巨獣対巨獣(2)
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倒れていくドレッドノートスワーム。
ベヒモスは勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らす。
私に残された手はもうない。打つ手は全て打った。ファイアスワームも、ケミカルスワームも、ドレッドノートスワームも、全てあるものは使った。
それでいて私は負けた。
ベヒモスは次の獲物を狙うように周囲を見渡す。
私は茫然としたままにそれを見ている。
「撤退するしかないのか……」
撤退すれば、もう1体のドレッドノートスワームとも合流きできる。他の戦力とも合流できる。ただし、これまで突破してきた都市や城塞と再び戦うことになるだろう。傷つき、死にかけたドレッドノートスワームを主力として。
ダメだ。撤退はありえない。犠牲になったものが多すぎる。
どうにか、どうにかして目の前の怪物を倒さなければならない。
だが、どうやって?
もうドレッドノートスワームはいない。ケミカルスワームも壊滅した。ファイアスワームも全滅している。私に取れる手などないではないか。
ハハッ。軍師気取りがあきれ果てる。予備の策も用意していないとは。そもそも、敵がベヒモスを繰り出してくることすら考えていないとは。本当に呆れる。本当にあきれ果てる。
そんな中、ベヒモスはゆっくりと首を周囲に回し、そして私の姿を捉えた。
恐らくは直感だったのだろう。ベヒモスは私が指揮官だと分かったらしく、低い唸り声を上げると、私の方にゆっくりと向かってくる。
死ぬのか……。ここれで死ぬのか……。
楽しいことはいろいろとあった。セリニアンたちと海水浴をするのも、温泉に行ったのも楽しかった。それにハルハで遊んだのも楽しかった。全てが楽しかったとは言わないが。この世界は楽しいことがいっぱいあった。
「────さん!」
どこかでサンダルフォンが呼んでいる声が聞こえる。いや、彼女は呼んではいない。私の戦うように促しているのだ。
戦わなければ。だが、どうやって?
ドレッドノートスワームが去った今、私にできることなんて何もないじゃないか。それなのに何をしろっていうんだ?
「はああっ!」
不意に後方から雄叫びが響き、次の瞬間ベヒモスの右目に刃が突き立てられていた。
「セリニアン!?」
ベヒモスの右目をやったのはセリニアンだ。セリニアンの破聖剣がベヒモスの右目を貫き、ズタズタにすると、セリニアンはベヒモスの体を駆ける。
更にはベヒモスの左目に弓矢が突き立てられた。
ライサだ。ライサが長弓で、ベヒモスの残る左目を貫いていた。ベヒモスが怒り狂って暴れまわりながら、ライサは次の弓矢を番えて、ベヒモスの顔面を狙って矢を放ち、また左目に突き立てていた。
「はあっ!」
更にはローランまでもがベヒモスの無防備な顔面に飛び降り、鼻に刃を突き立て、加えてそのあま刃をドレッドノートスワームが抉じ開けた首の傷口に向けて突き立てたまま進んでいく。
ベヒモスの咆哮はすさまじいものだった。空気がびりびりと振動し、私の鼓膜は破れんばかりにその方向を受け止めた。
「女王陛下! まだ我々がいます! 諦めないでください!」
「そうです! 私たちはまだ戦えます!」
「そう、我々ならばお助けできます!」
セリニアン、ライサ、ローランの3人が次々に私に対してメッセージを送る。
「……すまない。任せた、諸君」
私は自分の失態を部下の技量で補うのか。最低の指揮官だな、
だが、今は彼らの心をが癒しだ。彼らがいれば勝てると思ええる。
「ライサ! 顔面に向け集中射撃だ! 奴の気を正面に引きつけろ!」
「了解です、女王陛下!」
ライサが私の指示に応じてケミカルスワームの毒液に浸らせた毒矢を無防備なベヒモスの顔面に叩き込む。ベヒモスは苦痛から暴れるが、セリニアンもローランも振り落とされてはいない。
