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真相

…………………


 ──真相



 私は目を覚ます。夢の中で目を覚ます。


「ようやく起きましたか、女王陛下?」

「サマエル……」


 私の前にはサマエルがクスクスと笑みを浮かべながら立っていた。


 場所はどこかのマンションの最上階。


 私はここに来た覚えがある。


 吐き気がしてくる。この場所は嫌な場所だ。ここにはいたくない。


「どうやら、記憶の片隅には残ってるようですね。──自分の死んだ場所が」


 サマエルがそう告げるのに、私は周囲を見渡す。


 鍵の外れた屋上への扉。屋上の手すり。そこに置かれた靴と封筒。


 ああ。そうだ。私はこの場所を覚えている。ここは私が死んだ場所だ。


「ちゃんと覚えているようで何よりです。あなたが自殺した場所のことを」


 そう、私は自殺した。


 私は父さんが死んだことと、母さんの死を選択したことに耐えられなかった。私の精神はそんなに豪胆ではなかった。


 私は母さんの生命維持装置を止めてから7日後にここから飛び降りて自殺した。


 私は自分で自分を殺したんだ。


「あなたは自分で自分の死を選択した。なのに、あの世界では何故ああも生に執着してあがくのです? あなたは自分の手で自分を殺すほどに生への執着がなかった人なのに、どうしてあの世界では生き延びようとするのです?」


 何故だろう。


 私は全てに耐えられなかった。父さんが早すぎる死を迎えてしまったことにも、私が私の意志と言葉で母さんの生命維持装置を止めてしまったことにも、あらゆることに耐えられなかった。


 だから、自分で自分の命を絶った。


 迷いはなかったように思える。私は私の意志で迷いなく、自分に命を絶ったはずだ。


 なのに、どうしてこの世界では生に執着しているんだろう。


 どうせ自殺して死んだんだ。また死んだっていいじゃないか。


「そうでしょう、そうでしょう。一度自分の手で死んでいるのだから、あの世界で死んでもいいじゃないですか。どうせ最初から死ぬつもりだったのですから」


 サマエルはそう告げて、私の遺書が残された封筒を私に投げてよこした。


 最後にパソコンを付けた記憶が残っているのは、ゲームをしたからではなく、ワープロソフトで遺書を書いたからだったんだな。遺書は印刷されたもので、父と母の死に耐えられなかったという旨が記されていた。


「私は……」

「どうせ死ぬつもりだったなら、もう一度死んでみてはどうですか? 今度は穏やかな死が待っていますよ。この夢の中で永遠にまどろむという死が」


 サマエルがそう告げたとき屋上の光景が変わった。


 変わった先の光景は実家の玄関だった。父と母が死んで誰もいなくなったはずの実家の玄関に私とサマエルが立っていた。


「あら、お帰りなさい、─────」


 だが、そこには私を出迎える人がいた。


 母さんだ。私が殺したはずの母さんがエプロン姿で私を出迎えてくれた。


「────。もうすぐ夕食よ。今日はあなたの好物のハンバーグだから、早く手を洗ってきなさい」


 母さんはにこりと微笑んでそう告げると、食堂に入っていった。


 私は母さんに続いて食堂に入る。


「────! 大学での勉強は上手く行っているか?」


 次に私を出迎えてくれたのは父さんだった。事故で死んだはずの父さん。


「まあまあだよ。単位を落としたりはしないから安心して」

「そうか。それはよかった。お前は高校の時からゲームに嵌まっていたから、父さんたちは心配しているんだぞ」


 父さんはそう告げて笑うとテレビに視線を向けた。


 テレビでは当たり障りのないニュースをやっている。私の興味のない世界のニュースについて報じている。


「────、あなた。食事ができたわよ」


 私は母さんの呼ぶ声に振り返った。


 母さんは生きている。病院で植物人間状態で、包帯だらけだった時と違って、生き生きとしている。私はその姿を見ると、涙がこぼれ落ちそうになった。私が殺した母さんが生きている。そんなに嬉しいことはない。


「さあ、────。席に着きなさい。冷めてしまうわよ」

「うん。分かった、母さん」


 私は自分の席に座って、母さんが食事を並べるのを手伝った。


 私の大好物のハンバーグ。温野菜のサラダ。コーンポタージュスープ。


「いただきます」

「いただきます」


 私は手を合わせてそう告げると、母さんが作ってくれたハンバーグに手を付けた。私は昔から母さんのハンバーグが大好きで、特にチーズの入っているものは大好物だった。今日のハンバーグはそのチーズの入ったものだ。


「────。ゲームばかりしてないで、勉強もするのよ。成績が悪かったら仕送りを減らすからね」


「分かってるよ、母さん。私の成績はいい方だから安心して。私もゲームばかりしているわけじゃないんだよ」


 こんな母さんの小言も懐かしい。母さんは私がゲームばかりをしているのを心配して、毎週電話してきてたっけ。懐かしいな。


「────。ゲーム以外にも趣味を見つけるんだぞ。大学生活は長いようで短いからな。大学の内にいろいろなことにチャレンジしておかないと、社会人になってからは時間の余裕がなくなるからな」


