帝都ヴェジア決戦(2)
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私たちはついに帝都ヴェジアへの攻撃を開始した。
城門に迫れば投石器やバリスタがドレッドノートスワームを滅多打ちにする。だが、効果はまるでない。ドレッドノートスワームの強固な外殻は敵の攻撃を弾き飛ばし、我が物顔で城門に迫る。
そしてドレッドノートスワームは半身を持ち上げるとのしかかるようにして、城門を破壊した。城門に配置されていた兵士は即死でなければ、酷い苦痛を味わう羽目になっただろう。
「に、逃げろ! 戦える相手じゃない!」
「敵は化け物だ!」
城門が破られると兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。逃げていく彼らからは戦意など欠片も見られない。ただただ混乱する群衆の一団に過ぎないのだろう。
「ジェノサイドスワーム。皆殺しだ」
私はその逃げまどう兵士たちを追撃する命令を下す。
今は脅威にならない存在でも、後でどうなるかは分からない。クロスボウのひとつでも持ち出せば、私だって死ぬし、スワームだって死ぬ。だから、生かしておかない。誰ひとりとして生かしてはおかない。
「上空にワイバーン!」
ローランの叫ぶ声がする。
ローランの言葉通り、ドレッドノートスワームに向けて12体のワイバーンが急行化してきていた。彼らは彼らを迎撃するケミカルスワームの対空射撃を受けて数体が落伍したが、残りは攻撃に成功した。
だが、何の意味もない。
私の可愛いドレッドノートスワームは火炎放射ごときでどうこうできるほど軟じゃないのだ。過ちの代価は命で支払っていくといい。
急降下から脱出しようとするワイバーンにケミカルスワームの対空射撃が命中し、全てが撃墜された。彼らは過ちの代価を命で支払っていったのだ。
私にはどうしてもその過ちを命で支払わせたい相手がいる。
皇帝マクシミリアンだ。
あの男の計画で私たちは打撃を受けた。傷を負った。心を痛めた。そして、奴は私たちを怒らせた。その代価は死をもってして支払ってもらうより他にないだろう?
ドレッドノートスワームはゲオルギウスに乗せてもらったワイバーンで眺めた帝都ヴェジアの光景を破壊していく。中央市場も大広場も何もかもを蹂躙していく。後に残るのは瓦礫の山ばかりだ。
だが、ようやくこれでお終いになるんだ。
長い戦争も、ようやく終わり。
「女王陛下」
私が感慨深さに浸っていると、セリニアンが鋭く声をかけてきた。
「あの者が来ます。女王陛下をさらったものです。気配で分かります」
「そうか……。ゲオルギウスが来たか……」
セリニアンが告げるのに、私は大きく息を吐く。
最後の難関だ。
私が恐れた敵ゲオルギウス。彼がやってきたならば、ドレッドノートスワームでも相手にならないかもしれない。セリニアン、ライサ、ローラン、そして他のスワームたちは勝てるだろうか?
今、まさにそれが試される時が来た。
私の視界に懐かしい男の姿が映る。ゲオルギウスだ。
「随分と派手な再会になったな、グレビレア」
「ああ。そうだな、ゲオルギウス。こういう形で再会するとは思っていたが」
ゲオルギウスが笑うのに、私も思わず笑ってそう返した。
「今から帰ってくれってのはなしだよな」
「なしだ。私は皇帝マクシミリアンを殺し、この国を滅ぼす」
ゲオルギウスが冗談でも言うように告げるのに、私はただそう返した。
「なら、やるしかないな。覚悟はできているか。今度は生かしてはおかないぞ」
「できているとも。そちらこそ前回のようにいくとは思わないことだ」
ゲオルギウスがクレイモアを抜き、私たちもセリニアンが黒塗りの長剣を、ライサが長弓を、ローランが長剣を抜く。
「じゃあ、始めるとするか」
ゲオルギウスはそう告げると一瞬で加速した。
「ドレッドノートスワーム! 押しつぶせ!」
さしものゲオルギウスとてこれだけ巨大な相手にのしかかられてはただでは済むまいと私は命令を叫ぶ。ドレッドノートスワームは起こしていた半身を一気に降ろし、叩きつけるように地面に衝突させた。
さあ、どうでる、ゲオルギウス。
私が事の成り行きを見守るのに、不意にドレッドノートスワームが痙攣し、バタバタと暴れながらその場から逃れようとし始めた。
まさか……。
「この程度か、アラクネア」
ゲオルギウスはドレッドノートスワームの頭部をクレイモアで切り裂き、暴れるドレッドノートスワームの頭部を握り締め、そのまま頭部を抉っていた。
なんて奴だ。規格外な英雄ユニットだとは思っていたけれど、ここまでとは。
ゲオルギウスはドレッドノートスワームの頭部を完全に破壊し、ドレッドノートスワームが動かなくなったのを確認すると、その頭部を投げ捨て、私たちに挑戦的な視線を向けてきた。
