進撃のベアド
「そういえば、ロイル王子が俺の恋心や予知の内容を探って来た件は、何か対応しなくていいんですか?」
お散歩デートについては、既に2人に説明済みだ。
「大丈夫だと思うよ。ルジンカちゃんの雰囲気はかなり変わったからね。誰でも聞きたくなることだよ。ただ、できるだけロイル様には好かれるように頑張ってね」
おっさんが難題を出す。
「え?好かれる必要あります?」
好きだってアピールだけで十分だろ。
「やるなら本気でやらないと、今までとの温度差が大きくて不自然だよ」
確かに、昼間ロイルにも怪しまれたからな。
「それに、ロイル様がもし黒でも、心を掴めたら心変わりを期待できるかもしれないでしょ。もし無理でも、最悪、ルジンカちゃんだけでも助かってほしいんだよ」
おっさん!泣かせる親心だな。
「でも、今まで散々追い回してダメだったんですよね?今さら好かれる努力っていってもねぇ」
無限美ちゃんの美貌が通じない時点で、俺にできることなんてあるか?
その時、横から深いため息が聞こえた。
「せっかく不毛な恋から解放されたのに、また同じことを繰り返すか。そのうち本当に惚れて夢中になるんじゃないか?」
ベアドがテーブルに肘をつき、頭を乗せてぼやいている。
やさぐれてんな。
こいつはよっぽどロイルが嫌いらしいな。
「前はどんなアプローチしてたんだ?」
「学校では、朝と帰りに挨拶して、昼食に誘って断られたり、お茶に誘って断られたり、散歩に誘って断られたり、課題を一緒にやろうと誘って断られたり、断られたり、断られたりすればいいんだ。実質、挨拶だけなんだから簡単だろ」
イスの背にもたれ、つまらなそうに答える。
「なんだそれ・・・ほとんどストーカーじゃん。まあ、楽でいいが」
「ストーカーなんかじゃない!れっきとした婚約者候補だ。ルジンカはフラボワーノ侯爵家の一人娘だぞ!?おかしいのはロイル様の方だ!ルジンカが尻尾を振ってどこまでも追いかけていくのをいいことに・・あんなぞんざいな扱い、本来絶対あり得ない!」
俺のコメントに、声を荒げる。
「いや、非常識な追っかけ方してたからだろ・・・ストーカー対策はシカトが基本だからな。で、もしも誘って了解されたらどうすんだ?ロイル王子とあのオレオンとかいう大男と飯でも食うのかよ?」
ベアドの表情がさらに険しくなる。
「ずいぶん自信があるんだな。今日の散歩でさっそく気を引くコツでもつかんだか?」
「いや、だからもしもの話だよ。イライラしやがって!」
「ティンポッポの話でもしてやればいい。この前の食堂でもお前をガン見だったぞ。そういうネタに飢えているんじゃないか?」
確かにこっちは見てたな。
「そういや、オレオンの卑猥な話にも食いついてたな。あれ?俺もしかして脈ある!?なんてな・・・」
ほんの冗談のつもりだったが、ベアドはすっくと立った。
「楽しそうだな・・・ロイル様への気持ちを思い出しつつあるんじゃないか?」
こわばった顔で俺を見る。
どこかに潜んでいるかもしれない、ロイルへの恋心を探っているかのような目だ。
「んなわけないだろ。あのさ、ちょっとシスコンが過ぎるんじゃないの?落ち着けって」
なんで37歳の男を本気で妹扱いできるんだよ。
引くわ、ホント。
「僕はお前の兄じゃない」
「は?」
「僕は、ルジンカを妹だと思ったことは一度もない」
「・・??・・ああ、まあ、本当は又従兄妹なんだっけ?」
ベアドが苦笑する。
「・・・・・同じことを言うんだな。ちっとも言うこときかないし、やっぱりルジンカなんだな」
そう言って俺の座るイスの、両の肘掛けに手をついた。
腰をかがめたベアドの顔が間近に迫る。
「な、なんだよ」
「心配しなくても、僕はルジンカだけは守る。いよいよ万事休すとなったら、クルクミー侯爵の首でも、ロイル様の首でも切ってきてやる。だから安心して適当にやっていろ」
「いやいや、急に何を言い出すんだよ。今、俺が心配してんのはお兄さんの情緒だから。どうしたんだよ!おかしいぞ!?」
その言葉に、ひじ掛けを握るベアドの手に力がこもった。
「僕はベアドだ!」
「知ってるよ!」
なんか、わからんがこいつヤバくないか?