「うん。今度旅行にでも行ってみるよ」


 父さんは大学の間に遊んでおけっていつも言ってたっけ。勉強しなさいって小言が多かった母さんとは対照的でよく覚えている。


「今、幸せですか、────さん?」


 私が家族との団欒を楽しんでいるのに、サマエルが声をかけてきた。


「ああ。幸せだよ、サマエル。父さんも母さんも生きている。またあの時間に戻ることができる。それ以上に幸せなことなどないじゃないか」


 私はこの幸せを失ったからこそ、自分で自らの死を選択したのだ。それが取り戻せるならば幸せ以上のことはない。


「なら、ずっとここにいましょう。この世界はあなたのための世界。あなたの幸せを考えて作られた世界です。もう二度と自分で自分の命を絶つようなことがないように、ずっとここにいようではありませんか」


 そうか。そうするべきかもしれない。私はここに安らぎを見出している。ここには私の幸せが詰まっている。ここにいれば安らかに過ごすことができる。


「そうだな。ここにいるべきなのかもしてない」

「そうでしょう、そうでしょう。ここにいましょう。ここで永遠に同じ時を過ごしましょう。罪の意識もなく、安息の場所で平穏を得ようではないですか」


 本当にこれでいいのだろうか。


 私は重要なことを忘れていないだろうか?


『女王陛下! 女王陛下!』

『目を覚ましてください、女王陛下!』


 声がする。必死な声だ。女王を、私を呼んでいる。


「ああ。あれは無視してください。あなたのいるべき場所はここです。何年でも、何十年でもここにいていいのですよ」


 サマエルはそう告げるが、声が私を呼び続ける。


「さあ、この安息の場所で安らかに──」

「そこまでだ、サマエル」


 サマエルのささやきが凛とした女性の声に遮られた。


「サンダルフォン……? どうしてここに?」

「この悪魔が何かするのではないかと思って目を光らせていたのです。このゲームで負けかかった悪魔が卑劣な手を使うのではないかと思って」


 サンダルフォンはそう告げて真っ白な長剣を抜く。


「この偽りの空間は破壊されなければなりません、────さん」


 サンダルフォンは長剣を食堂の床に突き刺した。


 次の瞬間、この空間が錆て、崩れ落ちていく。あらゆるものがボロボロになって崩れ落ち、食堂もなにもかもが崩壊していく。


「父さん! 母さん!」


 父さんと母さんも崩壊していなくなった。全ては一瞬の出来事で、私はほとんどなにもできなかった。


「父さんと母さんが……」

「あれはあなたの両親ではありません。あそこにいる悪魔が作りだした虚像。あなたを夢の中に閉じ込め、肉体を餓死させるために使った虚像です」


 私が地面にへたり込むのに、サンダルフォンがそう告げた。


「あなたの両親は、今は天界にいます。そこで安らかに暮らしているのです」

「父さんたちは天国にいけたんだ……」


 よかった。父さんと母さんは天界とやらで暮らしていると分かっただけで、私は安堵することができた。


「私は天界にはいけないの、サンダルフォン?」

「……あなたは今、魂を悪魔に握られています。それから解放されれば、必ず私があなたを両親の下まで送り届けましょう」


 私はまだ天界にはいけない。


「それは私が自殺したから?」

「……無関係とは言えません。弱った魂は悪魔に捕えられやすいのです。本当ならば私が導くはずだったのに。すみません、────さん……」


 サンダルフォンはすまなそうにそう告げる。


「いいよ。自殺した私が悪いんだから。だけど、悪魔の手を逃れたら、父さんと母さんのところに連れていってくれるかい?」

「ええ。もちろんです。今度こそ私が導きます」


 私の言葉にサンダルフォンは力強く応じる。


「全く。私はあなたが苦手ですよ、サンダルフォン。あなたはいい子ちゃんぶって、自殺した魂まで天界に導き入れようとしている。そんなことが許されるはずもないでしょう。この人はこの煉獄で永遠に苦しみながら過ごすべきだ。そうでしょう?」


「黙れ、サマエル。煉獄は貴様ら悪魔の遊び場ではない。煉獄の魂もいずれは救われるのだ」


 サマエルがため息交じりに告げるのに、サンダルフォンがそう返した。


「いいでしょう。でも、ゲームはまだ終わっていませんよ。あのゲームで私が勝てばその子の魂は私のもの。ゲームで私が負ければ好きにするといいでしょう。あなたのしたいようにしてください、サンダルフォン」


 サマエルは退屈そうにそう告げると、クルリとステップを踏んで暗闇に消えた。


「────さん。ゲームには勝てそうですか……?」

「ああ。勝ってみせるよ。絶対に。私には頼もしい仲間がいるんだ」


 サンダルフォンが心配そうに告げるのに、私はそう返す。


「けど、サンダルフォン。私が去ってしまったら、あの子たちはどうなるんだい?」


「全ての魂を救うことはできません。もう既に長く煉獄にいるものたちは、あの作られた世界で過ごすしかないでしょう。ですが、あなたならあの世界を素敵な場所にしてくれると信じていますよ」


 そうか。ゲームで勝ったら、セリニアンたちとはお別れなのか。


「それは少し悲しいね」

「それが当然の反応です。あなたはまだ人の心を失ってはいません、────さん。そのまま人の心を保って、勝利してください。そうすれば必ず救いはありますから」


 分かったよ、サンダルフォン。


「では、あなたの勝利を祈っています。必ずあなたを救いますから」

「待っているよ、サンダルフォン」


 そう告げ合って、私たちは別れた。


 私は目を覚ます。


…………………

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