総攻撃
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──総攻撃
私たちは神聖オーグスト帝国を解放し、更にポートリオ共和国の周辺地域を解放し、ポートリオ共和国のため緩衝地帯を作り上げた。
もうポートリオ共和国は死者の軍勢に襲われる心配をしなくともいい。
その事実にマッケンジー大統領を初めとするポートリオ共和国の政府首脳部は大変に喜び、私たちに感謝してくれた。彼らは荒廃した国土を再興するという役割が残っていることは理解しているだろうが、ひとまずは新大陸から人類が根絶されなかったことを喜んでいた。これは大きな勝利だと。
その人類の勝利をもたらしたのが嫌われ者のスワームだというのは皮肉なものだ。
そして、私たちはついにネクロファージにトドメを刺してやる段階まで来た。
「グレビレアちゃん。行くの?」
私が大統領官邸を出て、更にはフォトンの城壁の外に出たとき、ジョディと久しぶりに会った。
「ああ。行くよ。この戦争を終わらせてくる」
「うん。グレビレアちゃんならできるよ。だけれど、気をつけて。何が待ち構えているか分からないから。幽霊騎兵や死者の群れは、まだただの始まりのようでしかないようで不安なの」
そうだよ、ジョディ。ネクロファージのユニットはそれだけではない。
「何があろうと勝つのは私たちだ。君の兄弟たちの仇を取って、新大陸に安息を取り戻してくる。心配することはない。私たちだって十二分に化け物なんだから」
「グレビレアちゃんは化け物なんかじゃないよ。その仲間たちも。私たちの身を守ってくれて、私たちに家まで作ってくれた蟲さんたちのことを化け物とは呼べないよ」
ジョディは優しい子だ。だからこそ助けたくなる。
「ありがとう、ジョディ。なら、安心して待っていてくれ。じきに勝利の知らせが届く。そうなれば国全体で戦勝祝いだ」
私はそうとだけ告げて、まだ何か言いたそうにしているジョディから去った。
これ以上ジョディと話していると決意が揺らいでしまいそうだ。私はどんな危険があろうとこの戦争を終わらせると決意しているのだから、他人に心配されたぐらいでそれをやめるわけにはいかないのだ。
「セリニアン、ライサ。準備は?」
「できています」
私の言葉にセリニアンとライサが頷く。
「では、これよりネクロファージへの総攻撃を開始する」
私は堂々とそう宣言した。
「軍は二分される。西部軍と東部軍だ。西部軍は神聖オーグスト帝国から出撃し、東部軍はポートリオ共和国から出撃する。軍を二分するのは敵を逃さず、掃討するためである。ひとつでも拠点が残っていれば、奴らはまた息を吹き返しかねない」
戦力の分割は愚策と聞くが、この状況ではやむをえない。ネクロファージが新大陸を征服するために作っただろう拠点を全て潰さなければ勝利とは言えないのだから。
「最終的にふたつの軍は合流する、ドレッドノートスワームは両軍に、ヴァイスクイーンスワームは東部軍に集中して配備され、道を切り開くことになる」
あの後、神聖オーグスト帝国のネクロファージを掃討したことで相当な量の肉が手に入り、ドレッドノートスワームをもう1体生成することができた。これで西部軍、東部軍とも破城槌を手にすることになる。
「我らが進軍を食い止めるものはもはや存在しない。ネクロファージの首都グレイブまで向かい、この戦争にケリをつけてやろう。我々に勝利を!」
「女王陛下万歳!」
かくて、アラクネアによるネクロファージへの総攻撃は開始された。
作戦は電撃戦。いちいち前進拠点を設けず、現有戦力のみで一気に押し切る。これは賭けだが、私には自信がある。リッチー潰しにはヴァイスクイーンスワームとドレッドノートスワームがいるし、レイスナイトはもはやかなりの数を撃破した。
となれば、ひたすらに攻撃を仕掛けていっても、負けることはないはずだ。
それでも万が一、敵の反撃を受けて軍が崩れた場合に備えてワーカースワームたちは引き連れていく。彼らは少し離れた後方に位置し、死体を肉団子にしていく他に、敵が反撃に転じた場合に防衛拠点を作る任務が与えられる。なるべくならそうはなってほしくないが。
いずれにせよ、泣いても騒いでもこれでケリをつけるんだ。
待ってろ、ネクロファージ。待ってろ、サマエル。今その首を刎ね飛ばしてやる。
