暗雲
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──暗雲
「おはよう、諸君」
私は目をこすりながらジョディのベッドのある2階から1階に降りてきた。
ジョディはまだ寝ている。私は彼女を起こさないようにして、静かにベッドを出てきた。そして、1階にいるジョンたちに声をかけた。
「おはよう。昨日は眠れたか」
「ああ。ばっちりだ」
昨日は本当によく眠れた。疲れていたのだろう。
「ところでいろいろと聞きたいことがあるが、構わないか?」
「ああ。構わないぜ。何が聞きたい?」
新大陸の情報は断片的にしか、旧大陸には聞こえていない。
ならば、こうやって情報を収集できる機会は活かしていかなければ。
「神聖オーグスト帝国はどうなってる?」
私はポートリオ共和国ともう1ヵ国の生き残った国家について尋ねる。
「滅んだ。ネクロファージの大軍勢が攻め込んできて、あっという間だった」
「生き残りは難民になってポートリオ共和国に逃げ込んできたけど、このポートリオ共和国もいつまでもつのか」
神聖オーグスト帝国はもう滅んでしまっているのか……。
となると、もうネクロファージは相当拡大しているに違いない。私たちも急いで準備を進めなければ、ポートリオ共和国と一緒に死者の津波で溺死することになりかねない。
だが、肝心のスワームたちと私は今は離れた状況にある。何かを命じようにもスワームたちはポートリオ共和国当局に抑えられていて動けない。強行突破という手もあるが、それではネクロファージとポートリオ共和国と私たちの三つ巴になってしまう。
「ネクロファージは霊体系ユニット──幽霊のようなものは使っているか?」
「ああ。幽霊騎兵の噂なら聞いたことはある。それが本当に幽霊なのかはしらないが」
霊体系ユニットをアンロックしているのか。そして、幽霊騎兵というのはレイスナイトのことだな。スワームならばダメージを与えられるだろうがこの世界の武器では銀の武器でもなければ無理だろう。
「そうやって眉間にしわ作ってると早く年取るぞ」
私が考え込んでいるのにジョンが笑ってそう告げた。
「これは重要なことなんだ。大陸がひとつ滅びるかもしれない危機だ。笑ってはいられないだろう?」
私はむっとしてそう言い返した。
「いいや。俺たちは笑って過ごすぞ。世界の破滅なんて笑い飛ばしてやる。この俺たちを絶望させるのは悪魔にだって不可能だ。だろう?」
「どうだろうね。俺たちも随分と逃げてきて疲れたよ。でも、確かに絶望なんて笑い飛ばしてやりたいものだね」
強い人たちだな。この苦境にあっても喜びを見出す、か。私も見習いたくなる。
「では、聞きたいが、戦線は今どの付近か分かるか?」
私はそう告げてケラルトから渡された新大陸の地図を広げる。
「戦線はこの付近だと聞いてる。もっとも今は後退続きだからどうなっているか」
ふむ。ポートリオ共和国は国土の半分を奪われているな。私たちが到着したのが間一髪になればいいのだが。
「ふわあ。おはよう、兄さんたち。あと、グレビレアちゃん」
「おはようだ、ジョディ」
暫くすると欠伸をしながらジョディが起きてきた。彼女はまだ眠そうだ。
「じゃあ、俺は朝食を作るよ」
「俺も冒険者ギルドの仕事を見に行く準備をしとかないとな」
冒険者ギルド?
