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0023超人類は今日も進化します

「分かった。撃つよ!」


「おう!」


 俺と京は、ありったけの力で『無効化波動』を直下の雪原に放った。巨大な青い光弾が撃ち込まれるさまを、ブラングウェンが嘲笑する。


「何をやっているので? 相手はこっち……」


 奴は最後まで言い切れなかった。野原がいきなり全域に渡って陥没し、崩落したのだ。上を歩いていた雪だるま群も、凍氷魔人も、全てが派手な水飛沫(みずしぶき)を上げて落下する。


 京が、ミズタが驚愕の声を漏らした。


「これは……!」


「湖……?」


 そう、この平原は氷と大量の雪で覆われた、一個の湖だったのだ。それを俺と京の『無効化波動』が一気に溶かし、元の姿に返した、というわけだ。魔族の雪だるまたちが泳ぐことも出来ず、次々に沈んでいく。この様子を眺めていた神族たちが、一斉に歓声を上げた。


 だが――


「あ、危ないところだった……」


 湖の中央で逆さつららが真上に伸びた。それに右手と右足をかけてしぶとく現れたのは、凍氷魔人ブラングウェン。その全身はすっかりびしょ濡れだ。


 ミズタが合わせた両手の隙間から光の矢を放った。


「マリの仇! これでも食らえっ!」


 矢は高速で魔人の腹に複数命中した。だが相手は痛くもかゆくもなさそうだ。余裕を持ってミズタを睨みつける。


「ふん、逃げ足だけは速かった神族か。今殺してやる」


 しかし、そのミズタの光の矢がある部位を照らしたとき、俺と京は目を見交わした。俺はうなずくと、ブラングウェン目掛けて襲い掛かる。


「見えたぞ! そこだな、核は!」


「何っ?」


 俺は『境界認識』をフル稼働して手刀を振り抜き、衝撃波を怪物の弱点――左足の爪先に叩き込んだ。そこだけが他の透明な氷に比べ、赤く濁っていたのだ。今まで積雪に隠れて分からなかったというわけだ。


「ぎゃああっ!」


 狙いはどんぴしゃだった。凍氷魔人は赤い爪先――核を粉砕されると、その全身を維持できなくなってバラバラに砕け散る。逆さつららが墓標となって、湖は奴の墓場と化した。神族たちが『境界認識』からの魔人の消失に、今度こそはと喜んだ。


 勝った。泥土魔人に続き、凍氷魔人にも……


 だが、そこにマリの姿はない。俺はようやく勝利を収めても、心のもやを晴らすことは出来なかった。ミズタと京が、無言で浮遊している俺のそばに寄ってくる。


「ありがとう、研磨。マリの仇を討ってくれて……」


 俺は無言で首肯した。マリは、マリはもう、戻ってこないのだ――


「おい……」


 京が控え目に指摘してくる。


「マリって、あの氷の槍で腹を突き刺された神族のことか? 彼女なら僕が治して、今頃貧血で後送(こうそう)されているはずだよ」


「えっ!」


 俺とミズタは同時に目を見開いた。




「マリ!」


「ミズタ! 鏡さん!」


 赤いショートボブに、紐で耳に引っ掛けている分厚い眼鏡。あじさいの花のような明るい顔立ち。間違いなくそれは、生きているマリ本人だった。


 野戦病院の中で、マリとミズタは互いに駆け寄り、ひしと抱き合った。涙を流してそれぞれの無事を喜び合う。俺は目頭を押さえて嬉し泣きをこらえた。京が俺に解説する。


「研磨君とミズタさんが去った後、僕は急いで氷の槍を割り、引き抜き、治癒の力でマリちゃんの傷を元に戻したんだ。ただ出血が酷かったのと意識がなかったのとで、状態は良くなかった。それで、恐る恐る近づいてきた神族に『早くどこか安全な場所に移して養生させてあげるんだ』と命じて引き渡してね。どうやらその神族は、ここへマリちゃんを運び込んだようだ。元気そうで何よりだよ」


