七十三話
お待たせしました。
「ファック!ソフィア右から来るぞ!」
開口一番に罵声が漏れるこんな状況は久しぶりだ。アフガニスタン、イラン、ウクライナ……様々な戦場で一度有るか無いかで起こりうる事。
彼個人としてはと言うよりも一度戦場に往った者達なら全員が口を揃えて神を罵るだろう。
「師匠!師匠!弾の減りがヤバイ……!」
例えば敵の強襲を受けた時、敵の部隊に包囲された時、味方部隊とはぐれた時……
まあ言ってしまえばいわゆる危機的状況である。
けたたましい音が鳴り響き赤色の曳光が闇の先へと消えて行く。さすれば闇の中で人では十中八九ないだろう呻き声や悲鳴、何かがギギギッと何かを擦る様な後が聞こえてくる。
これでやったかなんて思うと、死亡フラグを立てたお約束の様に闇の奥の奥から異形の者共が走り寄ってくる音が聞こえてくるじゃないか。
それはドタバタ二足歩行で走る音であったり、ガサガサと何やら生理的恐怖を湧き出させる音やガチッガチッと硬質的な何かを鳴らす音であったりと、まるで不協和音の協奏曲の様であった。
「マスター来てます……後方から20……40……兎に角沢山です!」
状況は悪化の一途を辿る。来た道を阻まれ、前からは地獄の悪鬼の様に敵が押し寄せて来る。絶対絶命のピンチ。
それに問題はまだある。今回は彼等三人だけでは無い。
「おい冒険者!どうするんだこの状況は!?」
彼等が銃を撃ち続けているその中央、そこに見慣れない鎧を纏った女性が立っていた。
「あんたは少し黙ってろ!イン、ソフィア。とにかく撃ち続けろ!何とか突破口を開いて外に出るぞ!」
彼女の表情は明らかに焦りと絶望が見える。手に持つロングソードも己の主人の不安を表すかの様に震えている。
彼は彼女に対して悪態の一つでもつきたい所だが、すんでのところで飲み込む。何故なら異形どもの顎が彼の喉元を食い破らんと、今まさに闇の中から守孝に飛び掛かったのだった。
ある日、守孝達一行は呼び出しを受け冒険者ギルドに来ていた。
朝彼等が泊まる宿屋に冒険者ギルドの遣い……ではなく彼等の個人的な親交を持つ商人マルクスの部下である丁稚の一人が伝えに来た。
ギルドが冒険者一人一人を全て把握するのは到底不可能である。なので冒険者の周囲の人物に言伝てを頼むのだ。
例えば今回の様に懇意にしている商人や、冒険者達の相棒たる武器を作る職人など王都に根を下ろしている者達に頼むのが多い。
だが、殆んどは冒険者がギルドに来てから『~してほしいのですけど』と口頭で伝えるが殆んどの為、こういう風に人伝で依頼の要請をする事は少ない。
「なにやら急ぎで依頼を頼みたいらしいです」
丁稚、と言うよりも彼の主人であるマルクスも依頼の内容を知らせてないようだった。
彼等は手代に礼を言い丁稚に駄賃を……少し多目に与え、その駄賃の硬貨を握って笑顔で帰っていった。
「マスターなんでしょうかね?」
「さてな。取り合えずギルドに行くぞ」
彼の号令と共に彼等はギルドに向かう。まだ完全装備でなくて良いと思い、彼等はいつものグロック19とカラテルナイフしか持ってきてない。
王都はまた一段と寒くなり、もう外套が無ければ外を歩くのがツラい時期となった。何処からか聞いた話では、間もなく雪も降るようである。
彼等もフィールドコートを着込んで、活気溢れる王都の街並を冷やかしながら歩くと。程なく冒険者ギルドに到着した。
時刻は朝を抜け、もう間もなく昼に差し掛かろうかとしている時、冒険者達は依頼を遂行するために既に出発し、ギルド内は閑散としていた。
「あ!モリタカさんにインさん、それにソフィアちゃん。お待ちしてました!急なお呼びだしでお申し訳ありません」
待っていたかと言わんばかりにギルドの受付嬢であるフィーネが彼等を出迎えた。
「いやいや、我々はギルドの依頼で食わせて貰ってますからねこれぐらい当たり前。それで依頼というのは?」
