自業自得(3)
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「パンフィリ卿! この敗北の責任はどう取られるつもりか!?」
枢機卿たちが集まる会議の場でパリスは責任を問われていた。
責任というのは、この間実行されたシュトラウト公国への海上侵攻作戦の完全な失敗についてだ。
「責任は私にはない」
パリスは堂々とそう言い放った。
「責任は我々の完璧な作戦を外部に漏らしていたものにある。つまりはスパイの仕業によって、この作戦は失敗したのだ」
パリスはそう告げて検邪聖省を治めるベルナルデリ卿に視線を向ける。
「我々が掴んだ情報によればこの首都サーニアに敵のスパイがいるようです。毎日手紙を国境地帯に送り、我々の情報を伝えていたとのこと。現在取り調べていますが、間違いなく異端者でしょう」
ベルナルデリ卿はそのように枢機卿たちに告げた。
「そういうことだ。責任はスパイという異端者を発見できなかった検邪聖省にある。そして、さらに言えばベルナルデリ卿は異端審問によって没収した財産を横領しているとか。これは神秘調査局が調べた情報ですが、ご覧ください」
そう告げてパリスが指を鳴らすと、シスターたちが枢機卿たちに書類を配る。
「なんと! これだけの金額を横領していたのか、ベルナルデリ卿!」
「ち、違う! そのようなことはない! 全てでっち上げだ!」
枢機卿たちが責めるのに、ベルナルデリ卿はうろたえた様子でそう返す。
「今回の敗北の原因はこれで明らかになったでしょう。私の責任ではない」
パリスは全て上手くいったという具合に笑みを浮かべる。
「ベルナルデリ卿、作戦を漏らした異端者はもう見つけているのですか?」
「はい。我々は光の神を信仰している。私の信仰心は高いものだ。だからこそ、スパイを発見することができた。全ては異端者が原因なのだ」
枢機卿のひとりが尋ねるのに、ベルナルデリ卿はそう返した。
「それではパンフィリ卿には責任は一切ないと?」
「ない。作戦の失敗は私の責任ではない」
パリスはこれで逃げ切るつもりだ。
「そのスパイを火炙りにして、罪を償わせようではないか。そして、次の戦いに備えよう。だが、敵が警戒を強め、海軍の艦艇がほぼ全滅した以上は海路での侵攻はもうなしだ。我々全員で地上からの侵攻を考える。それでよろしいな?」
パリスがそう告げるのに、枢機卿たちが渋々というように頷く。
「ベルナルデリ卿の横領についても後々調査を進めていかねばなりませんな」
「私は横領など行っていない!」
枢機卿のひとりが告げ、ベルナルデリはそう告げて返す。
「まあまあ、皆さん会議はこれぐらいでいいでしょう。今は我々の一致した勝利のために動こうではありませんか。それからスパイを処刑し、ベルナルデリ卿の横領疑惑が晴れるまでは新規の異端審問は行わないという方向で」
パリスはこうして逃げ切った。
責任は全てベルナルデリとスパイという人物に被せ、自分は責任のひとつも取らずに逃げ切ったのであった。
だが、ことはそう簡単に終わらないということになる。
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フランツ教皇国首都サーニア。
その大広場で異端者狩りが行われていた。
「この者は我らが信仰の敵と内通し、我々の信仰を脅かした! これより異端者として処刑を行う!」
白尽くめの異端審問官がそう宣言し、異端者が引き摺り出される。
「間違いです! 私は異端者じゃありません! 私は光の神を信じてます!」
異端者として引き摺りだされたのは少女だった。
マエリスだ。マエリスが異端者として両手を枷に嵌められて、広場にある火刑台に引き摺りあげられていた。衣服は全てはぎ取られ、全裸の状態で火刑台の上に引き摺りあげられる。
「待ってくれ! 間違いだ! その子は自分の家族に手紙を書いていただけだ!」
「そうよ! その子は異端者ではないわ!」
そう抗議するのはフェデリコとジーナだ。彼らはマエリスが書いていた手紙が国境沿いにある難民キャンプにい両親に宛てたものだと知っている。この異端審問は間違っていると分かっている。
「黙れっ! 貴様らも異端者として処刑されたいのか!」
「くうっ……」
異端審問官が叫ぶのに、フェデリコが引きさがる。
「本当にあの子がスパイだっていうのか?」
「そもそもパン屋の店員がどうやって軍事作戦について知ることができるって言うんだ」
民衆たちもこの処刑には疑問符を付けていた。
「黙れ! 黙らんか! これより異端者を処刑する!」
民衆たちのざわめきを異端審問官が叫びで封じ、鋭い刃物を取り出す。
「いや! いやっ!」
「その穢れた本性を見せるがいい、異端者め!」
