ニルナール帝国侵攻(2)
…………………
私はドレッドノートスワームが進む背後を進んでいた。
幸か不幸か、ドレッドノートスワームがバックすることはない。なので、あらゆるものをなぎ倒すドレッドノートスワームの安全地帯はその背後にあるというわけだ。
私としてはドレッドノートスワームに跨って前進してみたかったが、敵の攻撃がドレッドノートスワームに集中することを考えると、ドレッドノートスワームに乗って前進するのはあまりに危険なように思われた。
「今のところ、敵の抵抗はほぼないに等しいな」
私はこれまでの戦闘を思い出す。
ニルナール帝国軍の国境防衛線を突破してからは蹂躙の限りだった。
ひとつの街がドレッドノートスワームに押しつぶされて廃墟になり果て、破れた城壁時からスワームたちが侵入して住民を皆殺しにする。そして、ワーカースワームが死んだ市民の死体で肉団子を作り、廃墟となった街に前進基地を作って、そこで新たなスワームを生産していく。
アラクネアの特徴である攻めれば攻めるほど強くなる、というのが発揮されており、ニルナール帝国は私たちに手も足も出ていないかのように思える。
実際、ニルナール帝国軍は竜たちを除けば、フランツ教皇国の軍隊とさして変わりない。重装歩兵の比率は高いものだが、その重装歩兵もジェノサイドスワームとケミカルスワームを前にしては無力だ。
問答無用で敵を屠るケミカルスワームはゲーム中でも反則的な強さだったが、ゲームと違って人間のタフネスが低いこの世界においては、ジェノサイドスワームも猛威を振るっている。
「はあっ!」
そして、セリニアンという英雄ユニット。
今はペールナイトスワームだが、これからの戦いで経験値を積んで、次の進化形態に向かうのが彼女の目的だった。そのためにセリニアンは私が驚くような無茶をするようになってしまった。
敵でいっぱいの城壁に、ドレッドノートスワームから飛び移り、敵の只中に舞い降りて、長剣を振り回すのだ。敵はセリニアンを倒そうと押し寄せるが、セリニアンは全ての攻撃をいなし、敵兵を切り倒し続ける。
それでもクロスボウの集中射撃を浴びたりすればたまったものではない。そこはライサやローランが適切に支援しているものの、少し間違えばセリニアンは致命傷を負ってしまうわけで気が気でなかった。
「まあ、何はともあれ、前進は順調。阻止するものはなしと」
私はそう呟きながら、またドレッドノートスワームが城壁を押しつぶすのを眺めていた。ダイナミックな光景だ。こまれで様々な敵を寄せ付けなかっただろう城壁が、ドレッドノートスワームの一撃で崩壊するのを見るのは。
「キイィ!」
「どうした、グリ太? 敵か?」
私がその様子を眺めていたとき、私がグリ太と最終的に命名したグリフォンスワームがやってきた。グリ太と名付けるのにはセリニアンが抵抗したが、グリフォンスワームより長い、ウィンドキリングロードとかいう名前よりも分かりやすくていいと思う。
まあ、それは置いておいて、私はグリ太の意識を覗き込む。
「これは……連中、とんでもない隠し玉を持ってやがったな」
私がグリ太の意識から読み取ったのは破局を知らせる怪物の出現だった。
「ドレッドノートスワーム、針路変更! 1-4-0! 敵も対抗してきたぞ!」
そう、敵も対抗してきたのだ。
私がドレッドノートスワームを使って都市を蹂躙していくのに、それを阻止しようと帝都ヴェジアを目前として、切り札を切った。それは真っすぐこちらに向かってきている。私は敵に対してドレッドノートスワームが正面を向くように針路を調整する。
「勝てるか……。ゲーム中では向こうの方がステータスは上だったが……」
私はその怪物の名を知っている。私はその怪物の恐ろしさを知っている。
そう、地上ユニット最強格のベヒモスの恐ろしさは十二分に。
…………………
…………………
ベヒモス。
グレゴリアの英雄ユニットを除くユニット中、最強の陸戦ユニット。
その巨大さは我らが地上戦艦ドレッドノートスワームに匹敵し、リントヴルムなど足元にも及ばない巨体を誇る。まさに規格外の怪物だ。
それが1体、帝都ヴェジアを出撃したのをグリ太が捉え、私はその対策に焦っていた。
恐らくドレッドノートスワームだけではベヒモスには勝てない。ステータスは向こうの方が上であり、かつこちらはこれまでの戦闘でわずかながら損耗している。正面から戦えば勝利するのはベヒモスだ。
故に私はベヒモスと正面から戦わずにどうにかする方法を画策した。
グリ太にファイアスワームを抱えさせて爆撃するか?