「セリニアン、ライサ、ローラン。頼む」
「畏まりました、女王陛下」
ドレッドノートスワームで多少なりとダメージを与えておきたかったのだが、ダメだったならば仕方ない。後はセリニアンたちに頑張ってもらおうだけである。個人頼みの戦略なんて最低の戦略だけど、これしか術はない。
「いくぞ、グレゴリアの英雄。貴様はここで死ぬ」
「この間、俺に負けたばっかりの雑魚が何をほざいてやがる。お前は勝てやしない」
セリニアンは長剣を構えてそう告げ、ゲオルギウスは嘲るようにそう返した。
「それはどうだかやってみねば分かるまい! さあ、いざ尋常に──」
「──勝負」
セリニアンが加速してゲオルギウスに切りかかり、ゲオルギウスも加速してセリニアンに切りかかる。
両方の刃は交錯し、どちらにもダメージを与えることなく金属音だけを響かせた。
「ライサ! 今だ!」
セリニアンが叫び、長弓を構えていたライサが反応する。
ライサは長弓から矢を放ち、それがゲオルギウスを捉えて飛翔する。
「甘い」
だが、ゲオルギウスは飛んできた長弓の矢を叩き落し、鼻を鳴らした。
だが、そこにローランが躍り出る。ライサの狙撃で注意を引き、ローランが背中から切りつける作戦だ。ゲオルギウスは背中は無防備でやれるかのように思われた。
「この程度か?」
しかし、ゲオルギウスは前を向いたまま後ろから攻撃を仕掛けたローランの長剣をクレイモアで受け止めて弾き飛ばし、クルリと回るとクレイモアでローランを切りつけた。
「がはっ……!」
ローランは後方に退き、鎧ごと深く切られた胸部の傷を押さえる。
「やるな。俺に完全に切り倒される前に自分から後退して身を守ったか。やるじゃないか。だが、それじゃあ、戦闘不能だな?」
ゲオルギウスの言う通り、ローランは戦闘不能だ。もう戦えない。
「はああっ!」
そのとき、雄叫びが空気を揺るがし、ゲオルギウスにセリニアンが切りかかった。
「無駄だ、青いの。お前じゃ俺には勝てない」
ゲオルギウスはクレイモアを片手で構えてセリニアンの長剣を受け止めると、弾き返し、同時にセリニアンに向けてクレイモアを振るった。
クレイモアはセリニアンの鎧を砕き、肉を裂き、セリニアンが鮮血を噴き上げながら軸面に崩れ落ちそうになる。だが、彼女は大きく後ろに飛びのき、ゲオルギウスの長剣の射程外に逃げ込む。
「セリニアンさん!」
ライサがセリニアンの危機にすかさず弓矢を放つ。
「甘いって言ってるだろう?」
だげ、ゲオルギウスは飛んできた矢を易々と叩き落すと、手に握ったクレイモアの矛先をライサに向ける。
「2名戦闘不能。残りはお前だけだ。その首刎ね飛ばしてやるから覚悟しろ」
ゲオルギウスはライサに死刑宣告を下すと、ゆっくりとライサに歩み寄る。ライサの手には矢が番えられた長弓があるが、放てないでいる。放ったとしても叩き落される未来しか見えないのだろう。
「ゲオルギウス……!」
そんな中、セリニアンが長剣を地面に突き立てて、ゲオルギウスを睨む。
「女王陛下。私は進化への道を見つけました。真っ白な鎧。待っていてください」
セリニアンはそう告げると唸り始める。
「セリニアン……!?」
それと同時にセリニアンの体を覆う鎧が剥がれ、新しい鎧は生み出されていく。セリニアンの全身を覆うその鎧の色は雪のように真っ白なそれであった。
セリニアンは進化したのだ。ホワイトナイトスワーム“セリニアン”に。
そんなに進化できるだけの経験値があれば教えておいてほしいな、セリニアン。私を驚かすつもりだったのか、進化のタイミングが分からなかったのかは知らないけれど、心臓に悪いよ。
「ゲオルギウス! 貴様の相手はこの私だ!」
セリニアンが叫び、先ほどとは比べ物にならない速度でゲオルギウスに迫る。
「なんだ……? 鎧の色が変わった……!?」
ゲオルギウスは躊躇いながらもセリニアンの方を向く、
「てやあっ!」
セリニアンが雄たけびを上げ、ゲオルギウスは無言で長剣とクレイモアが交錯する。
また受け流さるかに見えたセリニアンの長剣はゲオルギウスのクレイモアを押し切り、ゲオルギウスにダメージを与えた。ゲオルギウスの鎧も何も身に纏っていない体に赤い線を一本引いた。致命傷とはならず攻撃のひとつは成功した。
「ハハッ! やってくれるな! だが、その程度ではやられない!」
ゲオルギウスがクレイモアを振るってセリニアンの鎧に斬撃を叩き込むも、セリニアンの鎧には傷ひとつつかない。
「まだまだ!」
「倒れる運命にあるのは貴様だ!」
ゲオルギウスは童心に返ったかのように楽し気にクレイモアを振り回し、セリニアンはそれに応じて長剣を振るい、隙を見てゲオルギウスにダメージを与える。
両者の技量は互角。どちらが勝つかは己の剣の腕にかかっている。
