六十五話
それからあっという間に一週間は過ぎていった。贔屓目に見ても彼女は頑張っていた、馴れない外での野宿に厳しい訓練。 彼女はそれに耐えきる事ができたのだ。
毎日、飽きるほど銃を撃たせた。全ては銃基本の生活で何をしても先ずは射撃。
勿論その他にも周辺警戒、罠作成及び看破、塹壕掘らせたり土嚢積み上げさせたりしたが、その後は必ず射撃をさせる。
要はこれは全てに言える事柄だが、銃の射撃と言うの物は数をこなさなければならない。何回も撃って銃と言う存在を体に染み込ませる。
彼女に撃たせた弾丸の量は日に優に二百発を越え、一週間で二千発は撃たせた。
一回だけやって百発百中なんて事はやれる筈はない。そもそも百発百中は有り得ない。だが何回も何回も撃ち続ける事によってそれに近付ける。
そう言う点に於いては彼女はそこらの新兵などよりも射撃の腕は上と言えよう。
軍隊と言うのは先ず集団行動、規律を重視し。新兵達は、訓練教官である下士官に厳しく指導される。軍隊には個人のパーソナリティーは必要としない。必要なのは一子乱れぬ集団意識と絶対的な上意下達だ。
つまりは射撃や格闘と言った戦闘行動は二の次で、先ずは規則を覚えさせるのが軍隊である。
一方彼等は軍隊ではない傭兵だ。それ故に集団行動や規則を彼女に教える必要がない。勿論心構えは必要だが……。
彼等は王都に帰るためにハンヴィーに乗っていた。歩きでは約半日掛かった行き路も、軍用車両で帰路を進めばたったの数時間で到着する。
「最初から車を使えば良かったじゃん……」
ソフィアはハンヴィーのキャビン上部から顔を出し、空を見ながらぼやいていた。
それも無理もない。己の半日の苦労を何の無理、苦労無く数時間に縮められたのだ。己の努力を否定されたに等しい。
「最初から楽な方に慣れてどうするんだ。苦労に慣れとけ、そしたらどんな状況にも対処できる様になる」
何処ぞの経済的動物の様に彼は『苦労は買ってでもしろ』なんてバカらしい事は言わない。誰しも苦労はしたくない。楽な道を選んで然るべきだ。
だが毎回楽な道を選べる訳ではない。必ず危機的状況に陥る場面は必ず現れる。その時の為に自分が何が出来るのかどうすれば良いのか知ってる必要がある。
それが経験だ。経験こそどんな状況でも生き抜く術を身に付けられる事ができる。彼はそれを身を以て傭兵時代に実感した。
あの時ああしていれば良かった……!こうしていれば良かった……!もっと精度を上げていれば……!もっと鍛えていれば……!
そんな経験ばかりだ。後悔と己の力量不足を悔いる日々。だからこそそんな後悔をしない為に、今のうちに辛い経験をさせるのだ。
辛い努力が次の行動で全て水泡に帰すのは当たり前。そもそも努力なんて辛いものばかりで成長を実感するのは、だいぶ後。
それでもやらなきゃ惨めたらしく死ぬだけ。なんともくそったれで無慈悲な仕事だろうと、守孝は反吐が出そうだと己の事ながら思ったのだった。
「取り敢えずは王都に戻るますけど良いですよね?」
ドライバー席でハンドルを握るインの言葉に彼は頷く。因みに彼は助手席に座っている。
「次に何やるにしても先ずは休息だ。二、三日休息を取ったらまた何かするか」
「休息!?」
その休息と言う言葉にソフィアは素早く反応をしめす。ここ数週間休みが無かった、久しぶりにのんびりと体を休める事は嬉しい事だ。
「やったー!やっと休める!僕の体はクタクタだよぉ……」
彼女はキャビン上部から後部座席に降りそこで寝転がる。
「おい危ないぞ」
守孝は彼女を注意をするが聞く耳を持たない。
「あ、おいイン停めろ!」
彼は何かに気付き車を停めさせた。車が停まるとき車内の物には慣性が働くのは勿論知っているだろう。対象物が停止しても中身は動き続ける。
「ムキュっ!?……は、鼻が……」
だからこそ車ではシートベルトして体を固定するのだが後ろで寝転んでいたソフィアは慣性によって前方の座席にぶつかり、可愛らしい悲鳴を上げた。
「だから危ないって言ったろ」
彼は後ろを向きソフィアの頭を撫でる。
「いたた……それでどうしたの?」
彼女がそう言うので彼は前を指差し双眼鏡を手渡す。これで見てみろと言うことなのでキャビン上部に登り双眼鏡を覗く。
「あれは、騎馬?」
彼女が見つめる先、前方で土煙が朦々と立ち上り、その土煙の中から馬に乗る人影が見えた。
「騎馬以外に何か見えるか?」
