六十四話
次の日、守孝とソフィアは軽い運動、腕立て伏せと言った筋トレや走り込み等の朝の運動を一通りしていた。彼女は不平を漏らしたが鍛えに来たのにやらない訳がない。
その間インは朝食の準備兼周囲の見張りをしている。此処は危険なモンスターが溢れる草原だ。
聞いた話では王都周辺は王都に駐屯する騎士団とやらがモンスターを間引いているから数が少ないらしい。それ故か昨日は一度も遭遇することはなかった。
だがここは王都から半日程離れてる。未々その数は少ないだろうが警戒しておくことに越したことはない。
幸駅にもモンスターが現れる事はなく彼等が一通りの朝の運動を終え丘の上に戻ってくると、丁度彼女が朝食を作り終えていた。
内容は干し肉と野菜に豆のスープに長持ちさせるために焼き固めたパン、それと林檎の様な果実が一つ。野宿の朝食としては中々のものだ。
この世界で、この人数での野宿の食事は焼き固めたパンがあれば十分で干し肉があれば豪華な方だ。勿論。もっと多くの人数で動く時は彼等ぐらいの食事内容になるが。
「さて、実銃訓練をやるとするか」
朝食を食べ終え後片付けが終わった後、ソフィアはAKMの動作確認をやれと守孝から言われ、彼の隣で見様見真似で確認していた。
すると彼は前ぶりもなく、動作確認が前ぶりだったかも知れないが……唐突に言った。
(遂に来た……!)
彼に弟子入りしてから二週間以上。これが初めての実銃訓練。怖くないと言ったら嘘になる、だがそれ以上に始めて銃を撃つと言う興奮が勝っていた。
AKMを肩にかけ彼は丘を降りる。それに彼女はついて行くと、インが待っていた。
「準備完了してますよ」
そう言う彼女の後ろには土嚢の壁の前に等身大の藁人形と四角い木の枠に丸い円が幾つも書かれた的が置いてある。
「ありがとうイン。さてソフィアこれから実射訓練を行う」
彼はAKMにマガジンを装着する。
「最初は軽く正しい射撃体勢とかからやろうと思ったが、百間は一見にしかずだ。兎に角撃ってみるぞ」
セーフティを解除しセレクターを連射にし、コッキングレバーを引いて初弾を薬室に込めた。
「先ずは俺が手本を見せるから良く見とけよ」
「分かっ……たひゃ!?」
彼女が頷くと同時に彼はAKMの引き金を引く。いきなりの爆音に彼女は耳を塞ぐが目だけは確りと彼を捉えていた。
目にも止まらない速さで藁人形の頭に二発と胸に二発計四発撃つと、素早くスイッチング……構えている銃を反対側の手に構え直すとまた頭と胸に射撃を加える。
射撃を終えると彼はAKMにセーフティをかけた。一連の動作、一つ一つが目にも止まらない程速いが、確実で堅実に長年の経験から故の動作。まるで磨き上げられたナイフの様な鋭さだ。
「す、凄い……」
今の己には到底出来ない芸当。その無駄の無い動きには美しささえ感じた。
「さあやってみろ」
「いや無理でしょ」
彼は事も無げに言うが一連の動作、秒数で言えば十秒も掛かっていない。しかも彼が放った弾丸は全て命中しているだ、並大抵では出来る芸当ではない。
「勿論今のをやってみろとは言わん。まあ一つの目指すべき通過点とでも思ってくれれば良い。先ずは基本から、銃を構えて的を撃ってみる事から始める」
彼はそう言うと四角い木枠の的を指し示す。
「先ずはマガジンを装着しろ。絶対に俺が良いと言うまで引き金に触れるなよ。人さし指は伸ばしておくか、他と一緒にグリップを握っとけ」
言われるがままに彼女はAKMのマガジンを装着しようとするが、中々上手く入らない。
「最初に前から入れて後に後ろを入れろ」
彼に指示に従い何とかマガジンを装着させた。
「次にセレクターを二つ下げろ。一つ目が連射、二つ目が単射だ。今回は単射で訓練する」
「か、固い……」
セレクターを下げようするが思ったよりも固く結構力がいる。彼女が何とかセレクターを単射に入れると彼は最後の指示をだす。
「最後にコッキングレバーを引いて初弾を込めろ。その後は自分の判断で、俺が射撃を止めと言うまで撃て」
その指示に彼女は少し驚いた。最後の最後は自分で決めろと言うのだ。新兵には酷な話と思うだろうが、彼はそうは思わない。
銃を撃つのは己の意思だ。撃つのは他人でも友人でも敵でも味方でもない己自身。人生始めての射撃だとしてもそこは変わらない。
彼女はコッキングレバーを引いて初弾を装填した。重くはあったが引けない程ではなかった。
後は引き金を引くだけなのだが、緊張かはたまた恐怖なのか、引き金を引く人さし指が重い。
「……それは唯の道具だ何も気負う事はない。引き金を引くだけ、それだけだ」
ソフィアの心中を読み取ったのか守孝は優しく語りかける。
彼女は一つ大きな深呼吸をした。改めて標的に初弾を照準を合わせる。今度は撃てる様な気がした。
グッと引き金を引き絞る、そして乾いた銃声が響いた。
そこからはまるで心の箍が外れた様に撃ち始めた。何回も銃口からマズルフラッシュが瞬き、硝煙が空へと消えて行く。
彼女の心にはこの時考えている事は、引き金を引いて的に当てるそれだけ。過去の事も嫌な事も何も考えてない。
「射撃止め!」
彼の号令にハッと我に返り、引き金から人さし指を離し、セレクターをセーフティに戻す。
「……まあまあだな」
彼は的に近付き弾痕を確認する。彼女が放った弾丸の半分は枠外であったが、残りの半分は枠内に収まっている。更に数発は円のターゲット内に収まっていた。
始めての射撃では上出来と言えよう。
「これ……中々衝撃が強いね。最も衝撃が弱いのは無いの?」
彼女はそう言うと手元のAKMを見る。
「それはアサルトライフルの中じゃ射手に来る衝撃が強い方だ」
AkMの使用している7.62×39mm弾は高い破壊力がある一方、射手に伝わる反動も大きい。
「だが最初から簡単な物に馴れてどうする。それにそれはより衝撃が強い弾種はまだまだあるぞ」
7.62×51mmNATO弾や7.62×54mmRなど汎用機関銃や狙撃銃、自動小銃に使用される弾丸は更に反動が高い。
また12.7×99mmNATO弾や14.5×114mm弾など対装甲用、航空機用が存在するが個人で運用するのは稀であるためここでは割愛しておく。
「とりあえず射撃訓練は終了だな。まだ訓練は始まったばかりだ。気を抜かずに次の訓練を行くぞ」
そう言うと彼は丘を登り始め、それにインも続く。
「あ、待ってよー」
彼女も共に丘を登っていく硝煙の匂いを纏いながら。




