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五十九話



 ソフィアのその言葉だけで部屋の中は何処かすっきりした空気が流れ始めた。


 彼女を囲みながら他愛ない雑談を話す。内容は昨日の出来事であったり守孝とインが灰染熊を討伐した時の話であったり色々だ。


 守孝が戯けた失敗談を話せば皆が笑い、マルクスが手柄話を話せばおぉっ!と歓声が上がる。インが惚気めいた彼の自慢話をすれば苦笑いが漏れ、ヴィムが小難しい話をしたならばマルクスが制止してまた笑いが起きる。そんな時間。


 ソフィアもその中で笑っていた。楽しく屈託の笑顔で。彼はその顔を見て……改めて思った。



 助けたんだな……と。



 そんな和やかな時間は瞬く間に過ぎ去り時刻は昼を過ぎた頃となった。皆の話が一段落し落ち着いた雰囲気となる。


 そんな時、彼女は口を開いた。言いたくないが話さなければならない。それは彼女にとって過ぎ去った過去といまだ暗雲立ち込める未来の話。


「……あのマルクスさん、ヴィム先生。モリタカとインに話さなきゃならない事あるだ。二人だけに話したいんだ申し訳ないけど……」


 彼女はそう言うとチラリと扉の方に視線を向ける。


「ふむ……分かった。俺もそろそろ仕事に戻らないと思っていた所だ席を外させて貰うよ。ヴィム先生はどうするんだ……って聞くまでもないか」


 マルクスがそう言う前に既に鞄を持ち立ち上がっていた。


「俺は今回の資料を纏めたいし帰る。彼女の体は治ったがまだ動ける体じゃないし内蔵も弱ってる。薄めたオートミールかスープを与えろ。多分三日後ぐらいには普通の食事ができる。」


 ヴィムはそう言うとズカズカと部屋から出ていった。


「じゃあ俺も仕事に戻るな。モリタカ、夕食会の件だが四日後にしよう。俺の家族とモリタカ、インにソフィアちゃんも入れて六人でな」


 その言葉に守孝は頷くと彼も部屋から出てく。残されるのは守孝とイン、そしてソフィア。誰一人喋らず部屋の中は沈黙が訪れた。


「それで話ってなんだ嬢ちゃん?」


 最初に口を開いたのは守孝だった。優しく諭すような口調で彼女に話すように促す。


「……先ずはモリタカに聞きたいことがあるんだ。この4つの単語に聞き覚えはない?」


 彼女は一度話すのをやめ一息つくと4つの単語を上げた。


「地球 アメリカ ムスリム 後はそうだねラグマンって食べ物をモリタカは……いやレイヴンは知ってるかな?」


 彼女の口から出てきた言葉に彼は目を見開く。地球は言わずもがな彼が住んでいた惑星の事であり、アメリカは勿論アメリカ合衆国、ムスリムはイスラム教徒のことだ。


 ラグマンは中央アジアで食べられている麺料理である。そんな料理は普通の人は知らない。彼も傭兵をやってるときに始めて知ったぐらいだ。ましてや異世界人が知っている訳がない。


