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六十三話



 一時間の休憩を終えるとまた大量の荷物を担ぎながら彼等は草原の中を一筋に伸びる道を歩き始めた。


「そうえばインは何処に居るの?何時もだったらモリタカと一緒にいるはずでしょ?」


 バックの重さに慣れたのか行軍中に彼女は喋れる位になっていた。実際は彼が歩くスピードを緩めただけなのだが。


「インは後で合流することになっている。アイツには買い出しを頼んだ」


 成る程と彼女は思うがここで彼女更にもうひとつ疑問が浮上する。


「インって一体何者なの?モリタカみたいに銃を取り出したり出来るし、彼女もモリタカと同じ異世界人?」


 自動人形……と口から出掛けたが何とか喉に押し込んだ。彼女自身が居ないところで勝手に正体をバラして良いものかと思ったからだ。


「それはイン自身に聞いてくれ……そんなことより、話せる体力があるならもう少しペースを上げても大丈夫だな」


 そう言うと彼はニヤリと笑い歩くスピードをあげ始める。ズンズンと歩幅を広げ瞬く間に彼女との距離を離して行く。


「あ、ちょっと待ってよ~!」


 彼女は特に気にした様子も無くスピードを上げた彼の後を追いかけていく。自分でも下手くそな話題の逸らし方に彼自身内心では苦笑いを浮かべていた。







 さてそこから更に歩いては数時間後、陽も落ち始める頃に彼らの行軍は終わりを迎え、彼等は先程歩いてみた道を外れ小高い丘に立っていた。


「よーし此処で今日は終了だな。ここを今日の拠点にするぞ」


 そう言うと彼はバックパックを下ろして大きく肩を回しあたかも未々余裕と言った表情であるが、呼吸は浅くその肌からは大粒の珠の様な汗が流れている。


(くそっ……訛ってるな)


 昔ならばこのぐらいの荷物だったらもう少し余裕が有ったのだが、やはりブランクがあるのだろうかそんな余裕は無い。


 更に右肩から先の感覚が鈍い。これは俗にザック症と呼ばれる症状で、長時間重い荷物を背負うとショルダーが血液の流れを阻害してしまい、力が入らなくなり痛みも伴う。


 だからといってそれを表に出す訳にもいかない。その理由と言うのが彼の足元で倒れ込んでいる彼女の存在だ。


「ゼェ……ゼェはぁ……はぁはぁ……っ」


 彼女の状態と言うのがまた濡れた犬のように汗が流して舌を出している。まさに疲労困憊で地面に寝転がる小型犬のようでであった。


「よく頑張ったな上出来だ」


 彼は労いの言葉をかけ彼女の額に浮かぶ汗を拭いてやる。その労いの言葉に答えるように彼女は目を細めた。


「あと五分ぐらいしたら立って少し歩け。急に止まるよりゆっくりでも良いから歩くと幾分か楽になる」


 コクリと彼女は一度頷いた。一応であるが彼は彼女の師匠であるのだ。彼女の前でヘタレた態度はとれない。


「後はこれを飲んどけ疲労回復効果がある。俺は少し周りを見てくるから、言ったことをやっとけよ」


 彼は水筒を渡し、AKMを左肩に掛けその場から離れた。


「凄いなぁモリタカは……フゥ……あましょっぱい」


 そう呟きながら彼から渡された水筒に口をつけると、口の中に塩のしょっぱさの中に柑橘系の爽やかな酸味と甘味が広がる。


 これは彼が作ったスポーツドリンクもどきで、水に塩と柑橘類の果汁を混ぜた物だ。


 汗には水分だけではなくミネラルつまりは塩分も含まれている。故に水だけ飲み続けても体の中の適正塩分濃度が変わってしまい更に体調崩してしまう。だから水分と共に塩分もとる必要があるのだ。


 更に柑橘類の果汁を加えているのは、柑橘類に含まれている成分クエン酸なのだが、これには疲労回復の効果を持っている。


 つまりはこう言った長時間の運動後に飲むには適切な飲み物なのだ。


「いてて……足が棒みたいだ」


 彼女は一通り彼に言われたことをやり終え、手足のマッサージをしていると何処からか聞き慣れない、いや遠い昔に聴いた事がある音が聞こえてきた。


「お、来たみたいだな」


 音を聞き付けた守孝も戻ってくる。その音はどんどん近付いてくるのが分かる。音に聞いてくうちに流石の彼女も思い出した。


 これはエンジン音だ。彼女は久しぶりにその音を聴いた懐かしい音。かれこれ十年ぶりだろうか。


 エンジン音はどんどんと近付いてきて姿を表した。四角く角張った砂色の車体に上部には機関銃を載せるためのマウントがある。アメリカ軍が使用しているM1151。通称ハンヴィーである。


