八十話
お待たせしました!
捧げ銃の敬礼を終え守孝は休めの体制をとる。それは歴戦の下士官の所作に等しい。
「先程の無礼、失礼しましたヴィトゲンシュタイン伯爵」
彼が謝罪の旨を伝えると伯爵はさも当たり前の様に笑った。
「別に良いぞモリタカ君。君が言ったのは道理の話だ。ああ、そう角張らんでも良い。まぁ座りたまえ」
その言葉で幾分か部屋の空気が柔らかくなる。席を勧められ守孝達一行は席に着く。因みにマルクスも同席している。
「ありがとうございます閣下……それで我々に何の御用で?」
席に着いて早々、彼は本題を切り出そうとするが伯爵が手で遮った。
「まぁ待て。急いでは事を損じるだけだ。先ずは自己紹介といこう。ああ、そちらは知っておるから大丈夫だ……ワシは先程は伝えた通り。カーラは面識が有ったな……じゃあ……」
彼はチラリと右端に座る女性に目配せする。その姿、彼等は見たことがあった。具体的に言うと冒険者ギルドの受付で。
「はい……こんにちはモリタカさん、インちゃんソフィアちゃん。フィーネ……フィーネ・フォン・ヴィトゲンシュタインです。ゴトフリードは私の父に当たります」
そう赤髪が煌めく美しい冒険者ギルド受付嬢のフィーネであった。ソフィアは驚きを隠せず、その可愛げな犬耳が跳ねる。
「なんで伯爵令嬢が地方の冒険者ギルド職員やってたんですかね?」
そして彼はある種の禁句をぶっこんだ。
「……ワシにだって分からない事もある」
ジロリと伯爵はフィーネを睨む。
「あ、アハハ……」
彼女は苦笑いを溢すしかなかった。
「次は私ですね……初めまして私はルトガー・フォン・ヴィトゲンシュタイン。フィーネの兄です。今回は急な呼び出しに応じてくれてありがとう」
二十歳過ぎだろう青年は、かなり丁寧で穏やかな口調であった。隣に座るマルクスが小声で『……ご嫡男様でもある』と彼等に教えてくれた。
彼等が以前マルクスが話していた件の貴族なのだろう。あの優しそうな青年が元御用商会の不正を自らの足で暴いた者だ。
人は見かけによらないとは正にこの事だろう。
「ご紹介ありがとうございます……ところで女き……カーラ殿は確か王国騎士の筈。貴族社会と言うのは良く知らないのですが……居てもよろしいので?」
貴族の家を1つの会社と仮定すれば、伯爵家は国を代表する大企業、騎士家は数ある中小企業の1つに過ぎない。
だが、力の差があったとしても、謀に他家が居たらそこから情報が漏れたら一大事になる。どんなに小さな家だとしても侮りは禁物。小さな虫でさえ人を殺す事があるのだから。
「そこは安心して欲しい。カーラの家は歴とした王国騎士ではあるが我が家と寄子の儀を交わしている。それでカーラは行儀見習いとして此方で預かってるのだ……まぁこれの身なりで分かる通り侍女と言うよりは護衛に近いがな」
彼は成る程と言った風にカーラを見る。
「確かに……彼女の戦闘は中々の物ですからね」
思っている事は出来るだけ面には出さずに、彼女の言動がブラフだったのを見抜けなかったのは事実だ。
「……怒らんでくれ。君達の実力を調査する必要があったのだ。その結果、此方のミスで災難に遭った事は済まないと思っておる」
その言葉に彼は首を振る。
「いえ良いのです閣下。我々の仕事に危険は付き物……いや危険と同居してると言っても過言ではありません。ですが、自分で見抜ける物を見抜けなかったのが歯痒いだけなのです」
此方が悟らせまいとしている事を察知する……これが上級貴族なのかと冷や汗が背筋を伝う。
「それを言われますと斡旋した私が悪いみたいじゃないですか……」
両者唸る。それを言われると何も言えない。
「……まぁこの話は止めにしてそろそろ本題に入ろう」
「……えぇそうですねお願いしたい」
話題転換と言うか本題に無理矢理移行させる……の前に伯爵は、マルクスにお茶とお茶菓子を用意させた。
「先ず今回依頼したいのは我が息子、ルドガーの警護だ」
お茶と茶菓子で緊張が幾分か和らいだ部屋、お茶を一口飲んだゴトフリード伯爵は切り出した。
「何故我々の様な木っ端な冒険者に頼むのです。閣下の手勢で事足りるのでは?」
守孝の問いに伯爵は首を振る。
「そうもいかんから依頼したいのだ。隠す必要もないから話すが、今回の件はこの国の政治に深く関わっている」
政治と聞きチラリと彼はマルクスを見る。すると彼はその目線に気づいたのか目を背けた。
成る程、今回マルクスは御用商人として彼等を支援しなければならないのか。此方としては良い迷惑なのだが……まぁ友人の願いとしたら仕方がない。小言の一つは言うが。
「閣下、詳細をお教えてください。それを知らなければ我々は対処のしようがありません」
と言うよりもう逃げ出せない状況を作り出されていた。これから抜け出すのは現状不可能と言っても良い。
「……ありがとう。それでは今回の件を先ず端的に言うとだな」
そこで一度区切り目を閉じ、静かに言葉を発した。
「我が伯爵家は王家から王女殿下を降嫁することが決まったのだ」




