☆死☆の運命星再び
時は少し遡る。
ロイル王子にゲロをぶっ掛け、謝罪もせずに逃走した後。
俺は、一人で馬車に戻り帰宅した。
さっき出発したばかりの俺の姿を見ても、リリアは淡々と迎えてくれた。
他の使用人達は驚いてたけどな。
「ああー、やっちゃったな・・・」
失態を演じたことをヘコんでいると、屋敷の前に馬車が止まる。
「ルジンカ!」
血相を変えて降りてきたのはベアドだった。
フラボワーノの馬車は俺が乗ってきちゃったので、アーニャちゃん家の馬車を借りたらしい。
にしても早すぎだろ。
俺とほぼ同時ってどういうことだよ。
なんでも、俺の教室からいくつもの悲鳴が聞こえ、心配して様子を見に戻ろうとしたところ、ベアドを呼びに来たアーニャちゃんが現れ事情を聞いたらしい。
馬車に戻ったと思われる俺を探しに行くと、走り去っていくフラボワーノの馬車が見えたそうだ。
「すまない・・今回のことは完全に僕の不手際だ。あまりにも配慮にかけていた」
てっきりぶっ飛ばされると思っていたんだが。
「え?え?なんでお兄さんが謝るんだよ・・?」
「ロイル様が教室内にいることは僕も気づいていた。ルジンカがあれほど心血をそそいで追いかけていたんだ。再会にあたり、不測の事態が起こることを想定すべきだった。アーニャだけでなく、ロイル様への挨拶にも僕が立ち会うべきだった」
ベアドはガックリと肩を落とし、己を責めている。
17歳にこんな責任感じさせちゃったらダメだよな。
さすがの俺も情けないというか、面目ないというか。
「いやいや、お兄さんのせいじゃないから。
ゲロひっかけた相手を放置プレイって、俺の世界でも社会人失格だからね。俺こそごめんな。ずっと浮かれて調子に乗ってたからな・・・ほんと、申し訳ない」
俺はこの世界に来て、たぶん初めて気を引き締め詫びた。
俺の言葉にゆっくりと顔を上げるベアド。
「約束してくれ。今後もし何かあっても、一人で行動する前に必ず僕に声をかけてくれ。家でも、学校でも、どこでもだ」
真剣な眼差しで語る。
記憶チェンジをした日のルジンカはロイルと喧嘩した後、一人で馬車に乗って帰ってしまったという。
ベアドに声もかけず。
今日の俺と同じ様に。
こいつはきっとその日のことを悔やんでいるんだろう。
例えどうしようもないことだったとしても。
「わかった。何かあったら必ず相談するよ」
俺の返事にベアドもしっかりと頷き返した。
「しかし、どうしような?王子様」
俺は気持ちを切り替え、さっそく今後の相談をする。
「謝るしかない。真摯に」
ベアドがめっちゃ憂鬱そうに答えた。
まあ、謝るには決まってるんだが。
「これからすぐ学校戻った方がいいか?」
「いや、今日はもう休んでおけ。騒ぎになってるだろうし、ロイル様も着替えに帰ったんじゃないか?」
確かにな。
あれじゃ、おパンツまでビショビショだろ。
「この間の予知ってさ、まさかゲロリ罪で処刑とかじゃないよな?」
「さすがにこんなんで黒刑はありえないが・・」
俺はもう一度あの予知を確認したくなる。
書き写した紙は人目に触れないよう、焼却処分済みだ。
「あの鉢ってどこだ?」
「父上の書斎の金庫だ。何度見ても一緒だろ」
「なんか急に見たくなったんだよ」
「またか?」
あいにくおっさんは外出中で夜まで戻らないらしい。
ベアドも一度学校へ戻ることになった。
あの後教室がどうなったかも気がかりだしな。
各所へのフォローや、俺がロイルに謝るに際し事前の根回しをしてくれるらしい。
テキパキとすげーよな。
「それと、ルジンカ」
出かけようとしていたベアドが、足を止め振り返る。
「ロイル様のことはどのくらい思い出した・・?」
視線を外したまま尋ねてきた。
「いや、ほとんど全然。お兄さん達とあんま変わんないな」
強烈な反応があったわりに、記憶の収穫はなかった。
すごく好きだったというのは思い出した。
あと、どこぞのパーティーで踊ったり、社交辞令でドレスを褒められたりといった、断片的な記憶がパラパラと。
おっさんやベアドを思い出したときとは違う。
家族への情じゃなくて、恋愛感情だからな。
だからって、別にロイルを好きとは思わないが。
突然他人の恋の思い出を押し付けられたような感覚が近い気がする。
抵抗あるし、正直、あんまりいい気分じゃない。
まあ、すぐ慣れると思うが。
それを聞いたベアドはホッと息をつく。
「ならいい」
どうやら、記憶を思い出した俺がロイルに惚れる心配をしていたみたいだ。
俺、男だって言ってんのにな。
シスコンすぎだろ。
大丈夫かよ?
