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0033超人類は今日も進化します

 並んで飛行している京が、唖然として漏らした。


「君はどこまで成長するんだい、研磨君」


 俺たちが距離を詰めていくと、魔人がようやくこちらに気付いたようだ。軽い驚きで目を見開いている。


「ほう、裏切り者の京に救われたか、研磨」


 奴の周りを何百もの火の玉が囲い、こちらに敵意を放出してくる。俺と京は行く手をさえぎられ急停止した。


 その頃にはもう、雲すれすれに浮かび上がる荘厳(そうごん)な建築物が視界に捉えられた。京がその美しさに感動したのか、ほうと溜め息をつく。


「ドーリア式か。アテナイのパルテノン神殿みたいだな」


 よく分からんが、屋根、多数の柱、土台が綺麗に区分けされた、『神殿』らしい建物だった。その世界遺産的構造物を見物するのは後回しだ。俺は叫んだ。


「アシュレ! 今度こそおめえを倒してやる! 一対一で勝負しろ!」


 火炎魔人は一瞬呆けた後、おかしさが急激にこみ上げてきたとばかり、大笑いして腹を抱えた。


「馬鹿か、お前。まず俺の部下たちに勝ってからものを言うんだな。負け犬君」


 そして部下たちを顎で使った。


「行け、者ども」


 火球の群れが一斉にこちらへ飛来してくる。俺は(ちゅう)(ぱら)で手刀衝撃波を射出して迎え撃った。京は『無効化波動』で対処する。魔族が真っ二つに裂けたり粉砕されたり、あるいは青い光弾で消滅したりと、その数を減殺(げんさい)される。だが生き残った奴がまっしぐらに突進してきて、俺や京にぶち当たった。俺が連中と最初に激突したときと同じだ。圧倒的な数の暴力。皮膚を通して肉が焼ける痛みに俺は苦悶した。


「くそっ」


 俺には驚異的な回復能力が備わっているが、京にはない。京はハンシャ女王や帝王マーレイ同様、他人の傷は治せても、自分のそれを(いや)すことは不可能なのだ。京は鉄の棒を振り回して火の玉を粉砕していくが、接近戦ではさすがに遅れを取る。たちまち体中火傷(やけど)だらけになった。


「京! いったん引け! 俺がこいつらを全部ぶちのめす!」


「……すまない」


 京は俺とは違って、勝てない喧嘩に命を張るような愚か者ではなかった。俺の言を素直に聞き入れ、上空へと逃走する。


 俺はジグザグに飛びつつ、衝撃波や『無効化波動』で追いすがってくる魔族たちを蹴散らした。何も考えなくていい。ただひたすら火の玉を潰し、滅殺(めっさつ)すればいい。俺はいつの間にか写とアシュレへの復讐も、ミズタとマリを失った悲哀も忘れ、この喧嘩に没頭していた。ときたま炸裂する体への衝撃と痛みに――すぐ治るがゆえ――心地よさすら感じた。


「ほう……」


 火炎魔人の感嘆が鼓膜に届く。俺は八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍で、あらゆる角度から体当たりしてくる火の玉を、様々な角度でもって迎撃し続けた。左右の手刀を間断なく振り抜き、時には蹴りで、時には頭突きで人面球を打ち砕く。汗と血が蒸発し、ボロボロの服の()げる音が響いた。がむしゃらに、でも的確に。俺は丹念(たんねん)に、そして熱狂的に戦闘を展開していく。


 いつしか攻撃が弱まり、崩れ、皆無となった。俺は肩で息をしつつ、はっと自分を取り戻す。もはやあれだけあった火の玉は、ただの一個も残っていなかった。京が降りてくる。


「凄いな、研磨君。魔族は全滅したよ。どうやら君の進化はまだ続いているようだ」


 静観していた火炎魔人アシュレが、ぱっと腕を振った。その手から炎の鞭が飛び出す。()えたぎるような憎しみの目をしていた。


「どうやら俺様が相手してやるレベルにまで到達していたようだな。……いいだろう。俺様の前に屈する権利を与えてやる」


 俺は身構えた。いよいよ復讐のときは来たのだ。親父、お袋。何ら(やま)しいところのなかった、立派だった俺の両親。それを無慈悲に、写の依頼で燃やし尽くしたにっくき相手。俺は再度憎悪の炎で胸を焦がした。


