七十七話
お待たせしました!
今回で巣穴の戦いはラストです
蟻の壁から離れた一行は段々と増えるメルバラを何とかあの手この手で回避しながら進んでいた。
無理に戦闘をする事はない。出来るだけ回避し無駄な体力を使わない。最もこの蟻どもの巣穴のど真ん中で戦闘が始まれば死ぬのは此方の方なのだが。
進むと言っても先程までの様に闇雲に進んでいるわけではない。どの生物の巣穴には必ずある二つの部屋、それを探している。
近い、近い筈なのだ。あの蟻の壁の向こうにある空間がアレとするならば、生物として欠かせない物を保管する部屋と、種として欠かせない大切な物を保管する部屋は近くにある方が利便的だ。
歩くこと数分鼻にツンッとくる刺激臭が漂ってきた。歩く度にその臭いが強くなっていく。その臭いに鼻が利くソフィアは顔をしかめ、女騎士はその臭いに眉をひそめる。
「冒険者、貴様が探してるのは……なっ!」
何かを言いかけた女騎士の口をインが手で塞ぐ、彼女が抗議しようと手を振りほどこうとした瞬間、人間の腕ほどあるナニかが彼女の横の壁からズルリッと這い落ちてゆく。
「ふんっ!」
守孝は固まって動く事が出来ない女騎士の手からロングソードを奪うと、ロングソードでそのナニかを切り殺した。それはビチビチとのたうち回るとまもなく死んだ。
「気を付けろ」
彼はそう言うとロングソードについたナニかの体液を拭い彼女に返す。
「あ、ああ……すまない」
想像とは違い彼女はなんとまぁ素直に謝罪を述べた。この場所での激戦で彼らへの誤解が解けたのか。はたまた、顔には見せてないがやはり疲労が溜まり集中が落ちているのか。
(まぁどちらでも良いか)
集中力が多少落ちていても最後まで持てば良いだろう。どちらにせよ今この瞬間からの行動で終わる筈なのだから。
「気を引き締めろ。脱出方法を思い付いた」
その一言だけで周囲の頭に<?>マークが点滅しているのを無視し彼は目の前の部屋に躍り出た。
少しだけ説明すると蟻の巣は細い道と幾つもの半球状の部屋から出来ている。その部屋には役割があり、例えば卵の部屋、餌を置いておく部屋……そして女王の部屋だ。
彼に遅れること数瞬、彼女達は部屋に飛び出した。ライトに照らされ浮かび上がるのは……積み上げられた緑色の死体の山。ゴブリンの死体の山だ。
いやゴブリンどもだけではない。緑が多い中、毛皮を纏っている野生のモンスターや、見慣れた肌色の肌をした手が山の中から飛び出ている。
ここそこの蟻どもの食料庫だ。生存戦争の中で殺したゴブリンどもを此処に持ち帰り自らの食料とする。ある意味この地下世界の中で食物連鎖が出来上がっていると言えよう。
恐らくゴブリンもこのメルバラと呼ばれる蟻どもを喰らい食料にしているだろう。その外骨格を纏い鎧にしていたのは見た。なら中身は?喰らわない筈がない。
「手頃な死体を探せ!」
蟻の幼体は未だ見ぬ女王が産んでいるのだろう。女王となる蟻は生産機関と言っても過言ではない。死ぬまで働き蟻や雄蟻、次代の女王を生産する。
ならばゴブリンどもはどうしているのか、言わずもがな何処かの誰かがゴブリンを産まされている。
想像するだけで怖気が走る。聞こえるはずのない悲鳴が聞こえる。『助けて、助けて!』と。
だがそんな考えを彼は無視した。
居るかも分からない要救助者を助けにまた戻る?冗談じゃない、彼の肩には三人の命が掛かっている。リスクを考えると手を出すべきではない。
そんな思考が頭をよぎるのだが……
「師匠!これぐらいの大きさで良い!?」
ソフィアが見つけてきたのは人間の身長で言えば六歳程の大きさのゴブリンの死体であった。概ね彼の想像通り。ゴブリンの死体を受けとると彼はなにやら細工を施した。
「っ……よし、付いてこい!」
今は目の前の事に集中しなければと気を引き締め直し、彼はゴブリンの死体を担ぐ。片手が塞がりM1014が使えずHK416Cは弾薬をソフィアに渡しているので使えないなのでグロックを使用する。
「ここからは盛大にいくぞオープンファイアだ」
食料庫からすぐ近くの部屋へと移動をする。蟻どもか増えそれを撃ち刺し殺す。
着いたのは部屋の全体におびただしいほどの白い球体が安置されている部屋であった。白くあるが半透明で中でなにやら幼虫が蠢いている。
「うっ……これはメルバラの卵か」
女騎士、というよりも女性陣は嫌悪感を露にした。無理もない大量のメルバラの卵の中の幼虫が蠢いている。
さながら某宇宙船を占拠したり人を頭から食べたりする、黒光りする某映画の宇宙寄生虫の卵のがズラッと並んでいるのを想像してみてほしい。
誰だって生理的嫌悪感を抱くのは当たり前の話だろう。
「イン!テルミット!」
その言葉を聞くや直ぐ様彼女は卵が並ぶ中央へとテルミットを投げ込む。テルミットが燃焼する数瞬前に彼はゴブリンの死骸を置くと直ぐ様、彼女たちを率いて来た道を戻る。
数秒後テルミットは燃焼を始め生き物が燃える嫌な臭いが漂う。そしてその瞬間……!