ベアドを見送り、暇になった俺は小腹が空いてきた。
何しろ、朝食ったものは全部王子様にくれてやったからな。
おやつ食って昼寝して時間を潰した。
鉢の確認ができたのは、ベアドもおっさんも帰宅した夕飯後のことだった。
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『☆死☆の運命星』
中央:ルジンカ・フラボワーノ 16歳 (×印)
上から時計周り
①シェイラ・フラボワーノ 40歳
②黒丸
③黒丸
④ロイル・ノヴァ・アルフェノール 16歳
⑤黒丸
⑥ネレッサ・ビレンチス 19歳
⑦ゼルセース・クルクミー 49歳
⑧リコピナ・クルクミー 16歳
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俺は瞬時に異変に気付く。
「16歳になってる!俺、16歳だよ!」
前回は絶対に17歳だった。
同じく動揺する2人に急かされ、ワナワナしながら紙に書き写す。
今回は似顔絵は省略し、文字だけだ。
書き終えた紙をベアドがひったくるように受け取り、先日判明した各人の誕生日を書き入れていく。
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『☆死☆の運命星』 本日5月5日
中央:ルジンカ・フラボワーノ 16歳 (×印) → 1月1日生まれ 現在16歳
上から時計周り
①シェイラ・フラボワーノ 40歳 →10月10日生まれ 現在39歳
②黒丸
③黒丸
④ロイル・ノヴァ・アルフェノール 16歳 →3月3日生まれ 現在16歳
⑤黒丸
⑥ネレッサ・ビレンチス 19歳 →5月5日生まれ 現在19歳
⑦ゼルセース・クルクミー 49歳 →11月11日 現在48歳
⑧リコピナ・クルクミー 16歳 →不明
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「とりあえず、11月11日までは生きているらしいな」
目を皿のようにして紙を見つめるベアド。
11月生まれのクルクミー侯爵が49歳になっているのを確認する。
俺は1月1日には17歳だ。
つまり、11月11~12月30日までに死ぬらしい。
「裁判とかで半年かかるんだろ!?11月から半年遡ったら5月!今月じゃねーか!!急にどうなってるんだよ!!」
一気に血の気が引く。
ベアドもおっさんも同じだ。
「最後に予知を見たのはいつだ?」
「一昨日だ。その時はこんなんなってなかった」
「何かが変わったんだ。一昨日から・・・」
「まさか、本当にあのゲロか!?」
今日学校へ行くまでは、ずっと家にこもっていた。
王子様にゲロぶっかけるために出かけたようなもんだからな。
「記憶の一部を思い出した衝撃で吐いたんだろ?なら、それは記憶障害による行動の変化の一つだ。未来を変える嘔吐だった可能性もある」
ベアドが真面目な顔で言う。
なんだよ、未来を変える嘔吐って。
「ネレッサ嬢が未婚のままだね。前回は結婚してたよね?」
おっさんが指摘する。
「ウェイド様とネレッサ嬢の結婚式は8月でしたよね?延期になったか、取りやめになったか・・・」
「延期の情報はないねぇ。今のところ」
ベアドの言葉に首を横にふるおっさん。
「なあ、それそんなに大事か?俺の死に関わる奴が、なんでこんなに沢山いるんだよ!もう、こいつら全員グルだろ!」
ジリジリとせり上がる焦りを押さえきれず叫ぶ。
「クルクミーに恨まれてるんだろ!?はめられて死ぬって警告だろ、これは!」
悠長にちんたら話している場合じゃない。
こうしている間にも捕まるかもしれないのだ。
身に覚えのない罪で!!
