収穫ある襲撃
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──収穫ある襲撃
「アルバトロス号が戻ってきたぞ! 女海賊イザベルのお帰りだ!」
海賊たちの楽園アトランティカ。
そこに1隻の中型帆船がゆっくりとした動きでやってきていた。
アルバトロス号。アトランティカの海賊であるイザベルの所有するガレオン船だ。彼女はこの船でフランツ教皇国やシュトラウト公国の船を襲い、金品を略奪してはアトランティカに持ち帰っていた。
そのアルバトロス号が帆を張り、風を受けてアトランティカの秘密の入り口に入る。岩礁と岩礁の間にある穴で、ここら辺の海図に詳しい人間でなければ間違いなく座礁してしまうような狭い通路だ。
アルバトロス号はその先にある洞窟を潜り、アトランティカの海賊たちの船が並ぶ隠し埠頭へと停泊した。
「シュトラウトはどうだった!?」
「化け物だらけだったよ!」
埠頭からアトランティカの海賊が尋ねるのに、アルバトロス号の海賊がそう返す。
「さあ、お前たち! 今回の収穫を降ろしな!」
「了解!」
そんな中イザベルが命じるのに、アルバトロス号の海賊たちが船倉から、シュトラウト公国で略奪した品を降ろしていった。
「おおっ! 1回の襲撃でこれかよ! すげえなっ!」
降ろされてくる品に海賊たちが目を丸くする。
銀の燭台と食器、金貨、銀貨、各種宝石。そういう煌びやかな略奪品が箱いっぱいに詰められては運ばれていくのに、海賊たちは興奮していた。普通ならこれだけの量の略奪品を得るには、何ヶ月もかけて地道に略奪しなければならない。
「随分と稼いだようだな、イザベル」
その様子を嫌らしい目で見つめるのは、このアトランティカの頭領アキーレの右腕であるブラスコだ。彼は運ばれていくイザベルの略奪品に近づいていった。ブラスコの周りにはブラスコの部下たちが近寄っている。
「だが、この半分はアトランティカに治めてもらうぞ」
「はあ!? なんだって! アトランティカへの上納金は10分の1のはずだろ!」
ブラスコの部下がイザベルの部下を追い払って略奪品の箱を奪い去っていった。
「お前を追ってジェロニモとマウロが出ていった。そして、ジェロニモはシーサーペントに襲われて海の藻屑になり、マウロも命からがら逃げてきた。可哀想だよな? お前の提案で襲撃に出かけた連中が被害に遭ったのは」
「あたしが知るかよ、そんなこと! あたしは危険を覚悟で向かったんだ! 他の連中だって危険は覚悟の上だろうがっ!」
ブラスコが略奪品の金品の質を見ながら告げるのに、イザベルが叫ぶ。
「アトランティカは海賊たちの共同体だ。お前が上役である俺の命令に逆らうならば、このアトランティカから出ていってもらうことになるぞ。上納金は今回は半分だ。ジェロニモの葬式代とマウロの船の修理費だ」
「クソ! 勝手にしやがれ!」
ブラスコが冷たく告げ、イザベルは吐き捨てた。
「姉御。いいんですか。半分も上納金を持っていかれて。他の連中が激怒しますよ」
「仕方がないだろうが。アトランティカを追い出されたら海賊稼業はやってられない。すぐにフランツ教皇国の海軍に捕捉されて、沈められちまう。ここは半分納めるしかない。クソッタレめ」
イザベルの船員が話しかけるのに、イザベルがそう告げて返した。
「こっちだって危険を冒してきたってのに。シュトラウト公国は確かに海軍は壊滅して略奪し放題だが、あの蟲の怪物どもがわらわらといやがる。あの怪物はカトラスじゃ歯が立たない。クロスボウでも使うしかない」
イザベルはスワームに遭遇していた。沿岸部の都市を守っていたリッパースワームにイザベルは遭遇したのだ。
海賊たちは襲い掛かるリッパースワームをカトラスで叩き切ろうとしたが、まるで歯が立たなかった。辛うじて持っていた倉庫をぶち破るための大槌で頭を叩き割ったり、クロスボウの弓矢を浴びせて撃破したが、海賊の何名かは命を落とした。
「これからは競争になるぞ。どの海賊もこぞってシュトラウト公国を襲撃するはずだ。あたしたちが一番乗りして大稼ぎするはずが、ブラスコのクソ野郎め。サメに食われて死んじまえ」
これからシュトラウト公国沿岸部での略奪が容易だと分かったことで多くの海賊たちがシュトラウト公国沿岸都市に殺到するだろう。だが、シュトラウト公国の富は限られている。国が滅びて経済活動が停止した今、取り続けるのは不可能だ。
