首無し騎士
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──首無し騎士
まるでグレイブの最期を見届けるようにして現れた首無し騎士ヘシアン。
彼は長剣を手に破壊された城門まで向かうと、内部を眺めた。
グレイブの城壁内部は破壊され尽くされている。施設は全て破壊され、傀儡は全て死体に戻った。これまでの前進拠点を全て潰して前進してきたので、もうネクロファージは新たなユニットを生み出すことはできない。
「オオォォッ!」
首無し騎士ヘシアンはどこから声を出しているか分からないが、怒りを示す雄たけびを上げると、長剣を振りかざし、ハイジェノサイドスワームたちに突撃していった。
ハイジェノサイドスワームのかなり強固な外殻も、英雄ユニットであるヘシアンの攻撃を受けてはひとたまりもない。ハイジェノサイドスワームは一刀両断され、人間の死体の中にスワームの死体が混じる。
「ハイジェノサイドスワームはレイスナイトを迎撃! ヘシアンはセリニアンとライサに任せろ! 無駄な犠牲が増えるだけだ!」
ハイジェノサイドスワームでは英雄ユニットにダメージも与えられない。戦うだけ意味がない。ならば、ハイジェノサイドスワームはヘシアンが引き連れてきた無数のレイスナイトの迎撃に充て、英雄ユニットのセリニアンと英雄ユニットに近いライサに戦いを任せるしかないだろう。
すまない、セリニアン、ライサ。君たちに頼ってばかりで……。
「はあっ!」
「やあっ!」
セリニアンは長剣でヘシアンに切りかかり、ライサは長弓で矢を浴びせる。
「ふんっ!」
だが、セリニアンの攻撃はいとも簡単にヘシアンにいなされ、ライサが放った矢はヘシアンに突き刺さるも怯む様子を見せない。
「ダメなのか……?」
私はヘシアンを相手にセリニアンとライサが明らかに苦戦しているのが分かった。
セリニアンは鍔迫り合いを繰り広げるも押され気味であり、ライサの攻撃はヘシアンに通用しているのか分からない。このような状況では、どうすればいいというのだ。
ヘシアンは恐らくもう最終進化形態になっている。それを叩くにはドレッドノートスワームのような超大型ユニットをぶつけるか、同じレベルの英雄ユニットで戦いを挑むしかない。
セリニアンは現在ホワイトナイトスワーム“セリニアン”だ。あと一段階の進化を残している。同じレベルとは言えない。
「はあああっ!」
「ふんぬっ!」
セリニアンが一気に押し切ろうとするのをヘシアンが弾いた。
そして、ヘシアンはセリニアンを弾いた勢いで彼女に切りかかる。
「セリニアンさん! 援護します!」
ライサがヘシアンの攻撃を止めようと矢を放ち続けるが、ヘシアンはまるで意に介していない。ダメージは入っているが、アンデッド系ユニットなので苦痛を感じないのか? だとすると非常に面倒な相手だ。死ぬまで殺すしかない。
「ふんっ!」
ヘシアンはライサの援護射撃をものともせず、セリニアンに切りかかる。
「このっ!」
セリニアンは剣でそれを受けようとしたが、ヘシアンに押し切られた。
ガンッと激しい音が響き、セリニアンはヘシアンの長剣の打撃によって吹き飛ばされ、城塞の壁に衝突する。城塞の壁がガラガラと崩れ、セリニアンに降り注いでくる。それだけ激しい打撃だった。
「セリニアン! セリニアン! 無事か!」
私は集合意識を通じてセリニアンに呼びかけるが返事はない。
「そんな……」
セリニアンがやられた……? そんなことあるはずがない……。
「女王、陛下……」
私が絶望に落ちかけたとき、セリニアンの声が響いた。
「少しだけ時間を稼いでください。そうすれば手はあります。あるんです」
「分かった。時間を稼げばいいんだな」
どんな手があるのかは聞かない。私はセリニアンを信じている。
「首無し騎士ヘシアン!」
私はヘシアンに向けて叫ぶ。
そうするとヘシアンn視線のようなものがこちらを向くのが分かった。
「このグレイブを廃墟に変えてやったのはこの私だ。私こそがアラクネアの女王。貴様の主人であるサマエルの敵だ」
ハイジェノサイドスワームはレイスナイトを相手している。ライサではヘシアンを止められない。ならば、この私が手を打つしかない。
「どうだ! 憎いか! この私が憎いか!」