暴れるマエリスを押さえつけて、異端審問官がその皮膚を強引にはぎ取った。
「いたいいたいたいいたい!」
「見ろ、これが異端者の本性だ!」
真っ赤な肉が露わになるのに異端審問官が叫ぶ。
「もうやめてくれ! あまりにも酷すぎる……!」
フェデリコはそう叫び、ジーナは声を押し殺して泣いていた。
「これより異端者を火あぶりにする!」
だが、そんなフェデリコたちの叫びも無視して、異端審問官はマエリスを柱に縛り付けた。柱の下にはよく燃える乾燥した木々が置かれている。
「火を放て!」
異端審問官の命令で火刑台に火が放たれる。
「熱い! 熱い! 助けて! お母さん……! お父さん……!」
炎はマエリスの小さな体を舐めるように炙り、確実に死へと追い込んでいく。まずは呼吸が困難になり、炎が体に水膨れを作り苦痛を与え、炭化させて感覚を喪失させる。まさにこの世の地獄だ。
マエリスが火炙りで死ぬまで30分かかった。30分もの間、彼女は苦しんだのだ。
「これにて異端審問を終了とする! これからも我らが光の神を崇めよ!」
異端審問官はそう告げて、火刑台で焼け焦げたマエリスの死体をそのままに去る。
死体を降ろして弔ってやることはできない。そうすることは異端者を助ける行為だとして、そのものも異端者狩りに遭うのだ。故にマエリスの死体もそのまま次の異端者狩りが行われるまで放置され、カラスや野犬の餌となる。
それが異端者に相応しい末路だとして。
「マエリスちゃん……」
「酷い。こんなのは酷すぎるわ……」
フェデリコとジーナのふたりはその放置されたマエリスの死体を前に泣き続けた。
だが、この日を境に異端審問官による異端者狩りは急に止まり、次の処刑はいつまで経っても行われなかった。
その理由は異端審問を行う検邪聖省が混乱に陥っていたからだ。
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検邪聖省。
異端審問を監督するこの部署が混乱に陥っていた。
「横領などありえない! 没収した金品は全て国庫に納められている!」
そう告げるのは検邪聖省のトップであるベルナルデリだ。
彼は取調室のような場所に連行され、尋問を受けていた。
「嘘を吐け! ここに証拠がある! 500万イスタ相当の金品が行方不明になっているのだと! 異端審問官や貴様が横領したのでなければ、誰が横領したというのだ!」
取り調べを実行しているのは神秘調査局の尋問官であった。
ベルナルデリの横領は大きな問題となっていた。神秘調査局は没収した金品の目録と、実際に国庫に保管されている金品の数が合わないことを指摘し、誰かが国庫に納められるべきだったものを横領したと指摘している。
ベルナルデリは一貫してこれを否定。
異端審問官たちも自分たちはそんなことはしていないと否定した。
当然だろう。書類は神秘調査局がでっち上げたものだ。神秘調査局が文章を書き替え、実際に押収した量よりも多い量に書き替えたのだ。それによってあたかも横領が行われたかのように見えているわけだ。
「何を強情な! ならば、今度は貴様が異端審問にかけられるべきだということになるだろうな!」
「そ、そんな!」
異端審問の恐ろしさはベルナルデリがよく知っている。彼は自らの命令で何万人もの民衆を皮を剥いで火炙りにしたのだ。彼らが上げた苦痛の叫びや、惨い亡骸はしっかりと記憶している。
自分がああなる。とんでもない!
「では、もう一度尋ねる。横領を行ったか?」
「わ、私は行ってはいないが、そのような疑惑があるならば今の地位を退こう」
神秘調査局の尋問官が尋ねるのに、ベルナルデリはそう告げた。
「あくまでも罪は認めないか。だが、いいだろう。早い老後の生活に入るといい。貴様は許されぬことをしたが、その罪を贖うのであれば、光の神の名において慈悲を示そうではないか」
神秘調査局の尋問官は小さく笑うとそう告げて、ベルナルデリを解放した。
ベルナルデリはこの日に辞表を出して検邪聖省の長官を即日で辞職。後任に就いたのはパリスであった。そうパリスが検邪聖省を乗っ取ったのだ。
「これで私が異端審問にかけられるという恐れはないだろう」
パリスは自室で勝利を味わい、これで安心だと胸を撫でおろした。
だが、彼は忘れている。
彼らの敵は異端審問官だけではなく、アラクネアという強大な存在がいることを。
パリスたちが茶番を演じている間にも、アラクネアは着実に戦争準備を進めていた。彼らの恐ろしい力が解き放たれるまで、間もなくだ。
力が解き放たれた時、フランツ教皇国は地上から消えるだろう。
マルーク王国のように、シュトラウト公国のように。
滅びの時が迫っている。
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