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アラクネア、総攻撃開始。
東部軍、西部軍ともに順調な滑り出しで前進し、ネクロファージがポートリオ共和国を侵略するまでに作った前進拠点を破壊しながら前進していく。
前進拠点探しにはワイバーンスワームとグリフォンスワームが役に立っている。彼らが空から森の中を調べ尽くし、前進拠点があれば集合意識で報告する。どちらもスワーム化させた生き物だというのに、集合意識を使いこなしている。
私たちは前進拠点を発見するとドレッドノートスワームと共に前進し、建物を押しつぶし、傀儡を押しつぶし、ネクロマンサーを押しつぶし、圧倒的な力でねじ伏せていく。
サマエルはそうとう暇だったらしく、かなりの数の前進基地があり、それを全て潰すのは非常に時間をロスするものだった。
「このままだと時間がかかりすぎるな……」
私はハイジェノサイドスワームの背中でそう考え込む。
「女王陛下。無理にドレッドノートスワームを使わずとも、ハイジェノサイドスワームとフレイムスワームだけで掃討してはいかがですか?」
「それだと敵の反撃に遭って損耗するかもしれないし、無茶なことはしたくないのが実のところだ」
セリニアンが告げるのに私はそう告げて返した。
ドレッドノートスワームを使えば確実に拠点を潰せる。それも大した損害もなく。ただ、ドレッドノートスワームの移動速度が非常に遅いために、時間をロスしているのも現実である。
「スワームたちを信じてください、女王陛下。彼らは誰もが女王陛下のために戦いたいと思っております。ヴァイスクイーンスワームと組み合わせれば、相手がリッチーであったとしても勝てないことはないはずです」
「そうだな。スワームたちとはこれまで一緒に戦ってきた。彼らの実力を信じよう」
こうして、ネクロファージの前進拠点潰しには、機動力の高いスワームたちで行われることになった。
彼らのうちの幾分かはリッチーの攻撃や、傀儡の攻撃、レイスナイトの攻撃で命を落としてしまった。それでも彼らはネクロファージの前進拠点を潰すという任務は全うし、かつ犠牲も最小限だった。
もっと早く彼らを信じてあげるべきだったかなと私は少し後悔した。
だが、この高機動部隊だけによる前進拠点潰しはある意味で戦局をひっくり返すことのほどに繋がった。
そう、私たちアラクネアがドレッドノートスワームを繰り出し、グレゴリアの遺産を引き継いだニルナール帝国がベヒモスを繰り出したように、ネクロファージも超大型ユニットを繰り出してきたのだ。
それを最初に発見したのはグリフォンスワームで危険を察知した彼はすぐに私たちに連絡を寄越し、同時に撤退した。
そのネクロファージの巨大ユニットとは、おぞましく、それでいて壮大なものだった。私がこれを相手にしたことは数回しかないほど滅多に戦場に出てくることはないユニットが今、私たちの進路上にいる。
ネクロドラゴンというユニットが。
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「ネクロドラゴンを繰り出してくるとはな……」
私はグリフォンスワームからの映像でネクロドラゴンを確認し呻いた。
「女王陛下。ネクロドラゴンとは?」
「ネクロファージの超巨大ユニット。ベヒモスよりも攻撃力は低いけれど、奴には自動回復という汚い手がある。回復量以上の攻撃を与え続けないと、奴を倒すことはできない。ドレッドノートスワームでも一撃とはいかないだろう」
ネクロドラゴンは超大型ユニットとしては攻撃力が地味だ。だが、その真価はそのタフネスにある。ドレッドノートスワームより劣る防御力ながら、自動回復というスキルが付いているために、非常に長時間戦えるのだ。
私がゲーム中でこれを相手にしたことは3回。いずれもドレッドノートスワームを2体以上犠牲にしてようやく勝てたというところだ。
だが、今回はドレッドノートスワームは2体しかおらず、それも距離は大きく離れている。今からネクロドラゴンを相手にするのに西部軍のドレッドノートスワームを呼び出しては、間に合わないのは確実だ。
目の前から迫るネクロドラゴン。
私たちの進撃もここまでだというのか?
