六十九話
お待たせしました。
今回は戦闘(一応)となっております
哀れな男に慈悲なる一発を送り届けた守孝は銃を下ろした。少し距離があり当たるかどうか不安があったが上手く全弾当たってくれた。錆も段々と落ちているらしい。
「見張りを排除。流石ですマスター」
見張りがいるのは予想済みではあり、それ故に直ぐに対処が可能であった。だが見張りが一人しかいないのは些か拍子抜けではあるが。
「イン、今のしか本当に見張りはいないんだな」
彼はインの称賛の言葉を華麗にスルーし今一度周辺の確認をする。どんな時でも落ち着きを忘れてはならない。慎重さを忘れてはならない。それを怠った者から死ぬ。
「ええ、周囲200mに人間が居るのは我々と彼処の小屋だけです」
彼女の内蔵センサーに狂いは無い。つまりは見張りは一人で他の全員はあの小屋にいると言うことになる。
フムと彼は考える様に顎に手を当てる。今回は野戦とないし森林での散発的な遭遇戦になると踏んで居たのだが、予想とは裏腹に敵は拠点の中に引き篭もっている。
然りとて敵の野盗共は籠城している様でもないようだ。外への関心の無さがそれを物語っている。サプッレサーが着いているとは言え小さくない音が鳴り、更には見張りが死んだのなら直ぐに気付いて何かしらの行動を起こす筈だ。
つまりは……
「……敵は僕達に気付いていない?」
その言葉の主を見定めるかのように彼は様に後ろを見る。その先には首をコテンと傾げるソフィアが居た。
「その通りだ。良く分かってるじゃないか」
「これでも貧民窟や色々な所で盗みとかスリとかやってたからね。状況を読めない訳ではないよ」
そう言うと自慢げにフンッと胸を張るソフィア。張るほどの胸は無いが。そして自慢出来る内容でもない。
ましてや敵が小屋で手ぐすを引いて待ってる可能性もあるのだ。
「敵は宴会でもやってるんですかね?」
そう言うインは最もらしく頷きながら小屋の方を見る。馬鹿かと彼女に言えないのが現状である。ましてや真実かも知れない。
「はぁ……色々と考えるのも面倒だ。作戦は単純明快が良い」
彼はそう言うと小屋に向かって前進を始める。何事も複雑に考え始めると答えは霧の中に、思考は深く潜ってしまう。だから彼は単純に考える事にした。
どっちにしろ敵は小屋の中にしか居ないのだ。だったら相手から此方の方に出てきて貰おう。彼等は小屋まで50メートルの位置まで近付くとそこで停止した。
「この位置で射撃する身を隠せ」
そう言うと彼はそそくさと近くの低木の下に潜り込み、それに倣うように二人も木々の隙間や茂みに身を隠す。どちらも声が聞こえる位置だ
50メートルと言う距離はハンドガンなら未だしもアサルトライフルにとっては必中距離。だからと言って身を隠さない訳にもいかないのだ。奇襲の前に見つかる見つかっては元も子も無い。
「俺が扉を壊して中の奴等を外に追い落とす。出てきたら射撃開始だ。ソフィア兎に角今回は引き金を引くだけで良い。葛藤なんて楽しみは終わった後にしろ」
ソフィアが此方に了解と一度だけ茂みから手を出し直ぐに引っ込める。その手が震えていたのは恐らく誤認では無いだろう。対するインは木々の隙間から顔を出し頷く。
さて、始めるとしよう密かに素早く徹底的に。
HK416を脇に置き新たな火器を取り出す。それは六連の回転式チャンバーが特徴の連射式グレネードランチャー[ダネルMGL]であった。
グレネードランチャーを簡単に言えば小型の対人榴弾等を発射する火器である。ダネルMGLは南アフリカ共和国のアームスコー社が開発しアメリカ軍をはじめ多くの軍及び警察で使われている。
この火器一番の特徴は連射力と言えよう。個人で運用する大抵のグレネードランチャーは単発式で、撃ったら一々新しいグレネード弾を込めなければならない。しかしこのダネルMGLは回転式の弾倉を持ち一気に六発装填できる。敵に対して一気に火力を投射出来るのだ。
守孝は蓮根の様な回転式弾倉を開きグレネード弾を装弾していく。最初の三発は高性能炸薬弾(HE)と、後の二発は催涙弾(CS)を装弾し最後の一発は更にHEを込める。こういった複数の弾種を一気に使用できるのも強みの一つと言える。
彼はダネルMGLの上部にマウントされた小型円筒型の光学サイトを覗き扉へ狙いを定める。
さあ戦闘とは到底呼べる代物じゃないものの始まりだ。
ポンッと気の抜けた音が一度鳴ったと思うと次の瞬間小屋の扉は炸裂音と共に砕け散った。続けて更に二発、今度は小屋を飛び越える様に着弾し、小屋を隔てても分かる程土煙が舞った。
