犯人は誰だ?
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──犯人は誰だ?
私たちはジルベルトの船で大陸に戻り、それから大急ぎで東部商業連合首都ハルハを目指した。馬を使い潰すような勢いで馬車を走らせ、ハルハの城門を大急ぎで突破すると、ライサの眠っている病院に飛び込んだ。
「解毒剤だ。手に入れた」
「まさか、本当にナーブリッジ群島に渡って……?」
私が解毒剤の瓶を押し付けるのに、医者は目を丸くしていた。
「いいから、早くライサを治療してやってくれ。私たちは精一杯のことをした。次はそちらが尽力する番だ。頼む」
「ああ。任せてくれ。解毒剤さえあればどうにでもなる」
私が肩を震わせて告げるのに、医者は解毒剤の瓶を受け取り、汗を流し続けているライサの水分がなくなってしまわないように刺している点滴から解毒剤を注入した。
「どれくらいで効果がでる?」
「2、3日で回復するはずだ。だが、この子は長らく魔女の一撃の影響を受けていたから遅くなるかもしれない」
頼む、ライサ。目を覚ましてくれ。
「女王──お嬢様。これから私たちはどう動きますか?」
「ライサをこういう目に遭わせた奴を見つけ出す」
私のやることはひとつだ。ライサを苦しませた奴に報いを受けさせる。
「暗殺ギルドとかいうのが存在するらしい。それを締め上げる。徹底的に。それから暗殺ギルドに暗殺を依頼した人間も締め上げる。徹底的に。情け容赦は必要ない。我々に必要なのは敵を叩くという意志だけだ」
暗殺ギルドとかいうこの世の屑を仕留め、その依頼主を仕留める。決まりだ。
「ですが、どのようにして探索を?」
「相手は本来の目標である私を殺せていない。また仕掛けてくるはずだ。そこを狙う」
そう、相手はライサを狙ったんじゃない。ライサは本来狙われていた私を庇ってやられたのだ。ならば、私が出歩けば、暗殺ギルドは釣れるはず。
「そのようなこと! 危険です! 別の方法を考えましょう!」
「別の手段は既に実行中だよ。誰かが尻尾を出すはずだ。私の目論見が正しければね。そちらが空振りに終わった場合に備えて、私が囮になる作戦を決行する」
まあ、セリニアンが反対するのは当然だ。だけれど、これぐらいしか私たちには方法がないんだ。既に駒は動かしているけれど、そちらの駒が当たりを引けなかった場合に備えておかなければ。
「セリニアン。全力で私を守ってくれ。そしてライサをこんな目に遭わせた奴を捕まえてやろう。それでいいな?」
「お嬢様がそう仰るのであれば」
こうして方針は決定した。
私たちはライサが目を覚ますころにはライサをこんな目に遭わせた奴を捕まえて、報いを受けさせてやりたいところだ。精一杯の報いを。
大丈夫。まだ私は人間の心を忘れてはいない。
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作戦開始。
私とセリニアンはハルハの街を歩き回った。
当初の予定であったホナサン・アルフテルとの会談は予定変更で後回しになった。理由は保安上の理由で。私の暗殺にホナサンまでもが巻き込まれては危険だと、ベントゥーラが予定を先延ばしにした。
その私たちはハルハの街を歩き回る。飲食店街、商店街、バザール、歓楽街。
どこから狙われてもいいように私たちはマスカレードスワームの援護も受けながら、ハルハの街を歩き回る。襲撃してくださいと言わんばかりに歩き回る。
だが、敵はなかなか仕掛けてこない。流石に最初の襲撃が失敗して、すぐに仕掛けるのは問題があると考えたのだろう。襲撃はなかなか行われなかった。
人ごみの多い場所にわざと入ってみたりもしたが、敵は攻撃を仕掛けてこない。私の想像が外れて、敵は諦めてしまったのではないかと思えるほどにてきは何の攻撃も仕掛けてこなかった。
こうなると、実に困る。
「今日も空振りか」
「敵も慎重ですね」
私は収穫のない日々を過ごしながら、苛立っていた。
だが、この苛立ちに反応したかのように敵が動いた。
私多たちは用意されていたハルハの高級ホテルに泊まり、そこで寝泊まりしていた。その日の夜も私はセリニアンにお休みを告げるとベッドにもぐりこんで眠りにつこうとしていた。
違和感を感じたのはその時だ。
私はバッと目を覚まし、起き上がる。
「騒ぐな」
私の喉には短剣が突き付けられていた。
「君たちが暗殺ギルドのメンバーか」
私は襲撃者たちの姿を見る。
ひとりは若い女性で私に短剣を突き付けている。これにも魔女の一撃が塗られているのだろう。そうでなくともこれで首を掻き切られればお終いだ。
そして、もうひとりは中年の男で、油断なく短剣を手に周囲を見張っている。
