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六十八話



 王都から四日ほど進んだ所にある峠、その峠道から外れた森の中に打ち捨てられた小屋があった。


 恐らく昔は峠を越える旅人達や冒険に向かう又は帰ってきた冒険者達、町から町へ商品を運ぶ行商や新たな商品を買い込み王都に帰還する商隊が寝泊まりに使っていた物であろう。小屋と言っても2~30人は泊まれる程の大きさだった。


 だがしかし長年使用する者が居なかった為かその姿は廃屋と言っても過言でもない。もっともこの荒廃様は長年使用されていなかった以外にもあるが……




 押し付けられた仕事はまたもや周辺の見張りだった。今頃お頭達は、昼間っから旨い酒や久方食ってない肉を頬張りながら宴会中だと思うと自分もそこでご相伴に預かりたいと思うのも無理はないだろう。

 

 だがそんなことをしようものなら、お頭や他の団員にボコボコに教育的指導されてしまうだろう。そんなのは真っ平御免だと男は首を竦める。


 そんなことされる為に此処に居るわけじゃない。そんなのは二度と御免被る。彼は元は貧農の三男で、今は峠に屯する野盗の下っ端であった。


 この世界で良くある話であった。貧農が食い詰めてそれまで奴隷の様な扱いをしていた三男四男を、『今まで済まなかったこれからは自由に生きるんだぞ』と優しげな言葉で外に出す。


 勿論金などは殆ど持たせない。何故ならそんな余裕は自らの子供を追い出す親達もないのだった。


 それで追い出された食い詰めの貧農達がどうなるかと言うと、一つは何処かの町で商人の丁稚になる。これはまだましな方で己の才覚次第で店を持てる可能性がある。


  もう一つは冒険者になるだ。これも日々モンスター共と戦いを繰り広げ、死ぬ可能性は高いが、上手く行けば一生かけても使いきれない大金を手に入れる可能性もあるし、腕を見込まれれば貴族に雇われる事だってある。


 そこまで行くまでに大半は死ぬか小市民として生を終える。それでもまだあの地獄の様な日々と比べると天国の様であると言えよう。


 さて追い出された者達が行き往く先はあと二つある。一つはそこら辺でモンスターに食われて野垂れ死ぬ。これはまぁこの世界てまは良くあり、安全な城壁や塀で囲まれてない野外を歩く者達にとっては日常茶飯事であると言えよう。


 それで後一つはこの男の様に野盗に身を落とすのだ。手っ取り早い話。他人から奪った方が楽だと思う人間は程々存在するのだ。


 昼食だと言われ持たされた少しばかり切れ端に近い肉が入ったオートミールと、木の実を切り株に座りながら男はがっつくいた。


 こんな切れ端でも肉は肉だと男は喜んで食った。こんなにちゃんと燕麦が入ったオートミールを食べるのは野盗になってからだった。家に居たときは……水の様な、いや殆ど水で薄められた物しか出されなかった。


 ゲフッと意地汚いげっぷを漏らし彼は昼食を食べ終えると、慕ってる兄貴が酒を持ってきてくれた。お頭達には秘密だぞと渡され、コップ一杯程度だったが大いに兄貴に感謝した。


 強い酒だ。透明な液体を一口飲むと喉が焼けるような感覚に襲われ、その後に豊潤な香りが鼻孔を突き抜ける。男は飲み慣れない酒を飲み案の定酔いが回り始める。


 元々は野盗になりたくて為った訳ではない。王都にでも行って冒険者か何処ぞやの丁稚にでもなろうと思っていた。


 しかし満足な食事を取れなかった為に空腹で倒れた。そこをこの野盗団に拾われたのだ。この野盗団の団員は男と同じ様な境遇の者が大半を占めている。


 だからこそ仲間同士の結束力は高い。誰もが元の生活には戻りたくない。今まで奪われる立場から奪う立場になる悦びはそれはそれは素晴らしいモノだろう。


 それでも男は酔いが回り始めた頭で考える。こんな生活で良いのだろうかと。

 

 こんな森深くに隠れ住む様に暮らすより大手を振って陽の下で全うな暮らしをした方が良い決まっている。しかしもうそんな生活には戻れないだろう。


 一度悪道に堕ちた者が者が全うな生活に戻れる訳がない。それに……


 既に彼等の運命は指し示められているのだから。


 ん?なんだろうか?元貧農の三男、現野盗団の下っ端の男は酔いで少しぼやけた視界の中に妙なモノを捉えた。


 それは森の遠くの方で動く三つの影であった。野生のモンスターではなく、間違いなく人であった。


 自分達の仲間だろうか? 先ず男が思い付いたのはそれだった。人里離れた森の中を歩く者達など仲間位しか居ない。


 しかしその自らが出した仮説を自ら否定する様に首を振る。


 今は宴会中だ。たしか外で見張りをしているのは俺ぐらいだったはず。そこから導きだされる答えは……男は酔いが急激に醒める感覚に襲われる。血の気が引くと言っても良いだろう。


 間違いない……敵だ!最近ここら辺を荒らし回ってる俺達を殺しに来たんだ!


 男は直ぐ様仲間に報せようと笛を口に含んだ。緊急時に直ぐには大声を出そうにも出せない時があると、頭目が見張りに持たせている。頭目は彼等とは違い何処ぞやの兵士崩れだった。


 笛を鳴らそうと大きく息を吸い込もうとして……膝から崩れ落ちた。


 何が起こったか意味が分からない。動悸が酷い上手く息が吸えない。俺の体に何が起きた?


 男は顔を体に向けると……左胸に穴が空いていた。そこから血が流れ服を朱に染めている。そこでやっと脳は痛みと言う信号を身体中に流し始める。


 声が出ない痛みと言うのは初めてだった。肺の中の空気か全て身体の外に出たようで、悲鳴を上げようにも枯れた声の様な何かが口なら漏れるだけ。


 だがその痛みも一瞬の事だった。膝立ちの状態だった男の額に二つ穴が空いた。男はビクンッと体を痙攣させると頭の内容物を半分程を後方に撒き散らしながら、仰け反る様に倒れる。


 この憐れな野盗の下っ端の意識は二度と目覚める事無い暗闇へと落ちていった。


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