金属音が何度も、何度も、高らかと響きセリニアンとゲオルギウスは互角の戦いを繰り広げる。勝敗はなかなかつきそうにない。セリニアンが押せばゲオルギウスが押し返し、戦況は膠着している。
「セリニアンさん、援護します!」
ここで動いたのはライサだ。
ライサが長弓に矢を番えて、ゲオルギウスの背中を狙う。
「ライサ! まだだ! この男との決着は私がつける!」
だが、セリニアンがライサの支援を拒否した。
ライサはびくりと身を竦めて、長弓から矢を解き、事の成り行きを見つめる、私と共に。何もできない私と共にライサは長弓を降ろした。
「はあっ!」
「ふんっ!」
セリニアンとゲオルギウスの剣と剣での戦いは続く。
セリニアンは一撃死を狙ってゲオルギウスの首に攻撃を繰り出せば、ゲオルギウスがそれを受け止めて受け流し、ゲオルギウスがセリニアンの心臓を狙えば、セリニアンが長剣でそれを弾いてい受け流す。
どちらも致命傷にならない攻撃を繰り出し合い、勝敗は中々決さない。
「ローラン。大丈夫か?」
「今ケミカルスワームから治療を受けています。戦線には間もなく復帰できるかと」
ローランは無事か。よかった。
「女王陛下。攻撃はまだだめですか?」
「セリニアンのプライドがかかってるんだ、ライサ。もう少し見守ってくれ」
ライサはゲオルギウスの無防備な背中を撃ち抜きたがっていたが、セリニアンが互角に戦い、かつ自分から支援を拒否したならばそれを尊重するべきだろう。
だが、いざとなればゲオルギウスに背後からの一撃を加えてやるとも。
「はああああっ!」
「フンッ……!」
セリニアンが特大の一撃を繰り出したのはその時だった。
セリニアンの一撃はゲオルギウスの長剣を叩き切り、ゲオルギウスの体に深々と斬撃の跡を刻んだ。まさに渾身の一撃だ。
「ぐあっ……!」
セリニアンの刃はゲオルギウスの右肩から左わき腹までも切り裂き、ゲオルギウスに致命傷を与えた。ゲオルギウスは後ろに飛びのくと、はあはあと息を吐く。その息には血が混じっていた、
ここで私がゲオルギウスに仲間にならないかと言っても、彼は拒否するだろう。彼は勝負に挑み、それで負けたのだから辿る道はひとつだけしかない。
私が如何に彼に好感を抱いていたしても、もう最後は決まっている。
「セリニアン、やれ」
私は冷血にそう命じる。
「グレビレア……」
セリニアンが長剣を振りかざす中で私が彼の言葉を聞いた。
「楽しかったぜ、お前とは」
ゲオルギウスがそう告げ終えたとき、セリニアンが長剣を振り下ろした。
ゲオルギウスの首が刎ね飛ばされ、地面に転がる。
「……勝った! 勝ちました、女王陛下!」
「ああ。勝ったな、セリニアン」
セリニアンの喜びとは別に私には友人を殺してしまったかのような罪悪感があった。
「だが、勝利した。私たちは勝利した。これで帝都ヴェジアで我々を妨げる存在は存在しない! 残るはノイエ・ヴェジア城を制圧するだけだ! 進め!」
だが、しょうがないのだ。彼は敵であるニルナール帝国の英雄で私はアラクネアの女王。こうなることが自然の結果なのだ。そう、これ以外に他に道はなかったのだ。どうあっても、これ以外には。
「女王王陛下。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。君が突然進化したから驚いているだけだよ」
セリニアンは優しく声をかけてくるのに、私hは首を横に振ってそう返した。
「セリニアン。いつから進化できるって分かっていたんだい?」
「女王陛下に次の進化形態を尋ねたときです。心の中で進化できるという声がしたのですが、前のような熱や衝動がなかったものですから違うのかと思いまして」
そうか。セリニアンの進化に対する感覚は薄くなっているのか。
「これからは進化できそうだったら私にちゃんと伝えるんだよ。いきなり進化されてはこちらもびっくりするからね」
「分かりました、女王陛下。すみません」
私としてはセリニアンが臣下できるタイミングは把握しておきたいものだ。
「それで、あの男の死体はどうしますか?」
セリニアンがそう告げて指さすのはゲオルギウスの死体。
「穴を掘って埋めてやれ。肉団子にする必要はない」
私はそう告げると、ゲオルギウスの死体から視線を逸らした。
ゲオルギウス、君は優しかった。だから、私も君の死後は丁重に弔おう、君はスワームの軍勢に加わりたかったとは思えないし、普通に埋葬されて、普通に朽ちていくといい。それが私なり優しさだ。
「さあ。ノイエ・ヴェジア城を目指すぞ。前進だ。皇帝マクシミリアンの首を取って初めて戦争は終わるんだ」
私たちはゲオルギウスの死を横通りして進んでいく。
ゲオルギウス。君は本当にいい奴だったよ。
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