 多分、ミズタが無力化された俺を運び疲れて森の中に不時着した際、真上を飛んでいったんだろう。俺たちはマリを死んだものと諦め、絶望的な気分に浸っていた。だから『境界認識』にも引っ掛からなかったのだ。いや、引っ掛かっていたかもしれないが、野鳥とでも間違えたのだろう。とんだすれ違いというわけだ。やれやれ。


「鏡さん」


 マリが正面から抱きついてきた。しばし俺の胸に頬を押し当てる。


「ありがとうございます。ミズタから聞きました。凍氷魔人を倒してくださったのですね。私の仇討ちという覚悟で……」


「なに、余裕余裕。マリの痛みはきっちり倍返ししておいたからな。もう死にかけたりするんじゃねえぞ」


「はい……」


 マリは澄明(ちょうめい)な水滴を頬に伝わせ、こちらを見上げて微笑んだ。


 生きていることを喜び合える仲間がいる。その事実が、俺の心を優しく撫でた。




 その後、京は自分が戦闘不能に追い込んだ負傷者たちを、今度は治癒して回った。女医や看護師たちは自分たちの仕事を取られてしまったわ、と(なげ)くように喜んだ。北方方面はこれでもう神族の優勢が決まり、傷の癒えた戦士たちは最後の仕上げとばかり、戦場へと舞い戻っていった。


 俺とミズタは傷跡一つなくなった体で、マリと食事している。暖炉に程近いベッドに3人並んで腰掛け、南からの補給線で運ばれてきた硬めのパンを噛み千切っていた。人が出払ってがらんとした院内で、足音が近づいてくる。


「やっと全員の治療が終わったよ、研磨君。自業自得だけど、さすがに疲れた」


『境界認識』でいち早く識別したのは、包帯だらけの矢田野京だった。京は俺の横に座り、ベッドに抗議の(きし)みを上げさせる。マリが彼に質問し、謎を解くよううながした。


「何で私を助けてくださったんですか?」


「君の方がずっと幼いが……顔立ちが、僕の愛した魔女リングに近かったからさ。それにブラングウェンには、神族を出来る限り殺さないよう注意しておいたんだ。なのに、退却して背中を見せる神族を槍で刺し貫いてね。頭にきたというのもあった。だからマリちゃんを助けたんだ。残酷なブラングウェンとは終始馬が合わなかったし」


 俺はパンを千切り、切れ端を京に手渡した。


「それだけじゃ俺や神族との共闘に転向した理由にはならないな」


 美青年は遠慮することなく受け取ってかぶりつく。


「もちろん。マリちゃんをとっさに救った僕に、凍氷魔人はせせら笑って衝撃の事実を告げたんだ。『あの魔族の女と間違えたか、京殿。……いいことを教えてやろう。リングの奴ならもう死んだよ。神族との交戦中にな。さっき連絡があった。でも心優しい君のことだ、今後も私たちの味方をしてくれるね?』と……」


 京は両手を両膝の上に置いた。その体が震えている――と思ったら、鼻声で続けた。


「リングが死んだなら、彼女がもうこの世にいないなら、ブラングウェンの嫌な奴に味方する理由もない。奴の方も、黙っておけばいい情報をあえて漏らしたことから察するに、僕に対する殺意で()えくり返っていたのだろう。僕は魔人に『無効化波動』を投げつけ、あいつはそれをかわした。そこでもう、僕は魔族と敵同士になったんだ」


 ミズタは気の毒そうに彼へ声をかける。


「そうだったの。そんなに好きだったのね、魔女のリングさんが」


「彼女は僕の全てだった」


 二十歳(はたち)の超人類はがっくりうなだれる。


「僕は人間界で、次々新しい能力に目覚めていった。大樹をへし折るパンチ力だとか、野菜を微塵(みじん)切りに出来る手刀の切れ味とか、大空を飛ぶ鳥のような能力だとか……。正直混乱し、大学にも行けなくなってしまうほど狼狽(ろうばい)したよ。僕は化け物になってしまったんじゃないか、ってね」

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