脱出作戦
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──脱出作戦
最初のマスカレードスワームがヴェジアに侵入したとの情報を得たのは夕食前だった。マクシミリアンは私と話すのに飽きたのか、夕食はひとりで勝手に取った。味は悪くない。流石は宮廷料理といったところだ。
そして、その晩、事件は起きた。
鳴り響く喇叭の音。聞こえてくるのはワイバーンの厩舎の方からだ。
「ワイバーンが逃げたぞ! 脱走だ!」
「早く捕まえろ!」
私にはうろたえるワイバーンの騎手たちの声が聞こえる。
それもそうだろう。逃げ出したワイバーンにはパラサイトスワームが寄生させてあるのだ。私がこっそりと寄生させたパラサイトスワームが。
寄生させるのは苦労した。ゲオルギウスと共にワイバーンの厩舎を訪れたときに、ワイバーンの騎手やゲオルギウスの目を盗んで、餌を与える振りをしてパラサイトスワームをワイバーンの口に突っ込むのは。
「逃げろ。ワイバーン。そして、真っすぐ北に飛べ。アラクネアの陣営まで」
ワイバーンの視界にはアラクネアの陣地に近づいたことで追跡を諦めて、戻っていくワイバーン部隊が見えた。迂闊に近づけば、地上から対空砲火を浴びると理解しているらしい。賢いし、好都合だ。
「セリニアン、ワイバーンは見えるか?」
『見えます。降下してくるようです。いよいよですね?』
「いよいよだ」
ゲオルギウスには悪いがこの城にいるのにはもううんざりだ。
私は逃げ出させてもらう。
君が私を敵として殺さなければならなくなったときは迷うことはない。殺すといい。君の信念にかけて、行動するといい。私はそれに文句は言わない。君は間違いなくグレゴリアの英雄だ。
さあ、脱出の算段はできた。後は脱出に備えるだけだ。
さらば、ノイエ・ヴェジア城。今度来るときは征服者としてだ。
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翌朝。
『女王陛下。準備は完了しました』
「よし。こちらの準備は万端だ。いつでもやってくれ」
セリニアンから集合意識を介して連絡が来る。
ゲオルギウスとベルトルトには今日が具合が悪いからそっとしておいてくれと言っておいた。どのように具合が悪いのかと聞かれたら、デリカシーのない質問をするなと返しておいてやった。これでふたりは沈黙した。
後は私はベッドの影にしゃがみ込み、セリニアンが到着するタイミングを待つ。
「おおい! ワイバーンが戻ってきたぞ!」
「本当だ。どこに行ってたんだ?」
地上ではワイバーンの騎手たちだ、戻ってきたワイバーンを眺めて暢気に言葉を交わしている。実に暢気なものだ。
「……いや。ちょっとまて。おかしいぞ。誰か乗っている!」
気付くのが遅かったな。もうワイバーンはノイエ・ヴェジア城の眼前だ。
『女王陛下。よろしいですか?』
「ああ。大丈夫だ」
さて、私の方は衝撃に備えて身と縮める。
パラサイトスワームに乗っ取られたワイバーンは二種類のものを運んできた。
ひとつはセリニアン。彼女がワイバーンの騎手としてワイバーンを操っている。
ふたつ。それは──。
『では、行きます!』
セリニアンの声が聞こえ、ワイバーンから何かが放たれた。
次の瞬間、ノイエ・ヴェジア城全体に衝撃が走る。それは外で生じた巨大な火球の炸裂によるものだ。つまりは外で大爆発が起きて、ノイエ・ヴェジア城はその衝撃を受けたということだ。
ふたつ。それはファイアスワームだ。
私はワイバーンに航空爆弾のようにファイアスワームを抱えさせ、私の部屋めがけてセリニアンにそれを投下させた。
効果は抜群。私の部屋の壁は崩れ、鉄格子の嵌まった窓も崩壊している。そして、外にはワイバーンとそれに乗ったセリニアンの姿が見えた。
「ここだ! セリニアン!」
