巨獣対巨獣
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──巨獣対巨獣
姿を見せたベヒモス。グレゴリアの最強格ユニット。
それは竜というより巨大な狼に似ている。狼の上半身が膨れ上がり、体毛の代わりに鱗に覆われ、角が生えていれば、それがベヒモスだ。
ただベヒモスは狼とは比べ物にならないほど大きい。
狼など踏みつぶしても気づかないだろうほどの大きさ。それはドレッドノートスワームのそれよりも巨大だ。まるで山が動いているかのように感じさせられる大きさである。いや、山ですらベヒモスを前にしては丘に見えるだろう。
その巨獣がゆっくりと私たちの方に迫る。
私は息を飲む。
やるべきことはやった。後は結果を待つだけだ。
ベヒモスは私が予想したルートを通ってドレッドノートスワームに迫る。すなわち、ドレッドノートスワームに真っすぐ向かってくる方向だ。敵は小細工なしで、正面からドレッドノートスワームと戦うつもりだろう。
そして、ここでドレッドノートスワームの進撃を終わらせ、帝都ヴェジアを守り切るつもりなのだ。竜の国であるニルナール帝国の首都ヴェジアを守るために巨獣は前進を続けるのだ。
「君の率直さは嫌いじゃないよ。だがね。人間は知恵を使うんだ。意地の悪いね」
私はそう告げるとベヒモスの足元に注目する。
「よし。いいぞ。第一波、自爆!」
私の命令と共に地面が吹き上げ、ベヒモスをオレンジ色の炎と衝撃波が襲った、その衝撃でベヒモスが僅かにだが揺さぶられる。
私はあらかじめディッカースワームに穴を掘らせ、そこにファイアスワームを配置しておいた。これはベヒモスが近づいた時に起爆するための地雷のようなものだ。
仲間を地雷にするのはなかなか良心が痛むが、これも勝利のためだ。犠牲になった君たちの分の勝利は必ず手にする。必ずだ。私たちは決して負けることはない。ベヒモスぐらいで負けてたまるか。
「第二派、自爆!」
続いてベヒモスが進む先のファイアスワームが自爆する。
ベヒモスの体が再び揺さぶられ、ベヒモスは苦痛を感じたように重低音の呻き声を上げる。いいぞ。この調子だ。
このまま第三派、第四派とファイアスワームを自爆させていけばベヒモスもかなりのダメージを負うはずだ。そうすればこちらのドレッドノートスワームでも勝利することは不可能ではなくなる。
私はそんな甘い考えを抱いていた。
ベヒモスが大きく口を開けたのは次の瞬間で、その次に見た時にはその口からオレンジ色の炎が津波のように地面を覆い尽くす。いや、違う。炎は地面の土を抉り、地表を剥がしながら突き進んでいるのだ。
そうか。ベヒモスの火炎放射か。数回だが使えることは知っていたが、まさかこれほどまでに強力だとは思ってみなかった。
地表が剥がれたことでファイアスワームたちが露出し、炎によって焼かれ、その場で自爆してしまう。これではベヒモスにダメージを与えられない。私の計画はほぼ破綻してしまう。
まだだ。まだ負けるわけにはいかない。
ファイアスワームたちの犠牲の分、みんなから任された指揮の分、私は勝利を手に入れなければいけないんだ。こんなところで負けているわけにはいかないんだ。ここであの化け物を倒さなければいけないんだ。
「ケミカルスワーム! 一斉射撃だ! 生き残ったファイアスワームは突撃!」
私は戦況を少しでも自分たちにとって優位にするために取りうる方法を取る。
ドレッドノートスワームで最終的に倒したとしても、それまでに少しでも削っておかなければドレッドノートスワームは押し負ける。ドレッドノートスワームがやられてしまえば、もうあの化け物を止める手段はひとつもなくなる。
土から這い出したファイアスワームがベヒモスに向けて突撃し、その背後ではケミカルスワームが毒針を射出する。ファイアスワームの生き残りは僅かだが、確実にベヒモスにダメージを与え、ケミカルスワームの毒針をギリギリで射程内に入っていた。
「さあ、これでもまだ来るんだろう、ベヒモス……!」
私は爆発で生じた粉塵の先を見るに、粉塵の中でゆらりと巨大な黒い影が動き、それがベヒモスの姿として粉塵を抜けてきた。
「ケミカルスワーム、撃ち続けろ! 奴の体力を少しでも削れ!」
ケミカルスワームは私の命令に応じて、毒針を可能な限りの速度で射出し続ける。
幸いにしてファイアスワームの度重なる自爆攻撃によってベヒモスの脚部の鱗は剥げている。胴体や頭部に命中した毒針は刺さるものと弾かれるものがあったが、脚部に命中した毒針は確実に刺さる。
「その調子だ。なるべく脚部を狙え。脚部を狙ってそこから体力を削っていってやれ。そうすれば勝ち目が見えてくるはずだ」
私は自分に言い聞かせるようにして、そう告げる。
本来ならばもっとファイアスワームで体力を削っておくべきところだった。それが敵の予想以上の攻撃で覆されてしまった。今や頼みの綱はケミカルスワームの通ったり、通らなかったりする攻撃だけ。
本当に勝てるのか? あの化け物に本当に勝利することができるのか?
