シュトラウト公国戦線(2)
…………………
ニルナール帝国の攻撃が始まったのは3日後の早朝だった。
ワイバーンの大編隊が飛来し、地上を焼野原にする。私たちはまさにワイバーンの航空戦力を活かした圧倒的な攻撃を前にしている。
ワイバーンの攻撃力は圧倒的だ。
4体1組程度で一斉に降下し、地上を煉獄のごとき火の海にする。リッパースワームやジェノサイドスワームが焼き払われ、こちらの前衛が押される。それが何度も何度も襲い掛かってくるのだから、前線は後退するばかりだ。
「不味いな」
私はその様子を見てそう呟いた。
「これはこれまで以上の規模か、ローラン?」
「ええ。これまで以上です。この戦線にこれだけのワイバーンが投入されたのは初めてのことです。これは不味いかもしれません」
なるほど。本当にワイバーンの火力で山道を突破するつもりのようだな。何というごり押しだ。まあ、数にものを言わせて勝利してきた私たちが言えることでもないが。
「ポイズンスワームとケミカルスワームに対空射撃を開始させろ。このままだと前線部隊が押し切られる。まだここで戦線を崩壊させるわけにはいかない」
「了解しました。スワームに対空射撃を命じます」
まだこちらの反撃プランは準備段階だ。今戦線が崩壊するのは望ましくない。
「ポイズンスワームとケミカルスワーム、対空射撃開始」
スワームたちの尾部から毒針が射出され、それが空を飛ぶワイバーンを地面に叩き落す。ワイバーンが如何に火力が高かろうと、タフネスではリントヴルムに劣る。それを叩くのは容易というわけだ。
「ライサ。君も可能な限り対空射撃を」
「了解です、女王陛下」
ライサを長弓を構えて、上空に向けて矢を放つ。
ライサの放った矢はワイバーンの眼球を貫き脳を抉り、また騎手の胸を貫いて肺を抉り、そういう毒に頼らない方法で敵を叩き落していく。
「よくこの距離で敵の眼球や騎手を狙えるな」
「エルフだったら誰でもできると思いますよ」
エルフって意外に戦闘民族なのか?
「さて、これでワイバーンも迂闊には攻撃してこないと思いたいが……」
私はそう考えて上空を見渡す。
ワイバーンの編隊が近づいてくる気配はない。敵は複数の味方がやられて、攻撃に慎重になったようである。
それからこれまでの攻撃で地上を進む歩兵のための突破口ができたことも、攻撃中止の大きな要因だろう。ジェノサイドスワームは焼かれ、リッパースワームは焼かれ、私たちの前線には大きな穴が開いていた。
「突入!」
地上で歩兵部隊の指揮官が叫び、地上部隊が駆け足で前進を始める。
「来るぞ。セリニアン、そちらの準備はできているか?」
『はい、女王陛下。いつでも可能です』
準備はできた。必要な時間が稼げた。後は実行するのみだ。
「ローラン、前衛部隊を下げろ。後退だ。来るぞ」
「了解しました、女王陛下」
私は敵兵の突入に合わせて友軍の前衛部隊を後退させる。
「セリニアン。やれ」
そして、私は命令を下した。
その合図と同時に山道の傾斜から何かが転がり落ちてきた。
「な、なんだ、これは──」
歩兵部隊の指揮官の言葉が爆発によって掻き消された。
爆発だ。そう、私は山道側面の傾斜からファイアスワームを投下したのだ。
次から次に襲い掛かってくるファイアスワームを前にして、ニルナール帝国の歩兵部隊の足は止まった。次々に歩兵たちが吹き飛ばされて、抵抗もできないままに肉片に変わっていく。
「セリニアン。ワイバーンが戻ってくる前に仕掛けろ」
『理解しております、陛下!』
そして、ファイアスワームの爆撃に続いてセリニアンがリッパースワームを引き連れて崖を滑り降りてきた。奇襲作戦第二段階だ。
今回の奇襲作戦は二段階でなる。
まずはファイアスワームによる爆撃で敵を混乱させる。そして、敵が混乱したところにセリニアンたちが切り込み乱戦にもつれ込む。
乱戦状態になってしまえば、ワイバーンも迂闊には航空支援が行えない。いくらワイバーンの数を揃えても無意味なものになり果てる。
この作戦の成功のカギは敵のワイバーンの視野が狭くあることだ。こちらは大部隊をこれ見よがしに並べておいて、攻撃を誘い込む。それでいて、山の傾斜に隠れているセリニアンたちには攻撃が向かわないようにするのだ。