巣の中をと震い鳴らすかの如くギチギチギチッ!と激音が鳴り響いた。
「ヒッ!?な、なにこの音!?」
「……あれはメルバラ達の怒りの顎音だろう。幼体を焼き払ったんだ無理もない。どうするだ冒険者このままでは我々はメルバラの餌になるぞ」
仲間を殺され子供を焼かれた。それに対して怒りを覚えない生物は居ない。奴等は目の前にいる同族以外を全て殺戮をするだろう。
「だからこそあいつを置いといた」
守孝は手に持つ起爆スイッチを三回押す。その瞬間メルバラどもの激音を掻き消す様に爆音が巣穴内に響き渡った!
「手持ちの爆薬を餌置き場や卵室とかに仕掛けておいた」
他にも彼とインは巣穴内を歩き回っている間に少しずつ爆薬を仕掛けておいたのだ。
「これで結構殺れた筈だ。急いで戻るぞ」
それを合図に彼らは駆ける目的は勿論あの蟻の壁の場所。今ならばあの先に行けるはず。
「さっきよりも数は少ないよ!」
あの蟻の壁はさっきよりも密度が少なくなっていた。これなら破れる。
「撃ちまくれ!」
5.56mmが20mmが12ゲージが蟻の壁を破壊する。瞬く間に内にメルバラをバラバラに粉砕した。
「開いたぞ!」
何時でも前に出れる様に準備をしてきた女騎士が前に飛び出る。それに続き守孝がイン、ソフィアが中へと突入していく。
そこにいたのは……
「な、なにこれ……」
「なんとまぁ……グロテスクな」
そこに居たのは巨大な白い塊だった。
それは白くブニブニとした肉だった。それが部屋内の殆どを占有していた。白く醜い肉は時折、鼓動しそれが生きているのは分かるが全体として傾動をしている訳でなかった。
「これがメルバラの女王か。生で見るのは初めてだ」
それはメルバラと呼ばれるこの蟻どもの女王であった。自らは動かず餌を貪り、己の手足となる働き蟻を生産し続ける。蟻の女王。
その体は巨体となり自ら動く事が出来ない。それは即ち今目の前にいるこの存在は……無力だ。
守孝はM1014を白い肉体の先端にある唯一の茶色。女王の頭部に銃口を向ける。
女王は微動だにしなかった。女王としての威厳なのかはたまた、動く事が出来ない故か。
ただ事実なのはこの女王として生を受けた蟻は頭を12ゲージのバックショット弾を受けその巨体の鼓動が止まったことだ。
「終わったなだがどうする。配下のメルバラが此方に向かってきているぞ?」
女騎士は死んだことを確認するように女王の亡骸を一刺しする。後ろの方、通路の方からはガサガサッ!とあの嫌な音が此方へと向かってくる。
「お前ら生きるために汚れる覚悟はあるな?」
彼はカラテルナイフを取り出すと女王の死骸へと近づくと肉体の一部を切り刻み、その体液を己に振りかける。
「な、何をしてるんですかマスター!」
その行動に従者たるインは慌てて彼に近づくが、彼は彼女にも女王の体液を塗りつける。
「うぅ……マスターに汚されました」
「さ、お前らも体に塗りつけろ、さもないと死ぬぞ。それとも俺が塗りつけようか?」
それはやるといったら絶対にやると言う顔だった。死ぬわけにもいかないし彼女達は自ら体に体液を塗りつけた。
「そ、それでこれで大丈夫なのか?」
不安が残る女騎士を尻目に守孝は迫り来る蟻どもの方へと歩く。それは警戒は解けてないが足取りは軽い。
目の前に蟻どもが現れ此方へ突き進んでくる。インはバルカン砲を蟻どもに向け、ソフィアはもうダメだと目をつぶってしまい、女騎士は恐怖でロングソードが震えている。
どんどん相対距離は狭まり死は近づく。
そして
「……あれ?」
蟻どもは彼等を素通りしていった。
「……もしかして女王の体液で我々を誤認させたのか?」
サムライアリと言う蟻がいる。その蟻の女王は、他の種類の蟻の女王を殺しその体液を被りその蟻達にまだ女王が生きていると誤認させて奴隷にする。
彼は擬似的にその真似をしたのだ。このメルバラと言う蟻の女王の体液を被り女王と誤認させたのだ。
賭けではあったが成功は成功。彼は大きく息を吐いた。
「これで安全に外に出れるな」
女騎士は安心したという表情であった。
「何を言ってる。これからが本番だ」
え?その一言は周囲を困惑させた。
「これで蟻どもの心配はなくなった。今からゴブリンの巣に再突入するぞ」
それは冷静そのものだった。
「ま、まって下さいマスター。ゴブリンの巣に突入する意味は?」
「今ゴブリンの巣にはこの蟻どもが攻めている頃だ。その気に乗じて囚われているだろう要救助者を救出する」
既に彼は準備を終えていた。いつの間に採取していたのかかダンプポーチには女王の液体が入った容器が収まられている。
「居なかった場合はどうする?」
「その時は直ぐに逃げるさ。外に出て巣に通ずる穴を塞げば良い。後は王国の軍がやってくれる」
誰かの目にはそれは狂気が見えた。