いいや。そんなことはない。私はゲームでこのアラクネアを扱っていたときよりも、スワームたちについて理解している。彼らの短所と長所を理解している。そしてなにより私には──。
「セリニアン。君の攻撃力は非常に高まっている。君ならネクロドラゴンに回復量以上のダメージを叩き込めるはずだ。任せてもいいか?」
「お任せを、女王陛下」
私にはセリニアンがいる。
「ライサ。君は周辺警戒を。相手がネクロドラゴンだけで突っ込んでくるとは限らない。傀儡の群れか、レイスナイトを引き連れて侵攻してくる可能性がある。その場合は君とスワームで対処してくれ」
「了解です、女王陛下」
ライサだっている。彼女の目は鋭く、敵を見逃さない。
「では、いつも通りの策で行こう。ディッカースワームとフレイムスワームによる地雷原作戦。そして、それから間髪を入れずに、ドレッドノートスワームとセリニアンで攻撃を仕掛ける。手の空いているスワームたちはその援護だ」
地雷作戦はゲームではできなかった代物だ。
だが、この世界に来て使い難かったディッカースワームもかなり使いやすいことが分かった。彼らは穴を掘って相手の足を取り、更にはその穴にファイアスワームやフレイムスワームを埋めて、自爆させることができる。
だが、重要なのはディッカースワームたちが作った地雷原にネクロドラゴンが足を踏み入れたと同時に、ドレッドノートスワームとセリニアンは動き、相手が地雷原の傷を自動回復で治癒してしまう前に叩かなければならないということだ。
この連携が上手くいくかどうか。
私には自信がある。長い間この子たちと戦ってきたんだ。高機動スワームだけに前進拠点潰しを任せたように、私たちはスワームたちを信頼して、その力が思う存分発揮できるように調整生てやらなければならない。
さあ、来い。ネクロドラゴン。叩き潰してやる。
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敵の超大型ユニット、ネクロドラゴンは前進を続け、私たちに迫った。
恐らくは前進拠点には監視所の役割もあったのだろう。私たちが前進してくるコースを前拠点からの連絡で知り、サマエルはここにネクロドラゴンを派遣してきた。
ネクロドラゴン。
半分白骨化しており、眼孔には虚ろな穴が開いている。その翼はボロボロで空を飛び回ることはできず、ただただ腐臭を漂わせながら前進するのみ。半開きになった口からは緑色の涎が垂れ落ち、酸性のそれは地面を溶かす。
「ネクロドラゴン、間もなく地雷原に入ります」
私が緊張しながら、ネクロドラゴンの様子を眺めているのに、セリニアンがそう告げた。ネクロドラゴンの足は私たちが設置した地雷原に踏み込もうとしていた。あそこに足を踏み入れれば相当なダメージを与えられるはずだ。
さあ、踏み込め。踏み込め。
私はネクロドラゴンの動きを見ながらそう念じる。
ネクロドラゴンは半身を起こしたドレッドノートスワームを確認すると、雄叫びを上げ、地面を揺るがす足音を立てて、ドレッドノートスワームに向けて突撃してきた。
よし。入った。
私はネクロドラゴンが地雷原に足を踏み入れたのを確認すると、フレイムスワームたちに自爆を命じた。
爆轟。
恐ろしく大きな爆発音が響き、ネクロドラゴンの足元が爆ぜる。その衝撃でネクロドラゴンは大きく揺さぶられ、ふらつきながらも前進を続ける。
そして、私の目には傷を負ったはずネクロドラゴンの脚部が既にじわじわと回復を始めているのを目にしていた。敵は恐ろしい自動回復能力持ち。だが、それでもやってみせるとも。
「セリニアン! ドレッドノートスワーム! やれ!」
私はふたりに命令を発する。
セリニアンはネクロドラゴンの首に糸を絡みつけると、その糸を辿って一気にネクロドラゴンの頭部によじ登り、その脳天に長剣を突き立てる。
だが、長剣が脳に刺さった状態でもネクロドラゴンは平然と活動する。
「セリニアン! ネクロドラゴンに急所はない! とにかく叩くしかないんだ!」
「了解です、女王陛下!」
私の言葉にセリニアンが応じる。
セリニアンは長剣を構えてネクロドラゴンを滅多刺しにする。何度も、何度も、何度も、ネクロドラゴンの体に長剣を突き立てる。
「女王陛下! レイスナイトを確認しました! 傀儡もいます!」
