないんだ」


俺の目を見て真剣に語る。


「いやあ・・すまん、なんか、言いづらかったんだよ」


「お前が破廉恥な振舞いをすることくらい想定内だ。どんなことでも必ず話せ。これは全員の命がかかっている」


嫉妬で取り乱す様子もない。

どうやら、本当に頭を切り替えたんだな。


「そ、そうだな・・・了解だ。・・・しかし、ビビったな。いるならいるって最初に言えよな」


こいつもだが、おっさんも人が悪い。


「さすがだなぁ。本当に戻って来たよ、ルジンカちゃん」


裏切り者のおっさんが口を開く。


「え?」


「ベアドは、ルジンカちゃんは後で絶対戻って来るって、待機してたんだよ」


「お前、怖・・」


「あんな嘘くさい報告を信じるわけないだろ。食堂でもアーニャ達と大騒ぎしていたのが聞こえたぞ」


ベアドは手に持っていた書類をガサガサめくる。


「にしても、すごいな。人は記憶が無いと、こうも思い切った行動ができるんだな・・・」


さっき俺が話した学校での出来事をメモしていたようだ。

しみじみと呟く。


「とても同一人物の所業とは思えないよね。以前のルジンカちゃんは申し分の無い淑女だったんだよ。覚えてないと思うけど・・・」


おっさんが同意したにもかかわらず、ベアドは否定した。


「いいえ。むしろルジンカらしいのかも・・・これは、ありのままのルジンカの行動ともいえる・・・」


メモに目を落とし呟く。

横から覗くと、メモの字はミミズがのたくったように乱れていた。

めっちゃ動揺しながら書いたんだろう。


「え!?何言ってんの・・・ルジンカちゃんは学校で靴下脱いだり、友達の胸揉んだりするような子じゃなかったでしょ?」


おっさんがギョッとする。

雲行きが怪しくなってきたな・・・


「淑女であろうとすることで、ルジンカは全力でロイル様を追いきれていなかった・・・本心では靴下でもパンツでも脱いで見せてやりたいと思っていたのかもしれません・・・胸のサイズにも悩んでいたのか・・・僕はその辺を汲んでやれなかった・・・」


ベアドが悔しそうに唇を噛む。


「いや、いや、そんなバカな・・・!何を汲むんだよ!ルジンカちゃんにそんな発想はなかったろうし、いつでも十分全力だったよ。ロイル様の川釣りに同行するときだって、上流で生きのいい魚を放流させたいとか言い出して、君も面食らってたじゃないか」


「釣った魚をおかずにするのと、靴下をおかずにするのじゃ男の気を引く効果は比べ物になりませんよ。今後しばらく、ロイル様のおかずはルジンカの靴下でしょうからね。カーテンの向こう側の!」


ベアドが吐き捨てるように言う。

お前も散々おかずにしてるくせにな。


おっさんは沈黙した。



「それに、リコピナの淑女らしからぬ言動がロイル様に受けていたようですし・・気安い雰囲気が有効なら、今のルジンカにも勝機はあります。むしろ、記憶喪失であることは好都合か・・・・危なっかしさを演出して、心配させるなんて今まで試したことなかったよな。とにかく、なかなか好調な滑り出しだ。よかったな、ルジンカ」


満足げに頷き、俺を見るベアドへの不安感な。

たぶん、こうやっていつもルジンカを励ましたり、相談に乗ったりしていたんだろうが・・


「・・・最後に王子を「エッチ」って責め立てちゃってさ、微妙な空気になったんだよな。なんかフォローすべきだと思うか?」


一応相談してみる。


「放っておけ。いい思いをしたのはあっちなんだ。ここでご機嫌伺いなんてしたら安く見られる。お前のそういうところはちっとも変ってないな。放っておくと、すぐロイル様一直線だからな」


