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偽りの天使(2)

…………………


 私たちは敵の防衛線を突破し、ついに教皇庁の前にまで達した。


「ついにここまで来たか」


 私は感慨深い気持ちで教皇庁の荘厳な建物を見上げる。


 それは宗教施設というよりも、世俗的な王たちが有する宮殿のようであり、神秘的な気配は欠片も感じられなかった。この世界の光の神というのも、この建物が示すような存在なのだろう。


「しかし、また城門か。ちょっとばかり嫌な手を使うしかないな」


 城門の中に城門があることは事前の偵察で把握していたが、実際目前にすると面倒極まりない。いちいち腐肉砲を建てるわけにもいかないし、ディッカースワームたちを使うという手もあるが、中に重装歩兵が潜んでいると無駄な犠牲となる。


 そこで私は少々嫌な手段を使うことにした。


「セリニアン、ライサ。15秒後に突入だ。備えてくれ」

「畏まりました、陛下」


 私は手を打ち、それがなされる瞬間を待った。


 ズン──。


 次の瞬間、重々しい爆発音が響き、城門が内側から外側に吹き飛ぶ。


「マスカレードスワームですか」

「ああ。あまり自爆は好きな手段じゃないんだけどな」


 マスカレードスワームの自爆で私は教皇庁の城門に大穴を開けた。これで教皇庁までフリーパス──というわけにもいかなかった。


「そこまでだ!」


 教皇庁の長い階段の上層から声が響く。


「パリス、か」


 パリス・パンフィリ。この男の顔を忘れるはずもない。向こうは初対面だろうが、私はよく知っているのだ。この男がイザベルを苦しめる処刑を生み出し、実行するように促したということを。


「パリス・パンフィリ。貴様にはいろいろと言いたいことがあるし、やってやりたいこともいろいろとある。しっかりと聞いてもらおうか」


「ほざけ! 貴様が例のアラクネアの女王だろうが、貴様の命運もここまでだ! これから先には進ませないし、これ以上聖なる地を汚させはしない!」


 パリスは実に威勢のいいことを告げて、私に向かう。


「ほう。面白いことを言うじゃないか。天使でも呼ぶのか? それともバシリスクのサービスか? それともメタトロン、というのを呼ぶのだったか? なんでもいいからやってみるといい」


「ふん。メタトロン様について知っているか。だが、その様子だとあの方の恐ろしさあを知らぬようだな、では、存分に思い知るがいい!」


 そのパリスの叫びと同時に教皇庁の中から聖歌が流れ始めてきた。何故それが聖歌なのかと理解できたのは、飾りに飾り立てている割には、退屈な歌だったからだ。聖歌というのは私の趣味じゃない。


 そして、その荘厳過ぎる音楽と共に光が降り注ぎ、そこに1体の巨人が姿を見せた。その全身を甲冑で覆い、巨大な片刃の刃を手にした巨人だ。


 待てよ。私はこいつに見覚えがある。


「“熾天使メタトロン”! まさかマリアンヌの英雄ユニットの最終進化形態が何故ここにいるというのだ!」


 そうだ。あのゲームでマリアンヌという善の陣営が使用する英雄ユニットがこの“熾天使メタトロン”だ。最初は“大天使メタトロン”から始まり、数回の進化を経て、この最終進化形態“熾天使メタトロン”になる。


 私はメタトロンという単語を聞いた時、こいつらの騎士団が呼び出しては、セリニアンが打ち倒していた天使を名乗る怪物の一種だと思っていた。だが、違う。“熾天使メタトロン”はそんなに容易い存在じゃない!


