七十話
大変お待たせしました。少し私事で色々ありまして投稿が遅れました。申し訳ありません
野盗討伐は滞りなく終了した。
まだ息がある野盗にトドメの一発を撃ち込み、小屋の中で今だ催涙ガスによって悶えている者にも頭に銃弾を放つ慈悲はない。
死体の処理は一ヶ所に纏めてガソリンで焼いてから、残った骨や灰を土に埋め……これが一番の重労働であった。小屋は焼却された。催涙ガスは空気中に拡散されるから問題ないだろう。
帰り道特に会話という会話は無く、無言のまま帰路へとつく。ただ一つソフィアがにボソッと「僕は……私は……人殺しになったのか……」と言っていたのが妙に耳に届いた。
自分の時はどうだったろうか。
初めて人を殺したのは……あれはまだフランス外国人部隊の第2外人歩兵連隊に所属していた時だった筈。
派遣されたアフリカ中部の国家。ある名も知らぬ町でのパトロール任務。反政府ゲリラの襲撃。燃える町。山刀で斬られる町人。撃たれて藻掻く戦友。己に撃たれて死んだ少年兵。
嫌な思い出だ。
初めてと言うのは何時までも記憶に残り続ける。あの俺が殺した少年兵の最後が。あの虚ろな目が俺を見つめ続ける……俺が死ぬまで。
守孝はハンヴィーの運転席からチラッとバックミラーで後部座席に座るソフィアを見た。彼女はぼうっと窓の外を見ていた。
彼女は今何を思い何を考えているのか?
帰ってから一度聞いた方が良いな。彼女は自らの意思でこの世界に来たが、もし心が傷ついているなら治してやらなければならない。勿論普段は厳しくするが……
「それぐらいは師匠としてやらなきゃな」
彼は一人心地に小さく呟いた。
それからは特に問題なく王都へ帰ってきた。王都に着くと直ぐに冒険者ギルドで依頼終了の書類などを手早く済ませる。
今は落ち着ける場所で腰を下ろしたい。
なので、その後は何処にも寄らずに何時もの宿屋へと帰る。宿屋の方にはお湯を貰い食事は、後で食べると宿側に伝え部屋に入った。
部屋に入ると先ず体の汚れを拭き取った。一応王都へ帰還する前に水で体を清めはしたが、まだ物足りない。お湯をタップリ染み込ませたタオルで身を清めながら守孝は、そうえば半年近く湯船に浸かってないなぁと今さらながら思い出す。
やはり日本人には湯船だな湯船に浸かりたい。そうは思うが風呂なんて物が早々あるなんて事もなく、我慢するしか無かった。
何処かに温泉でも湧いてないだろうか。火山地帯の方にあると思うが一度行ってみるのも良いだろう。
そうして体を清めると身動きしやすい格好に着替える。何時までも野戦服に装備を身に付ける意味がない。ソフィアも同様に体を清め服を着替える。インは何時ものメイド服だ。
「ふぅーっ先ずは今回の任務お疲れさんインどうだった?」
彼はつとめて軽い感じで最初にインに今回の感想を聞く。最初からソフィアに聞いても何も答えられないだろう。
「そうですね何時も通りと言った具合でしょうか。私的にはメイド服でなかった事とバルカン砲を撃てなかったのが不満ですかね。やはりM61ですよ早く敵に向けて撃ちたいです」
いつもの様に変わらない調子でインは段々と守孝に近付き、上目遣いで要望を伝えた。何とも可愛らしい仕草の裏腹に強烈な要求である。何度も言うがバルカン砲は対人用では無い。
「分かった分かった。また今度大型モンスターの討伐依頼を受けるてやるから、その時まで我慢しろ」
「むぅ~今度こそ最後の約束ですよ。もし今度の約束を破るんでしたら……ムフフ」
艶やか視線を彼女は守孝に送る。その仕草は獲物を狙う猫科の肉食獣の様。今度の約束を破ろうものなら色々な意味で彼は襲われる事になるだろう。