「まあ立ち話もなんですし此方にどうぞ」
彼女の提案ももっともだと彼等はぞろぞろと彼女に連れられギルド内にある応接間の一つに入る。中は有り体で言えば簡素である。椅子と机に花瓶があるぐらいだ。
どうやら応接間と言うよりもちょっとした話し合いに使われる部屋の様であった。実際彼女に聞くと個々は冒険者でもギルドに言えば使わせて貰えるらしい。大きな依頼で手に入れた依頼金や宝石等を配分したりする時に使われる様だ。こう言う部屋はギルド内にいくつか有るとのこと。
それで彼等が案内された部屋なのだが……先客が居た。
鎧を纏った女性である。短く纏めた金髪に、凜と整った青眼。年は二十代前半位だろうか、椅子に座る姿は育ちの良さを惜しげもなく出していた。確実に冒険者なんて輩では無い。
「……失礼だが、そちらの方は?」
「えーと……王国騎士の方でカーラと言います」
そう言われ王国騎士と紹介された女性は軽く会釈をすると、全く此方に興味が無いかの様にまた姿勢を正した。
「冒険者の烏羽守孝だよろしく」
彼が挨拶をし握手しようと手を差し出すのだが……一向に握手を返そうとしない。更には彼の手をチラリと一瞥すると侮蔑した様な目で此方を見たのだった。
その対応に彼の後ろでは明らかな殺気、具体的にはインから発せられたが、守孝はやれやれと言った感じに手を引っ込めた。良くある事。良くあること。
「ま、まぁ!モリタカさん先ずはお席にどうぞ!」
険悪な雰囲気になりかけ初めてるのを感じたフィーネが助け舟を出すべく、席に座るのを薦め、彼等はちょうどカーラと言う王国騎士と反対側の席に座る。因みにフィーネはカーラの隣に座った。
「えーと……最近寒くなってきましたね?」
話題の振り方としては一番簡単で話題の発展性がない話題が飛んできた。彼女自身も自分でなんでこんな事を口走ったのかと思っているようだ。
「ええまぁそろそろ冬本番らしいですね。なんでももうすぐ雪も降るとかなんとか」
「雪ですかぁ綺麗ですけど、降った後が大変なんですよねぇ。雪解けで街道が使えなくなると冒険者ギルドは各支部との連絡が出来ませんし、猟区での依頼は馬車が出せなくてやれませんし困るんですよね」
確かに街道のその殆んどは舗装されて居ない土が踏み固められて出来た道である。雨や雪ではぬかるんで馬車では通れなくなる。舗装されていれば別であるが、全ての街道を舗装するのは無理な話であった。
「おじょ……フィーネ殿。そんなげせ……成り行きに身を任せている者達にギルドの大変さを説いても仕方がありませんよ」
トゲのある言い方で女騎士は反対側の席に座る者達を見る。守孝自身は先程も言ったように、傭兵時代から良く言われていた事なので気にしていない。前線に現れた高級士官にそこら辺を纏めていた正規軍隊長と共にもっと口汚く罵られた事もある。
……その士官は数日後、何故か後ろから飛んできた敵弾に不幸にもヘッドショットされ二度と喋ることが出来ない骸になってしまったのだが……不思議な事もあるものだ(棒)。
それはそれとして、ずっと貧民窟にいたソフィアは兎も角、インは己の主人を蔑む彼女に対して何時手を出すか分からない状況。しかし彼女はギリッと顔を強張らせるが笑顔を絶やさずその場を動かない。その様な行為を彼女の主人は望んでないからだ。
……もし望んだら?そうなったら、それはもう良い笑顔であの女騎士を殴るだろう……グーで。
隣は差別意識満々な女騎士で対面は完全に殺る気満々な笑顔が眩しい美少女メイド、その狭間にいる受付嬢の顔は引き攣った笑顔が張り付いている。
「……フィーネさん依頼の内容を教えてほしいのだが」
変な緊張感が部屋内に包まれる中、守孝が切り出した。別にそろそろ面倒臭くなったとか別にそんなことはない……そんなことはないのだ。