「セリニアン、ライサ! 前方の巨人に集中砲火だ! ジェノサイドスワームとポイズンスワームは現在地で待機! ポイズンスワームは毒針を浴びせ、ジェノサイドスワームは攻撃に備えろ!」


「了解!」


 私が急いで命令を下すのにセリニアンとライサが応じる。


 セリニアンは破聖剣を持ってメタトロンに向けて突撃し、ライサは長弓に弓矢を番えて一気に放つ。ジェノサイドスワームたちは防護姿勢を取ったままて、ポイズンスワームたちは毒針をメタトロンに向けて放った。


「オオッ! 我らが神のために! 信仰あるのみ! 信仰こそ救いの道である!」


 メタトロンに攻撃は効いているはずだ。“熾天使メタトロン”はゲーム中でも通常攻撃で撃破されることがあった。私もスワームの群れを犠牲にして、メタトロンを仕留めたことがある。ある時は同盟国のグレゴリアのファイアドレイクに火達磨にされるメタトロンを見たこともある。


 だが、英雄ユニットの最終段階に達したものを、通常ユニットで葬るのは多大な犠牲を支払らわなければならないのだ。セリニアンを見れば分かるが、英雄ユニットはどこまでも強力で通常ユニットがダースになっても敵う相手ではないのだから。


「信仰を! 我らが一心不乱の信仰を!」


 メタトロンがそう叫び手に持った長剣を振り下ろす。


「くうっ……!」

「きゃあっ!」


 メタトロンのその一撃でセリニアンが数十メートルも吹き飛ばされて城壁に衝突し、ライサが階段から転がり落ちていく。ジェノサイドスワームたちも必死に防護姿勢を取って身を守っている。


「セリニアン! メタトロンを何としても削ってくれ! それができるのはこの中では君だけなんだ! 何としても頼む!」

「畏まりました、女王陛下!」


 英雄ユニットを屠るには英雄ユニットを当てるのがもっとも効果的だ。英雄ユニットが既にない場合は数に任せた数の暴力で倒すことになるが、その場合は本当に犠牲が大きすぎてその後の戦況に影響を与えるのだ。


 だけれど、セリニアンはまだ第3段階。終盤の進化速度が遅いというアラクネアの英雄ユニットの弱点が現れてしまっている。


 勝てるか?


 いや、勝たなければならない。何としても。


「ライサ! ライサは後方からセリニアンへの支援射撃に徹するんだ! 毒矢でも火矢でもなんでもいい! 放ち続けろ!」

「了解です、女王陛下!」


 ライサには支援射撃を。ネームドであっても英雄ユニットではないライサにはできることは限られる。それでもやれることはやって貰わなくては。こちらの手数は本当に少ないんだ。


「フンッ!」

「てやあっ!」


 メタトロンとセリニアンの長剣が交錯し、激しい金属音が鳴り響く。セリニアンは明らかに押されている。だけど、彼女は必死だ。私の意識が集合意識を通じて感じ取られているのか、セリニアンの動きはいつもより機敏に見えた。


「はあっ!」


 そして、一撃。セリニアンの長剣はメタトロンの胸を切り裂いて、破聖剣がメタトロンにダメージを与える。それでもメタトロンは倒れない。これぐらいではダメか……!


「無駄だ! 信仰なきものは敵にあらず!」


 メタトロンの反撃がセリニアンに加えられた。セリニアンが木の葉のように吹き飛ばされ、壁に再び衝突して鎧にひびが入る。見ているだけでも痛々しい。


「まだだ! まだ! 女王陛下のために!」

「援護します!」


 セリニアンはすぐさま姿勢を立て直し、ライサは援護射撃を加える。


「ぐぬっ……!」


 ライサの放った毒矢がメタトロンの眼球に突き刺さり、その視野を潰す。英雄ユニットとはいえど、目を潰されれば取れる行動は限られるはずだ。


 このままならいけるか?