「このポートリオ共和国にも冒険者ギルドがあるのか?」
「当然だろう。冒険者はどこにでも必要だ。魔獣はどこにでも現れるし、今はネクロファージって脅威もある。偵察やら、後方支援やら、大忙しだ」
新大陸にも冒険者ギルドはあるのか。使えるといいのだけれどな。
「ところでこのヨルムは地図で言うとどのあたりだ?」
「ああ。この地図、ヨルムは小さすぎて載ってないのか。この辺りだ」
私の問いにジョンがそう告げて指さしたのは最前線から馬で2日程度の距離だった。
「!? ここは不味いんじゃないのか!? ネクロファージの射程圏だぞ!」
「まだ大丈夫だ。いざとなれば逃げる準備は出来てるし、前線部隊がやられたときには信号弾を上げて各街に危険を知らせることになっている」
分かってない……。ネクロファージの恐ろしさはスワームと同じようにその侵攻速度にあるというのに。侵攻速度最速はアラクネアだが、その次の座を制しているのはネクロファージなんだ。
「私の従者が今晩馬車でここに来る。それに乗って君たちもここから逃げた方がいいぞ。ネクロファージの侵攻はあっという間だ。神聖オーグスト帝国が滅んだようにあっという間なんだ」
私はジョン、ジョエル、ジョディにそう告げる。
「……分かってるさ。ここが危険なことぐらい。ネクロファージの侵攻は実体験しているからな。幽霊騎兵があっという間に全てを刈り取っていき、死者は起き上がって生あるものを襲い始める」
「なら、何故避難しないんだ?」
そうだ。リッパースワームに次ぐ速度にして高い攻撃力を持つ幽霊騎兵──レイスナイトが相手のユニットを瞬く間に屠っていき、ネクロマンサーが傀儡化によって死体を自分たちの兵力に転用する。
そうして膨れ上がったネクロファージの侵攻を阻止するには恐ろしく強固な城塞か、あるいは相手の数に匹敵するユニットで迎撃するしかない。
「逃げる場所がないんだよ……。既に首都は難民で膨れ上がって城壁の中には入れない。加えて、避難してきた難民が多すぎて衛生状態が悪化している。あんなところで暮らしていたら3日と経たずに病気になる」
「そうだったのか……」
そうか。彼らには選択肢がないのか。首都で病で死ぬか、ネクロファージの侵攻で死ぬかのふたつの運命しか残されていないのか。
「だが、大丈夫だ。私たちアラクネアは首都を中心に展開して防衛態勢を固める。難民に対しても住居を提供する準備がある。これほど広い家というわけはいかないだろうが、首都付近に避難すれば安全だ」
「随分と壮大な話だな。だが、信じてみたいなその言葉を」
私の言葉には信憑性がないか。
「まあ、いいぜ。あんたが安全だと保証するなら、それに賭けてみる」
「ありがとう。信じてくれて」
ジョンはいい奴だな。こんな怪しい私の意見を聞いてくれるなんて。
「ジョディ! お前もここから避難するのには異論はないよな!?」
「え!? もうここ危ないの!?」
ジョンがジョディを呼ぶのにジョディが顔を青ざめさせて飛んできた。
「今は大丈夫だが、ここはネクロファージの射程圏内だ。万が一に備えて避難しておいた方がいい。避難先の安全は私が保証する」
「本当に? グレビレアちゃんについていけば安全なの?」
「ああ。安全だ」
私が安全を誓うのはこれで2度目か。1度はエルフの森。あの時は守れなかった。だが、今回は守ってみせるとも。
「ジョエル! お前はどうする?」
「兄さんたちが避難するなら、俺も避難するよ。ネクロファージの餌にされるのはごめんだからね」
ジョエルも賛成してくれた。これでこの一家は避難する。
「ご近所さんたちにも避難するように言った方がいいかな?」
「なるべくなら。ネクロファージは相手を殺しただけ強大になる。死人は少ない方がいい。倫理的にも、ね」
ネクロファージの厄介さは私たちアラクネアと共通することが多い。相手を殺しただけ強大化するなどまさに一緒だ。
だから、私はネクロファージは苦手なんだ。
「じゃあ、私は朝ごはん食べたら、避難するように言ってくる。っていっても、このヨルムって4家族しか住んでないんだけどね」
そう告げてジョディは笑った。
「昔はいい漁場で漁師たちがいっぱいいたらしいが、全員が避難しちまった」
「私たちが去ったら本当に寂しくなるね……」
戦場となって無人化した都市など、山ほど見てきたのに、この静かな漁村から人がひとりもいなくなってしまうのは、私には酷く寂しく感じられた。
「お待たせ。朝食だよ」
「よし! 精を付けたら行動開始だ! 俺も冒険者ギルドで警告を出してくる!」
この時はまだ全員が助かるんだと、私は無邪気にそう思っていた。
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