六十一話
この世界の朝は早い。電気は兎も角としてガス灯すら発明されて無い世界だ。人々の日常生活は日が落ちたら仕事が終わって飲んで寝て、太陽が昇ったら起きて仕事をするというのが、勿論例外は、例えば衛兵や飲み屋などは仕事上夜も仕事をしているが、基本は当たり前となっている。
時間と言う概念が太陽や影でしか認識することが出来ないのだ。人々の生活が太陽によって左右されるのも当たり前の話と言えよう。
王都もそれは例外ではない。太陽が昇り何処からか朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえてくる。城壁に囲まれた王都内からは朝餉の為の白煙が幾筋も昇っていた
まだ王都の道筋には人の姿は疎らだがその職種は、これから仕事場に行こうとするまだ若い職人、夜警が終わりやっと帰路にたつ壮年の衛兵、最後の仕事が終わりやっと帰れる娼婦の女性と様々だ。
そんな者達を尻目に朝の王都を走る男とと少女が二人。
「遅いぞソフィア!」
前を走る男鴉羽守孝はOD色の半袖シャツにACUのコンバットパンツにトレッキングブーツとラフな格好だ。武装もコンバットナイフとグロック19と最小限。
「待って……ハッ……待ってよモリタカ……ハッ……!」
後ろを走る少女ソフィアも同様の格好をしている。と言っても武装は一切無しである。
「足だけで走るな。肩の力を抜け、体全体で走るんだ。そうしないと直ぐにバテるぞ」
そう言う彼は息は切れておらず後ろを走る彼女に指示できるほどだった。
「そうは言ったって……ハッ……ハァ……難しいよ……!」
対する彼女は肩で息をし足も上がっていない。その表情は満足に空気を得られない為に苦痛で歪んでいる。
「踏んばれそれじゃあ戦場で死ぬ事になる。さあ後残り三キロだ。それが終わったら朝食食べて筋トレだからな」
そう言いつつも彼は走るペースを彼女が追い付く程度には落としてあげていた。彼もそこまでは厳しくないのか?
「わ、分かったよ……ハァッハッ…………もう少しがんばる……!」
彼女が追い付くと彼はまたペースを少しだけ上げ始める。今度は彼女が付く事ができるギリギリのスピードで。だが彼女の体力が持つギリギリのスピードである。
……前言撤回彼は鬼教官だ。
守孝がソフィアを弟子入りを認めてから二週間経った。彼女の体はもう少し治るには時間が必要だと思われていたが一週間程で走れるまで回復していた。
流石に回復してからもマルクスの所に置いておくのは彼に申し訳ないと思い彼女を彼等が滞在する宿屋に連れてきたのだった。
最も当のマルクス自身は
「もっと居ても良いんだぞ。何ならモリタカ達含めて部屋貸そうか?」
……と言っていたが流石にそこまでしてもらうのは大人として色々とダメだと思ったらしく丁重に断った。勿論他の理由もある。どちらかと言うと此方の方が本当の理由なのだが……いまはその話は置いておく。
さて話を戻すとして。
彼女を宿屋で泊まらせるとなると彼女の存在が宿屋の店主や従業員にバレると言うこととなる。それは獣人であると言うことが判明する事を意味し、最悪の場合泊めてもらえない可能性があるのだ。
だが、そんな懸念と裏腹に彼女を宿に連れていくと案外すんなりと泊まることが出来た。
最初の方は宿側からゴネられたが、三人分の宿代とプラスで少し渡すと言うと彼等は「管理だけはちゃんとしてくださいよ」と言って素直に引き下がってくれたのだ。
と言うのも獣人は王国法においては獣人は人ではない。彼等はあくまでも動く"物"として扱われる。
なら好きにして良いと思うだろうが、物と言っても生きているし、排泄やその他諸々は宿屋が使った所を掃除する。さらに下手に死なれると宿屋としては問題しかない。
だからこそちゃんとした証明書がある獣人だったら良いが野良の獣人など連れ込まれて欲しくないのだが、ちゃんと獣人の分にプラスで更に払うと言ってるから、問題も起こすないだろうと宿屋側は判断したのだった。
「ねぇ、まだ銃の扱いを教えてくれないの?」
彼等は宿屋に戻りインが用意していたタオルで汗を拭くと朝食を取っていた。そこで彼女はふと疑問に思った事を聞いてみた。彼女は直ぐに銃を持てると思っていたが、今の今まで銃を持たせてもらえなかったのである。
「先ずは地力を鍛えるのが重要だそ」
そう言う彼は事も無げにパンをちぎり口に放り込む。
銃の扱いと言っても、構えて敵にネライヲサダメテ撃つ。と言うだけではない。予備弾倉を含む様々な装備を適切に運用し運ぶ。さらには長距離は徒歩で踏破しそのまま戦闘に参加する。そこまで出来るようにするのが彼はしたいと思っている。
銃なんて物は道具の一つでしかない。それだけ覚えても意味がない。現代軍事はナイトビジョンや爆薬の扱い。更には渡河技術に登坂技術と様々な技術が必要なのだ。
それでも。
「マスター一度銃の撃ち方を教えてはどうでしょうか?刺激があった方が中弛みが無くなると思いますよ」
確かにとインの言ってる事に一理あると彼は思った。毎日走り込みに筋トレと単調な日々が続いてる。
もう一つこれは嬉しい誤算だったのだが、彼女は思っていたよりも筋肉と体力があった。具体的に例を挙げれば高校長距離陸上選手並みだ。勿論走り方や体の動きに無駄が有りすぎて彼等よりも断然遅いのだが、それでもそれ並みに体力がある。
「……良し。ソフィア今日は日程変更だ外に出るぞ。長距離行軍演習と実弾射撃演習だ。本物の銃を撃たせてやる」
ここらで少し刺激を入れてみるのも有りだろう。




