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短し夏の夢  作者: なつむらしいか
4/7

沈黙する桜

3500文字くらいの短編。

 

 桜は咲くのだろうか。


 問いかけても桜は沈黙するばかり。


 桜が沈黙して、ちょうど十年。



 *



 桜が咲くには、まだ早い時期。逸る気持ちを鎮めるべく、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。合格発表前日の深夜。私は近所の神社で神頼みをしていた。


 もう、結果は決まっているだろうし、今更何も変えられやしないということは百も承知。この落ち着かない気持ちを紛らわすことが出来れば、それだけで充分で。そもそも、この神社は学問などの御利益とかがある訳ではない。けれども、それでもだ。曲がりなりにも神様。専門外でも多少の御利益があると思ったっていいだろう。


 目を瞑って必死に手を擦り合わせて心の中でブツブツと祈りを捧げていたら、地面がグラグラと揺れたような気がした。地震だ、と思った私は閉じていた目をバッと開く。そこはとても明るい場所だった。まるで昼のように明るかったのだ。……昼?


 私は夜の神社で一人、お祈りをしていたはず…だった。一瞬、日が昇るまでお祈りをしていたのかな、なぁんて思ったけど。でも違う、そんなことある訳がない。目の前にあったはずの賽銭箱も御社も無くて、替わりにあったのは泉のようなもので…まるでどこぞの森じゃないか、とか思ったりなんかもしたんだけれど。そんな無駄なことを考えている場合なんかじゃないわけで。


 訳も分からないまま、私はキョロキョロと辺りを見回す。そうすると見覚えのあるものを発見する。近寄って側で見て、確信する。


 御神木さま。木の形が独特だったからよく覚えてる。だいぶ昔からあったというその桜の木はとても大切にされていた。でもある時を境に咲かなくなってしまった、らしい。しかし、咲かなくなったからといってその桜の木は切り倒されることもなく、変わらず大事にされていた。


 私はその桜が咲いているのを見たことがなかった。何でも咲かなくなったのは私が生まれた年のことだったとか。その話を聞いた時は、なんて間が悪いんだ。と思ったくらいで。その桜の木を見る度、本当に桜なのかなぁ、なんて疑っていた私なのだけれども。今、目の前にある木は疑いようもないくらいに。とても綺麗で見事な花が咲いていた。


 美しく咲いている桜の花に思わず見惚れていると突風が吹く。それは向かい風で風と共に花びらが顔に直撃する。ぶべら、という女子力低めの声が出てしまう。風が止んで、閉じてしまった目をゆっくり開くと桜の木の横に呆けた顔をした見目麗しい妙齢の女性が立っていた。そしてその女性が口を開き、私に向かって声をかける。


「サクラ様?」


 さくら? 桜って、花の? と思った私は思わず桜の木に目をやる。が、しかし。どうやら違うようである。その女性はその場で泣き崩れていた。訳がわからない。でも、こんな状態の人を無視できるほど私は非情ではなかったので声をかけようと近づこうとした。が、すごい勢いで女性が私に抱きついてきたのである。


「え、ちょっ、なに。はなして…苦しい!」

「す、すみません。感極まってしまいまして…」


 身動きも取れないままに離して欲しいと要求すれば割とあっさりと離してくれた。が、何故。私の手を掴んでいるのです? 別に逃げたりなんてしないのに。多分。手を振り払おうとしたけど、何でかそれは出来なかった。


「サクラさま…っ。お戻りになられたのですね…こんなに、ご立派になられて…シグレは大変嬉しゅうございます」


 ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、と。そのサクラ様とやらが私に似ていたんだとしても私には(れっき)とした名前がある。三枝(さえぐさ)千花(ちか)っていう名前があって。その由来は…桜の花が満開だったから。そのままサクラと名付けた…って、あれ?


 なんで、頭に浮かんだのはお父さんとお母さんの顔じゃないんだろう。それに私の名前はサクラじゃなくて…千花のはずなのに…どうして。どうしてこんなにも懐かしい感情が溢れてくるのだろう。


 妙な懐かしさと違和感を覚えつつも、この状態はマズイと判断した私は弁解を始める。如何にも心苦しいけれど、といった体を装って。


「あ〜、あの。大変申し訳ないんですが。人違い、だと…私はサクラ様、とやらではありません」

「そんな嘘をつかなくてもよろしいのですよ! サクラ様」


 なんで! 私が嘘をつかなきゃならないのか、と内心ツッコむ。が、とりあえず否定だ。例え信じてもらえなくともだ。しかし。悲しいかな、その女性は私の気持ちと言葉を無視し、話を進めてしまう。


