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0005超人類は今日も進化します

「その通りです、鏡さん。数万年前は誰も生きていけないような世界であり、()むべき空間として渡航が禁止されていた、神界の裏側――魔界。それが今、魔族で(あふ)れ返り、世界の(ふち)から神界へ攻め込んできているのです」


 円盤世界の表と裏が相争(あいあらそ)っているのか。それが神界と魔界、神族と魔族、ってわけか。馬鹿な俺でもようやく状況は飲み込めてきた。つまり誰だか分からねえが、既に魔族側についた超人類と、これから神族側につく予定の俺は、結局敵同士としてぶつかることになるわけだ。それは実にいい話だ。さっきの木製人形は物足りなかったからな。


 ミズタが怖気(おぞけ)(ふる)ったように俺を見つめる。


「何にやにやしてるのよ、キモいわね。まさかあたしの下着を覗いたとか?」


 組んでいた足を元に戻し、服で隠すようにする。自意識過剰だ、アホ。まあ覗けるものなら覗きたいところだが……それは置いといて。


「木製人形は何で助っ人交渉もせず俺に襲い掛かったんだ? 俺、超人類なんだろ? 魔界の魔族はもう超人類がいらないってことか?」


「馬鹿ね、もうあたしたち神族の二人と接触してたじゃない、研磨。多分あの刺客はその光景を見て、あんたがハンシャ女王様側についたと判断したのよ。だから攻撃してきたんだわ。あの人形はあんまり知性がなかったみたいね、研磨みたいに」


 酷いこと言いやがる。


「じゃあ早速神界とやらに行くか! 俺はいつでもいいぜ。どうせこんな退屈で窮屈な世界、うっちゃっても全然平気だし」


 マリが立ち上がろうとする俺を押しとどめた。


「鏡さん、そうおっしゃらず。貴方(あなた)が神界から無事戻ってこれるかどうか、そうなったとしても何日かかるか、分かったものではありません。これから一日、ゆっくりこの人間界に別れを告げてください。思い残すことのないように。たとえば家族とか、親戚とか、友達とか、恋人とか。未練を残さず、悔いなく旅立てるようにするのです」


 俺はちょっと(ひる)んだ。そうか、そう言われると、この人間界で旅立ちの挨拶(あいさつ)でもしておきたくなる。親父とお袋は下の階でテレビでも観ているだろう。弟の写は自分の部屋で勉学にでも励んでいるだろうか。喧嘩マニアとして家族からも距離を置かれている俺としても、最後に笑顔ぐらい見せといて構わないはずだった。


「……分かった。おめえらはどうするんだ? 帰る当てはあるのか?」


 ミズタがベッドから腰を持ち上げた。弾力で枕とシーツが上下する。


「この人間界に活動拠点があるから、いったんそこへ戻るわ」


「どうせどこかのビルの屋上とか、打ち捨てられた廃屋とかだろ」


「いちいちうるさいわね。……さっきの人形みたいな魔族の刺客が現れても、今のあんたなら一人で倒せるでしょ。寝込みを襲われないように、この部屋に結界だけ張っておくわ」


 彼女は瑞々(みずみず)しい腕を躍動させ、空中に何かの印を切った。室内が一瞬だけ明るくなり、また元に戻る。


「これで良し。魔族はこの部屋には入れなくなったわ。じゃあね、研磨」


「それではまた明晩お目にかかります。お休みなさい、鏡さん」


 2人は窓から外へ飛び出していった。部屋が急に広くなり、夢幻的な夢から覚めたような、そんな感慨(かんがい)にさらされる。


 さて、どうすっかな。後輩の輝にはお世話になったし、吉良とも仲良く殴り合ったしな。明日は真面目に登校して、二人に別れを告げておくか。


 その前に腹が減っている。両親に会うのは億劫(おっくう)だが、飯だけは目の前で食べろとは親父のお達しだ。俺は着替えようかと思って立ち上がったが、そこでドアをノックする音が響いた。