「そ、そうですね!えーと今回モリタカさん達に受けて頂きたい依頼はですね。ゴブリンの元巣穴の調査です」
彼女はそう言うと依頼書を彼に渡す。内容を見るといたって普通の表のボードや受付の目録に載っている様な依頼。
しかし普通の依頼なら態々個室を用意する必要はない。
「この依頼はですねボードに張り出す依頼を出す前に……事前の下調べをして欲しいのです」
彼女が話した内容はこうだ。数か月前に冒険者ギルドに出されたゴブリンの巣を殲滅。その依頼自体は問題なく遂行された。巣穴が広く数十人の冒険者が必要であったが。
それで殲滅された巣穴なのだが、最近どうやら何かしらの生物の影を見たと言う目撃情報が寄せられた。
ギルド側としたら一度完遂された依頼だから今頃イチャモンつけられても困る。然りとて本当に何か住み着いていたら何か行動を起こさなければならない。そのための調査。
と言う訳で守孝達に依頼が回って来たのであった。
「依頼の内容は理解した。だがこの位なら態々王国騎士が出てくる必要はないのでは?」
彼はチラリと女騎士の方を見る。
「それは貴様らが法を犯している疑惑があるからだ。どうだ本当にやってるんじゃないか?あんなに速く依頼を遂行しているのは可笑しいではないか!」
成る程と彼女が言うのももっともだと思わない事もない。王国が想定しているのは徒歩か馬車での移動、彼等が使用している時速百kmを越える乗り物など想像の内にすら無いのだ。
「我々は冒険者ギルドの規定に基づいて依頼を達成し、故に依頼料を支払われている。それを違法など言われたら此方としては立つ瀬がない。そうなると冒険者を辞めてどこぞの商会の護衛かそこらのゴロツキに為るしかないのだが?」
しかしだからと言って、面と向かって犯罪者呼ばわれされるのは彼としても面目が立たない。それと犯罪者と吹聴されれば彼の周囲の人間。特に言えばと言うよりもマルクスしか居ないのだが、彼に対しても迷惑がかかる。
信用が大切な商人の交友関係に王国から罪人扱いされる人物が居るなどマイナスでしかないのだ。
だから彼はギルドに対して、脅しととれる言動をとった。大型モンスターを簡単に屠れる者達をみすみす他に取られるのは彼等の利益的にも手痛いのではないのか、と言う事を考えて。
些か己の事を過大評価している気も彼自身思わない事もなかったが、ここは此方を大きく見せても良いだろう。逆に小さく見せれば恐らく……
「カーラ流石に言い過ぎです。モリタカさん達の依頼達成は冒険者ギルドが認めた事です。貴女が口にしている事は冒険者ギルドの信用を陥れています」
此方の非を認めている様なものだ。
「ッ!……申し訳ありませんお嬢様」
女騎士は立ち上がるとフィーネに対して恭しく深く頭を下げる。彼の思惑は上手く作用した。
(と言うよりも今、完全にお嬢様って言ったな……)
何だか今回の事情が見え隠れしているが、下手に突っつくとやぶ蛇じゃすまない。でももう少し上手く隠してほしいものだ。
「コホンッ……失礼しました。ですが彼女が言った事はギルドの上層部の方々も危惧している事なのです。ご理解下さい」
「成る程理解した。確かに我々は移動手段として少し変わった交通手段を持っている。それはまぁなんと言いますか、えらく速い乗り物でしたね。それ故に依頼全体の達成が早くなるんです」
何時かはバレると思っていた事だった。現代の交通の主な一つとして使用されている自動車は大変有効な物だ。人や物を遠くまで早く運べる。しかも底労力で。
陸の交通手段を馬車と徒歩に頼っているこの世界では大変魅力的……いや国内外を左右すると言っても過言ではないだろう。
「成る程そうなのですね……それではこれはお願いなのですが、その乗り物を今回の依頼で我々に見せて欲しいのです」
そしてそれが露見されたら何かしらのアクションをとるだろうとも。




