初登校
3月19日
全体の文章を整えました。
あと、一部削りました。内容は同じです。
5/19 誤字の訂正しました
「いいか?お前が守るべきことは、たったの2つだ。1、予知の秘密を守る、2、破廉恥な言動を慎む。この2つだけでいい。その他のことは上手くやろうなんて思わなくていいから、とにかく集中するんだ」
学校へ向かう馬車の中でベアドに力説される。
馬車を引く動物は、ケイバという馬に酷似した生き物だ。
「あのさ、俺は一応15年間社会人やってたんだよ。お兄さんの倍以上生きているからね?ちょっとふざけたかもしれないけどさ、外で破廉恥な振舞いなんてするわけないだろ」
まあ、ベアドの気持ちもわからないでもない。
最初は夢だと思ってたし、無限美ちゃんに激似の体に浮足だってたからな。
「その言葉を信じたいが・・・僕は学年が違うし、基本フォローできない。クラスには同じ予知の人間や友人もいるだろうが、安易に打ち明け話なんてするなよ」
「わかってるよ、誰にもナイショな。それぐらいできるから」
ベアドは心配でたまらない、と言わんばかりに大きくため息をつく。
3日前の夕食以来、ベアドは少し変わった。
俺のお嬢様らしからぬ言動について口うるさく言わなくなった。
下ネタにはキレるが。
多分だが、“お嬢様らしい”と“ルジンカ”らしいの区別がまだつかないのだろう。こいつの中で。
男言葉で話しかけると、小言をグッとこらえる気配が伝わってくる。
俺は楽でいいけどな。
しかし、高校なんて20年ぶりだ。
やっぱりワクワクするな。
高校時代が特別楽しかったわけじゃない。
思春期って息苦しいというか、モヤモヤすることが多かったし。
でも、大人になるとすごく懐かしく感じるんだよな。
もっとうまくやれたよなー、とか考えたり。
俺が通う学校は、ウリュンデル王立学校高等部。
この国、エラグリクナの子どもは10歳から学校へ通う。
初等学校が2年、中等学校が3年、高等学校が3年。
大学もあるが、通うのは一握りの人間だ。
庶民は中等学校で終えるのが一般的で、高等学校へ進む者は少ない。
一度も学校へ行かずに大人になるケースも多い。
ウリュンデルは、王族が通うために設立された学校だ。
生徒の多くは貴族や上流階級の子女だが、普通に庶民もいる。
大抵は優秀さを買われ、領主などしかるべき人物のバックアップを受けている者達だ。
バックが大貴族であれば、庶民といえどあからさまに軽んじられることもないという。
授業内容はハイレベルだが、選択科目の組み合わせ次第で多少難易度を下げられる。
ルジンカちゃんは可能な限り王子と同じ授業を選んで、勉強でヒーヒー言ってたそうだ。
今回おっさんが学校とかけあって、選択科目変更の許可をもらってくれた。
簡単な授業を選んで乗り切るしかないな。
学校は、街一個分はあろうかという、王宮の広大な敷地のはずれに位置している。
初・中・高と、校舎はそれぞれ独立しており、寄宿舎もある。
王都に家が無い者はここから通うのだ。
高等部の校舎は石造りの巨大な建物だった。
古い宮殿を改修して、校舎に流用したものらしい。
ドレスと格闘しながら馬車から降り、ベアドに連れられて職員室に挨拶を済ませて教室へ向かう。
生徒達は俺に気づくと一様に足を止め、興奮しながらヒソヒソと囁き合う。
フラボワーノ侯爵令嬢はいまや時の人だからな。
注目されて緊張はしてるけどさ、どうしても当事者意識は持てないな。
何も覚えてないし、うしろめたさゼロだからな。
あと、やっぱこのビジュアルに助けられてる。
こんな時でも称賛の眼差しが注がれる、絶対的な美貌を持つ快感。
自分より美しくないものへの優越感。
それらが混ざり合って、フツフツと腹の底からエネルギーが沸いてくるような気がする。
これが自信てやつなのかね?
