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0027超人類は今日も進化します

「そいつは怖いな」


 俺は2人の体温に分かれ(がた)く思ったが、こうしている間にもアシュレと帝王の前進は続いていた。時間がない。俺は彼女らと別れると、「行ってくる」とだけ言い残し、天と地を結ぶ分厚い竜巻へと飛翔していった。


「研磨! 死んだら承知しないから!」


「鏡さん! お気をつけて!」


 俺は振り返ることなく前を進んだ。何だかもう一度2人の――特にミズタの――顔を見たら、せっかくの意気が(くじ)けそうだったから……




 雲が漏斗(ろうと)状になって大地と繋がっている。その暴風に負けじと、俺は不透明な輪を背中に生やし、斜め上から突っ込んでいった。


「くっ!」


 すげえ風だ。ともすれば吹っ飛ばされそうになる体を気力で叱咤(しった)し、俺は更に近づいていく。そのときだった。


「ぐあっ!」


 土砂の塊が俺を襲った。竜巻で舞い上げられたものが、偶然衝突してきたのだ。俺は右腕を骨折し、凄まじい激痛でたちまち強風に負けてしまう。巨木や岩、レンガや砂塵、木の葉や枝などと共に、俺は突風の波に翻弄された。息も出来ずただただ宙を舞い、飛来物に叩きのめされる。


「ちくしょうっ!」


 俺は全能力を背中に集中させ、激しい風圧に抵抗した。こんな、帝王が無意識に起こしている大気現象ごときで死んでいたら、アホみたいで嫌だ。負けてたまるかっての。


 俺はどうにかこうにか体勢を立て直した。右腕の骨折はもう治っている。強力な治癒能力が俺の負けん気を後押ししてくれた。俺は両腕で顔面をかばいながら、とうとう風の壁を突っ切って渦の中に出た。途端に強風が収まる。


「何者だ、貴様」


 背筋がゾクリとするような、野太い威圧的な声。それが俺の頭の中に直接響いてきた。何だこりゃ? テレパシーって奴か? 俺は真下の、渦が巻き上がる中で仁王立ちしている人物を『境界認識』で観察した。


 赤や緑の宝石が光る金色の王冠を被っている。髪の毛はないが灰色の(ひげ)があり、その顔は(たけ)るイノシシに似ていた。錫杖(しゃくじょう)を手にし、上半身のみきらびやかな鎧をまとっている。黒いマントをなびかせて、紺の下穿きに獣皮のブーツを身に着けていた。身長は220センチ前後か。


「おめえが魔界の帝王、マーレイか!」


 竜巻の巨大な騒音にもかかわらず、奴は俺の声を不思議と聞き取っていた。


「その通りだ。貴様はどうやら、わしの直上(ちょくじょう)にしゃしゃり出てきたことを無礼とは感じておらぬようだな。名を名乗れ」


「……鏡研磨。神族側の超人類だ」


 俺はゆっくり降下する。まだ俺の衝撃波や『無効化波動』の射程圏内ではなかったからだ。それでも会話が成立していることに、たまらない違和感を感じる。


 帝王は、さすがに魔族の頂点に立つ者らしく、冷徹たる視線をもって俺を串刺しにした。


「超人類、鏡研磨か。わしとやり合う前に少し話さぬか」


 俺は停止した。少し興味を()かれたからだ。


「話? 魔界を征服した自慢話でもしようってか?」


 マーレイは首を振って笑殺した。灰色の髭が揺れる。


「違う。わしも元はただの人間だった、という話だ」


「何……?」


 彼は俺を見上げたまま喋り出した。


「わしは人間界で一老人として暮らしていた。会社勤めを終え、のんびりとした余生を過ごしていたのだ。だが1年前、突如超人類の力に目覚めた。驚異的な拳打の力、切れ味鋭い手刀、他人の傷への治癒能力、対象を無力化する青い波動の放射、などが徐々に使えるようになった。ただし貴様や神族のような空飛ぶ力は今もなお発現していない――実に残念だがな。……ともかく、そんなわしの元に魔族から使いが来た。ハンシャ女王やその部下である神族たちよりも早く、な。使いの口上(こうじょう)はこうだった――『その力で魔界の帝王の座を継ぎ、魔界を統一していただけませんか』。魔界は帝王がいるにもかかわらず、多くの魔族たちが群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)しており、手がつけられない状況だったのだ。わしは人間界の研究者たちにモルモットにされる未来より、魔界に渡って覇者となる将来を選んだ」


 俺は無言で聞き入ってしまう。


「前の代の帝王は、空中大神殿でわしを待っていた。そいつは奇怪な怪物で、腕が6本、足が4本生えていた。病で床に伏せっていた奴は、しかしわしに帝王の座を譲渡(じょうと)すべく、わしに儀式用の長剣を手渡してきた。それで自分の心臓を刺せ、と命令してきてな。どうやらそれが帝王の座の引き継ぎ式であるらしい。わしはもちろん怪物を剣で貫き、至高の――そのときははりぼて同然だったが――地位に就いた」


 帝王は唇を舌で舐めて(うるお)した。


「わしは魔界でもどんどん進化していき、とある能力に目覚めた。それが『魔人の創造』だ。稀少(きしょう)な宝石からしか生み出せぬが、わしはその力で3魔人を創造した。火炎魔人アシュレ、凍氷魔人ブラングウェン、泥土魔人ウォルシュ。皆、わしに決して逆らえない烙印(らくいん)を押された状態で、わしの指示に従い、魔界での戦争において獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を見せてくれた。そしてとうとう、わしは魔界を統一したのだ。それがつい一ヶ月前のことだった。わしは魔界の帝王として権勢に酔いしれた」


 だが、と彼は続ける。


「それでわしの権力欲が絶えるということはなかった。魔界の裏には神界が存在するという。さらに言い伝えでは、神界の現女王を滅ぼすことによって、神界と魔界が人間界のような完全な世界にまとまるらしい。『大統一』というようだがな。わしは次なる目標が出来て喜んだ。わしが世界を完全に()べる。神族に恨みはないが、抵抗するなら死んでもらう。わしはそうして、3魔人を先頭に立たせ、この神界に攻め込ませたのだ。意外と苦戦してしまったがな」


 マーレイは両手を広げた。威厳と余裕に満ちている。


「……以上がわしの話だ。どうだ、冥土(めいど)土産(みやげ)としては悪くなかっただろう」


 うーん、神族の昔の賢者サイードは、結構馬鹿だったって事か。サイードは数万年後のこれあるを予言して、人間界に『進化の粒』を()いた。神界の助っ人として、超人類がちょうど生まれてくるように。だが彼女の思惑とは違い、いち早く超人類として生まれたマーレイは、魔界の統一を果たして帝王の座を確固(かっこ)たるものにした。そうして神界に攻め込んできたのだ。


 京も写も魔族側についたし――京は寝返ったけど――、『進化の粒』など撒かなければ良かったのだ。


 それはともかく、俺は帝王の話の不備を突いた。


「魔族はどうやって生まれてくるんだ? どうやらあんたの爪は()がれてねえようだが」


「魔族は魔界の各所にある『戦士の泉』から霊魂として生まれてくる。それに強力な魔族が自分たちの利用しやすい体を与え、部下として使役(しえき)するのだ。3魔人で見てみれば、泥土魔人は人形、凍氷魔人は雪だるま、火炎魔人は火の玉となる。分かったかな?」


 俺は最後に質問する。


「現帝王であるおめえを倒せば魔族は全滅するのか?」


 帝王は苦笑した。錫杖を構える。

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