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0009超人類は今日も進化します

 ああ、そうだった。物足りない思いをさせられたんだっけ。ハンシャが俺と視線をぶつけた。


「願いを聞き入れてくださるでしょうか、研磨」


 あー。うん。そうだな……。色々聞きたいことがある。


「俺の質問にいくつか答えてくれるか? まず、俺の弟の写が超人類に覚醒していると、どうして分からなかったんだ? 俺の覚醒はすぐに分かったのに」


 答えたのはマリだった。


「私たち神族の最近の検査では、写さんは超人類と見抜けませんでした。恐らく巧妙に隠してきたようです。その、火炎魔人アシュレの入れ知恵で」


 もし事前に判明していれば、親父やお袋が殺されるのを防げたかもしれない。看過(かんか)できない怠慢(たいまん)だった。だが俺は怒りを押し殺す。


「じゃあ次。何で神族は、光の矢や飛行能力があって、普通の人間よりもずっと強いのに、人間界に攻め入らねえんだ? 領土を拡張しようとは思わないのか?」


 ハンシャは苦笑した。笑い収めると首を振る。優雅な挙措(きょそ)だった。


「わたくしたちは人間界から多大な力を得ています。神族の世界は、人間界から発せられる『感情の波濤(はとう)』なくして維持できないのです。人間の喜怒哀楽、その感情の変化で生じる霊的なエネルギーですね。近年は人間界における人口の激増で、神族の世界も豊かになりつつありました。その人間を支配下に置くなど到底考えられません。魔族はまた別の理由でもあるのか、どうやら人間界を攻撃はしていないようです」


 俺は納得したような、させられたような、妙な気分で次の問いを発した。


「女王の爪から神族が生まれるってのは本当か? そんな奇術みてえな芸当が出来るってんなら、俺にも一辺見せてほしいんだけど」


「構いませんよ」


 ハンシャは気安く請け負った。自身の右手の親指に巻かれた包帯を解き始める。ミズタが心配そうに声を出した。


「女王様」


「大丈夫。慣れていますから」


 血のこびりついた包帯を床に落とすと、親指の爪が露わになった。ハンシャはその爪に指を引っ掛け、そして――思い切り引き()がした。


 うわっ、痛そう。俺は若干引いた。激痛を唇を噛むことでこらえた女王は、青ざめた顔で爪を床に落とす。


「こ、これが神族の創造です。神よ、我が世界に新たな生命を……!」


 真上の黒曜石が明滅した。水晶も点滅を繰り返す。やがて元親指の爪だった物は、膨れ上がり、丸まって、最後に弾けて何かを形作った。俺はその異様さ、異常さに思わず見入ってしまう。


 人間だ。人間の女だ。丸坊主で、その体に真っ赤な衣をまとっている。年の頃は12歳ぐらいか。ぶるぶる震えながら、生まれたての小鹿のように立ち上がろうと試みる。宝石の発光が元通りになり、また従来の薄明かりに戻った。


 レンズが笛を吹いて甲高い音を立てる。奥の入り口から年配の神族が3人ほど駆けつけてきて、女王に一礼した。そして新たな神族をそそくさと抱きかかえると、この場から連れ去っていく。


 ハンシャがマリに新しい包帯を巻いてもらいながら、気丈(きじょう)にも笑みを浮かべた。


「これでご理解いただけましたか、研磨」


「ああ、よく分かったよ」


 俺は内心舌を巻いた。本当に爪から仲間を生み出していたのか。この目でしかと見て、納得せざるを得なかった。一人生み出す度にこの苦痛を味わっているのかと思うと、同情すらしてしまう。それを両手両足、20本の爪でやるのだから、その苦悶はいかばかりか。


「研磨、まだ質問はありますか?」


「ああ。魔族について知りたい。何で連中はいきなり神界に攻め込んできたんだ? つい最近のことなんだろ? それまでは裏っかわの魔界で大人しくしてたのに、どうして急に?」


 ハンシャは痛みに打ち()ち、懸命に応じる。


「いいえ、本格的な侵攻はつい先日からですが、それまでにも数体の魔族が時折こちらへ侵入しておりました。だから辺境に兵士を配置しておいたのです。今回の大挙襲来が何を意味するのか、それはわたくしにも分かりません。ただ降りかかる火の粉は払うまでです」


 なるほどな。じゃ、最後の質問といきますか。俺はハンシャを睨んだ。


「おめえはここで何してるんだ?」


 場が凍りついた。俺は気にせず、更に女王へ投げかける。


「ミズタやマリ、他の神族を人間界や戦場に赴かせて、おめえはここで指示を飛ばすだけか? 新しい神族を生み出す役目があるにせよ、それで神族の頂点に立つ存在かよ。安全な場所から危険地帯に兵士を送り込んで、それでよくのうのうと生きていられるもんだな」


 俺は物凄い勢いで後頭部をはたかれた。ミズタが張り手を飛ばしたみたいだ。俺は振り返って怒鳴りつける。


「何すんだよ!」


「あんたねえ、あたしたちの女王様に何てこと言うのよ! 土下座して謝りなさい!」


「俺は間違ったことは言ってねえ。部下の神族たちが身を呈して戦っているってのに、呑気にお城でくつろいでいるこの女王様が気に入らねえんだよ」


 答えたのはハンシャだった。俺に罵倒されても、彼女の声は静かに澄み渡っていく。


「では――どうすれば認めていただけますか?」


「俺とタイマンしろ」


 小首を傾げる女王に、俺は舌打ちをこらえる。


「一対一で戦えってことだよ。覚悟の程を見せてみろや」


 俺は女・子供・老人には手を出さない主義だ。だがそれは相手が弱いからで、俺と同等以上に強いなら話は別だ。ま、超人類として進化中の俺に恐れをなして、断るに決まって――


「構いません。受けて立ちましょう、研磨」


 えっ? 俺とやりあう気か? ハンシャは出入り口に向かう。


「ついて来てください。――レンズ、しばらく任せましたよ」


「承知しました」


 ミズタやマリが血相を変えて立ち塞がる。


「ちょっと女王様! お気を静めてください!」


「そうです! 相手は超人類、女王様でも手に負えるかどうか……」


 ハンシャは苦笑して手を振った。


「見くびられたものですね。大丈夫ですよ。さあ、道を開けてください」


「でも……」


「いいから」


 二人の神族は渋々脇へどいた。ハンシャが出て行くので俺も後に続く。背後からミズタに尻を蹴飛ばされた。


「いてえな」


「この馬鹿! どうなっても知らないから!」




 俺たちは女王に導かれるまま城から飛び立った。周囲を行き来していた神族の女たちからわっと歓声が上がる。


「ハンシャ様!」


「どちらへ(おもむ)かれるのですか?」


「こりゃ昼食どころじゃないわ!」


「えっ、決闘? あの人間と?」


「まさか……でもこれは見ものよ!」


「女王陛下万歳!」


 たちまち野次馬の神族たちが、俺たちの後ろにぞろぞろとついてきた。その数は膨れ上がるばかりだ。人気あるんだな、女王。しかし護衛もつけないなんて、女王は自分の身は自分で守れるってことか。こりゃ相当強そうだ。いい喧嘩が楽しめるかもしれない。俺はわくわくしてきた。


「着きましたよ」


 ハンシャが指し示したのは、空に浮かぶ闘技場だった。まるで古代ローマ建築のコロッセオだ。野次馬はわきまえており、次々と客席に降り立つ。円形の広場の真ん中に、俺とハンシャが着地した。ミズタとマリは立会人のように左右に位置する。マリが改めて最終確認した。

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