「あぁ、こんなところで油を売っている暇はありませんわね。一刻も早く、ハナブサ様に報告しなくては。こうして、サクラ様がお戻りになられたことを」


 ダメだ、この人。思い込んだら最後、周りの話なんて聞かずに突っ走るタイプの人だ。


「それにしてもやはり、サクラ様の御髪(おぐし)はとてもお綺麗ですね。名前に違わぬお美しい色で、わたくし大好きでしたのよ」


 名前に違わぬ髪の色? 何のことだ。私の髪は黒で、光が当たっても茶色に見えないくらいに真っ黒で。見間違えるはずもない。え、もしかして。この世界ではサクラは黒なの? え、じゃあ。あれは桜じゃないの? それとも、本当に私の髪は……


 いや、まさか。と思いながらも後ろで引っ詰めていた髪をほどく。そして目に入った髪の色は……


「なんだこれ……まっしろ? ウソ、でしょう?」


 でも目に映ったのは白い髪だ。見紛いようもない、真っ白な髪。いや白っていうか、銀に近い感じはするけど。確かに、これぐらいの色ならば桜の色と言っても大丈夫なのかもしれないけれども。それと同時に、古く懐かしい記憶が蘇る。本に挟んだきりの押し花を久しぶりに見つけたような、そんな気分。


 混乱したままの私に構うことなく、女性は私の手を引いて歩き出す。遠ざかってゆく桜の木をぼんやりと見つめながら、私は急速に記憶を取り戻していた。



 *



 沈黙し続けていた桜がようやく答える。


 "在るべき形に戻った、それだけのこと"


 お前の居場所はここなのだ、と。



 私は何も応えない。そんな簡単には割り切れない、と。でも、もう……あの場所には、帰れない。それだけは私もわかっている。帰るべき場所は、ここなのだから。


 なのにどうして、私の胸はこんなにも痛むのだろうか。時が過ぎれば、この痛みも、想い出も消えてしまうのだろうか。



 *



 満開に咲き誇る桜の花びらが、強い風に煽られて散ってゆく。まるで吹雪のように花びらが舞い踊る。花びらが散るのと同時に急速に失われていく魔力。抑えられていたはずのひずみが開かれる。そこはもう一つの世界と繋がる道。


 そう、これは記憶。私があちら側に行くことになったきっかけ。どうして、今まで忘れていたんだろう。


 私は()()()()の人間じゃなかった。


 長い間、あの世界にいて、そんなことも忘れてしまったのか、私は……最初からこちら側の人間だったのに。



 *



「お待ちください! サクラお嬢様!」


 ある晴れた日。私はシグレの制止を振り切り、走っていた。桜の木をめがけて、まっしぐら。


 さほど強くもない風がサワサワと桜の花を揺らしていた。荒い息を抑えて、桜の木の根元に座り込む。そうして、私は目を瞑った。


 足の遅いシグレの声は近づいては来ているがまだ遠い。樹上には鳥がいるようで、可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。私はふふっと小さな笑い声を漏らす。


 ふっと、目を開ける。桜の花の隙間から見えるのは、透き通るような水色の空。その水色がやけに目に残る。


 シャン、シャン…と鈴のような音が木の後ろから聞こえてくる。


 何だろうと、思って木から身を乗り出して覗き見る。そこには鈴を持って踊る巫女がいた。その巫女は集中しているようでこちらには気づく様子がない。


 いや、違う。と私は直感した。気づかないんじゃない。見えないんだ、と。そこから先の細かいことは、よく覚えていないけれど。桜の木の根元に気を失った状態で年端もいかない少女が横たわっていた。というのが父と母…いや、三枝夫妻から聞いた話だった。




 曰く、その少女は記憶が酷く曖昧で。名前や住んでいた場所は記憶がないのか、理解をしていないのか。要領を得ない答えしか返ってこなかったのだとか。それでも辛抱強く優しく尋ねていくうちに分かったのは年齢は五つで、誕生日を迎えたばかりだ、ということだった。


 しかし警察に届けても、それらしき子供の捜索願は無かった。夫妻にはちょうど子供がおらず、いや、正確に言うと、五歳の誕生日を目前にして亡くなった娘がいたそうだ。それが私を見つける四十九日前の話だと言う。



 "こんな偶然があるのか、と。もしも、この子の親御さんが見つから無かった場合、私達が責任を持って育てます。"



 そして、私の親は当然見つかるはずもなく。私も私で、三枝夫妻以外の人には何も話そうとしなかったということもあってか、私は正式に三枝夫妻の娘となった。





2020/06/09 ちょこっと加筆。

具体的に言うと1000文字くらい追加してます。

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