小さくため息をつくベアドに、俺の不安はMAXになる。


「あのさ、お兄さん・・・・たぶん平行線になるからあんまり言いたくないんだけどさ。俺はルジンカちゃんじゃないからな?木村広だからな?」


無駄だと知りつつ、念押ししておく。

おっさんが「やめろ」とアイコンタクトしてくる。


ベアドはテーブルにメモを置き答えた。


「お前はルジンカだ」


ほらな。


「別人じゃないかもしれないけど、同じじゃないって意味だよ」


「同じだ。お前は忘れているだけだ・・・またこの話をするのか?」


「する。ルジンカの記憶がなくて木村広の記憶があるなら、もう中身は木村広だろ?」


「キムラヒロシの記憶に変わったルジンカだ」


ベアドの目には迷いがない。

どこまで本気なのかわからないな、まったく・・


「じゃ、その辺の野良犬が「自分はルジンカだ」って言って来たらどうよ?シカトすんのかよ?」


「犬はしゃべらないだろ」


「うるせーな、例え話だよ。雨の中放り出して、オス犬に尻の臭いかがれてても放置するのかよ?

助けて~、交尾されちゃう~っ」


「やめろ、ふざけるな!!そんなオス犬は去勢してディエル大陸から叩き出してやる!!!」


声を荒げたベアドがテーブルを全力でぶっ叩く。

カップの中のリゴーが跳ねて、メモを濡らした。


「だろ?じゃ、その犬はルジンカか?」


「そう主張しているならそうかもな・・・」


「・・・いや、おかしいだろ!だったら俺が木村広だっていう主張も認めろよ」


「お前は犬じゃないだろ。明らかなルジンカだ」


「なんだよ、明らかなルジンカって・・・」



ベアドが俺に向き直る。


「ルジンカ。僕をベアドと呼ばないのはなぜだ?父上をお父様とも呼ばないな?喋り方もちっとも直さない」


「は?だから、それこそ、俺が木村広だからだろ?」


おっさんが「私はパパのままでいいよ」と口を挟むのをシカトして答える。

ベアドの眼差しが鋭くなった。


「それは、お前がルジンカだからだ」


「??・・なにがどーなるとそんな考えになるんだよ?」


「キムラヒロシにとって初対面であるはずの僕らに家族の情を持っている。親しいからこそ我を通せる」


「それは・・・一応、お兄さん達のことは記憶にあったからな?」


「同時にルジンカの記憶をこれ以上思い出すことを恐れているんだ。無意識のうちに以前と違う行動を選択しているのは、防衛本能の現れだ」


「いや、それはねーわ・・・こじつけがすぎるよ」


ベアドを名前で呼ばないのだって、“お願い☆ベアド”の温存だしな。


「思い出したら、キムラヒロシじゃいられなくなる。ルジンカの時にできなかったことが、今のお前にはできるからな・・・。手放せない気持ちがわからないでもない」


「・・・すまん・・・もう、意味不明だわお前。」


「どれだけ自分を騙しても、お前はもうキムラヒロシじゃない。もっとルジンカの記憶が戻れば必ず気づく」


力強く言い切るベアドの声には凄みがあった。


「すでに、ルジンカちゃんの記憶が一部あるけどさ、それで俺が揺らぐなんて思ってないぞ?」


「揺らがないようにしているんだ。だから、僕を名前で呼べない。しゃべり方も直せない。キムラヒロシであることにしがみついている」



すごいだろ。

見事な平行線だ。



「あのさ、目玉焼きと卵焼きで考えてみろよ。どっちも元は卵だけどさ、別の料理だろ?」


「それは思い違いだ」


「思い違いじゃねーよ!全然ちげーだろ!」


俺のつっこみに、ベアドはひたいに手を当てて語る。


「全然でもないだろ。どっちも油と卵だ。・・・・そうじゃなくて、例えが間違っている。僕はルジンカの人格とキムラヒロシの人格が同じものだとは思っていない。ただ、今僕の目の前にいるお前がルジンカだと言っているだけだ」


