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0012超人類は今日も進化します

 よっしゃ、これなら俺の『境界認識』で捉えられる。俺は手刀を作り、ここぞとばかりに背びれに飛び掛かった。


「おめえには恨みはねえが、死んでもらうぜ、サメ!」


「いけません、研磨!」


 マリが俺に背中から抱きつき、こっちの動きを慌てて制する。何しやがる……と思っていたら。


 湖中から頭部を飛び出させた巨大ザメが、その両目から怪光線を放った。一方が俺の右太ももに命中し、熱い風穴を開ける。


「いってえ!」


「痛っ……!」


 俺だけでなく、マリまでもが激痛を言語化した。どうやら俺の太ももを貫通した怪光線は、背後のマリまでも炸裂したらしい。もしマリに引き止められていなかったら、俺はサメの攻撃で額に通気口を作られていた。まさに間一髪だ。


 巨大ザメは水飛沫(みずしぶき)を上げて再び水中に没した。


「だ、大丈夫か、マリ」


 俺は苦痛をこらえて振り返る。マリは右足の肌が綺麗にえぐれていた。すねとふくらはぎが流血に染まっていく。それでも気丈に返してきた。


「へ、平気です。鏡さんこそ……。それよりサメは?」


 俺は湖面に目をすがめる。サメの気配は深くに潜ってしまっていた。


「逃げられたみたいだ。しかし、巨大ザメにあんな能力があるなんて聞いてねえぞ」


「私も今さっき思い出したくらいです。バクー湖の巨大ザメは、獲物を仕留める光線を目から発する、と。その前兆が見られたので、私は研磨さんを押さえ込みましたが……大事に至らなくて良かったです」


 あの眼光なら船さえ真っ二つにしかねないな。俺は戦慄と苦痛で身震いした。


 それはともかく、あの巨大ザメをもう一度呼び戻さねば。奴の舌を持ち帰らなければ、ここまで来た甲斐(かい)もないというものだ。だがミズタにこれ以上の出血をお願いするわけにも行かない。さて、どうするか……


 いや、答えは簡単じゃないか。


「マリ、ミズタと一緒に光線の射程外に逃れてろ。巨大ザメをもう一度おびき寄せて、今度こそ仕留めてやる」


 ミズタが紫色の唇を動かした。


「どうやって? 何か策でもあるの? やっぱりあたしが、もう一度血を……」


「その必要はねえ」


 俺は手刀を作ると、自分の太ももを切りつけた。激痛と共に大量の血が噴き出す。ミズタとマリが一斉に俺の名を呼んだ。


「研磨!」


「鏡さん!」


 大丈夫だ。痛くない痛くない……!


 俺は歯軋りしつつ降下し、負傷にうずく太ももを湖水に浸した。チャンスは一度きりだ。今度こそ蹴りをつける。俺は『境界認識』を最大まで拡大させ、サメの位置を捕捉(ほそく)した。真下20メートル。15メートル。10メートル……


 俺は二条の光線が放たれるのを知覚した。素早く身をひるがえし、それらを空振りさせる。そして一気に湖中へ躍り込んだ。目の前で大口を開けて迫り来る巨大ザメに、指を突きの形にして繰り出す。それはサメの上顎を突き破って貫通し、俺の肩口まで深々と突き刺さった。もちろんサメは絶命している。もし少しでも遅れれば、俺は右腕を肩からまるごと食われていただろう。それにしてもこの突きは手刀の変形だったが、土壇場(どたんば)で良くぞ上手くいったものだ。俺の更なる進化だった。