ダメだ。敵のワイバーンも進出してきていてこちらの航空戦力では手におえない。
リントヴルムを屠った時のように落とし穴を掘るか?
それもダメだ。ベヒモスは巨大すぎる。あの巨体が沈むだけの落とし穴を作っているような時間的余裕はない。敵は帝都ヴェジアを出撃し、帝都ヴェジアまでもう少しの私たちを狙っているのだ。
ならば──。
「ディッカースワーム! 計画通りに行動せよ! ファイアスワームも行動開始!」
私がが命令を発するのに、スワームたちが動く。
「ジェノサイドスワームは両脇を固めろ! 後衛のケミカルスワームは敵が見えたら、とにかく攻撃を叩き込め! この際ワイバーンは無視して構わない! ベヒモスだけを狙って攻撃せよ!」
スワームたちは忠実に行動する。
「女王陛下。私の役目は?」
「セリニアン。この戦いに君を出したくはない。君はライサとローランと一緒に後方で待機していてくれ」
セリニアンが尋ねてくるのに、私は首を横に振ってそう返す。
「私はこの戦いでお役に立てませんか?」
「敵の規模が違いすぎるんだ、セリニアン。あまりにも強力で、あまりにも巨大で、あまりに過酷で……。セリニアンたちの戦える相手じゃないんだ。これは化け物同士の対決なんだよ。分かってくれ」
セリニアンが泣きそうな目で私を見るが、私はそう告げて返す。
ベヒモスを相手にしては進化途上のセリニアンでは相手にならない。あの怪物を仕留めるには同じ怪物であるドレッドノートスワームが主役になるだろう。
「そうですか……。分かりました。待機します」
「すまない、セリニアン」
私はセリニアンを後方に送り出した。
そして、敵の攻撃が始まった。
まず先手を切ったのはニルナール帝国軍のワイバーン部隊で、彼らが火炎放射を地上に浴びせながら上空を旋回する。
「ケミカルスワーム、ベヒモスが来るまでは対空射撃を許可する」
だが、そのワイバーンも地上から浴びせかけられる数百もの毒針を受ければ、羽虫のように落下していく。
愚かな指揮官だな。私ならベヒモスの突撃に合わせてワイバーン部隊を投入するところだが。そうした方が敵はどちらを攻撃していいか分からずに、混乱した状態で戦いに臨まざる得なくなる上に、対処能力が欠けていれば攻撃が通る。
それをしなかったということはベヒモスをコントロールできていないのか、ベヒモス側の指揮官とワイバーン部隊の指揮官の間に不和が生じているかだ。どちらが帝都ヴェジアを守るに相応しいか。そんなやり取りがあったのかもしれない。
私がそんな勝手な想像をしていたときだ。
地鳴りが響いてきた。
ドレッドノートスワームではない。ドレッドノートスワームは現在停止している。彼は敵を迎え撃つために、立ち止まり、上体を起こして着実に迫りくる敵と戦う準備をしていた。
ならば、この地鳴りの正体は何か?
その答えはすぐに判明することになる。我々が陣取る丘の上から、別の丘を越えて現れた巨獣が姿を見せたことによって。
「ベヒモス……。モニターで見るのとは格段に威圧感があるな……」
そう、私たちが恐れるベヒモスがついにその姿を現した。
醜い巨獣はフンと大きく鼻息を鳴らすと、私たちの方に向けてゆっくりとすすんでくるのだった。
…………………