「クソ。やはり同時攻撃か」
ライサが叫ぶのに私は苛立ちを感じた。
「ライサとスワームはレイスナイトたちの相手を! セリニアンとドレッドノートスワームの戦いの邪魔はさせるな!」
「はい、女王陛下!」
私の命令でライサが長弓に矢を番えて、レイスナイトに向けて放つ。レイスナイトはスワーム化したことでゲームの存在となったライサの攻撃を受け、馬から転がり落ちると灰へと変わっていく。
ハイジェノサイドスワームとフレイムスワームも群がる傀儡たちを八つ裂きにし、火炎放射を浴びせて焼き尽くし、その前進を阻止していく。
ライサたちが雑魚を食い止めている間にも、セリニアンとドレッドノートスワーム対ネクロドラゴンの戦いは続いていた。
今はドレッドノートスワームがその質量を活かしたのしかかりによってダメージを与えており、セリニアンは腹部に回り込んでネクロドラゴンの腹部を切り裂いていく。
火炎放射がドレッドノートスワームを襲ったのは次の瞬間だった。
ドレッドノートスワームの全身が炎に包まれ、燃え上る。それもいつまでも燃え上がっている。どうやら敵は粘着性の可燃物質で火をつけているのか、あるいはあれは火炎放射ではなく魔術なのかもしれない。
いずれにせよ、ドレッドノートスワームは焼けていく。ごうごうと音を立てて焼けていく。それでもドレッドノートスワームは必死に体当たりとのしかかりを続け、ネクロドラゴンを押しつぶしてしまおうとする。
そして、もう一度の火炎放射。
ドレッドノートスワームは更に燃える。ああ。ゲームでも私はこのネクロドラゴンの火炎放射で、ドレッドノートスワームたちを失っていったんだったな。
「ケミカルスワーム。ドレッドノートスワームの回復を!」
相手が自動再生ならばこちらも回復だ。
ドレッドノートスワームが懸命に戦う背後で、ケミカルスワームたちがドレッドノートスワームに治療薬を注入する。
「はああっ!」
ドレッドノートスワームが死にかけているとき、セリニアンも必死だった。
彼女はネクロドラゴンとドレッドノートスワームという2体の巨獣の間において、踏みつぶされないように細心の注意を凝らし、必死に戦っていた。ネクロドラゴンの腹部を抉り込むように長剣を突き立て、ネクロドラゴンにダメージを与える。
そのネクロドラゴンが3度目の火炎放射をドレッドノートスワームに浴びせたのと、ネクロドラゴンの腹部から炎が噴き出したのは同時だった。
恐らくはセリニアンがネクロドラゴンの火炎放射を行う組織に穴を開けたのだろう。ネクロドラゴンはドレッドノートスワームに火炎放射を浴びせると同時に、自分の体内か炎を吹き上がらせ、自身を炎上させる羽目になった。
だが、これはチャンスだ。
「セリニアン! そのまま切り裂け! 奴を燃え上らせろ!」
「了解!」
セリニアンがネクロドラゴンの腹部を切り裂いていけば炎は漏れ出し、ネクロドラゴンを炎上させる。それもそう簡単には消えることない炎によって、だ。
ネクロドラゴンは呻き声を発しながら炎を消そうともがくが、ドレッドノートスワームが押さえ込んで逃がさない。
ネクロドラゴンは最後にひとつ呻き声を発すると、そのまま地に倒れた。炎で燃え上るドレッドノートスワームに下敷きにされて。
「セリニアン! 無事か!」
「無事です!」
私はネクロドラゴンの腹部にいたセリニアンを案じたが、彼女はちゃんと危険な場所から脱出していた。
「やりましたね、女王陛下」
「ああ。だが、ドレッドノートスワームはやられてしまった」
セリニアンが巨獣たちの死体を見上げて告げるのに、私はそう呟いた。
ドレッドノートスワームは黒く燃えてしまい、もう動くことはない。
この戦いの功労者は戦死という最期を迎えていたのだった。
「ライサ。そっちは?」
「撃退しました。完璧です」
ライサたちはネクロドラゴンと同時侵攻してきたレイスナイトたちを撃破していた。
「勝利だ。ひとまずの。ネクロファージの拠点があるグレイブまでは残り30キロメートル。突破できるといいな……」
私はそこまで告げると、急に意識がぼやけるのを感じた。
そして、プツンという音と共に意識は途絶えた。
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