「信仰なきものに栄光なし! 信仰なきものに勝利なし!」


 メタトロンは狂った機械のように叫ぶと、私に向けて突撃してきた。


 不味い。ゲームでは自分が狙われることなんて考えなくてもよかったせいで自分の防護がまるでなっていない。このままだと殺される。


 ああ。死ぬのか。死んだらどうなるんだろう。サンダルフォンが迎えに来てくれるような気がするな。彼女と会えるような、そんな気が……。


「女王陛下っ!」


 私に切りかかろうとしていたメタトロンを横からセリニアンが切り込んだ。完全な不意打ちだ。メタトロンはセリニアンが跳躍したことにすら気付いておらず、右肩から二の腕にかけての肉を裂かれた。


「ぐあああっ!」


 メタトロンが悲鳴を上げ、奴の右腕に深い裂傷が刻み込まれた。


「誰が! 女王陛下を! やらせるものか! 私は騎士! アラクネアの騎士だ!」


 セリニアンは切り、切り、切り、切る。


 どこまで必死に、どこまでも懸命に、どこまでも憎悪を込めて。


 そんなセリニアンはどこまでも頼もしく見えた。彼女なら私を助けてくれるような気がした。いや、既に彼女は私のことを助けてくれているじゃないか。


 このままメタトロンが落ちてくれれば……。


 だが──。


「ふんっ! 信仰なきものに勝利はないのだ!」


 メタトロンがセリニアンを振り払い、長剣で彼女を斬りつける。


「くそっ……!」


 セリニアンはその一撃でまたしても吹き飛ばされ、城壁にめり込むほどにぶつかる。もう鎧はボロボロで、もう戦えそうにはない。動くだけでバラバラになってしまいそうで、とても怖い。


 怖い。セリニアンが死んでしまうなんて耐えられない。


 だから、守らなければ。今度は私がセリニアンを守る番だ。


「ライサ、援護射撃だ。そして──」


 私は決断を下す、


「ジェノサイドスワーム、前進」


 もうセリニアンがメタトロンを痛めつけてくれた。そしてメタトロンもセリニアンを痛めつけてくれた。なら、このままやり返してやるだけだ。


 進め、ジェノサイドスワーム。我らが英雄の意志を継げ。


 私のその意志に応じるようにして、ジェノサイドスワームたちがメタトロンに向けて突き進み、群れる。群がり、牙を突き立てる。牙を突き立てて、肉を抉る。


「信仰なき蟲どもめっ! 信仰を前にしてそのようなもの、など……」


 メタトロンは生きたままジェノサイドスワームによって解体されていく。メタトロンは長剣を振り回して群がるジェノサイドスワームを払おうとするが、先にセリニアンが与えていたダメージが影響していて、上手くいかない。


「ジェノサイドスワーム、そのままトドメを」


 私が命じ、ジェノサイドスワームは応じた。


 ジェノサイドスワームはメタトロンの首に食らいつき、肉を抉っていく。どこまでも、どこまでも。そしてメタトロンが必死になってもがくのを嘲るようにして、その首を切り落とした。メタトロンの鬼のような形相が刻み込まれた首が落ち、地面に転がる。


「勝った、んですか?」

「勝ったよ、ライサ。けど、セリニアンは」


 私はセリニアンの傍に駆け寄る。


 セリニアンは鎧は砕けてボロボロで、今にも死んでしまいそうなほどに呼吸が微弱だ。だが、私にできることはない。セリニアンが生き延びてくれることを必死に願うだけだ。お願いだからセリニアンを死なせないでください、と……。


「けほっ……!」


 セリニアンがせき込んだのはその時だった。


「セリニアン! セリニアン!? 無事か!」

「大丈夫、です。少し体が痛みますが……。この程度のこと……」


 セリニアンは軽く告げるがどう見ても大丈夫ではない。


「セリニアン。じっとしていて。ワーカースワームに復元器を作らせて、そこで治癒を待つから。その間、君のことはライサとジェノサイドスワームたちに守らせる」


「お心遣い、痛み入ります、陛下。そして、申し訳ないです。お力になれず……」


「十分に君は役立ってくれたよ。君のおかげで勝利できたんだ」


 そう、君とライサの必死の戦いとジェノサイドスワームたちのおかげで勝利できた。


「私は戦争を終わらせてくる。もうここでの戦いにはうんざりだ」


 私はそう告げて、ポイズンスワームたちを引き連れると、メタトロンが屠られて茫然としているパリスへと向かった。


…………………

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