「ジェノサイドスワーム! 奴の足元を攪乱しろ! 奴が足場を築くことを阻止しろ! とにかく、噛めるだけ、噛んでやれ! そして、そのまま噛み千切れ!」
私はベヒモスの背中にいるローランとセリになのふたりをカバーするために後方で待機りしていたジェノサイドスワームに命令を発する。
ジェノサイドスワームはベヒモスの硬い鱗の剥げた脚に噛みつき、ベヒモスはこの苦痛をもたら蟲たちを払おうと、その場で大きく足踏みしてその注意は完全に足元のジェノサイドスワームに向けられた。
だが、それでもジェノサイドスワームは離れない。がっしりとベヒモスに噛みついたままその肉を抉り、噛み千切り、再び噛みつき、踏みつぶされながらもしっかりとベヒモスの脚部に食らいついたまま攻撃を続ける。
「ローラン! 君は後部の攻撃だ! 奴の尻尾の付け根を狙って攻撃してくれ! 注意を逸らすんだ! 頼んだぞ!」
「お任せを、女王陛下!」
私の命令にローランが応じ、彼はベヒモスの荒狂う背中を駆け抜けていき、その尻尾の付け根に刃を突き立てる。
私の思った通り、尻尾の付け根は可動部であるがために鱗が薄い。装甲が弱い。ローランの長剣はベヒモスの尻尾を切り裂き、真っ赤な血飛沫をまきちらす。ローランが尻尾を切り落とさんとするところに、ベヒモスが暴れて尻尾を振りまわす。
だが、ローランもその程度では離れない。尻尾にがっちりとしがみ付いた彼は、何度も、何度も、尻尾に向けて斬撃を加える。
顔面はライサが、足元がジェノサイドスワームが、そして後部はローランが抑えた中で私はついに彼女に命令を下す。
「セリニアン、その化け物の首を切り落としてやれ!」
セリニアン。今も暴れまくるベヒモスの背中にいる彼女に私は命令を発した。
「了解しました、女王陛下!」
セリニアンはドレッドノートスワームが切り開いたベヒモスの首の傷に刃を突き立てると、そのまま一気に切り開きにかかった。
首には重要な体の機能が詰まっている。脳から体に命令を下す神経系。脳に大量の血液を送り込む大動脈。体内に空気を取り入れる気道。その他もろもろの重要な体の機能が首には詰まっている。
ドレッドノートスワームの攻撃はその首の表面とその下の肉を抉るだけだったが、セリニアンは更に深々とベヒモスの首の肉を裂いていく。
ベヒモスは死の恐怖からか、暴れ始めるが、もう手遅れだ。
セリニアンは全体重をかけて、ベヒモスの肉を断った。血管や神経ごと。そしてそのまま地面に着地した。
ベヒモスは首から気泡の混じった血液を漏らしつつ、地面に崩れ落ちた。
やったのか?
私は慎重にベヒモスの姿を観察する。
ベヒモスの体は激しく痙攣しているが、起き上がる様子はない。
そして、ベヒモスの痙攣も収まり、ベヒモスは地上にだらりと横になったまま完全に動かなくなった。
「やったぞ、諸君。勝利だ。我々は勝利したぞ!」
私は思わず叫んでしまった。
「ええ。女王陛下、勝利です!」
「勝ちました!」
「危ないところでしたね」
セリニアン、ライサ、ローランがそれぞれ言葉を返してくる。
「女王陛下万歳!」
ジェノサイドスワームも服従の姿勢を取って私たちの勝利を讃える。
「我々はやれないと思ったことをやってのけた。我々はついにベヒモスにすら勝利した! もはや我々を遮るものは何もないはずだ! このまま帝都ヴェジアに向かって前進を再開する! 我らに勝利を!」
「我らに勝利を!」
ベヒモスは私の子たちが討ち取ってやったぞ、マクシミリアン。
もう1体のドレッドノートスワームも帝都ヴェジア攻略作戦には参加する。
もう打つ手はないんじゃないか?
いや。あるか。
まだ奴らにはゲオルギウスがいる。
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