「・・・なにが違うんだよ・・・?」


「キムラヒロシはルジンカの前世だ。その生涯を終えた後、ルジンカの人生が始まった。


ルジンカという存在は、キムラヒロシを経験済みだが、キムラヒロシはルジンカの人生を未経験だ。

つまり、情報量からいっても、2つは同等の存在じゃない。


キムラヒロシを名乗るお前は、確実に、一度はルジンカの人生を経験している。

ルジンカの記憶を思い出しているのがその証拠だ。

よって、お前はキムラヒロシとは言えない。


キムラヒロシの記憶が上辺に出て来てるだけで、お前はルジンカだ」



・・・・・・俺にはもうわけがわからない・・・

なんだよ、経験済みとか、未経験とか。

セックスの話かよ。


こういうのはもっと感覚的なものだろ?

なんぼ理屈をこねられても、自分をルジンカだなんて思えないね。





「なら、なんで昨日愛してるって言ってくれなかったんだよ?寂しかったぜ?」


気を使ってやるのも面倒になった。

テーブルにヒジをついて頭を乗せ、投げやりに聞く。



「・・・・・・・・・・・」


さっきまで饒舌じょうぜつに喋っていたベアドはうつむき、押し黙った。


「ルジンカちゃん!」


「いや、でもこういうのは、はっきりさせないと・・・・どうなんだよ?」


ハラハラしているおっさんの制止をかわし、返答を迫る。


ベアドは床に視線を落とし、口を引き結んでいたが、やがて答えた。



「・・・・・・・・・・愛してないからだ・・・」



絞り出すような声だった。

意外な返事に驚く俺。



「え・・・・・?お前、ルジンカちゃんのこと好きなんじゃないの?」



「・・・・そうだ・・・・好きじゃない・・」



「いや、いや。そりゃさすがに嘘だろ。無理があるよ」


しかし、ベアドは顔を上げ、首を横に振る。


「嘘じゃない。僕はルジンカを好きでもないし、愛してもいない」


俺の目を見てきっぱりと言う。


「お前、よくそんなことパパの前で言えるな?」


「事実だ」


「じゃ、なんで昨日あんなに取り乱したんだよ?」


「・・取り乱してなんていない。婚約の確認をしただけだ」


「ルジンカちゃんを妹とは思ってないって言ってたじゃねーの」


「そうだ。妹じゃない」


「じゃ、どう思ってたんだよ?」


「ルジンカだと思っている。・・・いい加減しつこいぞ」


ベアドが苛立たしげに俺を睨む。


なんなんだよ?

この、とりあえず「ルジンカだ」って言っておけばいい、みたいな流れ。

俺も使おうかな?


「つまんない嘘つくなよ。好きだったんだろ?たぶん、ルジンカちゃんだって、ぜってー気づいてたと思うぞ?」


「・・・・・・」


ベアドは再び黙秘した。


「・・・・・さあな。知りたければ自分で思い出したらどうだ。この話はもうしたくない」


ふいっと顔を背ける。




「はい!そこまで!この話はもうやめやめ!」


おっさんが割って入る。


「ルジンカちゃんが誰なのかっていうのは、すぐ答えを出すべきことじゃないよ。時間がかかる。今日はもうやめよう。いいね?」


そのまま家族会議は強制終了となった。





「ルジンカ。とにかく、明日以降も隠し事はするなよ」


ベアドはそう言い置いて、執務室を去っていく。

隠し事して欲しくなかったら、言いやすい環境つくれよな。

マジで。




おっさんはそれを見送ると、ため息をついて俺を見た。


「わかったと思うけど、ベアドはまだまだ混乱してるんだよ」


「想像以上でしたね・・・・ルジンカちゃんのことも好きじゃないとか言ってましたし・・」


「そんなわけないと思うんだけどね・・。魚の放流だって、結局ベアドが使用人を引き連れてやってたし、パーティーともなれば、王子の周りに群がる女の子に片っ端から声をかけて踊りまくってね。

