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フォトン防衛戦(3)

…………………


「私は神聖オーグスト帝国の死者たちを集結させるまで攻撃は控える、っていいましたよねえ?」


 フォトンから20キロほどの地点にあるネクロファージの前進基地。そこはもともとは交易都市があったのだが、今では死者たちが徘徊するゴーストタウンと化していた。


「や、やれると思ったのです、サマエル様! 我々の戦力だけでも落とせると!」

「あなたの戦力だけで? アラクネアの女王が来ているというのにですか?」


 足をライサに射られたネクロマンサーが跪いて弁明するのを、黒いゴシックロリータファッションの少女サマエルは鼻で笑った。


「いいですか。敵はあの竜の国グレゴリアの遺産を引きついでいたニルナール帝国を壊滅させた相手なのです。あなたのちょっとした軍隊程度でアラクネアの女王を倒す? 笑えませんねえ」


 サマエルはそう冷たく告げるとネクロマンサーは恐怖に震える。


「あなたはものの見事に敗北し、貴重なネクロマンサーと傀儡が失われた。この代償はどうやって支払ってもらったらいいでしょうか?」

「ご慈悲を! ご慈悲をお願いします!」


 サマエルがサディスティックに笑うのに、ネクロマンサーは必死に叫んだ。


「だ・め・で・す。死刑に決定。さあ、この者の首を刎ねてしまって、ヘシアン」

「畏まりました、サマエル様」


 サマエルの言葉で前に出るのはサマエルの2倍の身長はある大柄な騎士だ。


 だが、その首はない。


 “首無し騎士ヘシアン”。ネクロファージ陣営の英雄ユニットだ。


 かつて、戦争を勇敢に戦った傭兵のヘシアンは現地住民に襲われ、首を切断されてしまう。首は持ち去られて、どこかに消えてしまい、ネクロファージの力と自身の怨嗟の力で蘇ったヘシアンは自分の首を求めて再び戦いに身を投じる。彼は戦場で敵の首を切り落としていき、どこかに自分の首があるのではないかと探し続けるのだ。


 それが首無し騎士ヘシアンの設定だ。


 ヘシアンの設定は暗い設定の多いゲームの英雄ユニットの中でも、セリニアンを上回るほどに暗く、憎悪に満ちている。それはサマエルにはたまらなく快感を感じさせていた。彼女はこういう恨みつらみをため込んだ人間が大好きなのだ。


「ご慈悲を! お願いします! ご慈悲──」


 ネクロマンサーが叫ぶ中、ヘシアンの黒い長剣がネクロマンサーの首を刎ね飛ばした。首がゴロリと転がり、ヘシアンはそれを拾い上げる。


「違う……。俺の首じゃない……」


 ヘシアンはそう告げてネクロマンサーの首を踏み砕いた。


「さあて、司令官は交代だ。君を司令官に任じよう、新しいネクロマンサー君。やがて増産されたレイスナイトと神聖オーグスト帝国の死者たちがやってくる。そうなったら、総攻撃だ。徹底的にフォトンとアラクネアの女王を叩いてやるといい」


「畏まりました、サマエル様。御心のままに」


 新しく司令官に任じられたネクロマンサーが跪いてサマエルに首を垂れる。


「さあ、楽しい、楽しい、大戦争だ。勝つのは我々か。それともアラクネアか。お楽しみと行こうじゃないか」


 サマエルはステップを踏みながらそう告げると、不意に姿を消した。ヘシアンも同じように姿を消し、この場には最初から誰もいなかったかのような空白が残された。


 だが、サマエルは存在した。そして、命令を発した。


 フォトン総攻撃の命令を。


…………………


…………………


 リッパースワームはなるべく音を立てずに森の中を進んでいた。


 その背後にはライサがいる。


 彼らはネクロマンサーの足に打ち込んだ香水付きの矢の匂いを辿っていた。敵であるネクロファージの前進基地を捕捉するために。


 彼女たちは臭いがする街道の脇の森をあえて進み、時折通りを走っていくレイスナイトなどから身を隠して進んでいた。


 現在、敵地のかなり奥地まで到達しており、ここで発見されると敵に囲まれて全滅する恐れすらあった。だが、それでもライサたちは進み続ける。それがアラクネアの女王から命じられたことであるがために。


