フォトン防衛戦
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──フォトン防衛戦
私たちの馬車は無事にポートリオ共和国の首都フォトンに到着した。
フォトンの周囲はジョンが話していたように難民で溢れていた。簡素なテントに身を寄せ合った難民たちが、首都フォトンの城壁の内側に入ることもできず、陰鬱な雰囲気を漂わせている。
「状況は相当悪いな」
ヨルムまでネクロファージの脅威が迫っていたことからも想像はできたが、本当にここが新大陸における最後の砦なのだろう。その砦の砂上の楼閣に等しいものであることは、これまでの戦線後退から想像できる。
「女王陛下。大統領に我々の到着を知らせなければなりません。奴らは我々のことを信用せず、旧大陸からやってきた怪物だと言い張るのですから」
「ああ。東部商業連合の親書は私が持っていたんだったな。早速面会を求めて、活動を開始させてもらおう。もう時間はない。一刻も早く活動を開始しなければ」
首都から馬で1日、2日の場所にネクロファージが進出している。急がなければ、敵は次にこの新大陸の最後の砦でであるフォトンを狙って攻撃を仕掛けてくるだろう。この膨大な難民を抱えたフォトンが襲撃されたら、ただでは済むまい。
「ジョディ。君はどうする?」
「私は外で待ってる。難民でも暮らせるようにしてくれるって約束してくれたからね」
ジョディはこの状況でも笑みを浮かべている。残った家族が皆殺しにされて孤独を感じているだろうに、それを感じさせないような明るい笑みを浮かべている。強い女性だな。これならこれからもやっていけるだろう。
「じゃあ、私たちは大統領に会ってくる。すぐにでも活動できるように」
私はジョディにそう告げて別れると、首都フォトンの城門前に来た。
「止まれ! 通行許可証のないものは通せん!」
城門の警備兵はピリピリした様子で、私たちに呼びかける。
「私たちは東部商業連合からの親書を持っている。通してもらおうか」
私は箱を開き、東部商業連合の封蝋が押された書類を見せる。
「むっ。確かにこれは東部商業連合議長の封蝋。だが、一体何をしにここにやってきたというのだ?」
「救援信号を送ってきたのは君たちだろう。私たちを通して、大統領に会わせてくれ。そうしないと手遅れになるぞ。敵はもうすぐそこまで来ているんだからな」
私は城門の警備兵を脅すようにそう告げる。
「わ、分かった。上に確認を取ったら直ちに」
警備兵は慌てた様子で駆けていくと、城門が開いた。そして、1体の騎兵が掛けてきて、私たちの馬車の前に躍り出た。
「大統領閣下はお会いになられるそうだ。この騎兵に従って、大統領官邸まで向かってくれ。詳細は大統領官邸で、そこの警備兵か官僚たちに聞いてくれ。俺たちができるのはそこまでだ」
「ご苦労様。脅して悪かったね」
警備兵はそう告げ、私たちはフォトンの街を進む。
「どこも人だらけだな……」
フォトンの街の人口密度は明らかにキャパシティーオーバーだった。
通りにも人が溢れて、あるものは地面に横になり、あるものは路地で小さな出店を開いて怪しげな商品を売っている。宿屋はどこも満員らしく、看板を下ろしている。これでは確かにフォトンの中に難民を入れることができないわけだ。
「人が多すぎますね。それなのに戦う気力は見られない。情けないです」
「彼らは絶望しているのだよ、セリニアン」
敵は恐ろしい速度で侵略してくる怪物たちだ。もうこの国の戦力も相当消滅したのだろう。頼もしいはずの国土を守る戦力が消滅しては、一般市民は自分たちが戦っても無意味だと思うだろう。
「彼らを責めることはできないが、少しでも戦力になってくれれば幸いだな」
肉団子にするわけではなく、民兵としてでも。