 もう負けない。必ず勝つ。俺は殴っても斬っても蹴っても通じない相手に、唯一効果がある『無効化波動』を発射した。青い光弾がアシュレを襲う。


「おっと、そいつは食わないぜ」


 奴は軽々とかわした。この技の弱点は光の速度が遅いことだ。素早いアシュレに当てるためにはもっと接近しなくては。俺は飛び出した。背後で京が叫ぶ。


「研磨君! 無茶だ!」


 火炎魔人は炎の鞭を振るった。ぐんと伸びてきたそれは、俺の肩口を鋭く一撃する。激烈な痛みが走った。俺は急停止してしまい、続く2撃目、3撃目を胸に食らってしまう。


「この糞野郎がぁっ!」


 俺は腹から声を出しつつ、『無効化波動』を投げつけた。しかしアシュレはそれも、京が補うように狙って放ったものも、完全にかわしてしまう。もうすっかり見切られていた。


「どうした研磨、京。その程度か?」


 怪物はせせら笑った。離れていては『無効化波動』をかわされるし、近づけば炎の鞭で追い払われる。かといって他に有効な攻撃方法はない。


 いや……


 あの両目。炎の中で焦げることなく浮いている、二つの眼球。あれだけは衝撃波が有効なのではないか。いくら相手にも『境界認識』があるとはいえ、視界を潰されれば光弾をかわすのは困難となるはずだ。


 俺は手刀を構えた。どちらにせよ鞭の攻撃を承知の上で接近するしかない。大丈夫、今の俺なら、今の『境界認識』なら、確実に捉えられる。胸の痛みが治まったのを確認すると、俺はゴール目掛けてダッシュする陸上選手のように、最高速で飛翔した。


 炎の筋が俺の顔面を張り手打ちするのと、俺が手刀を振るのはほぼ同時だった。顔の皮膚が焼けただれる中、俺は第6感で衝撃波が奴の眼球に炸裂したのを知った。


「ぎゃああっ!」


 アシュレが悶え苦しんでいる。やはり弱点だったのだ。俺は戦意高揚しながら、この好機に更に近づいて、『無効化波動』を胴体に叩き込もうと(こころ)みた。


 しかし、化け物は舌でもあれば出しそうな笑いを浮かべた。


「……なんちゃって」


 火炎魔人の口の辺りから、巨大な炎の息が放たれた。それはまるで溶岩の壁のように俺を殴りつける。京が思わず、といったていで叫んだ。


「研磨君!」


 俺は信じがたい苦痛に急速後退を余儀なくされた。手で押さえた顎は骨が丸出しになっている。すぐ回復し、また元通りに肉がついたが、どっと疲労感が両肩にのしかかった。


「ちきしょう。その目が弱点じゃなかったのかよ」


 俺の不平にアシュレは哄笑した。奴の砕かれた両目がもう再生している。


「こいつは俺のお気に入りの飾りだ。どうだ、この目があれば多少なりとも人間らしく見えるだろう?」


 眼球を包む粘膜が片方、ぱちりと閉じた。ウインクしたのだ。俺は苛立(いらだ)った。


「何だよ、人間らしく見えるって。人間に憧れてるのか?」


 火炎魔人はやけに素直に答えた。


「ああ。その通りだ」


 何か神妙な口調である。そして奴は滔々(とうとう)と語り出した。


「俺様は帝王マーレイによって生み出された戦う人形に過ぎない。そのことが不満だった。それで俺様は、魔界統一戦争で出征(しゅっせい)を繰り返していた際、しょっちゅう過去の石版を探しては、そこに書かれる伝承や伝説を調べていたんだ。この世に生を受けた以上は、帝王の操り人形で終わりたくはなかった。俺様が至高の座に就きたかったんだ。その方法を探し求めたってわけだ」

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