昨日から連続で長時間会議だし、こいつが一番頭使ってたからな。
いい加減オーバーヒートか?
「ルジンカは僕の妻になるんだ。いつまでもそんな呼び方じゃおかしいだろ?もういい加減、お兄さんはやめろ」
ん?
妻?
「妻って・・・この前パパが言ってた婚約のことか?あれは本決まりじゃないんだろ?」
「本決まりだ」
自信満々のベアドの返事に、俺は首を巡らせ、おっさんを確認する。
おっさんもビックリ顔だ。
「ええ?考えておいてねって話はしたけど・・・したよね??」
「僕は、記憶を失くす前のルジンカと今のルジンカを区別しないことにしたんだ。ルジンカとはもともとロイル様と縁談がまとまらなければ、僕と結婚することになっていた。これからはロイル様を追うのは演技なんだろ?なら、お前はもう僕の婚約者だ。違うか?」
息がかかるほど近くにあるベアドの目は、抑圧された感情にギラギラ光って、大変ヤバい。
あれ?
これが男に迫られるってやつか?
なんか、想像以上にゾワゾワくるな・・・
俺はベアドの股間を素早く確認する。
「おい!何、おっ立ててやがんだよ!」
見事なテントが張っていた。
「・・・・た、立ててない!」
ベアドの顔がサッと上気する。
「いや、立ってるだろ!ギンギンじゃねーか!」
「もともとこうなんだよ・・!」
「つまんない見栄を張るなよ!通常状態でこんな破廉恥なテントの奴いるかよ!」
「いや、違った、朝からだな。今日は朝からこうなってただけだ!」
「今何時だと思ってんだよ!それもう病気だから!テント6時間でEDになるんだぞ!」
「うるさいぞ!!テントを立てるタイミングを人にとやかく言われたくない」
「開き直るなよ!妹同然の女とやりたいのかよ?ケダモノかよお前は!」
ベアドの頭をグワッと掴み、押し返そうとする。
が、その手首をベアドが掴み、俺の手を己の頬に押し当てる。
「そうだ!」
「ゲ!?」
「僕はルジンカを抱きたい。だから必ず妻にする。もう決めたんだ」
ダメだこいつ!