そこで彼は一度ダネルMGLからHK416に持ち変え相手の出方を伺う。このまま出てくれればそのまま射撃を開始し……もし出てこなければ燻り出すだけ。
耳を澄ませば小屋の中から声にならない悲鳴が聞こえてきた。小屋の扉を破壊した時に、木片とグレネード弾の破片や爆風によって傷を負った者が居るようだ。しかし彼等は小屋から出ようとしない。
出たら死ぬと分かっているのか、ただ単に決めあぐねているのか、はたまた何か作戦があるのか判別のしようがない。
だったらと彼は催涙弾を小屋の中へ撃ち込む。
催涙弾は催涙剤を詰め込んだ弾丸で、何かに着弾すると非致死性の催涙ガスを撒き散らす。
催涙ガスは皮膚や粘膜に付着した場合、不快な刺激や痛みを与え、咳・クシャミ・落涙・嘔吐などの症状を発現させる。効果時間は数分から数十分とされ即効性が高く後遺症は無い。
相手に後遺症無く無力化出来る軍にしては、なんとも有り難い化学兵器なのだがジュネーブ条約及び化学兵器禁止条約によって戦争における戦闘行為に使用するのを禁止されている。
だが警察等の司法執行機関が国内での暴動の鎮圧を含む法の執行のための使用は、条約によって認められている。
今回は一応この王国の治安維持の為に敵を(永遠に)鎮圧するため使用する。まあ言ってしまえばこの世界にはジュネーブ条約もバーグ陸戦条約も化学兵器禁止条約も無いから好きに使っても良いのだからセーフ(強弁)
さて放物線を描いた二発の催涙弾は見事に破壊された扉を通り小屋の中へと入って行く。するとモクモクと白い煙が立ち込める。
中は酷いことに成っていることだろう。彼自身も催涙ガスは何回か訓練で体験したことがある。テントの中に入りそこに催涙ガスを充満させる。その恐ろしさを身を持って体験しガスマスクのありがたさを知ろうと言う訓練だ。
体験したたんびに涙は出るは鼻水は止まらないはで大惨事であった。こんなことをやらせる上官に殺意を覚え、そして二度とやりたくないと思ったのである。
「さてそろそろ出てくる奴がいると思うのだが……お、出てきたな」
催涙ガス立ち込める小屋の中から顔を押えた髭面の男が出てくるのが見えた。身体中に走る耐え難い痛みや痒みを堪えながら何とか這い出して来たのだろう。
だがそんな男は腹と胸を撃たれて死んだ。撃ったのはソフィアだった。
それを気に小屋から野盗共が次々と飛び出してきた。それからはまるで濁流の堰を切ったかの様である。
それはもう戦闘とは呼べなかった。
未だ若い男は足を撃ち抜かれて膝を着いた所を頭を撃たれて死んだ。中年の男は腕を吹っ飛ばされて、驚愕の顔と共に腹をぶち抜かれてその内容物との中絶命した。
カンッとサプレッサーに因って音が減じられた甲高い銃声が鳴る度に一人二人と人が死ぬ。こんなのはもう虐殺とも呼べない。的当てと同レベルの代物だ。
一方的な攻撃、それは人間誰しも持つ加虐性の現れと言えるのだが、硝煙に血と糞尿が入り交じった臭いが周囲に立ち込める中、茂みから射撃しているソフィアの心中は全く別であった。
その心はまるで凪ぎの海の様な心境であった。ただ機械の様にに引き金を引き、ホロサイトの先で標的が崩れ落ちるのを見る。
恐ろしい程の冷静さにソフィア自身も驚きを隠せない。だがその驚きも直ぐに意識の根底へと落ちて行く。どこまでも……どこまでも射撃をして、射撃をして、射撃をして……
「……射撃止め!射撃止め!ソフィア!射撃を止めろ!」
低木から飛び出して守孝は茂みにいる彼女の肩を叩く。数回やっても反応しない。それ故に彼は彼女の銃を取り上げ頬を叩いた。
「えっ……あっ……」
頬を叩かれ呆然としていたが時が経つにつれ目に意識が宿る。
「落ちついたか?お前は休憩していろイン!ソフィアを見ていろ。俺は後始末をする!」
彼はそう言うとソフィアをインに預け小屋の方へと向かう。未だ息の有る者に最後の一発を与えてやらなければならないからだ。
「了解ですマスター!ソフィアちゃん……此方で休憩しときましょう」
インは無理やりソフィアを立ち上がらせると小屋とは反対へと向かう。この臭いが立ち込める場所から逃す必要がある。
彼女に引っ張れながらソフィアは一人心地に思う。人を殺してしまったと。だがそこまでの衝撃は無い。唯心の底にへばりつくヘドロの様な何かがずっと心の中を停滞している。
(しかしあの時の私は何だったのだろうか……?)
射撃している時のまるで心と体が離別しているような感覚がまだ硝煙の匂いと共に体を包む。
小屋の方から甲高い銃声が耳に届いた。