 途中で通過する街や村はどこもゴーストタウンになっていた。住民はひとりとして存在せず、生活の痕跡が腐り果てたまま残っていた。出しっぱなしにされた食事。放置された露店商品。


「そろそろ近いですか?」

「近いです。かなり近くまで来ました」


 ライサが尋ねるのにリッパースワームがそう告げて返した。


「よし。そろそろ敵の拠点ということですね。気を引き締めていきましょう」

「了解」


 ライサとリッパースワームはそう言葉を交わすと、臭いを追い続けてひたすらに森の中を進む。敵が直ぐ傍を通るのには息を殺して忍び、ゆっくりとゆっくりと、臭いを追い続けて拠点を探す。


 すると、街が見えた。

 

 城壁に囲まれていて内部は見えないが臭いはそこに続いている。


 ライサたちはぐるりと街を回り込んでみた。すると、外のゴミ捨て場のような場所にライサが足に打ち込んだ矢が刺さったネクロマンサーの死体があった。首を切断されており、完全に死亡している。


「ここが拠点なのかな?」


 ライサとリッパースワームはどうにかして街の中を覗き込もうとする。


 だが、城門にはレイスナイトが警備に当たっており、近づけない。


 しかたなく、ライサは下水道の入り口を探した。下水道からならば、敵に気付かれることなく街の中を偵察できるはずだと考えて。


 そして、街からやや離れた場所にライサたちは下水道の入り口を発見した。ライサはスワームの筋力で、下水道の鉄格子を外し、リッパースワームと共に中に入る。


「うえ。酷い臭い……」


 下水は汚物の臭いと共に腐乱死体の匂いがしていた。


 ライサは吐きそうになるのを我慢して、下水の中を進む。下水道の脇の道を通り、上にいるだろう傀儡やネクロマンサー、レイスナイトに気付かれぬようにして慎重に下水道を通過していく。


 そして、進むこと30分強で明かりが見えた。


 ライサは慎重に聞き耳を立て、敵が近くにいないことを確認すると、下水道の入り口を開いた。


 下水道の出口は街を走る道の脇にあり、ライサはそこから素早く周囲を見渡した。


 なにやらこの街には異様なものが溢れていた。


 アイアンメイデンのような器具。骨で構築された謎のオブジェ。髑髏が飾られた小屋のようなもの。そういった普通の都市にはないものが、この都市にはかなり大量に存在していた。


「ここが女王陛下が仰る前進基地なのかもしれません」


 ライサはそう告げると下水道の出口を静かに閉めた。


 そのときだ。レイスナイトが1体、ライサが外を見渡していた下水道の出口に近づいてきたのは。


 ライサは息を殺して下水道の陰に隠れ、リッパースワームも音ひとつ立てずに、蹲って身をひそめる。


 レイスナイトは暫くこの付近を警戒するように動き回り、その結果何もないと思ったのか、再び下水道の出口から去っていった。


「ふう。心臓がどくどくしてます。今のうちに逃げましょう」


 ライサはそう告げて、来た時と同じように慎重に都市から去り、同時にアラクネアの拠点へと帰還した。


 ライサは調査で判明したことをアラクネアの女王に報告する。


「敵はここから20キロメートルほど行った場所に何かの拠点を作っています。地図で言うとこの都市です。何かの人型のオブジェや骸骨のオブジェ、そして髑髏で飾られた小屋のようなものがありました」


「ご苦労だったね、ライサ。それは間違いなくネクロファージの前進基地だ。人型のオブジェはアイアンメイデンといってネクロマンサーやレイスナイトを生み出す生産設備、骸骨のオブジェは施設を稼働させる動力源、頭蓋骨の小屋は資源を貯めるものだ」


 やはりライサたちが見つけた拠点でネクロファージの前進基地で間違いなかった。


「下水道から中に入れる、らしいが」

「はい。下水道を潜って中に入れます。おかげで臭いが……」


 ライサは早く水浴びがしたくてしょうがなかった。


「下水道は奇襲に使えそうだ。覚えておこう。じゃあ、ライサ。水浴びをしてくるといい。本当にご苦労だったね」


 アラクネアの女王はあらためてライサの偵察活動の成果を労うと彼女を水浴びへと送り出したのだった。


…………………

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