「気持ちはわかるが落ち着くんだ。死期が早まったことでわかったこともある。ヒントはこの予知しかないんだ。1つ1つ探っていくしかない」
ベアドになだめられ、なんとかイスに座る俺。
この世界は1週間が6日しかない。
1年が360日で12ヶ月。
毎月ぴったり30日で、1か月は5週間で構成されている。
曜日は黄・赤・青・緑・黒・白の6種。
明日は週の6日目で白曜日、休日だ。
俺ら3人はガッツリ会議を重ね、憶測に憶測を重ね、一連の仮説を立てた。
超ざっくりまとめると、こんな感じだ。
・王太子のウェイド王子が死ぬ。
→前回の予知では8月に結婚していたウェイドが、今回の予知では結婚していない。
俺の死期の変化とウェイドの異変は連動している。
にもかかわらず、『☆死☆の運命星』にウェイドがいないことから、死亡していると仮定した。
以降は、この“ウェイド王子の死”というのを前提に、俺の死の理由を考えて行った。
・ウェイド王子暗殺の濡れ衣で、黒刑となる。
→王太子の暗殺くらいやらないと、黒刑にはならないだろう、という逆説。
現状、フラボワーノに暗殺をする予定がないので、濡れ衣と推測した。
・濡れ衣を着せられるにあたり、フラボワーノの犯行動機とは?
→ルジンカがロイルと結婚するため?
ルジンカはモテモテで、ウェイドもルジンカに惚れていたらしい。
ウェイドの恋心はあからさまで、弟王子であるロイルとの縁談の障害になっていたという。
このへんの事情に叔母のシェイラがかかわってくるらしいが、長くなるので割愛する。
ウェイドが死ねば、ロイルとの婚約の大きな障害がなくなる。
王太子暗殺の動機としては弱すぎるが、『☆死☆の運命星』にリコピナの名前があることから、ロイルとの縁談がらみである可能性が高いと推測。
ルジンカのロイル愛も、おっさんの娘愛も有名らしく、ありと言えなくもないとか。
・ウェイド王子の殺害方法
→不明。
動機の弱いフラボワーノに、確実に疑いがかかるような殺し方だと推測。
この3日間でウェイドの死がいっきに早まったので、既に証拠の仕込みが終わっている可能性が高い。
フラボワーノの開発した新回復薬でウェイドが死ぬのでは?という説は除外された。
新薬の完成は早くてもあと半年はかかり、商品になるにはさらに数年かかるらしい。
・誰が犯人か?
クルクミー・・・新回復薬の開発にキレていた。娘のリコピナをロイルの妻にしたがっており、一番怪しい。
ネレッサ・・・ウェイドのルジンカ好き好きオーラにキレていた。
ロイル・・・ウェイドとの関係は良好。だが、ウェイドが死ねば王太子になれる。
・俺の死期が早まった原因
→ロイルへのゲロ?
ベアドによると、学校ではルジンカがロイルをゲロるほど拒否した!と大騒ぎだったらしい。
ルジンカがロイルを好きでなくなれば、フラボワーノにウェイド暗殺の動機がなくなる。
心変わりの事実が広まる前なら、濡れ衣を着せることが可能だ。
結果、計画を前倒しされ、俺の死期が早まったのでは、と推測した。
記憶喪失俺になった時点で、ロイルへの恋心は消えている。
予知なら、最初から最短バージョンの死期が表示されているべきだと思うんだがね。
「ただの記憶喪失なら、しばらく様子を見るだろ。程度にもよるし、記憶が戻る可能性もある。直ちにロイル様への恋心が消えたとは判断されないはずだ。もともとロイル様とはさして親しくなかったし、今までのイメージで少しの期間ならなんとかなる」
というのが、ベアドの推測だった。
俺は、助け起こそうとしたロイルの手を「触るな』と振り払らい、ゲロをぶっかけたことを謝りもせず帰って来た。
ゲロ自体より、これら前後の俺の態度がインパクトありすぎだったという。
好きな奴にとる態度じゃないからな。
「もし、ここまでの考えが正しければ、ロイル様への恋心が健在だとアピールすれば、早まった死期を伸ばせるかもしれない」
ベアドが希望的観測を口にする。
憶測と推測を連ねた、根拠の薄い仮説だ。
全く見当違いかもしれない。
でも、試せるものは全部試すべきだろ。
さっそく明日、ロイルに詫びを入れ、好き好きアピールをするということで、会議は終了した。
「おはようございます、ロイル様」
翌日の週初めの7日、黄曜日。
俺より先に教室へ入ったベアドが、ロイルに話しかける。
ロイルの周囲には4、5人の級友らしき男女が取り巻いており、それをかき分ける形で近づいた。
なんか一人、めちゃめちゃガタイのいいのがいるな。
「おはよう。ベアドにルジンカか」
