九十三話
腹に刺さったボルトはまだ抜かずにいた。下手に抜いて大量出血するのを防ぐためだ。
そのため体を動かす度にボルトも動き、形容し難い痛いが体を貫く。その度に衣服が血に染まった。老兵の一人パウルに肩を貸してもらい、列の最後尾に付く。
彼は敢えて先頭に立ち生きた鳴子でもしようかと思ったがインに『お願いですから止めてください』と泣いて懇願されお流れとなった。
しかし忘れそうになるが彼女は自動人形(自称)。涙を流すのが不思議でならない。
賊……いや反乱軍とでも言おうかは城内のそこら中に居た。時々曲がり角で立ち止まり、反乱軍の兵士……身なりからすると恐らく貧民窟の者達だろうをが去るのを待ったり。どうしても無理な時は素早く処理をし、東の塔に繋がる渡りへと到着したのだ。
東の塔に繋がる渡りはなにやら、机や椅子、化粧台など様々な物で阻まれ、隙間から槍が此方に向けられていた。
「止まれ!ここから先は通さんぞ!」
簡易バリケードの向こう側、殺気をはらんだ声色が聞こえてくる。
「我々はマルガリット殿下とルドガー・フォン・ヴィトゲンシュタイン様の護衛です!道を通してください!」
しかし王女の姿をみるや否や直ぐ様バリケードに隙間が作られ一行はそこを通った。
「殿下!ご無事で何よりでございます!」
「それよりもルドガー様の居室へ案内しなさい。怪我人がおります」
怪我人が取り敢えずの安全な場に入れば誰だった気が緩むもの。当の守孝もそれに変わらず。崩れ落ちそうになるところを両脇を抱えられルドガーの居室に入る。
「ベットに寝かしてください。マスター少し痛いと思いますが衣服を脱がせますね」
ベットに寝かせられた彼の上着の中心線を彼女はナイフで切り脱がせる。肌着の上そこには黒色のベストがあった。
「はぁ……はぁ……防刃ベストだ……これのお陰で死なずにすんだ」
保険のつもりで付けていた防刃ベスト。流石に鉄の鎧を撃ち抜くボウガンのボルトは防げなかったが、威力を弱め最悪の事態は防いでくれたのだ。
「ボルトを抜いてくれ……頼む」
老兵二人が体を抑えインがボルトを掴む。彼の口に布を咬ませる。抜いたときに舌を噛み切らない様にだ。
「マスター行きますよ……1……2……3ッ!」
彼女の掛け声と共に哀れなくぐもった男の悲鳴が居室に響き渡る。
矢傷などが当たるとその周囲が筋繊維が収縮して矢が抜けなくなる。本来は周りを少し切り広げてから抜くのだが、今回はそれを無視しただ力任せに抜く。
神経を無理やり引っ張っているのと同義だ。大の男でさえ気絶してもおかしくない。
「これで決めます……せーのぉ!」
ズグリッと嫌な粘性な音を立ててボルトはやっと抜かれた。どうやらボルトの三割ほどが刺さっていた様だ。
「直ぐに止血します押さえてください!」
ボルトで空いた穴から血が流れ始める。先程までよりも出血量は多い。ボルトが蓋の役割をしていたようで、今はその蓋がない。
傷口を包帯と清潔な布でキツく押えなんとか出血は止まった。出来ることなら傷を縫いたいがそんな技術を持ってるものは一人として居なかった。
守孝への処置も終わり、外を守る衛兵から水を配られた。この緊張化で飲む水がこれほど美味しい物なのかと一同はほっと息を吐く。
一緒に付いてきた老兵二人も外の守りに着くとして部屋から出ていく。部屋にはヴィトゲンシュタイン家の関係者しかいなくなった所でインは開いた。
「ルドガー様と殿下にはこのまま王城を脱出して頂きます。そして現在王都に居るヴィトゲンシュタイン兵団と合流してください」
ほっと息をついたも束の間、彼女は脱出を促した。
これは彼女が考えて出したものではない。彼の主人守孝と、依頼主であるルドガーの父、ゴトフリート伯爵が本当に最悪な事態の時に考えていたものだ。
彼等の傘下である兵団が婚姻パレードで王都に入るのを許可されている今。兵団と合流できれば、巻き返しを図るのも可能であり、それが無理なら領地に戻り、王国臨時政府なり何なりを設立できる。
(今なら殿下も居るので正統性は此方側にある。しかし……)
カーラは事前に護衛として聞かされていた。彼女が愛する者を安全に逃がすならこれが一番現実的な案である。そう彼女自身も思う。だが……
「それは出来ないこの騒動は今この場で解決しなければならない」
彼女が愛した男はそんな悲観的な男ではない。
「この騒動は王都の民が不満を持って起こした反乱ではない。恐らく教皇国の手の者が民を扇動している」
教皇国それは謎に包まれている国家である。約三十年前に建国したが一度も他国と外交的交流をしていない。
「これを見て欲しい。ここに来る前に処理された賊が身に付けていたものだ」
十条の意匠が施された首飾りを彼は懐から取り出す。
「それは十字教の首飾り!」
