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0032超人類は今日も進化します

「気がついたか」


 俺はまばたきした。地鳴りが響き渡り、世界は更にバラバラに壊れていく。火山の噴煙がとめどもなく立ち昇り、あちこちで突風がうなりをあげていた。『大統一』は着実に進行しているのだ。真下を見れば、砕けて出来た谷から魔界の空が覗き見えた。向こうは真夜中だ。


 あれだけいた神族たちの死体はなぜか残らず消え去っている。ミズタやマリもだ。女王が死んだためだろうか。


 俺はそこまで『境界認識』で把握した後、俺を脇に抱えている人物を見上げた。俺の傷を治し、宙へと避難させたのは……


「京か。だろうな」


「何だ、死ぬ寸前で助けてやったというのにつれない態度だな」


 言葉とは裏腹に彼――矢田野京は笑っていた。天然パーマの茶髪で、たいていの女は見た目だけで口説き落とせるであろう。二重まぶたで睫毛が長いのも相変わらずで、元気そうだ。俺という生存者を見つけて満足したような気配がある。反対側の手には鉄の棒が握られていた。


 俺はとりあえず聞いてみた。


「どうやって俺を救ったんだ?」


 彼は飛来する岩石を避けつつ喋る。


「昨日ハンシャが僕の牢に来て、解錠してこう言った。『わたくしはこれから帝王を討ちに出陣します。貴方ももし出来うるなら手助けしてください。東が戦場となっております』。そうして去っていった。僕はしばらく考えたよ。自分の身の処し方をね」


 雨後の竹の子のごとく生えてくる岩山を回避した。


「僕は魔女リングから言われていた。魔界側について転移する際、帝王には逆らえない見えない烙印が押される、と。だから僕がハンシャと帝王との戦いに介入することは出来ないと分かっていた。だけど番兵に話を聞くと、最新情報では東に火炎魔人アシュレの軍団がいるそうじゃないか。僕は凍氷魔人ブラングウェンと戦うことが出来た。ならアシュレとも戦えるはずだ。結局ハンシャに会ってから一時間後、僕も東に向かって(みやこ)を出たんだ。女王と共に戦うのは、傷を(いや)してもらったり親切にしていただいた恩義を返すために、やらねばならないことだと思っていた」


 ふむ、なるほど。俺は了解した。


「それで俺が死に掛けている場面に出くわしたってわけか。で、急いで他人への治癒の力で俺を治した、と。……写とアシュレは?」


「さあ、遭遇してないが……。それよりハンシャ女王や帝王マーレイはどうなったんだ? 他の神族は? それにこの天変地異は一体何だい? 次は君が答えてくれ、研磨君」


 俺は手短に話した。ハンシャの死とそれによる神族の共倒れ。写とアシュレが『大統一』を成すため、俺に帝王マーレイを殺させたこと。逆上した俺が、弟にあっさり殺されかけたこと……


「そうだったのか……」


 俺は納得する京をよそに、自身の飛行能力を試して彼から離れてみた。背中に半透明の輪が生え、自在に宙を動き回れる。写の『無効化波動』の効果はとっくに解除されていた。


「よっしゃ、体調は万全だ。京、おめえはこれからどうする?」


 京は(あご)をつまみ、軽く思案した。


「そうだな。僕は牢屋に閉じこもって考えていたんだ。愛する魔女リングをどうにかして生き返らせられないものかとね」


 自嘲(じちょう)(かげ)が頬を滑り落ちる。


「彼女は魔界では虫けらのような扱いで、凍氷魔人ブラングウェンはリングが戦死したと僕に報告した。その言は信じる。でも心の中では、そんな回答だけではおさまらないものがあるんだ。……研磨君、写君は『ああ、美羅、今会いに行くからね』と言ったんだね? 美羅さんとやらは、彼の彼女かい?」