いつの間にか隣に立っていた守孝が新たな双眼鏡を覗きながら聞く。そう言う訳で改めて双眼鏡を覗き込む。
「イン。ハンヴィーを道路から外してくれ」
「分かりました。何か見えたんですか?」
彼は天井を叩き指示を出し、ハンヴィーを道から外し草原に停車させる。
「数が多い騎馬隊だな。後ろに馬車も見える……あれは紋章か?」
数にして百騎を越える騎馬が蹄鉄を踏み鳴らし、その間を守られる様に馬車が走る。
「紋章?あ、本当だ。じゃああの馬車は何処かの貴族のだね。商人とかだったらあんなに騎馬部隊いないもん」
ソフィアの考えは概ね正しいと彼は思った。見れば馬の状態は良さそうで装備の質も統一に整っている。統制がとれている証拠だ。
ともすれば彼等が何処ぞの商人に雇われた冒険者達ではなく何処かに所属する軍隊と言うことだ。あんなにも整然と進むのはある程度の練度が必要である。
と言うことはあの騎馬の集団と馬車は何処ぞの貴族の馬列であるのだ。
「どうしますかマスター。まさかあの集団に突っ込めなんて言いませんよね?」
「馬鹿言えそんなことしたら無礼討ちで死骸を野晒しにされるか、縄くくりつけられて引き摺られるのかの二択だな。インはどっちがいい?」
思い出すのは昔見た時代劇で大名行列を遮った者を斬り捨てたシーンであった。まさか自分が江戸時代の住人の様な事になるとは思わなかった。
(江戸時代じゃくてここ異世界だ……)
そもそもがこの世界が異世界であることを思い出し、順当にこの世界に染まりつつある事に自嘲の笑みを浮かべる。
「守孝様のお好きの様に……私は守孝様の障害をM61で撃ち破るだけですから」
「ハッハッハッ、インも冗談が上手いな……M61!?」
聞き捨てならぬ、と言うかそもそも人間が扱える代物ではない物の名前が聞こえてきた。まさかと聞き返すと彼女は自信満々に笑う。
「はい遂にM61バルカンが解禁されました!早速お見せしましょうか!?いえ是非使わせて下さい!いや是非使いましょう!」
彼女は何処からか六銃身で大人の背丈並に大きな銃とは到底言えない物を取り出した。
弾薬はこれまた弾丸の親玉みたいな全長17cmの20×102mm弾がベルト給弾でジャラジャラと彼女の周りに漂う。
「よーし馬列が通り過ぎるまで休憩だ。お前、あれを絶対に出すなよ。銃の概念を知らなくてもそんなものを持ってる少女なんていたら絶対に怪しまれるぞ……」
はーいと彼女は渋々ながら従った。なんで態々危険な方に行くのかと彼の気苦労は絶えない。
因みに前も言った様な気がするがM61は航空機や艦船に搭載される20mmバルカン砲である。本来の使い方は対空、対小型船に使われる物。
少女の見た目をしたモノがたった一人でぶん回す物では決してないのだ。因みに重力は248lb (112kg)ある。
「30~40分待つだけだ。のんびりしとけば問題無しさ」
彼の言う通り貴族の馬列は何も問題もなく彼等の前を通過していき。馬列が離れていくのを確認すると、彼等もまたその場を離れたのだった。
「あやつらが例の者達か。成る程……」
馬列の中央、紋章の描かれた馬車の中、ある男がポツリと言った。
「はい閣下。確かにあの者達です。ですが私にはあの者達に力など感じませんでした」
主人の独白を聞き、馬に跨がる騎士が馬車へと近付いた。その顔はフルフェイスの兜によって阻害されよく見えない。
「確かにあの少女はそうかも知れんが……あの男は中々やると思うぞ、此方をずっと警戒しておった。そしてメイド服の女、あ奴はなんとワシと目が合いおったぞ」
その言葉にまさかと騎士は言った。
「そんなことは有り得ません。あの者達の前を通る時、布で窓枠を隠しておいたでは有りませんか」
「布をほんの少し捲って外を見た瞬間にな……ほんの数秒ではあったが絶対に目が合いおった間違いないぞ」
男は満足そうに馬車の椅子にどっかりと座り直す。その所作は一見乱雑そうに見えるが、その動きに無駄はない。
「それでどういたしますか。捕まろと言うのならば王都の騎士団に情報を渡しますし……殺れと言うのならば万難を排して実行いたしますが……?」
「まだ情報が少ない。もっと情報を得てからでも遅くはない。それに我々は彼等を排するのが目的ではないぞ。未々時間はある、もう少し気長に待とうぞ」
その言葉を聞き騎士は馬上で礼をする。そして一言だけ行った。
「了解しました伯爵閣下」