「着いたぞ。ここがルジンカのクラスだ」
ワイワイと賑やかだった教室は、水を打ったように静かになった。
人数分の注意が一斉に俺に注がれる。
想定内だけど、さすがにビビるな。
こっそりと見渡すと、教室の前面には黒板があり、階段状に机が並んでいる。
男子と女子は両端に分かれて座るようだ。
「ルジンカさん!ベアド様!」
焦げ茶色の髪の女生徒が小走りで近寄ってきた。
「ちょうどよかった。アーニャ、君をルジンカに紹介したい」
ベアドの“紹介”という単語に、周囲がザワっとする。
もともとクラスメイトだろうからな。
「ルジンカ。彼女はアリアニア・カテキア伯爵令嬢。僕とお前の又従兄妹だ」
ベアドはざわめきをシカトして女生徒の紹介をする。
「アリアニア・カテキアです。アーニャとお呼びください。ルジンカさんとは以前からずっと親しくさせていただいておりましたのよ」
そう言って、完璧なお辞儀をして見せた。
髪は複雑に結い上げられ、毛先が三つ編みになって肩に垂れている。
大きな茶色の目はやや釣り目気味で、小さな唇はぽってりと色っぽい。
スラリと背が高く、おっぱいの大きい可愛い娘だ。
「お話はベアド様から伺ってますわ。記憶を失くされるなんて、本当に災難でしたわね。わからないことはなんでも私に聞いてくださいね」
「どうぞご安心なさって」と、そっと俺の手をとり、両手で包み込んでくれる。
めっちゃ柔らかくて温かい。
「・・あ、は、はい・・・よろしく・・」
もうね、オタオタ。
だって、いきなりこんな可愛い女の子紹介されてさ。
手握られて。
どうすればいいんだよ!?
俺、女子とのトークめっちゃダメなんだけど。
学校生活で一緒にいる相手って、普通に考えたら女子だよな?
なんで気づかなかった俺!?
これからどうしよう!?
あとさ、なんか教室入った時からずっと、体がブルブル震えるんだが。
心臓がバクバクしてさ。
なんだ?
実はめっちゃストレス感じてたのか?
「じゃあ、僕は行く。さっき話したこと忘れるなよ?」
俺をアーニャちゃんに託すと、ベアドは去った。
「ルジンカさん!」
「みなさん、ルジンカさんよ!」
「もうよろしいんですの?」
バラバラと3人の令嬢達が駆けよって来る。
ストライプの制服のドレスは同じだが、着け襟や髪飾りやリボン、アクセサリーで、それぞれオシャレをしている。
あっという間に4人の女子に囲まれる俺。
着飾った若い女の子って最強だよな。
空間がパッと明るくなるというか、花が咲き乱れるという表現がピッタリだ。
だが、緊張と謎の震えと動悸で、俺は早くもいっぱいいっぱいだ。
回復のため、必死にアーニャちゃんのおっぱいを見つめる。
この娘のが一番大きかったからな。
「ルジンカさん?」
「どうなさいましたの?」
「私達のことはおわかりになります?」
かしましく騒いでいた令嬢達が、俺をいぶかしむ。
「・・・あ、ええと・・・」
言葉が出てこない。
友達なんだろうが、アーニャちゃん含め、誰のこともわからない。
おっさんやベアドのことはぼんやりと覚えていたのにな。
「みなさん、ルジンカさんは私達と初対面も同然なのよ。そんなにいっぺんに話しかけたら驚かれてしまうわ。まず座っていただきましょう」
アーニャちゃんに手を引かれ、俺の席らしき場所に座る。
クラスの他の連中は遠巻きに視線を送り、耳をそばだてている。
「本当に災難でしたわね」
「でも学校にいらっしゃれるようになって良かったですわ」
「お見舞いに伺いたかったのですが、全てお断りなさっていると聞いて、心配しておりましたのよ」
ぐるっと席の周りを取り囲まれて、口々に話しかけられた。