「マスターお待たせしました~」


 丘の頂上まで来たハンヴィーは停まり運転席から出てきた。


「いや丁度良い時刻だ。買い出しと頼んどいた物は?」


 彼は後部座席のドアを開くと食料は勿論のこと、四角い木の枠や人形の藁人形が置いてあった。


「あれ……ちょっと食材の量多くない?」


 ひょこと彼の隣から車内を覗くソフィアは明らかに多い食材に首を捻る。明らかに一日や二日分ではない、下手したら一週間は過ごせる量だ。


「ひょっとしてソフィアちゃん、マスターから聞いてないんですか?」


 その一言に彼女は嫌な予感がしてきた。車に積まれた大量の食材。態々王都に続く道から離れた場所陣取る。彼等の言いようまさか……


「まさか……まさかだけどこれから一週間此処で暮らすとかじゃ……ないよね?」


 彼等はなにも言わずにニヤリも笑った。


「い、嫌だああああぁぁ……!」


 彼女の力ない叫びが草原に響き渡った。







 夜の帳が降りる頃。守孝とイン、ソフィアがいる道外れた丘には炎の煌めきがポツンと一つ瞬いていた。


「よく寝てますねソフィアちゃん」


 焚き火を囲う守孝とインの後ろではソフィアが寝息を立てて眠っていた。マットにシュラフと野宿の中ではまあまあ上等な方な寝床である。テントを使っても良かったが今回は雨が降ったとき以外は使わない。


「流石に夜の番をやらせるほど鬼じゃない」


 長時間歩かせてから徹夜で火の番などそれは教導ではなくただの苛めだ。勿論その内ヘルウィークはやるつもりだがそれも今ではない。


 体力も知識もない内にはやれせる内容ではないもう少し訓練を積んでからやる。


 因みにヘルウィークとは自衛隊レンジャー教習や軍特殊部隊などで行われる地獄の様な4~5日間の事でその週は不眠不休で訓練が行われる。例えば山道を数十km行軍せよや教官がヨシと言うまで永遠と丸太を上げ下げさせる。


 彼自身はやったことは内が陸自に居たときやフランスに居たときに経験者から聴いた話では「二度とやりたくない」とだけ、死んだ魚のような目で言われ。


 彼自身も絶対にやらないと固く誓った。まあ実戦で経験したのだが。ともかく一度やらせると彼は思った。例え途中でリタイアしてもそれはそれで経験になるからだ。


「そうえば、マルクスさんの所からこれを貰いましたよ」


 彼女は一枚の折り畳まれた小紙を懐から取り出した。


「例の調査結果の様です」


 その言葉にピクンと彼の片眉毛が上がる。


「とりあえず見せてくれ」


 彼女から渡された小紙を一読し手を顎に当てる。その紙に書いてあった内容はにわかに信じられない内容である。


「……この内容は真実か?」


 その問いに彼女は頷いた。


「マルクスさんも何回も確認してくださった様で、その亡いように間違いありません……彼等は死にました」


 ふうむと顎に当てていた手を目まで上げ目頭を揉む。マルクスとインが嘘を言うはずがないし言うメリットもない。間違いなく真実なのだ。


 ソフィアを犯し辱しめた奴等は城壁下で腹を胸を喉を突かれ十字架に掛けられて晒されていたのは。


 更に城壁には血でこう書かれていた。



『間もなく神の国は舞い降りる』



 その言葉を彼は何処かで聞いたような気がした。ただ神の国など抽象的過ぎて小説だったか漫画だったか、はたまたテレビかそれとも何処かの宗教家の説法か思い出せない。


「どう……しますかマスター?」


「どうするも……俺達はなにもしない。態々復讐する相手を殺した者への復讐なんて馬鹿げている。」


 神の国など吹聴する存在も気にならないわけではではないが、この国は分からないが元々の世界ではカルト宗教など文字道理腐るほどあった。それな対して態々介入する理由はない。


 自ら燃え盛る火の中に飛び込む趣味は彼は持ち合わせてはいなかった。


「俺達には関係ない話になった今回はそれで終わりだ。さてどっちが先に寝る?」


「私は寝なくて大丈夫なので、マスターごゆるりとお眠りください。明け方には起こしますので」


 彼は今回は彼女の言葉に甘える事にした。どうやら疲れが溜まっているようで意識がはっきりしない。寝床につくと直ぐ様眠気が襲ってきて、彼はすぐに意識を手放した。


「おやすみなさい守孝様」


 インは眠る己が主人の頬をひと撫でし、愛する主人の隣でのんびりと空を見上げていたのだった。



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