十字教が関与しているのは明白だ。しかしこれほど大きな騒動の中に確認できるのは隣国含めて始めてであった。
「恐らく十字教が王都の民を誑し扇動させこの様な事態が起こったのだろう。その中には貴族階級も居るのは間違いない」
最低規模でも百や二百を越える数が王城の中にいる。これほどの数を招き入れる事が出来るのは貴族だけだ。
「今ここでこの反乱を鎮圧出来なければ明日には王国中に十字のモニュメントによって埋め尽くされる。それだけは防がなければならない!」
「ですがソフィアちゃんは捕まり、マスターは負傷して動けません。私一人ではどうにもできません」
やろうと思えばイン一人でも解決することは可能だろう。ただし舞踏会の会場である大広間のタイルを全て交換しなければならなくなるが。
しかし最上位行動プロセスとでも言おうか、彼女は一刻も早く己の主を治療しなければと言う気持ちで一杯だった。
「………はぁ……まてまてイン。その人が言ってることは……はぁ……利にかなっている」
それに待ったをかけたのは彼女の主人である守孝自身であった。傷口を押さえながら起き上がり、ベットに座る。
「マスター!?起き上がっちゃダメです!」
慌てて彼女は止めようとするがそれを無視し彼は言い放つ。
「ルドガー様……失礼ですが俺は貴方に今から対等な立場で話すお許しを頂きたい」
多大な問題発言に皆は驚く。臣下と君主と立場を無視すると言ってるのだ。
「モリタカ貴様!血を失って気でも狂ったか!」
たしなめようとするカーラを押え彼は口を開く。
「……分かった許す」
だが、彼はそれを許した。この男がただ何の意味無しにこんなこと言う男ではないとこの数ヶ月間の間で理解している。
「それでは遠慮なく……まず最初に俺達はあんたの依頼であんたを護衛していない。俺達はあんたの父親、ヴィトゲンシュタイン伯の依頼であんたを護衛しているんだ」
先ずもっての事実確認。
「で、この状況下俺とあんたの父親は逃げるのが上策と考えたその方が一番安全だと。聡明なあんたなら理解しているよな?」
そして現在の状況。
「それは分かっている。だが今の状況は国を乗っ取られようとしている。恐らく我が兵団にも何かしらの手が及んでいるのは明白、わが領地に戻る前に王都で我が身は捕らわれるだろう」
王城を今正に占領している者達だ。食事に睡眠薬を入れるなど造作もなかろう。
「成る程理解した。それであんたは俺達に何をさせたい。最も現在俺達はあんたの指揮下に居ないが」
「なら私が君達を雇おう。それなら文句はないだろう?」
それを聞いた守孝はニヤリと笑う。
「俺達を雇うのは高いですぜ?」
「これを解決したら国庫から出してもらうさ」
ニヤリと彼は笑う。此方が彼の本当の姿かもしれない。
「あらあら私は王国王女なんですよ。レイヴンさん……いえモリタカさんで宜しかったかしら?」
王女はスッと雰囲気を変えた。その変化を感じ取った守孝はインに手伝って貰いながらベットから降り頭を垂れる。
「私からもよろしくお願いします。この騒動を終わらせて貰いたいのです。このお願いは王国王女、マルガリット・シャルロッテ・サンマリアとしてではなく。ルドガー・フォン・ヴィトゲンシュタイン辺境伯の妻、マルガリット・シャルロッテ・ヴィトゲンシュタインとしてのお願いです」
妻としての願い。それを聞いた夫は少し照れくさそうでる。
「ヴィトゲンシュタイン夫人にお願いされたらしょうがないですな。ルドガー様、微力を尽くさせても貰います」
彼は朗らかに笑い。契約のための握手をルドガーとしようとした時だ。それに待ったをかける者が現れる。
「いやいや待ってください。マスターは重症なんですよ?お止めください!」
インだ。守孝の前に立ちはだかる。
「大丈夫だ。これぐらい直ぐに直せる。すまない火掻き棒をとってくれるか?それとカーラ。今からご婦人には少し見せれない事をする」
火掻き棒と聞き今かから起こる事を察知した彼女は王女を此方が見えない所まで避難させた。
手渡された火掻き棒は知っていたかのように先は真っ赤に熱せられている。
「まさか……マスター嘘ですよね?」
固く止められていた包帯を短剣で裂く。塞き止めていた圧がなくなりまた出血が増えていく。
彼はそこに……ボルトの傷口に火掻き棒の真っ赤に熱せられた先を押し当てた。
「ガァッッッ!?」
人の肉が焼ける匂いと音。いつ聞いたってそれは人に吐き気を誘発させる。人間としての忌避感。それを美味しそうと思ったら人として終わっているのだろう。
「……はぁ……はぁ……さぁ傷口は塞いだ。話を進めるとしよう」
傷……いや火傷に包帯を巻き彼はその震える手を押さえながら笑った。
さぁこれからだ。これからが本番。手負いの獣が一番恐ろしい。手負いの鴉は何をするのか?