よく見ればホテルのボーイの死体が床に転がっていた。ああ。ホテルのボーイから鍵を奪って、それで私の部屋に侵入したのか。
「悪く思わないでくれよ。これも仕事なんだ」
「この仕事は誰に頼まれた?」
暗殺者の女が告げるのに、私が尋ねる。
「それは秘密だ。あんたには教えられない」
「どうせ殺されるんだ。教えてくれよ」
私は時間を少しでも稼ごうと会話を続ける。
「まあ、いい。教えておいてやる。死人の頼みを聞いてもいいだろう。私は連合議会のお偉いさんだって聞いたよ。それもかなり上にいるってね。私が知ってるのはそれぐらいだ。そろそろ死んでもらっていいか?」
「まだ聞きたいことがある。依頼主は君たちにいくら払った?」
時間を稼げ。少しでも長い時間を。
「50万ルピナと聞いている。私たちに回されるのはその1割だけどね」
「そうか。なら、私が君たちに100万ルピナ払うから仕事を取り消してくれ、と言っても無理か?」
買収できればいいだが。
「生憎無理だね。契約違反は暗殺ギルドの看板を汚す。あんたには悪いが死んでもらう」
「そうか。だが、残念だが死ぬのは君たちだ」
暗殺者の女が短剣を振りかざすのに私は二ッと笑った。
「はあああっ!」
気合の入った声が響き、暗殺者の男の首が飛ぶ。
「なっ……!」
「女王陛下に薄汚い手で触れるな、この暗殺者め!」
セリニアン。ようやく来たか。
「畜生! まだ警備がいたなんて……!」
「そこまでだ」
私はそこで枕の下に手を突っ込み、そこから取り出したもので暗殺者の女を刺した。
刺したのはリッパースワームの毒針。麻痺毒が詰まった素敵な代物だ。
麻痺毒はすぐに全身に回り、女は痙攣しながら地面に倒れていった。
「さて。暗殺者は捕まえた。これをどうしてやろうか?」
私は倒れている暗殺者の女を眼下にそう呟いた。
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暗殺ギルドの本部は割れた。
それもセリニアンによる情け容赦ない尋問のおかげだ。
あの暗殺者の女は最初は全く喋ろうとしなかったが、私たちが“人間にはできない尋問方法”を使い出すと、泣きながら本部について口にした。その後は用もなかったのでポイズンスワームの毒で肉汁にしてやった。
それで、暗殺ギルドの本部はレストランだった。
かなり年季の入った建物で、今にも崩れてしまいそうな感じすらある。客足はほとんどなく、繁盛している雰囲気は皆無だ。ここまで繁盛していない店だと、偽装に使うのにも困難だと思うのだが。
「女王陛下。これからいかがしますか? 踏み込みますか?」
「まだだ。決定的な証拠を押さえるまでは潰さない。証拠を手に入れたら、どう料理してやっても構わないけれど、ね」
レストランで料理される暗殺ギルドか。
「決定的な証拠というのは手に入るのでしょうか?」
「どうあっても手に入れるんだよ」
暗殺ギルドを潰せば当面の間は安全かもしれないが、そのうち金に困った冒険者やニルナール帝国の工作員などが命を狙ってくると考えられた。そうならないようにするためにも証拠を手に入れて、元から絶たなくては。
「さて、しばらくの間はマスカレードスワームに監視させておこう。敵は間違いなく動く。何せ、2度も返り討ちにされているのだからな」
私たちはそう告げてマスカレードスワームに監視を任せると、近くの宿屋に部屋を取り、監視を継続した。ベントゥーラからは何故宿を移動したのかという問い合わせがあったが、私たちはこちらの事情だと返しておいた。
決定的な証拠が動いたのはこの返事を返してからだった。
「女王陛下。男がレストランに入ります。目標です」
「ご苦労様、マスカ。さあ、相手は動いたぞ。我々も動こう。ついに殴り込みだ」
男は予想していた人物だった。消去法でいくとどうしても残る男だ。
そいつをどう処分するかは、この国の人間に委ねないとな。
私はそう考えながら、セリニアンを連れて暗殺ギルドの建物に向かった。
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私たちは暗殺ギルドの建物に迫る。
マスカが途中で合流し、私たちの援護に当たった。
暗殺ギルドの本部である建物の前には3人のごろつきがいた。私たちが近づくのに、そのごろつきたちが私たちの方に向かってくる。
「おい。姉ちゃんたち。今日は貸し切りなんだよ。よそに行ってくれ」
おや。私たちの手配書は出回っていないのか最初から殺しに来る気はなさそうだ。
「いいや。ここがいい。セリニアン、席を取ってくれ」
「畏まりました、女王陛下」
私が命じるのにセリニアンが長剣を抜いた。
