ランチタイムの攻防
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今と文体が違うので手を入れました。
内容は一緒です。
「ヒヤヒヤしたぞ。一応無事にすんでよかったな」
「なあ、あいつ俺の“悩殺☆ニコ”をスルーしたんだが!チ〇コついてんのか!?」
十分声を押さえたつもりだったが、“チ〇コ”という単語に周囲の何人かの肩が跳ね上がる。
人の耳って、なぜか下系の単語は拾うよな。
「おい!」
声を押さえてキレるベアド。
「すまん、ついいつもの癖で」
「とにかく、あとは大人しく授業を受けていろ。何かあったら必ず僕の教室に来い」
「はいはい」
「昼は一緒に食べよう。呼びに来るからちゃんと待っていろよ」
子どもを諭すように言い、自分の教室へ帰っていく。
正直、俺はもう学校どころじゃない。
さっさと帰って、寿命が延びたか確認したかった。
鉢を携帯できればいいんだけどな。
でかいし、万が一にでも壊れたら大変なので持ち歩けない。
自分の席に戻ろうと教室を見渡し、見覚えのある顔を見つけた。
モンブラン色の髪に、紫の瞳。
リコピナ・クルクミーだ。
実物のがずっとかわいい。
さっきロイルと一緒にいた、ガタイのいい男と一緒だ。
怯えたような目で俺を見ていたが、目が合うなりそらされる。
この娘は、俺の死にどう関わってるんだろうな?
現時点で明確な殺意のようなものは感じない。
できれば誕生日を聞きたいんだが・・・。
「ルジンカさん!」
つっ立って考えていると、昨日会った友人少女4人にかこまれた。
まずいな、名前覚えてない。
俺は即座に少女たちのおっぱいをチェックし、小乳、中乳、大乳、巨乳と名付ける。
なお、巨乳はアーニャちゃんの称号だ。
ちなみに、学校内では、生徒は“〇〇さん”もしくは、“〇〇先輩”の2種類で呼び合うよう決められている。
庶民から王族までいるからだ。
ロイル様だの、ベアド様だのは、本当は校則違反らしい。
「もうお加減はよろしいんですの?」
「昨日は驚きましたわ」
「具合が悪かったのにごめんなさいね」
口々に俺を心配してくれる。
「お、おはようございます。昨日は驚かせちゃってすみません」
「いいえ、私が気付かなかったばかりに、ルジンカさんあんなことになってしまって・・・本当になんてお詫びしたらいいのか分かりませんわ」
巨乳のアーニャちゃんが目を潤ませ、思い詰めた様子で詫びてきた。
固く握りしめ両手が、大きな胸の谷間に食い込み、おっぱいを押し上げている。
いいね!
すごく!
「あれは私が悪かったので。ロイル様も許してくれたし、気にしないで下さい」
まさか、俺が突然ゲロるなんて思わなかったろうからな。
「ベアド様にルジンカさんのことをお願いされたばかりでしたのに・・・」
握りしめた両手が、ますますおっぱいを押し上げる。
「本当に大丈夫です。あれは、ロイル様のことを思い出したショックだったんで。もう同じことはないと思います。たぶん・・」
「先ほどもそう仰ってましたわね。ロイル様のことを思い出せたのは、本当に良かったですわね」
アーニャちゃんがホッと笑顔になる。
「そうですわ!ルジンカさんと言えばロイル様ですもの!」
「私達、ずっと応援してましたのよ?」
他の娘たちも嬉しそうだ。
「ロイル様もステキですけど、ベアド様もステキですもの」
小乳ちゃんが、噛みしめるように言う。
なんでここでベアドの名前が出てくるんだ?