「研磨。僕だよ、写だよ」


 俺はドアを開けた。俺より10センチほど低い位置に、マッシュルームのような茶髪がある。子供っぽさが残る顔ながら、その両目は(たか)のように鋭い。まさしく弟の写だった。


「何だよ、おめえからとは珍しいな」


「話、聞こえてたよ」


 あ、そうだったんだ。俺は隣の部屋との壁の薄さを失念していた己を恥じた。


「ちょっと僕の部屋で話そうよ。ここだと寒い」


「俺の部屋でもいいだろ。暖房ついてるぞ」


「いいから」


 写はそう言ってさっさと歩き出した。


 こいつは昔からわけの分からない奴だった。少年のようなたたずまいのくせに女好きで、そのあどけない顔を武器にとっかえひっかえ漁色(ぎょしょく)にふけっていたらしい。かと思うと、今年は人が変わったように女を寄せ付けなくなった。何かトラブルでも起こしたのだろうか。


 その一方、勉強は良く出来た。国内でもトップクラスの学校である私立敬帯(けいたい)中学の3年生で、更に学年首席を争う知能の高さだった。馬鹿で喧嘩マニアの俺とは大違いだ。多分写も俺のことを見下し、見離しているのだろう。


 写の部屋に入ったのは何年ぶりか。どうやら塾の課題をやっていたらしい。勉強机に開かれた参考書とノートが置き去りにされている。弟は椅子に座ると、立ったままの俺を見上げた。


「聞こえづらかった部分もあるから、一切合切(いっさいがっさい)話してよ。初めから最後まで」


 俺は仕方なしに、最近の喧嘩無双状態から空を飛んだ話、二人の神族と一体の魔族との出会いを詳細(しょうさい)に語った。要領悪いし、突飛(とっぴ)な話だから、まあ理解しにくいとは思ったけどな。


「ふうん。超人類、か。研磨がねえ。ちょっと宙に浮いて見せてよ」


「おう」


 俺は半透明の輪を背中に生やし、カーペットから10センチほど浮上した。写はさして驚きもせず、手を振ってやめさせる。着地した俺に対し、無情な一言を放った。


「行ってくれば? 僕も馬鹿な研磨を追い出せて幸せだから」


 ぐさっ。容赦ねえな、こいつ。まあ写らしいといえば写らしい。だが直後にこう言い添えた。


「でも必ず帰ってきなよ。僕はよくても両親は研磨のこと心配するだろうから」


 やっぱそうか。両親はな……。そこで俺の腹が鳴った。耳朶(じだ)を熱くする俺を写がからかう。


「晩御飯を一緒に食べて、ゆっくり話したら? 今晩ぐらいはね」


「分かった。まだ神界へ行くまで時間があるけど、とりあえず俺がいなくなった後の両親の面倒を見てやってくれ。頼むぜ」


 写は微笑した。


「任せて」


 俺は学ラン姿のまま部屋を出て、1階のキッチンに向かった。不思議と着替えようとは思わない。入学式、卒業式。俺はその日だけはきっちり両親に晴れ姿を見せてきた。今回もそのつもりでいるのだろうか。自分でもよく分からん。


 ともあれ、俺は少し緊張しながらドアを開け、台所へ入った。隣接する居間でソファに腰掛け、テレビを観ていた両親が、こちらに気付いて立ち上がった。


「研磨、どうしたんだその格好は」


 恐る恐る尋ねてきたのは親父の鏡投影(かがみ・とうえい)。若禿げを気にしている46歳で、銀縁眼鏡をかけてやや小太り。福の神様のような顔立ちで愛嬌(あいきょう)があった。


「ん、別に……」


 どうしても愛想が悪くなってしまう。食事の席では俺の喧嘩沙汰についてもめることが多く、途中からお互い不機嫌になって黙り込むのが常だった。

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