そんなことを疑問に感じている暇があるならば勝利のために少しでも頭を働かせなくては。ベヒモスの前進を少しでも遅らせるためにディッカースワームに即席の落とし穴を掘らせよう。完全にはまらずとも躓きはするはずだ。
他に、他にできることは……。
ない。もっとも高い火力であるファイアスワームは使い切った。残るはケミカルスワームの攻撃と、ドレッドノートスワームによる決戦だけだ。
ケミカルスワームにはなるべく脚部を狙わせ、ダメージを蓄積させる。それがドレッドノートスワームによる決戦で勝利を収めるのに役に立つことを願って。
撃て。撃て。撃て。撃ち続けろ。
ケミカルスワームは体力の限界まで毒針を放つ。毒針はベヒモスの脚部に集中して命中し、確実にダメージを積み上げているはずだった。
それが実際に有効なダメージだったかはすぐに分かる。
今やベヒモスはドレッドノートスワームの眼前にいるのだから。
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そびえたつベヒモスの巨体。
ドレッドノートスワームも半身を起き上がらせて威嚇するかのような姿勢を取っているが、陸戦の王者であるベヒモスを前にするとこれでも心もとなく感じてしまう。
「ドレッドノートスワーム、やれ。ケミカルスワームは援護射撃と回復を」
私は命令を発し、ドレッドノートスワームがベヒモスの巨体に体当たりする、
地面が大きく揺れる。まるで地震が起きたかのようだ。
ドレッドノートスワームの体当たりに続いて、ベヒモスの体当たりが入る。
再び大地が揺さぶられ、立っていられないほどの衝撃が私たちを襲う。
「ドレッドノートスワームは!?」
無事だ。辛うじて、だが。
ドレッドノートスワームはベヒモスの一撃でかなりの体力を持っていかれたのか動きが鈍いものになっている。このまま倒れてしまうのではないかと心配になってくるぐらいに今のドレッドノートスワームは傷ついている。
それでもドレッドノートスワームには戦い続けてもらわなくては。彼以外にベヒモスに勝てるスワームはいないのだから。
ドレッドノートスワームは再びベヒモスに体当たりするとともに、その強靭な牙でベヒモスに食らいついた。ベヒモスの首の肉が削ぎ落され、血飛沫が飛び散り、ベヒモスが苦痛に呻き声を上げる。
「いいぞ、その調子だ」
相手は無敵の怪物などではない。倒せる相手だ。ゲームでも私はこいつを屠ったことがある。そのときはドレッドノートスワームが2体存在したものの、その分はファイアスワームとケミカルスワームの援護射撃で補っているはず。
ドレッドノートスワームはベヒモスに食らいついたまま頭を振り、更に肉を抉る。この調子でダメージを与えていければ、ベヒモスも倒れるかもしれない。
そして、ドレッドノートスワームが受けたダメージはケミカルスワームが回復させている。ケミカルスワームが治療液をドレッドノートスワームに注入し、ベヒモスの体当たりで受けたダメージを回復させつつある。
ケミカルスワームの回復の能力がそこまで高いものでなかったとしても、ドレッドノートスワームが戦い続けるだけの体力は回復させられると思いたい。今は藁にもすがるような思いなのだ。
だが、その目論見も一瞬で無に帰した。
ベヒモスの火炎放射だ。
ベヒモスがドレッドノートスワームを振り払うために火炎放射を叩き込み、ドレッドノートスワームはもちろんのこと、周囲にいたケミカルスワームまでもが火炎放射の犠牲となって倒れる。
「畜生の分際でやってくれるな、君は……!」
ベヒモスの火炎放射の損害はケミカルスワームのほぼ全滅とドレッドノートスワームへの大打撃をもたらした。ドレッドノートスワームは未だにベヒモスの首に食らいついているが、それも限界が近い。
だが、ここで撤退は命じられない。
いかにドレッドノートスワームの苦痛が集合意識を通じて感じられても、ここれで彼に撤退を命じるわけにはいかないのだ。
彼の後にはベヒモスに勝てる相手は存在しないのだから。
なんとしてもドレッドノートスワームにベヒモスを阻止して貰わなければならい。
だが、本当にそれが可能なのか?
分からない。ドレッドノートスワームはひたすらにベヒモスと体当たりを繰り返しているが、それが功を成しているかどうかは不明だ。ベヒモスにどれだけの体力が残っているかも分からない。
ベヒモスとて相当の体力を損耗したはずだが、未だにベヒモスが倒れる様子はない。ベヒモスはまるで無敵の存在のように私たちの前に立ちはだかり、ドレッドノートスワームに体当たりを繰り返している。
そして、ついに来るべきものが来てしまった。
「ドレッドノートスワーム!?」
ドレッドノートスワームから力が失われ、地面に崩れ落ちていったのだ。完全に力を失い、ぐったりとドレッドノートスワームは倒れている。
やられらた。ドレッドノートスワームがやられてしまった。
もう後に残るものは何もない。このまま敗北を受け入れるしかないのか?
ここでゲームオーバーなのか?
もう打つ手は何もないのか?
私は絶望の中にあって、活路を見いだせなかった。
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