……いや、無理だな。彼らの武器はレイスにもレイスナイトにも通じない。下手に前線に民兵を投入すれば、ネクロマンサーの餌になるだけだ。
「彼らは戦力にはならないな。だが、守るべき相手だ」
これは哀れみからの発言ではない。下手にネクロファージにユニットを殺されると、相手の戦力が増えてしまうがためだ。ネクロマンサーの傀儡が山ほど押し寄せてきたら、アラクネアでも対応できなくなる。
「あれが大統領官邸か?」
「そのようですね」
大統領官邸は小高い丘の上に位置していた。
「止まれ!」
また検問か。
「先ほど通行許可をもらったものだ。大統領に会えると聞いたが」
「ああ。そうだったか。通ってくれ。大統領がお待ちだ」
大統領官邸の門が開かれ、私たちは騎兵の誘導で大統領官邸の前庭を進んだ。
「お待ちしておりました。東部商業連合からの使者の方々」
大統領官邸の玄関で私を出迎えたのは中年の男性だった。
「そちらは?」
「大統領首席補佐官のダニエル・ディーンです。これよりマッケンジー大統領の下までご案内します。本当にあなた方が来てくれてよかった」
ダニエルと名乗った男は私たちを丁重に出迎えると、大統領官邸内に案内した。
ダニエルが案内するのに私たちは彼に従ってついていく。大統領官邸は多くの将兵や官僚と思われるものたちが慌ただしく行き来しており、まさに戦場のようであった。この国も相当追い詰められているな。
「大統領閣下。東部商業連合からの使者の方をご案内しました」
「ああ。中にご案内したまえ」
ダニエルが告げるのに、中から力のこもった男の声が響いた。
「失礼する」
私とセリニアンがそこに入ると、そこは作戦会議室であった。
将軍たちが地図を睨み、陥落した場所をマークしていき、自軍の兵力と確認されている相手の配置を記している。そして、その中に軍服姿ではない壮年の男の姿が見えた。スーツ姿の男だ。
「見たまえ! 旧大陸から我らを救うために援軍が訪れたぞ!」
壮年の男はそう告げ、将軍たちが私を見る。
「初めまして、東部商業連合からの使者の方々。私はマイク・マッケンジー。第21代ポートリオ共和国大統領だ」
「初めましてだ、マッケンジー大統領。私はアラクネアの女王グレビレア。こちらは私の騎士のセリニアンだ」
この人が大統領か。運が悪いな。こんな時代に当選するなんて。
「アラクネアの女王……? そちらは東部商業連合からの使者では……」
「詳細はこれを見てくれ」
私の自己紹介にうろたえる大統領に私は東部商業連合の書状を手渡した。
マッケンジー大統領は、書状の封蝋を確認してから諦観の表情を浮かべた。
「諸君。残念な知らせだ。旧大陸では大きな戦争が起きて、どの国も我々を助けることはできないのだと言っている。ただひとつだけ、アラクネアという新興国家だけが私たちを助けてくれるそうだ」
マッケンジー大統領のその言葉に将軍たちは額を押さえて呻いた。
「フランツ教皇国は元より、ニルナール帝国にすら縋ったが、どの国も我々を救う余裕はないと言ってきた。その理由は戦争か……」
「フランツ教皇国にも、ニルナール帝国にも君たちを助ける気はさらさらなかったさ。彼らは彼らの戦争に夢中だったからね。だが、安心するといい」
私はそう告げてセリニアンに合図する。
すると、セリニアンが擬態モードを解除し、スワームの半身を露わにした。
「これは……」
「何が起きた!?」
マッケンジー大統領が絶句し、将軍たちが慌てる。
「これは君たちを救うアラクネアだ。アラクネアは人ならざる蟲たちの陣営。あのニルナール帝国すら我々の前には敗れ去った。そして、私はネクロファージも同じように打ち負かしてやるつもりだ」
私は慌てるマッケンジー大統領と将軍たちにそう宣言した。
「ニルナール帝国を屠ったのか……」
「まさか、本当に……?」
やはりそう簡単に信じてもらえる話ではないか。
