収穫ある襲撃(3)
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「姉御! 向こうから凄い速度で船が迫ってきます! 2隻! いや、3隻です!」
「なんだって? シュトラウト公国の海軍は壊滅したんじゃなかったんか?」
海賊船アルバトロス号が旧首都ドリスの沖合を航行していたとき、見張りの兵士がそう声を上げた。そして、大慌てでイザベルが望遠鏡を見張りの兵士が報告してきた方向に向けた。
確かに帆を張った中型の船が迫ってきている。その後方からは大型の船も。
「クソ。蟲の怪物の奴ら、船を操れるのか?」
イザベルは蟲の怪物たちは船を操るような高度な技術などは持たないだろうと考えていた。所詮は知性なき怪物だと考えていた。シュトラウト公国が滅んだのも、その数に押されてのことだと考えていた。
だが、この誰もいないはずのシュトラウト公国の沖合にイザベルのアルバトロス号を追跡してくる船が3隻ある。1隻はイザベルたちの進路を妨害するような位置に進んでおり、このままでは捕捉されてしまう。
「あれは本当に蟲の怪物たちがうごかしてるんですかい? そもそもどうして奴らには俺たちの位置が分かったんですかい?」
「あたしが知るかい、そんなこと。ただ言えるのは迎え撃たないと、このいただいた財宝は奪われ、私たちはシュトラウト公国の連中よろしく皆殺しにされるってことだ」
事態は危機的だ。
あれが本当に蟲の操るものならば、乗り込んでくるのはシュトラウト公国の住民を皆殺しにした蟲の怪物たちだ。港湾都市では辛うじて迎撃したが、船上での戦闘になればどうなることか分からない。
そう、この世界の海戦は移乗戦闘だ。自軍の船から敵の船に乗り移って、そして船を制圧するまで戦うのが、この世界の海戦だった。まだ大砲も何もないのでは、これしか方法はないというところだ。
あの蟲の怪物が船に乗り込んでくる。それだけで最悪だ。
「ともかく、今は振り切ることを第一に考えな。それから移乗戦闘準備だ」
「アイ、マム!」
イザベルの命令にアルバトロス号が加速する。帆を大きく張り、加速しながら迫りくるシュトラウト公国の船を振り切ろうとする。
だが、風向きがやや悪いこともあってシュトラウト公国の船は加速し続けるのに、アルバトロス号は加速具合がいまいちだ。このままではシュトラウト公国の船に追いつかれてしまう。
「船がぶつかってきます!」
「総員、移乗戦闘に備えろ! クロスボウを用意しな!」
そして、ついにシュトラウト公国の船がアルバトロス号に追いついた。イザベルは鋭く命令を発し、アルバトロス号の海賊たちが武器を構えて敵が乗り込んでくるのに備える。あるものはカトラスを構え、あるものは大槌を構え、あるものはクロスボウを構える。
「敵船、衝突!」
「来るぞ!」
シュトラウト公国の船の1隻が強引な操舵でアルバトロス号に横付けすると、シュトラウト公国の船から無数のリッパースワームが飛び移ってきた。
「応戦、応戦しろ!」
イザベルが叫び、海賊たちがリッパースワームに応戦する。
カトラスで切りつけたものは意味がなく、大槌を振り回したものはこの揺れる船上ではなかなか当たらない。クロスボウを構えたものも、敵の動きが速すぎて命中させることができずに装填に時間が取られる。
「うわっ!」
その間にもリッパースワームが襲い掛かってくる。ただし、彼らは毒針を使って海賊たちを突き刺してくるのであり、その鎌はやむを得ず交戦しなければならないときのみ使用されている。
船上にはリッパースワームの毒針で麻痺した海賊たちが転がり、リッパースワームによって糸で縛り上げられていく。
「怯むな! 奴らは何故か知らないか手加減してる! こっちは本気で行くぞ!」
「応っ!」
イザベルが叫び、海賊たちが勢いを盛り返す。
カトラスは相変わらず効果がないが牽制はでき、大槌はリッパースワームの頭を叩き潰し、クロスボウはリッパースワームの体を貫く。
海賊たちは1ヵ所に纏まって戦い、近づくもの全てを攻撃するハリネズミと化した。
「はああっ!」
その時だ。男と女の雄叫びのような掛け声が上がったのは。
「新手か!?」
「覚悟しろ、海賊!」
現れたのはローランとセリニアンだ。
彼らは並みいる海賊たちを薙ぎ払い、海賊たちの陣形を崩す。ローランとセリニアンの攻撃はこの揺れる船上でも的確で、海賊に致命傷とならない傷を与えながらも、確実に海賊たちを無力化していく。
「さあ、来い、海賊ども! 我らが女王陛下のために!」
「女王陛下のために!」
セリニアンがまたひとりの海賊を切り倒し、リッパースワームがその海賊を自身の糸を以てして縛り上げる。
「畜生……」
激しい戦闘の結果、アルバトロス号で戦える海賊は残り5名になってしまっていた。それに対してリッパースワームは無数にいる。文字通り、無数にだ。