 俺は仕留めた獲物を抱え、水面に浮上する。遠く見守っていたミズタとマリが歓声に沸いた。


「やるじゃない、研磨……」


「鏡さん、素晴らしいです!」


 俺は近寄ってくる彼女らに頼んだ。


「マリ、サメの舌を切り取ってくれ。こいつは想像以上の重さで持ち上げられないんだ」


「お安い御用です」


 マリの助力で無事解毒剤を手に入れた俺たちは、全員負傷した体を引きずるように、女王の城目指して飛んで帰っていった。事態は一刻の猶予(ゆうよ)も許されない。




「ハンシャ様!」


 治療院のベッドに寝かされているのはハンシャ女王、隣に座っていたのはナンバー2のレンズ。俺たち3人が雪崩れ込んだとき、女王は苦しそうに呼吸していた。レンズが水を含ませた手拭いを女王の額にかけている。


「おお、お前ら! 首尾は?」


「上手くいきました。これがバクー湖の巨大ザメの舌を(せん)じた薬です」


「でかした!」


 レンズが杯で水をすくい上げ、女王の上半身を抱きかかえる。耳元で大声を出した。


「女王様、研磨たちがやってくれました。猛毒『ハーフ』に効くかどうか分かりませんが……お飲みください!」


 ハンシャは前後不覚、意識混濁(こんだく)のありさまだった。それでも口を開け、薬を含み、レンズの献身的な手伝いでどうにか水を飲み下す。またベッドに横たえられた。


 全員が解毒剤の劇的な効果を期待し、女王の顔を覗き込む。それは最大の形で報われた。ハンシャの頬に血が上り、呼吸が(しず)まってきて、薄っすらとまぶたを持ち上げたのだ。


「レンズ……研磨にミズタ、マリ……。わたくしは一体……」


 意識が戻り、一転快方に向かい始める彼女。どうやら矢に撃たれた前後のことを忘れているようだが、俺はそんなものは無視してミズタとマリを引っ張り寄せた。


「悪いけど女王、話は後だ。この二人と俺を治療してくれ。正直立っているのもやっとなぐらいなんだ」


 レンズが困惑してどうするべきか迷う風だったが、ハンシャはこの依頼をすぐさま引き受けた。今度は自力で上体を起こす。


「3人とも怪我をされているようですね。構いませんよ。今治して差し上げます」


 マリがミズタの包帯を取り、その痛々しい手首を露わにさせた。ミズタが謙虚(けんきょ)な態度で進み出る。


「恐れ入ります……」


「ふらふらじゃないですか、ミズタ。後で滋養(じよう)のつくものをお食べなさい」


 女王が撫でると、あっという間に傷口が塞がった。順番にマリと俺も手当てを受ける。その頃にはハンシャもだいぶ回復してきており、むしろ大量の血を失った俺たちより元気になった。


 俺たちがどうにか一命を取り留めると、レンズがハンシャにゆっくりと経緯を説明する。女王は俺たちからサメ相手の奮闘を聞かされると、熱心にうなずいた。


「それで怪我していたのですね。ありがとう、研磨、ミズタ、マリ。貴方たちには感謝してもしきれません」


 俺は少しはにかんだ。そこで自身の空きっ腹が悲しげに音を立てる。一同が笑った。


「三人とも、今日は食事とお風呂を済ませ、疲れた体を休めてください。研磨、ミズタ、マリ。明日からよろしくお願いします」




 俺たちは治療院を後にした。マリが「私とミズタの自宅で休みましょう」と提案してきたので、腹と背中がくっつきそうな俺は一も二もなく賛成した。


 二人の住居は城から少し離れた斜め下に浮いている。平屋建ての素朴な家だった。それにしても、城といい闘技場といい治療院といい、どうやって浮いてんだ、これ。


 俺が質問すると、隣を飛ぶミズタが答えた。


「研磨も見たでしょ、お城の中枢に浮かんでいた巨大な黒曜石。あれは神界のシンボルであり、神様との接点であり、重力からあたしたちの家を解放してくれた魔法の宝石なの。神族の中心がハンシャ女王なら、神界の中心はあの黒曜石と言えるわね」


 マリが岩の島に建てられた自宅に着地する。俺とミズタも同様にした。

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