「お兄様がどうかしたんですか?」
俺の言葉に、顔を見合わせる少女達。
「お兄様とお呼びするようになったのね。本当の兄妹みたいでいいと思いますわ!」
ニコニコと絶賛する。
聞けば、アーニャちゃん含む4人は、ベアドのファンだという。
ルジンカはロイルと結婚できなかったらベアドと結婚。
これは、大方の者が予測していることらしい。
ルジンカちゃんはライバルの多いロイルを振り向かせるため、ベアドを撒き餌に友人達の協力を取り付けていたようだ。
無事ロイルと結婚できれば、ベアドはフリーだからな。
必死すぎんだろ。
「そういえば、ベアド様とお昼を召し上がるの?」
プラチナブロンドを揺らした小乳ちゃんに尋ねられる。
「ああ、はい」
「羨ましいわ・・私もご一緒できたらいいのに・・」
心底羨ましそうにため息をつく。
「あら、それなら私だって!」
中乳ちゃんが赤い唇を尖らす。
「ねえ、ルジンカさん。私達もお邪魔してはダメかしら?」
金髪の大乳ちゃんが、おっとりと上目遣いでおねだりしてくる。
聞いてあげたい・・
でも、俺のテーブルマナーは全然らしいしな。
飯時くらい気を抜きたい気もする。
あと、ベアドにハーレムを提供する必要もないだろ。
腹立つし。
「すいません、私、お食事の作法も忘れてしまって・・・やっと犬食いが直ったとこなんです。みなさんとご一緒するのは恥ずかしくて・・」
下を向き、ボソボソと断る。
ただでさえ女子との会話に緊張するのに、相手の頼みを断るのはハードだな。
「まあ。犬食いって?」
上流階級のお嬢様は、犬食いなんて単語も知らないみたいだ。
「犬食いっていうのは・・四つん這いになって、顔をお皿の中に入れてお食事をする方法です。犬がやっていますでしょ?」
俺はわかりやすく説明してやる。
別に犬食いほど酷くはないが、期待値は下げておいた方がいいからな。
「まあ・・・?まあ・・!?」
犬食いする俺を想像したらしい少女達が、驚いた顔で俺を二度見する。
「・・・ルジンカさん、本当に大変なことになってしまいましたのね・・・」
アーニャちゃんが青い顔でつぶやく。
「それなら無理は言えませんわね・・・ベアド様とお食事ができる、またとない機会だと思いましたのに・・・」
小乳ちゃんが、しょんぼりと肩を落とす。
他の少女達も残念そうだ。
ルジンカちゃんは、あんまり友達に飴を与えてなかったらしいな。
こういう機会は大事にすべきかもしれん。
右も左も分かんないのに、今お友達に見捨てられたら困るからな。
アウェイ感漂う教室の中で、この子達だけが頼りだ。
本当の友情があったのかは謎だがね。
「あの、私のテーブルマナーが嫌じゃなければ一緒に食べます?」
俺の言葉を聞いた4人は一斉に顔を輝かせた。
チンプンカンプンだった午前中の授業を終え、ようやく昼休みになった。
受けた授業は、文化史、詩学、歴史考察、ディエル史だ。
ディエルというのはこの国がある大陸の名前らしい。
どの授業も全然わからなかった。
何か思い出す気配も一切なし。
元の成績はそこそこ良かったらしいが、これからの俺には何も期待しないで欲しいね。
午前中は必修科目で、午後は男女別の必修と選択科目だ。
俺は選択科目を選び直すことになっているが、間に合わなければ、今日はそのまま以前の科目に出席しろと言われている。
この昼休みのうちに決めたいな。
とりあえず疲れた体には飯だ。
俺は今少女達と共に、迎えに来たベアドと食堂にいる。
「嬉しいですわ!ベアド様とお昼をご一緒できるなんて」
4人は頬を上気させ、キャーキャーと興奮している。
「僕もです。いつもルジンカがお世話になっているのに、なかなかこういう機会はありませんでしたね」
女に騒がれることに慣れているのか、ベアドの対応はスマートだ。
ハーレムに照れる様子も、ありがたがる様子もない。
俺なんか、お見合いパーティーで惨敗続きだったのにな!
ムカつきながら黙々と食う。
みんなベアドとのトークに夢中で、俺の食い方を気にする風もない。
結果的には助かったわけだが。
食堂で提供されるメニューは、基本2種類だ。
スープにサラダ、メイン、デザートまである日替わりランチかサンドイッチのみ。
他の物が食べたければ持参するしかない。
お嬢とお坊ちゃんの俺達は、当然コースの方だ。
今日のメニューは
蒸した貝を散らしたグリーンサラダ、スパイシーなリコピー(トマトだね)のスープ、チーズの乗ったビヌーオ(牛だね)のステーキ。白くて丸い大きなパンが2つ。
デザートは小さなタルト。
上に桃色の果物が乗っている。
これってあれか?
一口食べ、俺はひらめいた。
「お兄様、このタルトの上の果物は何でしたっけ?」
少女達との会話をぶった切り、ベアドに問う。
果物はティンポッポだった。
フラボワーノ侯爵家の跡継ぎなら、堂々と答えろよ。
たとえ、何人の女子に囲まれていようともな!
