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変異

…………………


 ──変異



「マルーク王国は滅んだ」


 私がそう告げるのはバウムフッター村。


 私はエルフたちを前にして、捕虜にしたマルーク王国の要人たちを見せた。


「あれは第2王女のエリザベータでは……」

「まさか本当にマルーク王国が滅びたというのか……?」


 エルフたちは誰もが信じられないという顔をして、捕虜たちを見ていた。


「繰り返そう。マルーク王国は滅んだ。もう君たちを脅かす敵はいない。マルーク王国はこれよりアラクネアの支配下にはいる。だが、君たちには自治権を与えるつもりだ。この森は君たちの自治区とし、自分たちで統治するといい」


「それはありがたいことです。ですが、本当によろしいのですか?」


 私がそう告げるのに、長老が私を見てそう告げた。


「構わない。ただ、軍は駐留させてもらう。調べたところ、この森は北のシュトラウト公国、東のフランツ教皇国、南のニルナール帝国に通じる十字路だ。誰かがアラクネアと君たちに軍事的な試みを企んだ場合、ここは戦場になる」


「戦場! この森がですか!?」


 私の言葉にエルフたちは信じられないという顔をする。


 なんとも呑気な種族たちだ。地図をよく見ればここが大陸最大規模の国4ヵ国に通じる交差点だと分かりそうなものなのだが。


 確かにここには街道も走ってなければ、畑もない。この世界の軍隊が兵站を維持するのは困難だろう。だが、困難と不可能は違う。困難はやる気があるならば、やり切れることなのだ。


「まあ、安心していい。君たちはアラクネアの庇護下におかれた。君たちに何かしようという国がでるならば、我々が排除する。それともアラクネアの庇護下より他の国家の庇護下に置かれた方がいいか?」


「いいえ! とんでもない! アラクネアの女王様のおかげで今や我々は安泰です。この間の襲撃で亡くなった者たちの仇も取ってくださった。そのような方の庇護下に置かれているのが我々エルフにとってはいいことでしょう」


 一応、意見を聞いておく。予想した通り異論はないそうだ。


 それもそうだろう。私が調べたところ、大陸最大級の国家はどこもここも光の神を崇めている。排他的で野蛮な宗教の信仰者たちだ。エルフたちは彼ら独自の森の神を崇めることを望んでいるのに彼らは光の神を押し付ける。


 だが、それもアラクネアの庇護下に入れば心配ない。少なくとも私はエルフたちの信仰について一言も触れていないし、触れるつもりもない。神様なんていはしないんだから、好きなものを崇めればいいんだ。


「それではこれから我々の間で良好な関係が築かれることを望むよ。ここに契約書を準備した。この森のエルフたちはアラクネアの庇護下におかれるが、その自治権は保証されるという文書だ。誰かに代表になってもらって調印してもらいたい」


 私はそう告げてテーブルの上にアラクネアとエルフたちの関係を定義した外交文書を置いた。エルフたちは私の庇護を受け、自治政府を形成して、これからは国家内外交を行うという旨の契約書だ。


「では、私が」


 名乗り出たのは当然のことながら長老だった。


「では、そこに君の名前を記して。バウムフッター村の代表者であることも」

「ここにですね」


 正直、エルフの文字は理解不能だ。なんて書いてあるか分からない。ひょっとすると馬鹿とか書いてあるかもしれない。


 でも、私は長老を信じることにした。彼らはアラクネアの圧倒的な力を見ている。今更逆らったところで利益がないことも分かっているはずだ。理解していないならば、理解させるだけの話である。


「では、ここに私が私の名前と──」


 そこまで告げて私は衝撃を受けた。


 私の名前は何だった?