その次の瞬間にはごろつきたちは血の海に沈んでいた。居あい抜きというやつだろうか。凄い早業で私にも何が起きたか分からず、恐らく死んだごろつきたちも何が起きたのか理解できなかっただろう。
「では、女王陛下。席を取りに」
「ああ。今日のディナーはここで済ませよう」
私とセリニアンは悪い笑みを浮かべると、レストランの扉を蹴り破り内部に侵入。お邪魔します、と。
「な、なんだ!」
「例の女とその護衛だ! かかれっ!」
レストラン内部にはうろたえる男たちが複数名。全員が武装している。やれやれ、物騒なレストランなことで。
「セリニアン、マスカ。任せるぞ」
「お任せを、女王陛下!」
セリニアンは目にみ止まらぬ速度でレストランの中を駆け抜け、出てくる男たちを次々に切り倒していく。鮮血がほとばしり、地味なレストランが真っ赤なインクで賑やかに塗装されていく。
マスカレードスワームは短弓を持って、男たちを射抜いていった。本来は擬態用の腕を上手く使ってマスカレードスワームは弓矢を男たちの頭や胸に命中させていく。
「マスカ。擬態を解除してもいい。許可する」
「はい、女王陛下」
マスカレードスワームの顔が開けて牙となり、背中から蟲の足が飛び出し、人間の足は二本の毒針に変わる。その様子を見ていてた暗殺ギルドの男たちの顔色が面白いように青ざめていくのが分かった。
「ば、化け物だ! 化け物が来たっ!」
「畜生! 魔獣を使うなんて聞いてないぞ!」
男たちの取り乱しようときたら、あったものではない。こんな連中を私は恐れていたのか。こんな連中にライサはやられてしまったのか。全く以てどうにも忌々しいことじゃあないか。
「た、助け──」
「怯むな! 敵が魔獣を使うくらいで──」
セリニアンが男の首を刎ね飛ばし、マスカレードスワームが男の腹を食い千切る。
虐殺だ。一方的な虐殺だ。
暗殺ギルドは手も足も出ずに、セリニアンとマスカレードスワームにやられていく。まあ、暗殺を生業とする彼らは正面切っての戦いになれていないのだろう。こそこそと人を背後から刺すのが、薄汚い暗殺者というわけだ。
「片付きました、女王陛下」
「ご苦労様、セリニアン。しかし、困ったね。注文を取りにも来てくれないとは。ここは苦情を入れに行こうじゃないか」
私はセリニアンとマスカレードスワームを引き連れてレストランの奥に進む。
レストランの奥には支配人室があった。間違いなくここだろう。
「セリニアン。決して殺すな。生かして捕らえろ」
「了解しました、女王陛下」
セリニアンは扉に足をかけ、一気にけり破る。
「ひいっ!」
「き、貴様らっ! どうやってここまで来やがった!」
部屋の中にいたのはスキンヘッドの大男と──。
「やあ。ベントゥーラ。こんな場所で会うとは奇遇じゃあないか」
ベントゥーラだ。連合議会議長が暗殺ギルドの本部にいた。
「それで何を話し合っていたのかな? 次の私の暗殺計画についてかな?」
「し、知らない! ここに来たのは……別の用件だ!」
おやおや。ベントゥーラ、顔に嘘を吐いていますって書いてあるぞ。
「そこの禿た大男が証人になってくれるだろう。ベントゥーラが暗殺ギルドなんかに何を依頼したかについては。もちろん喋ってくれるよな、禿大男君?」
「誰が禿大男だ! 俺は何も喋らんぞ! それが暗殺ギルドの──」
私の言葉に禿大男がそう告げようとしたとき、セリニアンが先ほど切り殺してきた男たちの首を禿大男の前に放り投げた。禿大男は明らかに動揺した様子で、転がる生首を見つめている。
「貴様らの薄汚い仲間は全滅したんだよ。黙秘してももう何の利益もない。大人しく喋らなければ力尽くで喋らせるだけだ。そして、貴様は情状酌量もなく、縛り首という末路を辿るだろう」
私は禿大男に向けて冷たくそう告げる。
こいつは殺してやりたいが、こいつは道具だ。問題は道具を使った人間だ。そう、私がライサの分のお返しをするべきは暗殺ギルドに暗殺を依頼した人間──正確にはドワーフだが──ベントゥーラだ。
「さて、このまま黙っていればベントゥーラは責任を貴様に押し付け、貴様だけが縛り首だぞ? それでもいいならだんまりを続けるといい」
「畜生。もう暗殺ギルドはお終いか。分かった。喋る。こいつから依頼されて、あんたを暗殺しようとしたことについてな」
理解が早くて助ける。
「は、話が違う! 何があっても喋らない約束だろう!?」
「運が悪かったと思え。俺にはもうどうにもできん」
ベントゥーラが縋るように告げるのに、禿大男は吐き捨てるようにそう告げた。
「では、行こうか、連合議会議長閣下。あなたとは話したいことがいろいろとある」
ライサをあんな目に遭わせてくれたんだ。それなりの代価は支払ってもらおうか。
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