九話 されど進まず
資金的に余裕は無いがソレでも前進はしている二人。主に金額的に。
どうやら魔石を落す魔物の多くはある程度魔鏡に近づかないと居ない様で、通常の森などの魔物では爪や牙や肉などの品となり、品数も多くなる為か安い。
そうした中、二人が取った手段はと言うと、薬草の採取をしながら魔鏡に近づき、倒した魔物を餌に寄ってきた魔物を討伐しつつ魔石を回収。コレを繰り返した。作業ではあるが魔鏡は奥に行かなければ、通常の地に居る奴等よりもチョット強いぐらいなので丁度良い感じである……魔法の訓練と共に。
「うー早く研究完成させてよー……詠唱してる時なんかすっごい笑われてる気がするんだよ」
「笑ってないから、にやにやなんてしてないから」
しかし空の研究は思うようには進んでいない。書いては使い、描いては使う作業をしているが一向に魔法は発動しない。ほぼ無からのスタートだから仕方ないとは言え、一度は教室で魔法陣を一瞬ではあるが見ている。ならば作れない筈が無いと微妙な焦りを覚える。空の最終的には、帰還の魔法陣を正しく創り上げることだから。
〝ぬしさん〟に何とかするとは言われたが、ソレを全て信じて待つだけの空じゃない。上位者を信じて痛い目を見るなんてのは、昨今のサブカル界ではアタリマエのお約束である。
ガサガサと大きなモノが森のほうから動いてくる音が聞こえる。音的に大物の気配だ。
「桜井さん下がって魔法の準備を」
小声で空が指示を出す。咲は首を縦に振り音を立てないように下がっていく。
二人の前に出てきたのは、涎をたらしながら血走った目をしているニ~三メートルクラスの熊。
熊ではあるが異様に腕が長い、魔物図鑑に載ってたハグベアと言うヤツだろう。奴等は長い腕を利用してはぐをし頭から獲物をマルカジリするという……何が何でも抱きつかれたくない奴だ。別名、死の抱擁。
空は武器を突き出して、目を離さないようにしつつ後退する。涎を垂らし目が血走ってる時点で逃げれない気もするが、逃げれるなら逃げたい相手だ。
「桜井さん、ゆっくり、ソレこそナメクジの歩みで後退。絶対目をそらさないでね」
「わ……わかったよ」
普通の熊であれば正しい対応の一つと言える。が空の願いも虚しくやつは餓えている。立ち上がるや否や二人に威嚇しながら腕をぶんぶんと振る。
「逃がしてはくれなさそうだな。合図したら顔面に火系の魔法でお願い。前に出る!」
空を翔る、じゃない空が駆ける! リーチが長いとは言え熊だ急所攻撃を狙うしかない。正面から側面に円運動、奴らの正面は危険すぎる。バトルスタッフで顔面や腕の関節に攻撃をスル振りをしつつ挑発行為、力負けするのは分かっているから打ち合わない、当てるにしても掠らせる程度。咲を熊の視界から外すようにする為に。
「熊さん此方! 杖舞う方へ!」
声に出しながら挑発しつつ、相手の動きをみる。
ブンと振ってくる熊フックを回避する、間合いには絶対入らない、此方の攻撃は挑発だけ。
チャンスが来ない、このままでは空のスタミナが先に切れる。目や鼻頭が突けるならいいが、ソレには熊の腕が長すぎる。
「なんとも……チャンスがない。いや隙は作るものだけど……なにかないか」
思考を加速させる。相手から目が離す事ができない以上、ちらりちらりと視界に入る内容から周囲を確認するしかない。
咲がコソコソと何かやったようだ。視界の端にいる咲が目線で合図をしている。熊の動きに合わせ、確認してみると面白いものを用意したようだ。
二人が熊を挟んで回るように移動する。咲が作ったモノが有る所に移動する。
咲が用意したものは、深めの受け皿の中に石や砂が入っていて、ロープで持てるような形になっている。
「大きいスリングみたいなものだな」
そんなスリングぽい何かという感想物、ソレのロープの部分にバトルスタッフをひっかけ、下から打ち上げる様に振り上げる! 狙うのは熊の顔!
「疾っ!」
声と共に打ち上げられたソレ。中から飛び出した石と砂が散弾のように熊の顔面を襲う!
予想もしない攻撃を受けた熊が顔や腕を振り回し暴れまわる。暴れてはいるが視界を奪われ、急所に攻撃をされ訳だ。安全度は上がるだろう。
「今! 魔法を!」
空の合図と共に詠唱を完了させていた咲が魔法を放つ!
「ふぁいあぼーーーーる!」
何やら気が抜けそうな発音な気もするが、正しく熊の顔面に火球がぶつかり炎上させている。
火球を喰らった熊は余りにもダメージが酷かったのか、地面に倒れのた打ち回っている。チャンス!
「キェェェェェェェェ!」
薩摩示現流・二の太刀要らずの猿声、チェストーで知っている人のほうが多いだろう。本来なら威嚇や発生によるパワーブーストの為に叫ぶのが正しいらしい?
全身を使って飛び込むように……バトルスタッフを熊の顔面に上段から打ち下ろす! 振りぬいたバトルスタッフが正確に熊の顔面を打ち抜く。頭蓋骨陥没? 崩壊? 確実に脳にダメージが入っているだろう。
攻撃を喰らった熊はビクビクと数回痙攣した後一切動かなくなった。それでも空は目を離さない、残心は大切である。
「もう……大丈夫かな?」
「熊うごかないね?」
「呼吸、してないっぽいかな。動き一切ないね」
戦闘行為が終了し、安堵と恐怖が一気に沸きあがる。こんな熊と戦うのは未だ早いといえる。
「とりあえず……怪我もなく終わってよかったあああああああ……遭遇戦とかマジ簡便してください」
「本当だよ、こんな大きい熊に遭うとかね」
「戦うにしても万全にスタンバイした状態と、精神的な疲労が違いすぎるからね」
「準備万端ってやつ? たとえば?」
「そうだねぇ……穴ほって其処に木杭を用意するとか? 麻痺毒ぬったくった撒菱をばら撒くとか?」
「非情にえげつない方法でした」
「そんなの安全に狩る為だからね、エゲツナイのはアタリマエだよ。ソレよりこの熊どうしよう……ここで解体なんてしたら獲物だーって魔物が永遠と襲ってくるかもしれないよ」
「取り合えず、重そうだけど持てない事は無いだろうから、移動してから解体しようよ」
思わぬ遭遇戦で疲労した上に、大変な解体作業が待っていると思うと何だかもんにょりする二人だった。
「よし……次は熊を狩っても大丈夫って言える様に、罠作成道具と台車用意しよう!」
「マタ狩るの!?」
「良い金額になりそうだもん!魔石も研究材料として欲しいし!」
金策に研究資材をこの上なく求める空。早めに魔法理論を完成させたいから仕方ないのだろう。研究には金や物がかかるから。そして詠唱魔法なんてしたくないから!
熊に遭ったら死んだ振りはダメです。あいつ等は死肉を喰らいます。
叫ばず慌てず背中を見せず、ゆっくりと後退しましょう。但しコレは距離がある場合。
目の前がちんこ遭遇では……諦めて石でも握って鼻頭でも殴りましょう。九死に一生のチャンスが手に入るかも? まぁ遭遇しないのが一番ですよね!