 日本にいたときにいは確かに自分の名前があったはずだ。だが、それが思い出せない。どうしても思い出せない。まるで最初から私には名前がなかったかのように、綺麗さっぱりと思い出せずにいる。


「アラクネアの女王様……?」


 長老が心配して声をかけてくるが私は吐きそうだった。


 まさか意識が完全にアラクネアに飲み込まれてしまったのか。そうなのか。だから、忘れてしまったのか。


「女王陛下……?」


 セリニアンも私を心配そうに見つめてくる。


 そうだ、セリニアンには名前があるじゃないか。アラクネアの集合意識と繋がっていても、私が名前をなくすことはあり得ない。


「セリニアン……」

「なんでしょうか?」


 私が呟くように告げるのに、セリニアンが尋ねる。


「セリニアン。私に名前を付けてくれ。なんでもいい。私に名前を……」

「名前、ですか……?」


 私が縋るようにそう告げるのに、セリニアンは困った表情を浮かべた。


「グレビレア、というのはどうでしょうか?」

「グレビレア……? どういう意味だ?」

「蜘蛛の花と呼ばれる花の名前です」


 セリニアンが告げたのはスパイダーフラワーとも呼ばれる。綺麗な花の名前。


 アラクネアの女王には相応しい名前なのかもしれない。


「よし。ありがとう、セリニアン。今日から私はグレビレアだ。アラクネアの女王グレビレア。それが私の名前」


 名前を得た私は少しだけアラクネアの集合意識から遠のいた気がした。


「名を記す。グレビレア。アラクネアの女王」


 私は契約書に名前と称号を記す。新しい名前を。


「これで契約は交わされた。これによって私と君たちがこれから良好な関係が結ばれ続けることを祈る」


 こうして森のエルフたちはアラクネアの庇護下に入った。


 中にはアラクネアの庇護下に入ることに反発したものもいたが、相手がマルーク王国を滅ぼした勢力だと知り、自分たちが今や大陸最大級の国家に狙われていくことを知ると、意見を翻し、バウムフッター村に倣った。


「これでエルフの森は暫しの安寧を得るだろう。我々は大陸最大級の国家群を敵に回しても勝利できるから、ね」


 私はそう告げてアラクネアの最初の拠点がある場所に戻ってきた。


 今もここはアラクネアの拠点だ。暫くの間は使われていなかったが、今も動力器官に受胎炉、肉臓庫などの必要なものが揃っている。それに最新の設備として、ある施設も建造した。これを使う機会はまだ先だろうが。


「さて、今日はバウムフッター村で食事をしてきたから、食事をしなくてもいい。干し肉と硬いパンにはさよならだ。今日はゆっくりと風呂に入ってから、ふかふかのベッドで寝るとしよう」


 先ほど最新の設備と書いたが、それは別に風呂のことではない。風呂は以前、私が体を洗いたいと思ってワーカースワームに作ってもらったものだ。


「セリニアン。一緒に入るか?」

「よろしいのですか?」


 私が風呂に向かいながら尋ねるのに、セリニアンが驚いた表情を浮かべる。


「ですが、私は鎧が脱げませんのでお邪魔になるかと……」

「そうか。君は鎧が脱げないんだったね……。擬態でもダメか?」


 セリニアンの纏っている鎧はセリニアンの体の一部だ。外したり、脱いだりすることはできない。少なくともセリニアンが今の形態である限り不可能だ。


「試してみないことにはなんとも……」

「ふうむ。いつか大きな温泉でも手に入れたら考えよう」


 セリニアンと一緒にお風呂に入るのは大変そうだ。


「女王陛下」


 私がどうやって風呂に入ろうかと悩んでいる間に、声が響いた。


 アラクネアの拠点はリッパースワームによって警備されている。簡単に侵入できるはずがない。通していいとしているのは、一部の親しいエルフたちだけだ。


「ライサ?」


 現れたのはライサだった。


「どうした、ライサ? 何か用事か?」

「はい。アラクネアの女王様に頼みたいことがあって……」


 私が尋ねるのに、ライサが言い難そうに私に告げてきた。


「私もアラクネアの女王様の軍勢に加えてもらいたいんです」


 ライサの告げた言葉は意外なものだった。


「私の軍勢に加わりたい? 何故?」

「私は思ったんです。このままではいけないって。リナトが死んだとき、私にもっと力があれば、リナトを救えたはずなんです。だから……」


 心底疑問に感じて私が尋ねるのに、ライサはそう告げて返した。


 そうだったな。ライサはリナトを殺されたんだった。そのことを未だに考えているのだろう。当然だ。幼いころから共に育って、結婚することまで約束していた相手を殺されて何も感じない方がおかしい。


