革命、その後
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──革命、その後
私たちは記憶を頼りにラーロのやっている宿屋を目指した。
ラーロの店は変わらずそこにあった。看板もそのままだ。
「失礼する」
私はそう告げてラーロの宿屋の玄関を潜った。
「いらっしゃいませー!」
私たちを出迎えるのは私たちが以前訪れたラーロの店の看板娘だった。
「あっ! あなたたちは……」
「やあ。ラーロには会えるかな?」
看板娘は一瞬で私たちが誰か理解したらしく目を白黒させるのに、私は静かにラーロと会えるかどうかを尋ねた。
「会えるとは思いますけど、ラーロさんはもう政治には戻りませんよ?」
「それは分かっている。会いたいだけだ」
看板娘がそう念を押すのに、私は頷いて返した。
「なら、こちらへどうぞ。あっ、ご注文の品はあります?」
「オムライスを」
「私もオムライスで」
「ええっと。じゃあ私もオムライスで!」
看板娘が注文を取るのに私はこの間来て美味しかったオムライスを注文し、セリニアンとライサも同じものを注文した。
「では、しばらくお待ちください」
看板娘は注文を取ると、厨房に向かった。
「ラーロさんってどんな方なんですか?」
「君が魔女の一撃を患っていたときにその解毒剤を調達してくれた人だ。ライサの命の恩人だよ」
ライサが興味深そうに尋ねるのに、私はそう告げて返した。
「私の解毒剤を手配してくれた方なんですか! 命の恩人ですね!」
ライサは無邪気にそう告げるとにこにこした笑みでオムライスを待った。
「お待たせしました! オムライスです!」
うん。ここのオムライスは食欲をそそる。チキンライスを覆う卵はふんわりで、中は美味しいチキンライス。実に食欲をそそる逸品だ。
私がはむはむとチキンライスを食べるのに、セリニアンも食べ始め、ライサもその様子を見渡してからオムライスに取り掛かった。
「美味しい! 美味しいですね、女王陛下!」
「ああ。ここのオムライスは絶品だ」
私はもう半分ほどオムライスを平らげてライサにそう返す。
「ラーロさんが来ますよ」
と、その時看板娘がそう告げてきた。
「……お久しぶりです。アラクネアの女王陛下」
ラーロは依然見たときより少しやせた様子で姿を見せた。
「やあ、ラーロ。君は出迎えに来てくれなかったからこっちから来たよ。君はそこにいるライサの解毒剤を手配してくれた命の恩人だからね」
私はそう告げてライサを指さす。
「こんなに可愛らしお嬢さんのお役に立てたなら光栄だ」
ラーロはそう告げると、ライサを見て笑った。
「君は新しい政権には加わっていないと聞いたよ、ラーロ。何があったんだい?」
「ちょっとしたいざこざがあった。というよりも俺は政治家には向いていないと分かったからだ」
私が本題を尋ねるのに、ラーロはそう語り始めた。
「革命は最初のうちはよかった。王族が隠し持っていた財産を使って国が回せた。王族の隠し財産は相当なもので、当分はこれでやっていけると信じていた」
ラーロが私たちに向けて語り出す。
「だが、あれこれと新政策をやるたびに隠し財産は失われていき、やがて底を突いた。それでも革命政府は人々のために戦わなくてはならなかった。だから、市民への増税という形でそれは補われた」
そう告げるラーロは心底残念そうな表情をしていた。
「その市民への増税でも、金のある奴は革命政府のメンバーに献金をすることで、増税から逃れていた。その割を食うのは誰か? 献金するほどの資産を持たない一般市民だ。革命政府は国をよくするためだと様々な政策を行ったがどこまで市民のためになったのかは分からない」
そうか。王族が去ってからも王族の隠し財産となったような高所得者層からの献金は革命政府に対して引き継がれたわけだ。それは随分と情けないことだっただろう。それが必然のことであったとしても。
「革命政府は当初の目的を忘れた。俺たちは王族を打ち倒すだけではなく、一般市民を解放するために蜂起したはずだった。それが今では金持ちのための政治をしている。これでは王政時と何も変わりはない」