だから、イザベルは一番乗りして一番に稼ごうとしたのに、ブラスコが彼女の稼ぎのほとんどを持ち去っていった。これに腹が立たない方がどうかしているというものだ。彼女は未知への危険を冒して乗り込んだのに、安全な場所にいたブラスコたちが彼女の稼ぎを持っていったことには。
「おい。イザベル」
「アキーレの親父。あんたまであたしから収穫を横取りするつもりか?」
次に話しかけてきたのはアキーレだった。このアトランティカの頭領だ。
「いや。お前が腹を立てているんじゃないかと思ってな。ブラスコにはそんなに取るとイザベルがカトラスでお前の首を刎ね飛ばすぞと警告したんだが、結局奴は半分をしっかり持っていたようだ」
「ああ。そうだよ。取り返してくれよ、アキーレの親父。こっちも船員を何名かやられているんだ。ジェロニモとマウロも危険を冒したかもしれないが、あたしたちだって危険を冒してるんだ」
アキーレが告げるのに、イザベルがそう告げて返す。
「いや。無理だ。確かにジェロニモの葬式代もいるし、マウロの船も直さなきゃならん。で、一番稼いているのはお前だ、イザベル。アトランティカは海賊たちの共同体。俺たちは助け合って生きていかなきゃならんのだ」
イザベルの言葉に、アキーレが首を横に振る。
「お前の船が壊されれば、俺たちが金を出してやる。そういうことだから、今回はそれで諦めろ」
「あんたとブラスコが葬式代や船の修理費を出してるのなんて見たことないけどな、アキーレの親父。全部やってるのは、幹部じゃない下っ端たちだ。そう、今回のあたしみたいな」
アトランティカは海賊たちの共同組織を銘打っている。海賊たちは共に助け合って、他者からの略奪を続けようと。
だが、その頭領であるアキーレや幹部のブラスコなどは上前を撥ねていくだけで、稼ぎを分け合っている様子はない。そのことを不満に思っている海賊はイザベルだけではないだろう。
「諦めろ、と俺は言ったんだ。俺が言ったことは従え。俺は頭領だぞ」
「そうかい。なら、勝手にしな」
アキーレが強い口調で告げるのに、イザベルは肩を竦めた。
「そうだ、そうだ。ちゃんと従えばそれでいいんだ。これからもアトランティカのために稼げよ、イザベル」
アキーレは哄笑するとイザベルの下から去っていった。
「むかつく野郎どもだ」
去っていくアキーレの背中を見ながら、イザベルが吐き捨てる。
「よう、イザベル」
「なんだ、ジルベルト。お前まであたしの品を持っていくつもりか?」
次にイザベルに話しかけてきたのは、イザベルと同世代ほどの海賊だ。
「お前、シュトラウト公国まで行ったんだって? どうだった?」
「ああ。多少の危険はあるが稼げそうだ。上役が儲けをかすめ取っていかなければな」
ジルベルトという男が尋ねるのに、イザベルはそう告げて返した。
「危険っていうとシーサーペントか?」
「いや。陸地に怪物がいる。見たこともない化け物だ。蜘蛛みたいなやつらだったな」
スワームのことはまだイザベルたちにはよく分かっていない。彼らがシュトラウト公国を滅ぼした張本人であることも、それが世界の敵であることも。そして、イザベルが奪った品はそのスワームたちのものであることも。
「そうか。最近、どうもシーサーペントの被害が多くてな。幹部会で対策を話し合うらしい。シーサーペントの繁殖期ってわけでもないだろうし、一体何が原因だろうな?」
「幹部会がちゃんとした対策ができるかどうかの方が疑問だよ。あの幹部会はあたしたちから上前を撥ねることしか考えちゃいねえ」
シーサーペントは海の王者と言われる怪物だ。大きいものでは全長30メートルにも及び、海中から襲い掛かってきて、船を沈める。そのシーサーペントが狙うのは、民間人も、海賊もお構いなしだ。
「そう言うなよ。俺はこのあいだ船が壊れたときに金を貸してもらった。そのおかげで今も海賊をやってやれる」
「フン。あたしたちからただで分捕った金を貸し付けて、更に儲けようってのか。幹部会は本当に腐ってやがるな」
イザベルは怒り心頭で何を言っても激怒にしかつながらない状況だ。
「まあ、シーサーペントの件、お前も動員されるかもしれないから準備しとけよ。でかいシーサーペントが取れたらその日がご馳走。でかいシーサーペントに取られたら俺たちが奴らのご馳走だ」
「あいよ。シーサーペント退治に動員される前に、あたしはシュトラウト公国でもう一度稼いでくるよ。今度は上前をはねられないといいんだけどね」
ジルベルトとイザベルはそう告げ合って、別れた。
あまりの怒りに、そのシーサーペントのことはイザベルの頭から抜け落ちてしまっていたが。
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