「生憎、エルフは私の軍勢に必要ない。君が望んでも私の軍勢には加われないよ」

「お願いします! 私もセリニアンさんのような力が欲しいんです!」


 エルフの弓の技術は評価するけれど、私の戦い方には合わない。


「……なら、エルフをやめる覚悟はある?」


 私は静かにそう尋ねた。


「エルフをやめる……? どうやって?」

「方法は実に簡単だ」


 そう、方法は簡単だ。


「これは転換炉。外部の生き物をスワームに変える設備だ。熊や狼といった野生動物を捕まえてスワームに変えようかと思って作ったんだけれど、これはエルフにも効果があると思っている」


 私がワーカースワームたちに作らせた新しい設備。それは転換炉。


 これはアラクネア陣営外の生き物をスワームに転換する代物だ。熊を捕まえて転換炉に押し込めば熊の特性を持ったスワームが生まれるし、狼を捕まえて押し込めば普通のスワームより嗅覚が優れたスワームを生み出せる。


 エルフを入れれば……どうなるかは分からない。


「事前に言っておくけれど、スワームは集合意識を持っている。君がスワームになるならば、その集合意識に取り込まれることになる。下手をすると今持っている意識を喪失してしまうかもしれない。それでも構わなければ……」


 私はそう忠告してライサを見た。


「お願いします。私も強くなりたい。リナトを失ったような目に遭うのは嫌なんです」


 ライサの決意は固かった。私が忠告しても気にしていないという具合だ。


「分かった。なら、転換炉に入って。すぐに終わる」


 私はそう告げてアイアンメイデンのようになっている転換炉を開いて、ライサに手招きした。


「はい」


 ライサはひとつ息を飲むと、転換炉に入った。


 そして、私は扉を閉じる。


「あ、あ、あああっ!」

「ライサ? ライサ、大丈夫?」


 転換炉の中から悲鳴じみた声が上がるのに私が慌てて声をかける。


 そして、悲鳴が止まった時、転換炉が開いた。


「これがスワーム……」


 ライサの姿は変わっていた。背中からはセリニアンのように蟲の足が8脚突き出し、蠍のような尾部が付いている。彼女は新しい体に混乱した様子で、腕を動かしたり、尾部を動かしたりしていた。


「どうだい。まだ自分の意識は保っている?」

「はい。大丈夫です」


 ライサの意識は集合意識には呑まれていないようだ。私といい、セリニアンといい、元の人格が存在するものは集合意識に呑まれにくいのかもしれない。


「ライサ、擬態は使える?」

「擬態、ですか?」


 私はやや興味があることを尋ねた。


「元の自分の体を思い浮かべてみて。とても強く」

「元の自分の体を……」


 私が告げるのにライサが唸りながら自分のエルフだった時の体を思い浮かべる。


 するとライサは栗毛色の髪をふたつ結びにして纏めたチュニックとズボン姿のエルフの姿に変わっていた。


「元に戻った……?」

「元には戻っていないよ。文字通り、擬態しているだけ。ちょっと気が緩むとスワームの姿に戻るから気をつけて」


 ライサが目を白黒させるのが面白い。


「さあ、じゃあ、これからよろしく、ライサ。そして、ようこそアラクネアへ。私たちは君を歓迎する」


 こうして私はライサをアラクネアに迎えた。


 擬態持ちがふたりになったことで取れる戦略の幅は広がったな。


…………………

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