ロイルの青い目は、最初から後ろに控える俺に据えられていた。
ロイルだけじゃない。
教室の中から、外の入口から、周り中の生徒の視線は俺に集中している。
ルジンカはとんだお騒がせ女だからな。
追いかけまわしていたロイルと揉めて、自分で育てた花を蹴散らし、階段から落ちて記憶喪失になった。
やっと学校へ来たかと思えば幼馴染の存在も忘れ、王子様にゲロって5分で帰った侯爵令嬢。
無数のささやきと好奇と非難の視線にさらされ、めっちゃドギマギする俺。
初登校の時の比じゃないよ。
早く謝って終わらせよう。
ゲロをひっかけられた後、ロイルは一度帰って着替え、再び学校へ戻ってきたそうだ。
ここは王宮の敷地内だしな。
同じく学校へ戻ったベアドが、今日俺が詫びに来ることを予告してくれている。
学校内で起こった事は、できる限り学校内で解決する、というのがここのスタイルらしい。
貴族の子女がひしめいてるからな。
生徒間のトラブルをいちいち外に持ち出したらややこしい。
「少しばかり、お時間をいただけませんでしょうか?妹より、ロイル様へ働いたご無礼の謝罪をさせていただきたいのですが」
「朝から堅苦しいぞ」
言ってロイルは俺の前まで歩いて来る。
少し癖のある明るい金髪に、くっきりとした青い目。
鼻筋の通った顔は涼しげで、引き結んだ唇は凛々《りり》しい。
痩せ形だが骨格がしっかりしており、背はベアドより少し低い。
堂々としたたたずまいは自身と気品に溢れ、絵に描いたような王子様だ。
ロイルを前にしても、今日の俺に異変はなかった。
またおかしくなるんじゃないかと地味に不安だったからな。
まずはホッとする。
「別に謝らなくていい。体調が悪かったんだろう?今日はもういいのか?」
「あ、はい。ありがとうございます・・でも、そういうわけには・・」
どもりまくる俺。
謝罪の文言はちゃんと考えて暗記してきたんだよ。
予定通り謝らせろよ、王子!
「私こそすまなかったな。具合の悪いルジンカを医務室に連れて行ってやるわけでもなく、呆けていた」
ベアドもそうだが、イケメンてすぐ謝るよな。
それでますますモテるわけか。
「ロイル様が・・謝っていた、く、下さることではありません。わ、私が粗相を・・・」
ダメだ。
俺は早々にお嬢語を放棄する。
「この度は、大変なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
ご不便をおかけしたにもかかわらず、お優しいお気遣いのお言葉をかけてくださり、本当にありがとうございます。
今後とも、なにとぞよろしくお願い申し上げます」
俺はサラリーマン時代にメールで使っていた、怪しげな敬語の謝罪文をそのまま棒読みで流用する。
お客さんに迷惑かけたときとかは、いつもこの文章を送ってたんだよ。
みんなが見てるし、チキンの俺にはこれが精一杯だ。
別に通じるだろ。
「・・そうだな。これからもよろしく頼む・・」
ちょっと戸惑いながらも、受け入れてくれた。
ロイルの向こう側で心配そうだったベアドも、とりあえずはホッとしている様子だ。
「すこし雰囲気が変わったな。私のことは覚えているか?」
「いえ。ほとんど覚えていないのですが・・・」
「そうか・・大変だな」
言葉に心がこもってない。
自分のこと覚えていないって言われても悲しがらないのな。
ルジンカが苦戦していたというのは本当らしい。
俺は腹に力をこめる。
ここが一番大事だからな。
「でも、ロイル様をお慕いする気持ちだけは、昨日はっきりと思い出せました」
行け!
無限美ちゃん譲りの必殺技、“悩殺☆ニコ”!
色とりどりの花々がいっせいに咲きほころんでいくような俺の“悩殺☆ニコ”にも、ロイルは少しも動じなかった。
「光栄だな。その調子で早く他の記憶も戻るといいな」
しらけたような空気を出された。
ガーン!!
嘘だろ!?
ショックで動揺を隠しきれない俺。
無限美ちゃんの“悩殺☆ニコ”だぞ!?
俺が初めてこれを食らったときは、その場に崩れ落ちたのに!
TVの画面越しだったにもかかわらず!
ありえんわ、ロイル。
「そろそろ授業が始まるな。ルジンカも席に着いた方がいい。ベアドも自分の教室へ戻らなくていいのか?」
ロイルが俺ら2人に退散を促し、公開謝罪は終了した。
まあ、とりあえず目的は遂げた。
詫びもいれたし、クラスメイトの前でロイルが好きだって言ったし。
寿命が延びてるといいんだがな。
3/28
だいぶ文体が変わってきたので、表現を変えました。
分かりにくい部分を一部書き直しましたが、大筋は一緒です。