勝ち目はない。どうあっても勝てる相手ではない。
「可能な限り応戦しろっ! まだだ! まだアルバトロス号は沈んじゃいない!」
「アイ、マム!」
海賊たちは大槌を構え、円陣を組んでリッパースワームたちに立ち向かおうとする。
「まだやるか。こちらは可能な限り死人を出さないようにやっているのだがな」
「舐めやがって、この怪物野郎!」
セリニアンが動くのに、海賊が反応した。
「はっ!」
セリニアンが剣を振り下ろすが狙いは海賊ではない。海賊の持っている金属製の大槌だ。彼女は紙でも斬るように容易に大槌を切断してしまった。
「はひっ!」
大槌を切断された海賊はバランスを崩して倒れ込み、そこをリッパースワームの毒針に刺されて糸でぐるぐる巻きにされてしまう。
「姉御! もう無理です! 降参しましょう!」
「何言ってやがる! こいつら化け物が降伏なんて受け付けるものか!」
ついに海賊たちが音を上げるのに、イザベルがそう告げて返す。
「捕虜は取るぞ。女王陛下は寛大だ。これまでの略奪のことは水に流し、貴様らが跪くことを望んでいる。さあ、武器を置いて降参しろ。抵抗はもはや完全に無意味だと断言してやる」
セリニアンはそう告げて長剣を構え、ローランも長剣を構える。
「ふざけるな! この海賊イザベル様に跪けだと! 思い知りやがれ!」
そう叫ぶとイザベルは円陣を飛び出てセリニアンにカトラスで切りかかった。
「遅い」
セリニアンはイザベルの攻撃を容易にも受け流し、イザベルの背中に長剣の柄を叩き込んだ。イザベルは不明瞭な呻き声を発すると、そのまま動かなくなり、リッパースワームによって糸で巻かれる。
「姉御がやられた!」
「お終いだっ!」
残った海賊たちの表情が絶望に染まる。
「大人しく投降しろ。命は保証する」
残った海賊たちにローランが長剣を向けてそう告げる。
「こ、降参する!」
「降参だ!」
頭であるイザベルをやられてしまった海賊たちの士気は急降下しており、我先にと降伏していった。そして、リッパースワームによって糸で巻かれていく。
「制圧だな」
「そのようだ、セリニアン嬢」
海賊はほぼ殺さず、生け捕りにし、海賊船は乗っ取った。
「我らが女王陛下にこの勝利の知らせを告げよう」
「女王陛下は既にご存知だ。我々スワームは集合意識で結ばれているからな」
ローランとセリニアンはそのようなやり取りをしながらも、乗っ取った海賊船をリッパースワームによって操船させ、旧首都ドリスに向けて帰還し始めた。リッパースワームたちの操船は集合意識による学習で見事なものになっており、船は乱れることなく進む。
だが、そのときだ。
「何かが来るぞ」
セリニアンが不意にそう告げて、長剣を構える。
「確かに何か来るようですな」
ローランも長剣を構えて、その何かに応じる姿勢を取る。
海が隆起し、1隻の中型商船が襲われたのはそのときだった。
襲撃者。それは巨大なウミヘビとしかいいようのない姿かたちをした怪物だった。全長は50メートルは超えており、中型商船は巻き付かれると、めきめきと音を立てて崩れ始め、リッパースワームたちが海に投げ出される。
そして、それは中型商船を海に沈めると海中に再び潜った。
「何だ、今のは……」
「シーサーペントだ。あれだけ大きなものは初めて見たが……」
セリニアンが驚愕するのに、ローランが冷や汗を流してそう告げる。
「あんなものに襲われたらひとたまりもないな。どうする?」
「戦うしかないでしょう。それが我らが義務」
セリニアンが問い、ローランが答えた。
「いい答えだ、ローラン。それにあれは恐らくこの船を沈められないぞ」
「何故です?」
「リッパースワームたちだ」
セリニアンがそう告げたとき再び海が隆起し、シーサーペントが姿を見せる。だが、その全身にリッパースワームが張り付き、必死に麻痺毒を叩き込んでいる。そのせいかシーサーペントの動きは先ほどより鈍い。
「来るぞっ!」
「ええ!」
それでもシーサーペントは船を沈めようとのしかかってくる。
セリニアンとローランは左右に分かれ、長剣をシーサーペントに突き立てた。
シーサーペントはそのふたりの攻撃を前にして雄叫びを上げると激しくのたうち、海の中に戻っていく。
「やったようだな」
「トドメはさせていませんが、ね」
突如としてセリニアンたちを襲ったシーサーペント。
これは後々にも厄介なものとして出現することになる。
…………………
…………………
「それで、君が海賊か。少々手荒な真似をして申し訳ないね。君たちがかすめ取っていった私たちの財産の代償だとでも思ってくれ」
私はふくれっ面をしている海賊の頭──イザベルという女性にそう告げていた。
イザベルは体をスワームの糸で巻かれたままで、私に対してそっぽを向いている。それぐらいしか今、彼女ができる抵抗はない。