「ティンポッポだろう。今が旬だな」
サラリと答えた。
こいつが言うと全然いやらしく聞こえないな。
だが。想定内だ。
「ティンポッポ!そうだわ、これはティンポッポだったわ!私ったらどうかしていたわ。ティンポッポの名前を忘れるなんて!」
やっと思い出せた、といわんばかりに、胸の前で手をパチンと合わせる。
「ティンポッポって本当に美味しいですわね!私、ティンポッポが大好物です。色んな記憶を失いましたけど、ティンポッポの味だけは忘れませんでしたわ。ティンポッポならいくらでも食べれそう」
俺はことさらにティンポッポを連呼し、ベアドを挑発する。
「はしたないこと言うな」の言葉を引き出したい。
そうしたら、「ティンポッポの何がはしたないのか?」と質問してやるつもりだ。
女子達の前で“低俗”な思考であることを暴かれるがいい!
「食事中に大きな声を出すな。はしたないぞ」
ベアドが上手く逃げた。
「あんまり美味しいティンポッポだったので感動してしまって。このティンポッポ本当に美味しい!」
「大騒ぎするほど美味いティンポッポでもないだろ。煮過ぎてクタクタに縮んでいるじゃないか」
所詮学校給食だからな。
「私、どんな状態のティンポッポでも等しく愛せますわ。本当は毎晩ティンポッポを握りしめて眠りたいくらい。ティンポッポが見せる色んな表情を奇跡だと感じておりますの」
「結構なことだな。ティンポッポなら家で好きなだけ食べさせてやるから、もう黙れ」
うんざりした様子のベアド。
内心ブチ切れなのは間違いない。
にぎやかだった少女たちは、ティンポッポ談義になってから誰も口を開かない。
とまどったように兄妹を見つめ、会話に耳を傾けている。
俺は人質をとることにした。
「そういえば、ティンポッポはティルポの実とも呼ばれているんですよね?どうしてなのかご存じ?アーニャさん」
「え!?さ、さあ?」
突然、話を振られたアーニャちゃんがうろたえる。
女子が相手でも、こういうときだけはスラスラ話せる俺の謎な。
「ティンポッポという正式名称がありますのにね。アーニャさんはどちらの名前で呼んでますの?」
「え!?」
これはちょっと可哀想だったか?
フラボワーノ兄妹がティンポッポと呼んでいるのに、ティルポの実に逃げるわけにはいかないだろ。
ベアド様の前だしな。
巨乳のアーニャちゃんが恥らいながら言うところはぜひ見たい。
言うのか?ティンポッポって。
セクハラするつもりはなかったが、これはこれでありだ。
俺が暗い悦びに浸りそうになると、
「いい加減にしろ。しゃべってばかりいないで食事に集中したらどうだ」
半ギレのベアドが止めに入る。
あからさまにホッとしているアーニャちゃん。
ベアドは俺の目的に気づいてるな。
挑発に乗る気はないらしい。
「だって。ティルポの実なんて呼ばれるティンポッポがかわいそうで・・。ティンポッポはティンポッポなのに。ねえ、お兄様。どうしてみんなティンポッポって言わないのかしら?」
俺はたたみかける。
ここは譲らない、という意思を示すために。
さあ、言え。
ティンポッポが破廉恥だと言え!
これ以上ここで俺にティンポッポと連呼してほしくなければな!
「お前がそんなにティンポッポ好きだとは知らなかったな・・お前の一番はロイル様じゃなかったのか?」
ベアドの目の奥で激しい怒りが燻っている。
後で説教くらうのは確定だな。
なら、なおさらここで引き下がれるか!
「ティンポッポとロイル様を一緒にするわけにはいきませんわ。どちらも比べられないくらい尊い存在ですもの。でも、いまはティンポッポのお話を・・・」
ベアドがハッと視線を俺の後ろに向ける。
なんだ?
思わず振り返ると、背後に筋肉バキバキの厳つい大男がいた。
さっきロイルやリコピナと一緒にいた、クラスメイトである。
デカいとは思っていたが、近くに立つと見上げるほどでハンパない。
190㎝以上あるかもしれない。
淡い茶色の髪と焼けた肌が一体化して見え、顔だちは整っているんだろうが、筋肉に埋もれている。
制服がパツパツだよ。
「おい。破廉恥な会話にロイル様のお名前を出すな。無礼だろう」
野太い声でクレームをつけてくる。
怖!
なんだこいつ、怖!