 そういえばそんな台詞を吐いていた。美羅、美羅……。俺は該当する記憶をつるはしで堀り返し、やがて探し当てた。


「そうだ、光美羅(ひかる・みら)。写がぞっこん惚れ込んでいた彼女だ。確か別れたようだけど……」


「それは死別ではなかったかい?」


 俺は京の飛躍した言葉に真剣に考え込む。


「そうかもしれない。俺はあいつの私生活にあんまり詳しくないからな。……ただあの漁色家の写が、1年前から女と一切付き合わなくなったのは事実だ。これぞとばかりに惚れ込んだ女が死んだとするなら、それもありうるかもな」


 京は震える声で指摘した。


「ひょっとしたら写君は美羅さんを生き返らせようとしているんじゃないか?」


 それが言いたかったのか。俺はうなった。


「それが『大統一』後に出来る、ってか? ――でもそう考えれば、写の奴がこの戦争に意義を見い出した理由にはなるな」


「なら……魔女のリングも復活できるかもしれない」


 京が夢見るような顔で言った。何だ、要はそこか。


「リングって奴をそこまでして生き返らせたいってのか?」


 彼は現実の地平に視線を引きずり下ろし、俺に真剣な眼差(まなざ)しを向けた。


「ああ。君だってミズタさんやマリちゃんを生き返らせたいだろう?」


「そんなことが可能ならな。俺は、俺はでも、もういいんだ」


「もういい?」


 俺は考え考え口にした。


「俺は写とアシュレに復讐を果たす。んでもって、ハンシャやミズタ、マリたちの墓を立ててそれを守ることに生涯(しょうがい)を尽くす。それが俺の生きる道だ。そう見い出したんだ。神族が生き返るなら嬉しいけど、みんな死体ごと消えちまったし、もう無理だろ」


 京は(あわ)れむような瞳で俺の顔を見つめていた。やがて言った。


「そうだな。往生際が悪いのは僕かもな。……ただ、目的は一致した。写君と火炎魔人アシュレの元へ行こう」


 大地が盛り上がったり平らになったりへこんだりして落ち着きない。噴水が吹き上がったかと思えば、流れる溶岩と衝突して白煙を生じる。『大統一』は全ての生きとし生けるものを無慈悲に轢殺(れきさつ)していくかのようだ。


 俺は暴風にあおられながら大声で尋ねた。


「京、あいつらがどこに行ったか分かるのか?」


「恐らくは魔界の『空中大神殿』」


 空中大神殿? はて、どこかで聞いた名前だな。いつだっけ、どこだっけ……


 俺はぽんと手を打った。


「帝王マーレイだ。あいつが戦う前にぶった演説で、確か帝王位の引き継ぎ式をそこで行なったとか言ってた」


「そうさ。魔女リングは言っていた。魔界の高等な祭事(さいじ)は全てそこで行なわれるし、帝王自身の住居も併設(へいせつ)されていると」


 よし。俺は自分の両手を眺めた。握ったり開いたりすると、皮膚の裏で流れる血潮が感じられる。俺はまだ生きている。なら、何だってやれる。


「行こうぜ京。場所は分かるか?」


「魔界の南方面だとか言っていた」


「それでおめえは写やアシュレとすれ違わなかったんだな。時間がねえ。出発だ!」


 俺たちは獣や鳥たちの悲鳴にも似た鳴き声と、揺動(ようどう)する世界の扼殺(やくさつ)されるようなもがきの中、南西方面へ飛翔していった。




『世界の縁』まで行くこともなかった。途中に手頃な亀裂が走っており、そこから神界の裏側――魔界へと直接(おもむ)けたのだ。表裏反対にこちらは夜だったが、火山の活動が激しくて、マグマと燃焼する森の火災で空は赤く染まっていた。


 俺はここに来て更に進化している。『境界認識』がなおも拡張され、自分を中心とした直径1キロぐらいの範囲を索敵(さくてき)出来るようになっていたのだ。俺がそれで目指す場所を探していると、どうやらそれらしいものにぶち当たる。


「あれだな!」


 多数の魔族の存在。その中でも強力に感じる個体は火炎魔人アシュレのものか。そしてそのそばに位置する、夜空に張られた球体状の結界。その中までは見通せないものの、それゆえそこが目的地と分かる。

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