ラーロはそう告げて俯いた。
「だから、君は革命政府からは身を引いたわけだ。それ以上の汚れ仕事を避けるために。自分の理想を守るために」
「ああ。そうだ。俺は腐っていく革命政府からは身を引いた。それでも革命政府からは政治に戻ってほしいとの要望があるが。だが、誰がかつての王族のようになった革命政府に力を貸すというんだ」
私が尋ねるのにラーロは若干の怒りを込めてそう告げる。
「私が思うに君は革命政府に戻るべきだと思うな。自分の命を投げ捨ててでも政治をしようというならば」
「なんだって?」
私が告げるのに、ラーロが目を見開いた。
「革命政府に必要なのは君のように清廉潔白な人材だ。献金を受け取らず、それを規制できる立場にある人間が革命政府にいて、市民を苦しめる政策にはノーと言わなければ、この国は腐っていくだけだ。そのことは分かっているだろう?」
私が尋ねるのに、ラーロが無言で私を見つめた。
「君が革命政府を追放されることもあるかもしれない。その時は第二の革命だ。市民は真に市民を思っている君についてくる。必ずうまくいくさ」
私は何の根拠もないのにそう言ってしまった。だが、私が学んだ地球の歴史を見ればそうなることは必然のようにk思われた。
「……分かった。政治の世界にもう一度戻ってみよう。彼らが暴走するようなら止める。それが俺の役割だと理解した。やれることをやろう」
「その調子だ」
私の話にラーロは納得したのかそう告げて頷いた。
「ところで、ポートリオ共和国について何か情報はあるかい?」
「ポートリオ共和国? 時折難民が流れ着いてくるくらいだな」
私はラーロの決意が済むと聞きたかったことに話を移す。
「難民は何と言っている?」
「ポートリオ共和国は陥落寸前だと。なんでもネクロファージ帝国というのが新大陸では猛威を振るっているらしい」
なるほど。やはりポートリオ共和国も急がなければ陥落か。
「ありがとう。情報に感謝する。これは情報代だ」
私はそう告げて少し多めの硬貨を置くと、既にオムライスを完食しているセリニアンとライサと共に席を立った。
「これからポートリオ共和国に向かうのか?」
「そのつもりだ。ネクロファージという奴を潰さなければならないからな」
ラーロが尋ねるのに私はそう告げて返す。
「なら、これを持っていくといい」
そう告げてラーロは店の奥から一振りの長剣を手にしてやってきた。
「ポートリオ共和国の難民が宿代に置いていたものだ。表面が銀加工してあって、ネクロファージ帝国の怪物どもにはよく効くらしい。せめてもの餞別だ。俺が持っていたも意味はない。受け取っていってくれ」
「ありがたくいただいていこう。感謝する」
銀の武器か。ネクロファージのレイス系ユニットにはクリティカルが出せる武器だな。これは役に立ちそうだ。
「では旅の無事を祈る。最近では、ポートリオ共和国からの難民も途絶えた。何が起きているか分からない。無事で戻ってきてくれ」
「ああ。そのつもりだ」
ラーロの言葉に私はそう返して宿屋を出た。
ラーロの宿屋から船に戻るときには物資の積み込みは完了していた。
食料と水。食料には壊血病にならないようにとザワークラウトに似た食べ物が混ざっていた。残るはほし肉と硬いパンだ。船旅での食事には期待しない方がいいな。さっき食べたオムライスが最後のご馳走だと思っておくべきだろう。
「では、諸君。支援に感謝する。我々は新大陸の脅威を排除して戻ってくるつもりだ。そして──」
私の視線がこの国の代表団の背後に現れたラーロに向けられる。
「この国がより良い国になっていることを願う限りだ。お互いに頑張ろうではないか。我々の目的はある意味一致している」
私はそう告げると、船を出航させた。
艦隊はナーブリッジ群島を出て、新大陸に向かう。
ああ。早く地面に足を付けたいものだ。
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