「それで聞きたいのだけれど、君たち海賊の根城はどこだ?」
「けっ。誰が教えるかよ」
私が尋ねるのにイザベルが吐き捨てた。
「困ったものだ。我々は良好な関係を築きたい、とそう願っているのに」
私は肩を竦めるとひとりの海賊を連れてきた。
「やあ。海賊君。気分はどうだい」
「最高で、す、女王陛下」
この海賊はパラサイトスワームを寄生させた海賊だ。だが、イザベルはそのことを知らないので、私に従順な自分の部下を見て目を丸くしている。
「お、お前、あたしの部下に何をしたっ!」
「ちょっと蟲を飲み込んでもらっただけだよ。今、吐き出させよう」
うろたえるイザベルに、私はパラサイトスワームを海賊から排出させた。小さな爪を使ってパラサイトスワームが海賊の口から這い出してくるのに、イザベルの顔色が見る見ると青ざめていく。面白いくらいだ。
「このパラサイトスワームを使えば、どんな人間だろうと操り人形にできる。さて、これを君に寄生させて、他の海賊に海賊の根城を私に教えろと命令すれば、答えはすぐにでもでてきそうじゃあないか?」
そう告げて私は悪い笑みを浮かべる。
「クソ。あたしは昔から蟲は苦手なんだ……!」
イザベルはそう告げカサカサと動き回るパラサイトスワームを青ざめた表情で見つめる。今にも飛び掛かってくるのではないかと警戒しているようだ。ここまで反応があると遊びたくなる。おっと、それはスワームの意志だな。
「さあ、覚悟を決めるといい。私はどっちでもいいけれどね。君が自主的に話してくれても、それともパラサイトスワームを使った方法でも」
私はそう告げてパラサイトスワームを掴んだ。
「やめろ! 教える! 教えるから蟲はやめてくれ!」
おや。気丈な海賊さんも蟲は苦手か。
「じゃあ、教えて。ここに海図がある。ここのどこに根城が?」
「ここだ。アトランティカ。海賊たちの根城だ」
ふむ。フランツ教皇国の沖合か。都合がいいな。
「それで聞きたいのだけれど、君たちは私たちアラクネアと組む気はないかい?」
「はあ? あたしたちと手を組みたいのか?」
私が尋ねるのに、イザベルが信じられないという顔をした。
「私は本気だ。冗談を言っているつもりもなければ、そういう気分でもない。私が望むのは海軍力だ。生憎のところ、私たちの海軍は貧弱だ。海賊を防ぐのも難しければ、戦争中のフランツ教皇国の海軍を防ぐ力もない」
私は率直に事実を述べた。この女性にはその方法がいいような気がして。
「その点、君たち海賊と組めば海賊の心配はしなくていいし、海軍力も手に入る。もちろん、こちらが貰ってばかりじゃないよ。君たちには私たちが略奪で手に入れてた財宝の一部を渡そう」
「フン。海賊を雇いたいってわけか。悪くない取引にも思えるが」
私がそう告げるのに、イザベルが考え込む。
「だが、あたしには決められないな。アトランティカは海賊の共同体だが、あたしは幹部じゃない。幹部は腐ったような連中が揃ってる。連中はあんたらと手を組もうなんて冒険には手を出さないだろう」
「それは困った。だが、彼らがいなくなれば同盟できるわけだね?」
なるほど。海賊社会にも上下関係があるのか。となると、やることはひとつだ。
「そりゃ、できるかもしれないが……。まさか、お前……」
「仮に私がアトランティカの幹部を皆殺しにしたら君を幹部として推薦しよう」
イザベルは私が告げるより早く事態を理解したようだ。
「いいねえ。悪くない。幹部どもにはうんざりしてたんだ。ここでひとつクーデターでも起こしてやろうじゃないか。あんたらが味方なら心強い。なんせ、シュトラウト公国とマルーク王国を滅ぼしてんだからな」
私の提案にイザベルが悪戯気に笑う。結構年上かと思ったけど、ちょっと上ぐらいかもしれないな。
「では、決まりだ。君は拿捕した船として私たちの船を連れていく。そして、あけてびっくりスワームの攻撃だ。海賊たちはなるべく傷つけないと約束しよう。君もクーデターに賛同するように呼び掛けて欲しい」
「ああ。幹部どもに恨みを持っているのはあたしだけじゃない。他にもいる。そういう連中はクーデターに参加してくれるだろう」
私が告げるのに、イザベルが頷いた。
「障害となりそうなものは?」
「あー。ねえな。あんたらがいれば、力で解決できる。何事も力で解決するのが海賊ってもんだよ」
正直、大丈夫だろうか。この海賊に任せて。
「なら、計画は決定だ。君と部下たちの糸を解こう。信じているからね?」
「こっちこそあんたらを信じてるぞ。後ろから刺してくれるなよ」
こうして海賊との同盟はなりそうになった。
私も今回の作戦には加わろう。船は苦手だけど文句は言っていられない。
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