「憎い。憎い。憎い」
私はヘシアンを挑発し、注意を私に向ける。
「俺はサマエル様から約束してもらっていた! この戦争に勝てば俺の首を用意してくれると! なのに貴様らはサマエル様の勝利の邪魔をする! 憎い! 貴様らアラクネアが憎い! 全員首を刎ね飛ばしてやりたい!」
そうか。まだ自分の首に執着しているのか。そんなものはどこにもないのに。
「ならば、向かってこい、ヘシアン! 貴様の憎いアラクネアを率いるのは他でもないこの私だぞっ!」
セリニアン。急いでくれ。私は戦えない。
「殺す! 殺してやる、アラクネアの女王!」
ヘシアンは馬を走らせこちらに向かってくる。
ここまでかな。一度は自殺して死んだ身とはいえ、死ぬのは怖いな。
だが、私が死んだ後でもセリニアンたちが勝ってくれればそれで──。
「はあああっ!」
私が諦観に浸りかけていたとき、セリニアンの声が響いた。
それと同時にヘシアンの胴体に糸が巻き付き、ヘシアンを首のない馬から落馬させ、地面に叩き落とした。
「お前の相手はこの私だ」
「セリニアン……!」
セリニアンは蘇っていた。その体の鎧は黒く変色し、艶やかに輝いている。
そうか。進化したのか、セリニアン。最終進化形態であるダークナイトスワーム“セリニアン”に。
「邪魔をするなっ! 俺はアラクネアの女王を殺す! 俺の首を手に入れるために!」
「ほざけ! 女王陛下を殺そうというならば、まずは私を殺していけ!」
ヘシアンが叫びながら長剣を構えるのに、セリニアンがそう一喝した。
「ならば、貴様から死ねっ!」
ヘシアンは怒りに燃え上がり、セリニアンに切りかかる。
「無駄だっ!」
だが、今度攻撃をはじき返したのはセリニアンだった。
セリニアンはヘシアンの長剣を弾くと、その体を切りつける。その斬撃によってヘシアンの鎧は切り裂かれ、肉体から真っ赤な血が噴き出す。
「殺す、殺す、殺す! 俺の首を手に入れることを邪魔するものは全て殺す!」
ヘシアンはやはり痛みを感じていないのか、切り裂かれてもよろめきもせず、セリニアンに切りかかっていく。
「くうっ……!」
ヘシアンの重い一撃にセリニアンが辛うじて耐える。
「この程度で私をどうこうできると思うなっ! 私には貴様にないものがある!」
セリニアンは鍔迫り合いに押し勝ち、再びヘシアンの体を切りつける。
「それは忠誠心! 貴様のように己の利益のために戦っているのではない! 私は女王陛下のために! 女王陛下が愛されるスワームのために戦っている! 貴様とは背負っているものが違うのだっ!」
そうセリニアンが叫んだときに勝負はついた。
ヘシアンの長剣は叩き切られ、ヘシアンの腹部に深々とセリニアンの長剣が刺さっている。長剣を伝ってヘシアンの血が流れ落ち、ぽとぽとと小さな血の海を作り始めた。
「俺の……首……。俺の顔は……どんな顔だったんだ……。教えてください……サマエル様……」
ヘシアンはそう呟くとガクリと膝を突き、地面に倒れた。
そして、その肉体は灰へと変わっていった。
「セリニアン。勝利したな」
「ええ。女王陛下のおかげです。ですが、あのような危ない真似はあまりなさらないでください。私たちの心臓に悪いものです」
私がセリニアンの傍に立ってその手をぎゅっと握るのに、セリニアンが小さく笑ってそう返した。
「いいや。やるよ。泣き虫騎士にはまだまだ私が必要だろう?」
「な、泣き虫というわけでは……」
私がからかうのに、セリニアンが帆を赤く染める。
「ありがとう、セリニアン。君のおかげで勝利できた。ヘシアンに私が殺されなかったのも君のおかげだ。君を失ったかと思ったときは、私の方が泣き虫になってしまうところだったよ……」
そう告げて私はセリニアンの胸に顔を押し当てる。
「生きていてくれてありがとう、セリニアン」
私が涙声でそう告げるのに、セリニアンはそっと私の頭を撫でてくれた。
「さあ。これで終わりじゃない。最後の黒幕を倒さなければ。この世界を作り、弄んだ奴を叩きのめしてやらなければなっ!」
「はい、女王陛下」
これで正真正銘のチェックメイトだ、サマエル。
覚悟しておけ。
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