作戦は見事に上手くいった。
「やりゃあっ!」
セリニアンが雄たけびを上げて敵の重装歩兵を切り倒し、リッパースワームたちが山道の行軍で邪魔になる鎧を纏ってこなかった歩兵たちを八つ裂きにする。そこら中に血が撒き散らされ、のどかな山道は一瞬で地獄の様相を呈した。
「ワイバーンは?」
「上空を旋回しています」
ワイバーンは地上からの攻撃を恐れると共に、味方を攻撃することを恐れて上空を旋回するだけになっていた。
「よし、ローラン。前衛部隊を前進させろ。畳むぞ」
「ええ。私も先陣を切らしていただきます」
もう敵はボロボロだ。後はこちらに余計な犠牲が出ないように本隊を以てして畳みかけるのみである。
「我に続け! 突撃!」
ローランは自ら先頭に立って、スワームたちを率いて突撃した。
「しょ、正面からも来るぞ!」
「応戦しろ! 応戦だ!」
ローランが躍り出て長剣を振るうのに、ニルナール帝国の兵士たちが混乱に見舞われる。重装歩兵の首が刎ね飛ばされ、ジェノサイドスワームによって上半身と下半身が分断され、リッパースワームが無防備な軽装歩兵を八つ裂きにする。
「なかなかやるな、ローラン」
「そちらこそ、セリニアン嬢」
ローランが剣を振るう中、セリニアンも剣を振るっている。
セリニアンは芸術的なまでの動きで敵兵を切り捨てていき、ローランは力業で敵兵を叩き切っていく。ふたりの戦闘スタイルは異なれど、敵を屠る速度は互角だ。
「ライサ。上空でたむろしているワイバーンを射抜けるか?」
「やってみます」
ワイバーンはポイズンスワームとケミカルスワームの毒針の射程外を旋回している。だが、ライサならばどうだろうか?
ライサは空高くを旋回するワイバーンに向けて矢を振り絞り、一瞬で放った。
ライサの矢は上空を旋回中だったワイバーンの騎手を貫き、上空から騎手が降下していく。騎手を失ったワイバーンは混乱に陥り、逃げ去っていく。
「完璧だな」
地上ではセリニアンとローラン、そしてスワームたちが敵主力の歩兵部隊を屠り、ライサはワイバーン部隊を更に遠くに押しのける。
全てが揃ったとき、私たちに敗北という文字はなかった。
「敵歩兵、全滅です、陛下」
「ご苦労様、みんな」
敵が突破に望みをかけた攻撃は呆気なく失敗に終わった。
ワイバーン部隊は残っているが、恐怖で戦えない連中は戦力のうちには入らない。そして、ワイバーンだけが残っても主力の歩兵戦力が壊滅してしまえば、もう戦うことは不可能になる。
「勝ったな、みんな。これでニルナール帝国もそろそろここを諦めるだろう」
「そうであることを願いたいですね。連中ときたらしきりに攻撃を仕掛けてきて、休む暇もありませんでしたから」
私が告げるのに、ローランがため息を吐く。
「今度こそは大丈夫だろう。敵の歩兵戦力はこれまでの損害と合わせて8万は蒸発している。それに、突破の手段が見つからないならば、無理な攻撃を強いることはできないはずだ。敵がここを突破することはない」
既にニルナール帝国軍の将軍たちはお手上げ状態だろう。通常戦力のごり押しも、夜襲も、ワイバーンの夜大規模航空支援も失敗に終わった今となっては、この山道を抜ける術は思い浮かぶはずもない。
「ローラン。私たちと来てくれ。いよいよこちらから仕掛ける」
「いよいよですか。いよいよニルナール帝国に……」
「そうだ。ニルナール帝国に仕掛ける」
私は決意した。
ニルナール帝国についに攻め入り、この泥沼の戦争を終わらせる。
敵は強大かもしれないが、やらなければ戦争は終わらない。エルフの森にせよ、東部商業連合にせよまた犠牲者が出てしまう。
その前に戦争を終わらせるのだ。
「セリニアン、ライサ、ローラン。準備はできているな?」
「はい、陛下!」
心強い仲間たちだ。
「ローラン。シュトラウト公国の再建について東部商業連合から案があるそうだ。よければ聞いておくといい。この戦争が終わってから、だが」
「ええ。祖国のために戦争を終わらせましょう」
かくて私たちは進む。
ニルナール帝国本土進攻へと。
…………………