七十九話
お待たせしました!
マルクスの突然の呼び出し、守孝達は不審に感じながらそれに応じた。
と言うのも呼びに来たのが丁稚などの下っ端などでは番頭と言う幹部クラスの人間であり、その番頭が何やら緊張している面持ちだったのだ。
番頭は帰り際にチラリと『お気をつけて…』などと言い残し速足で立ち去っていった。
その対応にまた何か起こったのかと思ったが、それにしては番頭は急いでいたが焦り等は見えなかった。それに緊急事態ならばもっと色々と話す筈だ。
「装備どうしますか?」
「先ずは最低限で良いだろう。だが一応小銃ぐらいは持っとけ」
彼等はマルクスの元に向かうために準備を整える。黒い戦闘服に身を包み、黒いタクティカルベストを着る。何時ものカラテルナイフを腰に着け、メインウェポンは暫定的にAKS-74を使用。
AKS-74はあのAK47の小口径高速弾タイプであるAK74のモデルの1つだ。ストックを折り畳める様になっており、携行性が上がっている。それにホロサイトとサプレッサーを取り付ける。
サブウェポンはインとソフィアはグロック19。守孝はあのM19を腰のホルスターに納めた。グリップに刻印された鴉はまるで、そこが自らの場所だと言わんばかりだった。
彼等は準備を整え終えると、宿屋を出てマルクスの個人宅へと向かった。仕事の話なら商会の方で行うはず、今回は何やら可笑しい。
黒ずくめ服を着こんだ者達が、三人とはいえゾロゾロと歩くのは流石の王都でも不審過ぎる。なので、何時からか着込んでるローブで旅人風にカモフラージュする。そちらも端から見れば不審ではあるだろうが、旅人一派が道を歩いてるぐらい良くある光景だろう。
王都の季節は既に冬となっていた。風は冷たいが太陽は暖かく照らしてるそんな冬。しかし未々冬は始まったばかり、これから更に寒くなっていく。
そんなことを考えながら歩いていると程なくしてマルクス宅に到着する。そこはしっかりとした剛健質実な造りの邸宅だったが何かぎこちない。
「これぐらいどうってこと無いさ。それで何の用だ?」
「あ、ああそうだな。今回は少し面倒事を頼みたいんだが……と言ってもそれを頼みたいのは俺じゃなくてな。まぁ付いてきてくれ」
彼に促され一行は奥の応接間に通される。そこには四人の男女が待っていた。二人は見たことがある顔だった。
「やぁこんにちは……マルクス君、彼等がそうなのかね?」
一番奥、本来ならばマルクスが座る位置だろう席に座る初老の男は比較的穏やかな口調であった。
「は、はい閣下。彼等が私の友人で冒険者のモリタカです」
対するマルクスは緊張を隠せてない口調で頭を下げる。この時点で、と言うより邸宅に入る前に薄々気付いていたが……今回は中々の面倒事に巻き込まれるらしい。
チラリと彼が此方を見る。守孝は一歩前に出て軽く頭を下げた。
「はじめましてご紹介に預かった鴉羽守孝です。昔は傭兵、今は冒険者の根無し草でございます。失礼ながら閣下……私はまだ閣下のご尊名を知らされておりません。よろしければ閣下、閣下ご自身から教えて下さると我が誉れとなるのですが?」
その言葉の反応は四者四様であった。何やらみた事がある鎧を纏った女性が殺気だって立ち上がろうとするのを横に座っていたこれまた冒険者ギルドで見たことがある女性と、初老の男の面影がある青年が抑えている。そうえば彼女も二人と似ていた。
まぁ、彼女が怒りを覚えるのも無理もないとマルクスは思った。仮にもこの王国の大貴族と言える身分にある人物に。この国、最低限の職業である冒険者があろうことか、名前を教えろと言ったのである。
「ふむ……確かにワシが呼び出しておいて名を名乗らずと言うのは王国貴族として沽券に関わる」
対するこの男は穏やかに、しかし威厳満ち溢れた表情で立ち上り答えた。
「ワシの名はゴトフリード・フォン・ヴィトゲンシュタイン。お主も知ってるフィーネの父であり……この国、サンマリア王国のヴィトゲンシュタイン伯爵家当主である」
その言葉に後ろの二人、ソフィアとマルクスは驚きを隠せなかった。ソフィアは伯爵と言う肩書きに、マルクスはあの伯爵と対等に話してる守孝に。インは何も言わず彼の後ろに侍る。
そして守孝はカチッと姿勢を整え、AKS-74を体の前で体と水平になるように掲げた。まるで騎士が剣を掲げる様に。
この場にいた何人かはそれが何を意味しているか分からなかったが、彼がそれをした者には確り伝わった。
それが自分に対する今できる最も最高の礼であるのを。