「ああ! 今参ります、女王陛下!」
私がベッドの陰から出て声を上げるのに、セリニアンを乗せたワイバーンが急行してきた。その勢いで城にぶつかりそうになったがギリギリのところで、セリニアンはブレーキをかけ、私の部屋の破られた壁の前でホバリングした。
「女王陛下。手を!」
「捕まえてくれ! 頼むぞ!」
セリニアンが手を伸ばし、私は思いっ切りそれに向けて跳躍する。
セリニアンは見事に私をキャッチした。
「ようやくの再会だな、セリニアン」
「ええ。女王陛下。救出が遅くなて本当に申し訳ありません」
セリニアン。それは君が気にすることじゃないよ。脱出が遅れたのは指揮官である私の責任だ。君は優秀な騎士として助けに来てくれた。それでいいんだ。
「グレビレア!」
私たちが再会を懐かしんでいたとき、私の部屋にゲオルギウスが飛び込んできた。
「ゲオルギウス。悪い。私は脱出させてもらう」
「油断ならない奴だな、お前は。本当に脱出するとは」
私がゲオルギウスに告げるのに、ゲオルギウスは肩を竦めた。
「次会うときは敵同士だ。殺すことになるぞ」
「これまでも敵同士だっただろう? 戦争は終わっていないんだ」
ゲオルギウスが告げ、私が小さく笑う。
「なら、行け。追っ手がすぐに来るぞ」
「分かった。それと──」
ゲオルギウスが手を振るのに、私は彼を見つめる。
「君と過ごした時間は存外楽しかったぞ。少なくともマクシミリアンと過ごした時間よりはな」
「はっ! あいつと比べられれば、どんな奴との時間も楽しく感じるさ」
ゲオルギウスとの時間はなかなか楽しかった。囚われの身であることを忘れてしまいそうなぐらいに。
「では、私は行く。戦場で会おう、ゲオルギウス」
「ああ。次は戦場でな」
私は小さくゲオルギウスに手を振り、ゲオルギウスも手を振った。
「女王陛下。そろそろ行きませんと」
「行ってくれ、セリニアン。別れの挨拶は済んだ」
セリニアンはワイバーンを発進させ、急加速してヴェジアから脱出する。
「ワイバーンがアラクネアの女王を乗せている!」
「行かせるな! ワイバーンを離陸させろ!」
地上ではワイバーンの騎手たちが離陸しようとするがそうはいかない。
私は滑走路に事前に侵入させておいたマスカレードスワームを近衛兵に擬態させて紛れ込ませ、離陸しようとするワイバーンの前で自爆させた。
滑走路には大穴が空き、後続のワイバーンたちは離陸困難になった。
その隙に私たちはヴェジアを飛び去り、アラクネアの陣営に向かう。
「セリニアン。みんなは変わりないかい?」
「ライサもローランも、その他にスワームたちも女王陛下を心配しております。私も胸が引き裂かれる思いでした。私の力が足りなかったばかりに……」
私が尋ねるのに、セリニアンがそう告げて返す。
「セリニアンのせいじゃない。私の力不足だ。私がちゃんとゲオルギウス対策をしていれば、セリニアンがあんなに苦しむことも私が捕虜になることもなかった。自分を責めないでくれ、セリニアン」
「そのお言葉、ありがたいです……」
セリニアンのせいじゃない。敵の英雄ユニットの出現を予想できなかった私のミスだ。私が指揮官である以上、敗北の責任は全て私にある。
「ところで、ローランの方は敵の増援部隊を退けられたか?」
「まだ敵の増援部隊は見られないとのことです。ですが、仕掛けてくるのでしょう」
ふむ。私に作戦を知られたから変更するというようなことはないだろうか?
「まずはローランの状況を把握しよう。次はシュトラウト公国戦線だ。それを打ち破りさえすれば──」
私は顎に手を置いてそう告げる。
「いよいよニルナール帝国本土進攻だ」
ニルナール帝国を落とす。
あのマクシミリアンには自分の国が崩壊する様子をとくとみてもらおう。
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