よくわからんが、なんかあぶないスイッチ入っちゃってるよ。
今にも押し倒されそうだ。
緊張で心臓はバクバク。
鳥肌が立ち、謎の冷や汗がガンガン流れてくる。
「おっさん!ヘルプ!ヘルプ!ヘルプミー!」
動揺のあまり、心の中の呼び名で助けを求める俺。
ベアドのご乱心ぶりをポカーンと見ていたおっさんが、ハッとして止めに入る。
「ちょ、ちょっと!!ダメだよ、無理強いは!ルジンカちゃんになんてことするんだよ。ちゃんと、婚約するまではそういうのはダメだからね!?」
腕をつかんで俺から引き離そうとする。
「ルジンカは・・・父上をパパなんて呼んでいませんでしたよね。お父様と呼んでいた」
抵抗する風もなく俺から離れたベアドは、いつもの冷静な口調で語った。
「な!?バラしちゃダメだよ!」
おっさんが俺の方を見ながら動揺する。
やっぱりパパとは呼んでなかったのかよ。
使用人さん達の反応で、薄々気づいてたけどな。
「やっとパパと呼んでもらえて嬉しくなかったですか?」
「いや・・・うれしかったけど・・・」
「もしルジンカがどこの馬の骨ともわからない男と結婚したら、この屋敷を出て行きますよね。そうしたら、年に何回会えるんですかね?死ぬまでにあと何回、パパって呼んでもらえるんですかね?」
ベアドが卑怯な手段でおっさんを取り込もうとする。
なんか、こういうCMだか、キャッチコピーだか、流行ったよな。
「え?え?」
まともに動揺するおっさん。
「もし、ルジンカが僕と結婚すれば、毎日パパと呼ぶルジンカに会えるだけでなく、孫に“グランパ”、もしくは“じいじ”と呼んでもらえますよ。毎日。なんなら僕もじいじと呼びましょうか?」
お前が言っても仕方ないだろ。
淡々としているけど、こいつ絶対冷静じゃないよな。
「グ、グランパ・・わ、私は婚約そのものにはもともと賛成だからね?ただ、この場で急に決めるのは急ぎすぎだと思ってるだけなんだよ?」
なんとか踏みとどまってくれた。
おっさんはグランパ派だったみたいだな。
「じゃあ、いつ決めるんです?男だと主張しているルジンカの言い分を全部聞いていたら、何年かかるかわからない」
ベアドがジリジリと答える。
「なあ、お前は今、性欲と恋愛の区別がついてないんだよ!とりあえず部屋戻って一発抜いて来いよ。スッキリするから。そしたら冷静になるって」
「抜くって・・・!」
お下品ワードにベアドが眉をしかめる。
かかったな!
「それだよ!それ!!」
俺は鬼の首を取ったように指摘する。
「そうやってすぐ引くだろ?小言言うだろ?結婚考えるにはちょっと窮屈なんだよな。お前のそーいうとこ」
俺の言葉に、ベアドが傷ついたように怯む。
ちょっと可哀想だが仕方ない。
俺の貞操がかかってるからな。
「いや、俺もね?お前がナシってわけじゃないんだよ?気心知れてるし、秘密も共有してるしな?でも、ありのままのお互いを受け入れるには、もっと時間がかかるんじゃないか?いきなり婚約とかいわれてもなぁ」
ベアドは一応結婚相手の安パイだからな。
バッサリは切れない。
「時間ってどれくらいだ?」
「いやー、それはまだわかんないけどさぁ・・10年くらい?」
ベアドのこめかみに血管が浮く。
「・・・・死の予知の件を解決したらすぐ婚約だ。結婚はルジンカの卒業後すぐ」
「おい!お前、俺の話聞いてた?」
「その代わり、もう小言は言わない。下品で低俗で破廉恥な言動も受け入れると約束しよう。それならいいんだろ?」
てか、下品で低俗で破廉恥な奴に、なんでそんなにグイグイ来れるんだよ。
どんな性癖してんだよ。
「そんな、無茶苦茶な約束して平気なのかよ?俺は遠慮しないからな」
「好きにしろ。お前の評判が下がるほど、僕と結婚するしかなくなるんだ」
それサイコパスの考え方だから。
「怖・・・!いや、ホントに俺にも心の準備があるんだけどね?」
「2年近くあるんだから大丈夫だろ。もう決まりだ。父上もそれでお願いします」
ベアドは一方的に話をまとめ、部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待てって。どうしたんだよ、急にギラギラしちゃってさ。いつものクールなお兄さんはどこ行っちゃったんだよ?」
俺の困惑に、ベアドは答えなかった。
「・・・ぃてくる」
「「・・・・え!?」」
俺とおっさんの驚きの声がハモる。
「・・・ルジンカに、ムラムラするのは恥ずかしいことじゃないって言ったのは僕だったからな。だから・・・ぬ、抜いてくる・・・」
そのまま迷いのない、優雅な足取りで、部屋を出て行った。
3/28 3人の会話を微妙に修正しました。
大筋は一緒です。