「は・・破廉恥・・?」
ビビった俺はオウム返しの返事をする。
「違うか?さっきからティンポッポ、ティンポッポと連呼しているのが聞こえているぞ。リコピナを散々下品呼ばわりしておいて、自分はどうなんだ?」
大男の鋭い視線に刺され、すくみ上る俺。
迫力満点だよ。
リコピナがどうこうとか言っているが、まるで頭に入ってこない。
てか、お前だってティンポッポ連呼してんじゃねーか。
背後でベアドが助けに入ろうとしている気配を感じる。
毎回ふがいない姿は見せられない。
俺のが年上だし。
ビビりながらも、なんとか口を開く。
「ティ、ティンポッポがどうして破廉恥なんです?」
ベアドのために温めていた弾を大男に打ち込む。
「な、なんだと?」
巨体を揺らし、思っていたよりも動揺する。
俺は少し余裕を取り戻し、もう一度繰り返す。
とまどいと、ちょっぴりの非難を混ぜて。
「どうして、ティンポッポを破廉恥だなんておっしゃるの?」
「卑猥なものを連想させるだろ!」
俺はハッと息を飲み、大きな目をさらに見開く。
「ヒ、ヒワイ・・?」
一音、一音ゆっくりと、喘ぐようにつぶやいた。
知っているし、意味も分かる言葉。
でも、使うのは初めて。
私は今、いけない言葉を使っている?
そんな深層のお嬢様らしい、ドキドキを演出する。
大男を見上げているため白い喉が伸び、より無防備な印象を与えるだろう。
「卑猥なものって・・・どんな?」
大きな瞳を煌めかせる。
ピンク色の唇を小さく開き、胸に手を当て、おっかなびっくり半歩だけ大男に近づいた。
はしたないことだとわかっているのに、好奇心を押さえきれない。
世間知らずで純真無垢の、年若いお嬢様だけが放つ、聖なる危なっかしさ。
少女の今しか使えない魔法だな。
教えてやりたくなるはずだ。
今なら見れるぞ?。
まっさらだったルジンカが、生まれて初めて”卑猥”を知る瞬間を。
パッと頬を染め、涙ぐみ、ショックに震えるだろう。
無垢ゆえにティンポッポを連呼した、いけないお嬢様にはお仕置きが必要だ。
「ど、どんなって・・・」
たじろぎ、言葉に詰まるオレオン。
さあ、チ〇コを連想する言葉だと言ってやれ!
君にしかできない。
“低俗”な思考であることを晒すがいい!
さあ!
さあ!
「下がれ、ルジンカ。はしたないぞ」
ベアドが割って入ってくる。
緊迫していた空気が一気にほどけた。
なんだよ、もうちょっとだったのにな。
「すまない、オレオン。会話の声が少し大きかったようだ。これからは気を付けよう。ルジンカはまだ本調子じゃないんだ。今回は大目にみてもらえないか?」
オレオンというのが大男の名前らしい。
ベアドは下手に出て、オレオンをなだめにかかる。
「ベアドさん。あなたの声も聞こえていましたよ?」
オレオンがベアドを睨む。
「そうだったかもしれないな。すまない」
「・・・ルジンカはかなり雰囲気が変わりましたね?まるで別人だ」
ベアドがあっさり謝ったのが気に食わなかったのか、オレオンは違うところを攻め始める。
「一時はロイル様のことまで忘れていたんだ。慣れるまでは時間がかかる」
「そんな状態で、なぜ学校なんかに連れてきたんです?ロイル様にもありえない無礼を働いて」
オレオンの鋭い視線が俺に移動してくる。
「ロイル様のお許しはいただいている。オレオン、君が口を挟むことじゃない」
下手に出ていたベアドがピシャリとやり返す。
オレオンの顔にサッと怒りが浮かぶが、なんとか押し込めたようだ。
「とにかく、ルジンカの手綱はきちんと握っていてください。またロイル様に迷惑をかけないように」
ベアドが「気を付けよう」と同意するのを確認し、元居たテーブルらしき場所へ帰って行った。
ビビったな・・
どうなることかと思った。
ギスギスしたのは苦手なんだよ。
いつの間にか周囲にできていた人垣がバラバラと崩れ、ザワザワとした食堂の空気に戻っていく。
これからあちこちのテーブルで、今見た出来事について感想を述べ合うのかもしれない。
ちょっとベアドに嫌がらせをしようとしただけなのにな。
大惨事だよ。
オレオンの行き先をなんとなく目で追うと、深い青色の瞳とぶつかった。
手つかずの食事を前に、イスにもたれて座るロイルだ。
感情の乗らない顔で、こちらにジッと視線を送っている。
いつから見てたんだ?
俺の視線に気づくとゆっくりとテーブルに向き直り、食事をとり始めた。