「ぜ、善処する……さ、さてじゃあ次はソフィアだな初めての感想はどうだ?」
今回の本命であるソフィアに会話は移る。彼女が今何を思い何を感じているのかそれが重要だ。
「そうだね……あの時は何とも思わなかった。ただ標的に向かって弾丸を放つ、それだけを考えてそれだけをしていた。本当に何とも思わなかったんだ……」
ソフィアはそこで一度言葉を止める。見ると肩が小刻みに震えていた。
コンバットハイと言う言葉がある。これはアドレナリンなど様々な神経伝達物質が脳内に分泌され、興奮状態になって我を忘れる状態を指す。彼女はコンバットハイの軽度に掛かったんだろう。
新兵にはよく見られる。初めての戦場で興奮状態になって訳も分からず銃を撃ち続けたり、いきなり遮蔽物から飛び出したり……大抵直ぐに死ぬ。
「でも……でも今は怖いんだ。怖くて怖くて堪らない。私は人を殺したんだ。僕が放った弾丸で人が死んだんだ。今もその光景が脳裏に鮮明に現れる僕が殺した野盗達の顔が……!」
彼女は大粒の涙を流しながら守孝に抱き付いた。無理もない。彼女は彼と同じ地球から異世界に来た者ではあるが、まだ10代の子供だ。人を殺すと言う行為の衝撃は大きい。
興奮状態から戻ると途端に自らがやった所業がどっと体と心にのし掛かる。軽度ならまた元に戻ることも出来よう。だが重度になると手の付けようがない。そのまま脱け殻のようになった一生を過ごすか、殺すと言う快楽に嵌まり快楽殺人者に堕ちる。
彼女は軽度だまだ戻ってこれる。
「ソフィア落ち着け、先ずは深呼吸しろ。お前は俺の命令を忠実に実行した。それだけだ」
彼はしっかりとソフィアを抱き締め、優しげな口調で語りかけた。
「うぅ……怖いよぉ……」
彼は頭を撫でる。ゆっくりと優しく髪を鋤くように。彼女の抱き付く力が段々と強くなる。
「だから言ったじゃないかお前が進もうとしている道は楽じゃないと」
「でも……でもぉ……僕はあんな所に居たくないだよぉ……」
ならと彼は彼女を抱き締めるのを止め彼女の顔と相対する。
「なら泣くのはよせ。乗り越えろその気持ちを胸に抱いておけば大丈夫だ」
「それは人殺しに慣れろってこと……?」
彼女の問いに彼は首を振る。殺人に慣れたら、もう人では無い。
「違うぞ殺しに慣れては駄目だ」
それは殺人鬼と呼ばれる存在だ。若しくは殺しが快楽に変わり快楽の為にそうなった者の末路は大体決まっている。
「殺したと言う事実を受け止め、それを背負って生きるしかない」
「師匠も……背負ってるの?」
彼は頷いた。背負わなければならない者、背負ってしまった者、背負わされた者、色々だ。
「背負うのが億劫になるぐらいな。だが降ろす気は無い」
彼等を降ろす訳にもいかない。それは義務に反するのだ殺した者の義務に。
「だったら……僕も背負うよ。頑張ってみる」
「そうかなら頑張れ。俺はソフィアのモノを背負う事はできないが、お前自身の手助けはしてやるからな」
彼はもう一度乱暴に彼女の頭を撫でる。彼女は素直に目を細めた。
「今日はもう休め。また明日からビシバシ鍛えてやるよ」
その言葉に安心したのかソフィアは大きな口を明け欠伸をする。やっと戦場から戻ってきた様な感じがし、精神が弛緩したのだ。
「分かった。おやすみなさい……師匠。消えないよね?」
「安心しろお前が寝るまで側にいてやるよ」
そうしてソフィアが眠りにつくまで守孝はずっと手を握ってやるのだった。
「……で、なんでマスターは床でシーツと毛布だけで寝ようとしてるんですか?」
「なんでって片方のベットはイン、お前が使うからだろ。もう一つはソフィアが使ってるし」
「……私と添い寝でも良いんですよ?」
「時と場合を考えろ」