ルジンカちゃんのライバルを減らしてあげる役割を買って出てたんだ。


ウェイド王子が迫ってきたら盾になってあげてたし、ルジンカちゃんの陰口を言う女性には、歯の浮くようなセリフでご機嫌取りして・・・本当にいつも一生懸命だったよ」


それでもプレイボーイと呼ばれることもなかったのは、著名なシスコンだったからだという。


恵まれた容姿をそんなことに使ってたなんてな。

涙ぐましい。



「何考えてるんですかね?坊ちゃまは」


俺の問いに、おっさんは再びため息をつく。


「・・・まあ、ベアドは大丈夫だよ。たぶん・・・・私的には、ルジンカちゃんの方も心配だけどね。これから先の人生は長いよ。死の予知を解決できたとしたらだけど・・・」


意外なことを言われ、おっさんを見つめる俺。


「ルジンカとして生きていくなら、ルジンカであることを受け入れてみることも試してほしいかな。少なくとも1回くらいは」


サラリと言われた。


「パパは、俺のことどう思ってるんです?」


ちゃんと聞いたことなかったな。そういえば。


おっさんはテーブルの上で組んだ自分の手を見つめながら言う。


「・・・答えは出ないね。まあ、基本的には“キムラヒロシになったと思っているルジンカちゃん”だと思ってるけどね。君が本当にキムラヒロシなのか、ルジンカちゃんなのかは、私にはわからない」


ベアドと大差ないでしょ?と俺を見て微笑んだ。



それと、これはベアドにも言ったことだけどね、と前置きをして続ける。


「私は親だからね、いつかルジンカちゃんの手を離さなきゃならない存在だ。どんな形でも、その後のルジンカちゃんの人生が幸多きものであれば、それでいいとも思えるんだよ・・・。


その点、ベアドは違う。手を取り合い、共にこれからを歩んでいくかもしれない立場だ。私と同じ様に割り切れないのは仕方のないことなんだよ。今のルジンカちゃんが何者なのかは、とても重要なことだ。彼にとってはね」


おっさんは静かに語った。


「ルジンカであることを受け入れるって、どういうことですかね?」


この言葉が少しひっかかった。


「いやいや、別にそんなに難しいことじゃないよ。ただ、自分はルジンカだと思うだけでいいんだよ」


俺に問われたおっさんは、顔の前で手をヒラヒラ振ってみせた。


「肉体的には完全にルジンカちゃんだからね。中身の人格が誰かという点は、君が決めればいいことだと思うよ。キムラヒロシだと思うなら、君はキムラヒロシだ。ルジンカだと思えば、ルジンカだね」


「それで何かが変わるんですか?」


いまいちピンと来ない。


「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。でも、ベアドが言っていた、キムラヒロシであることにこだわっている、という点は私も同感だね」


別に責めているわけじゃないよ、とおっさんは言い添える。


「ただ、もっと自由になっていいということだよ。自分をルジンカだと思うことで、今とは違う考え方もできるようになるかもしれない。

どちらか一方であり続ける必要もないとは思うけどね。両方の自分を肯定していいんだよ」



さすがは予知のトップだよな。

記憶や人格に対する考え方の受け皿がデカいよ。

ベアドもいつかこんな風になれるのかね?



「でも、ルジンカちゃんの記憶ほぼないんですけどね?それで自分をルジンカだと思うのは、だいぶ無理があるというか・・・自分で自分をどう思うかコントロールするのは難しいんですが・・・」


俺には、自分が木村広だという確固たる自信があるからな。

37年分の記憶が、アイデンティティーをバッチリ支えている。

ちょろちょろ沸いて出てくる小娘の記憶なんかに、左右されるはずもない。


おっさんは苦笑する。


「もちろん、それならそれで全然かまわないんだよ。今ルジンカちゃんの身に起きていることは、私も経験したことのないことだからね。勝手なことを言ってしまったかもしれない。・・・まあ、頭の片隅にでもいいから、覚えておいてよ」


語る姿は少し寂しそうだった。

おっさんにもきっとたくさんの葛藤があったのだろう。




そのまま、今度こそ家族会議は終了した。



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