七十六話
大変お待たせしました!申し訳ありません少し短めです。
もうここは人智が及ばない所に成り果てていた。
いやそれでは語弊がある。ここは元々、人智の光など届いていない。ここは野生の摂理と凶悪なモンスター同士の生存戦争渦巻くキリングフィールド。
グルグルまるで迷路の様な洞窟。突発的に現れるゴブリン。上下左右を土と岩に囲まれ、今が夜なのか昼なのかすら分からない……
ああ、こんな所には居られない早く外に出させてくれ!
だが、そんな誰かが呟いた悲鳴にも似た独白はこの洞窟に潜った守孝達一向の共通認識であった。唯一人を除いて。
「はぁはぁッ……少し休憩しない?」
歩き続けてどれ程の時が経っただろうか。一時間か、十時間かそれとも一日か。この中では一番幼く実戦慣れしてないソフィアは肩で息をしていた。
「そう……だな。ここで一度休憩だ。インどれぐらい歩いたかわかるか?」
対する守孝も顔には出してないがそれ相応に疲れが体に出ているが、それでもまだまだ余裕があった。女騎士も同様である。
「二時間十五分ですね、歩行距離的には結構歩いてますが位置的にはそんなに変わってないです。というよりも段々と地下に進んでますよ」
そんな中で一番元気なのはインであった。流石は己を自動人形と呼称することだけはある。今も息切れなど無い。毎度の事ながらこういう場面で、彼女が人間では無いと思い直す。
慎重に進むこと二時間。彼等の一部、具体的にはソフィアの集中力が限界に達していた。彼女はやっと新兵から抜け出そうとしているニュービー。密閉空間で敵地では集中力は直ぐに切れてしまう。
逆にまだギリギリではあるが残っていると褒める事であろう。
「どうする冒険者。このままではジリ貧だぞ?」
残り少なくなった水と食料……と言うよりも元々洞窟内に持ち込んだのが少ないのだが。それを分け合い口に入れた。
胃に食物を入れると、血の回りが悪くなり、また仮に消化器官に損傷を受けると、内容物や胃酸が内部に漏れだし取り返しが着かないことになる。しかし何も口に入れないと腹は空き、栄養が無いと万全な行動や思考できない。
「進むしかない。俺達に出来るのはそれしかないからな」
彼等はまた歩き始めた。どんどん地中深く闇の奥に、不思議と先程までまばらに現れていたゴブリンの姿は無く、代わりにあのメルバラと呼ばれる蟻どもが姿を現す様になった。
ゴブリンどもの巣穴は人間が作った道具、またはそれを真似てゴブリンが作った道具で掘られていたからか、可笑しな言い方だが人工物まるで鉱山の坑道を歩いている感覚だった。
「ここら辺からゴブリンの支配する領域からメルバラの領域に変わるんだろう」
しかしメルバラの巣穴はそんな感情を持つことは出来ない。酷く冷たくて無機質。これが知性を持つものと持たないものの差なのだろうか。もっともゴブリンを知性ある者達の中に加えたくは無いが。
さてそんなメルバラの巣なのだが、彼等が踏み込んで10分以上経過しても、数匹程度は現れるがあの最初の洞窟全てを覆い尽くす程の大群が現れる事はなかった。
「結構潰しましたからね、もしかしたら此方にいた蟻達も彼処に居たのかもしれません」
数は暴力だ。一匹では小さな非力な昆虫でも数百、数千集まれば己の数十倍大きな動物を殺す事ができる。
それが元々ある程度の大きさであるならば。この蟻どもは、以前守孝達が対物ライフルで頭をふっと飛ばした灰染熊を奴等は自分達の餌にすることも可能だ。
人であれば造作もない。取り付かれればその強靭な顎で肉を食い千切り、若しくは長く鋭い針に刺され毒に侵されて絶命する。あっという間に人など骨だけになってしまうだろう。
洞窟内をある曲がり角に差しかると、先頭を歩いていた女騎士が静かに手を上げ止まる。事前に決めていた敵対物との遭遇の合図だ。
彼女は体はそのままに手で前を指す。守孝は静かに彼女の横に出るとライトで指し示された位置を照らし……直ぐに消した。
それは灯りを照らしている筈なのにまるでそこから光が遮られるかの様な黒。それが蠢いている。あれは全てメルバラだ。メルバラの集団がまるで壁の様に折り重なっている蟻の壁。
(あれが一斉に攻めてきたら誰か死ぬな)
疲弊しているソフィアだろうか、それとも死角が多い女騎士か。もしかしたら守孝自身かもしれない。インはまあ、無いだろう一人だけ火力が違いすぎる。
彼処は避けるべきだろう。幸い蟻というのは目が見えない、正確には退化している。しかし光が当たったと言う感覚は受けるらしい。そのせいなのか、先程よりも蟻どものざわめきが強くなっている。
「直ぐに離れるぞ」
ボソッと小声で一言指示を飛ばす。それだけで彼等は直ぐ様行動に移す。インは後方蟻の壁の方に砲口を向け、ソフィアは前方元来た道に銃口を向ける。そして守孝と女騎士を先頭に静かに前進した。
ひとまずの後退しかし彼は確信していた。あの蟻の壁の向こうにこの状況を打破できる物が有る筈だと。