「・・えーと・・皆さんは私のお友達・・・?」
謎の動悸はどんどん早くなってくる。
「・・・もちろん!皆さん、自己紹介いたしましょう」
アーニャちゃんが促し、次々に自己紹介が始まる。
マーガレット・アンダー
ジョセフィーン・デュオ
エリザベス・トロー
3人の名前だ。
「お父様やベアド様のことは覚えていらしたの?」
「はい、かろうじて。でも他のことは全然で・・・」
「じゃあ、ロイル様のことは?」
「いえ、全然・・・」
体の震えが激しさを増す。
息がめっちゃ苦しい。
俺は机に体重をかけ、肩で息をする。
コルセットの締め付けが苦しさを増幅させる。
「どうなさったの?ご気分が・・・・」
心配してくれたアーニャの声が突然途切れ、令嬢達に囲まれていた視界が開けた。
何かが近づいてきて、
しゃべった。
「ルジンカ、もう来て大丈夫なのか?」
目の前に、目鼻立ちのスッキリと整った金髪のイケメンが立っていた。
こいつは、あれだな?『☆死☆の運命星』にいた奴だ。
ロイル王子だ。
認識した瞬間だった。
「っ!?」
強い動悸と息苦しさで、たまらず机に突っ伏す。
が、どうしようもない苦しさは収まらず、身をよじりイスから転げ落ちた。
「おい!どうした!?」
周囲の女生徒達から悲鳴が上がる。
ロイル・アルフェノール。
絵で見たときは何も思い出さなかった。
だが、顔を見た瞬間、強烈な懐かしさと当時傾けていた恋心というか、俺の熱き血潮的な?以前の生々しい感情が一斉に全身を駆け抜けていく。
それが、頭の中をひっかき回されてるみたいに気持ち悪い。
なんだよこれ!?
勘弁してくれよ!
チカチカする視界の中に、ロイルに関する断片的な記憶がいくつも浮かんでは消えていく。
多分、教室に入った時から気づいていたのだ。
視界のすみの金髪に。
「しっかりしろ!立てるか?」
ロイルが手を差し伸べてくる。
「やめろ!触るな!!」
思わず手を振り払う。
動悸と息苦しさ、気持ち悪さが頂点に達っする。
ハーハーと大きく呼吸をするたびに、コルセットに締め上げられた体がミシミシときしむ。
「オロロロロロロ~」
思いっきりロイル王子にゲロってしまった。
静まり返った教室に、さっきの比ではない悲鳴が上がる。
ヤベー!
王子にゲロはまずい。
だが、止めようもなく、第二弾が発射される。
「ウオロロロ~オエ~」
第二弾もロイルに直撃する。
ボーゼンとしてんだもん。
避けてくれよ。
ゲロったおかげか、動機も震えも気持ち悪さも嘘のようにスーっと引いていく。
だが、この状況をどうすればいいのかわからない。
まず謝罪するべきなんだろうが、何故かそういう気分になれなかった。
幸い、俺のドレスはほとんど被害を免れている。
俺は左のポケットから人に貸す用のハンカチを取り出し、そっと差し出す。
「・・・・」
ロイルが無言で受けとったのを確認すると、急いで教室から逃げ出した俺。37歳。
あんなに気合をいれた初登校は5分で終わった。
その日の夜。
鉢の映す予知が変化していた。
*************************************************
『☆死☆の運命星』
中央:ルジンカ・フラボワーノ 16歳 (×印)
上から時計周り
①シェイラ・フラボワーノ 40歳
②黒丸
③黒丸
④ロイル・ノヴァ・アルフェノール 16歳
⑤黒丸
⑥ネレッサ・ビレンチス 19歳
⑦ゼルセース・クルクミー 49歳
⑧リコピナ・クルクミー 16歳
*************************************************
17歳まであったはずのリミットが、16歳に縮んでしまっていた。