「私は信じよう。そしてあなた方に賭けよう。あなた方がポートリオ共和国を救ってくれることに賭けよう。どうか我が国に力を貸してもあrいたい」
「元よりそのつもりで来たんだ。我々の活動さえ許可してもらえれば、いつでも始めることができる」
マッケンジー大統領が力強く告げるのに、私は頷いて返した。
「さて、活動するとなると拠点が必要になる。避難民たちからは十二分に離れ、かつある程度の広さがある空き地があるか?」
「それなら西地区を使われるといい。あそこは近くに墓場があって、この騒動の中恐ろしくて誰も近づこうとしない。我々は死体を火葬にするから、問題はないと告知していたのだが」
なるほど。幽霊と生ける死者に襲われたら誰だって墓場なんかには近づきたくなくものだ。ちょうどいい場所があってよかった。広さ的にもスワームを展開させるのに十分な広さがある。
「それで聞きたいのだが、埠頭にいる蟲たちもアラクネアのものたちなのか?」
「そうだ。捕まえているなら解放してほしい。彼らの力が必要になる」
マッケンジー大統領が尋ねるのに私はそう告げて返す。
ワーカースワームたちがいなければ必要な設備は作れない。まずは生き残ったワーカースワームを総動員して、設備の建造だ。
集合意識にアクセスすると90体あまりのワーカースワームが生きていた。これだけいれば十分だ。
ジェノサイドスワームとケミカルスワームは60体ずつ生きている。やはり大型商船が沈んだことでかなり犠牲が出たようだな。これだけでは首都フォトンを守り切るには不十分だ。
早速受胎炉を建造し、ユニットの生産を始めなければ。
「他に何か必要なものは?」
「この首都フォトンに入れない避難民たちのために防護壁を作る許可をいただきたい。霊体系ユニットには効果がないが、傀儡を防ぐには意味がある。死者の軍勢がフォトンに押し寄せてくることはふせげるはずだ」
ジョンに約束した通り、私は避難民を守ることにした。
そのための防護壁だ。避難民は今、何にも守られていない。完全に無防備な状態だ。私はそれを改善するために、まずは防護壁の建造を申し出た。
これはジョンとの約束だけで行うのではない。ここに溢れる避難人が殺され、傀儡として操られるようになっては危険だから、私は防護を申し出ているのだ。
「それは大いに歓迎する。我々も避難民たちをフォトンの中に入れてやりたいが、既に首都の人口は限界を迎えているのだ。治安は悪化し、衛生状態は極めて悪い。だから、これ以上避難民をフォトンに入れることはできないのだ」
「それは理解している。ならば、もうひとつ城壁を作ればいいだけだ」
避難民と前線になる防護壁はある程度離して作った方がいいだろう。防護壁はフォトンを中心にこの程度の範囲で作れば大丈夫だ。私は将軍たちが広げている地図を見つめてそう判断した。
「必要な資材は?」
「石材と木材の調達許可を。場所を教えてもらえば自分たちで切り出す」
流石に肉は要求できないだろう。これだけ人が溢れているなら食料も必要なはずだ。
「理解した。石材はここで、木材はここで調達可能だ。好きに使ってくれ」
フォトンからはちょっとしか離れていない場所に石材と木材の入手場所はあった。
「助かる。では、まずはこのフォトンを守るために尽力しよう。それが終われば、奪われた国土の奪還、そしてネクロファージの首都であるグレイブの制圧だ」
「その力に存分に期待を持たせてもらう。頼む。もうポートリオ共和国には、新大陸には、ネクロファージを止めることのできる戦力は存在しないのだ」
相当追い詰められていたんだな。
だが、ネクロファージにフォトンは落とさせない。私たちが守り抜いてやるさ。
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