「その言葉を何処で聞いた?お前は何者だ?」


 彼は問いと出すように彼女に詰め寄った。右手は腰に下がるグロック19に据えられている。彼も抜きたくは無いが最悪の場合は……抜かなければならない。


「僕?僕が何者だって?そうだね……守孝も知ってるはずさ。僕は前にモリタカに会ったことがある、地球でね」


 その言葉で複数の可能性があった彼女の正体が彼の中で確信へと変わる。


「嬢ちゃんお前はまさか……」


 グロックから手は離れ彼は彼女を真っ直ぐに見つめる。彼女は真正面から彼を見つけ返す。


「僕は元地球人だ」













「元地球人の転生者で死の間際に俺と会ったことがある……か」


 彼女の言ったことを纏めるとこうだ。



 彼女ことソフィアは元地球人である。場所は中央アジアの某国。彼女はそこで現地人の父と欧州から来た母の元に生まれた。本名はソフィア・ヌル・アブラハム。


 彼女は家族と共にそこですくすくと成長していたのたが、戦禍に巻き込まれ家族全員死んだ。そして気が付くとこの世界に一人立っていた。獣人として


 彼女は死ぬ前に彼に会っている。死ぬ間際とその前彼女が外で遊んでいるときに偶然出会った二度。



 簡単に纏めると彼女は元地球人で戦禍によって死に、気が付くと獣人として生を受けた転生者と言うことだ。


「モリタカは僕の事を覚えてる?」


 その言葉に彼は頷く。


「あの時の嬢ちゃんか、耳やら尻尾やらが生えてたりして分からなかったが……思い出したよ」


 彼は懐かしむ様に答える。


 彼女と会った時、彼はまだ傭兵だった。彼はレイヴンと呼ばれ、外国人部隊の同期達と立ち上げた小さなPMC会社。その時の仕事で出会った少女それがソフィアだった。


 彼女と出会った場所は間もなく戦場となろうとしてた町であった。味方部隊、依頼され共に行動していた正規軍の敗走と共に訪れた町。


 物珍しい多国籍で構成されている傭兵集団。無邪気な子供達の格好の餌食になるのは自明の理。彼女はその中の一人だ。


 そして彼は彼女が死ぬ瞬間にも立ち会った。敵が行った奇襲攻撃によって町は戦禍の渦に飲み込まれる。逃げ惑う民間人の波、泣き叫ぶ声怒号。正に地獄そのもの。


 彼等傭兵部隊も己の命を守るのに精一杯だった。何とか包囲を突破し安全な場所に逃れようとしていた時見つけた。独りぼっちで立っていた彼女を。


 見捨てればいいだろう。


 誰かが言った気がした。だが彼は彼女を助けようと手を伸ばして……彼女の胸は鮮血で染まった。


 撃たれたのだ。胸を撃たれ口から血が溢れていた。彼は必死に命中した胸を手で押さえていたが血は止まらない。


 彼は分かっていた彼女は助からない。敵も右から接近し発砲音も銃弾が通過する音も聞こえてきていた。


 仲間の命と今消えかけている命を天秤にかけ、そして。


『すまない』


 彼は仲間を選んだ。



「……なんだかモリタカはそんなに驚いて無いみたいだね」

 

 彼女は不思議そうに尋ねると彼は事も無げに言う。


「俺も地球人で此方に来たからな。俺以外に居ても可笑しくは無い。因みに嬢ちゃんは女神を知ってるか?」


 彼女は首を傾げる。


「女神?そんなのは知らないよ?」


 女神を知らないと言うことはあの女神とは別で此方の世界と送られたと言うこと。勿論彼女が覚えてない可能性もある。


「そうか、それなら良いんだ。で、嬢ちゃん君はどうするだ?」


 彼は態々状況がややこしくなる情報を出すべきでは無いと思いそこで話をやめ、話を変える。


「どうするかってなにを?」


 言ってる意味が分からないと言った表情である彼女を尻目に彼は淡々と話し出す。


「これからどうするかって話だ。今なら俺からマルクスに頼んでこの商会で女中として雇ってもらうことだってできる。貧民窟に戻りたいってなら止めはしないし、ナニかを成したいのなら……俺達ができる範囲で手を貸す。お前は……ソフィアはなにがしたい?」


「僕がしたいこと……」


 貧民窟に戻ると言うのはありえない。あんな所は二度と御免だと言うのが彼女の率直な意見だ。


 なら女中として雇ってもらう。確かにこれなら安全な所で美味しい食事が食べられ、フカフカなベットで何にも警戒すること無く夜を眠る事ができる。今の彼女には目も眩むような生活が目の前にある。


 だが……


「ねぇ……モリタカ。僕のしたいことを言って良いんだよね?」


 恐る恐る彼女が聞くと彼は頷く。ならばと彼女はベットから降り彼等に、今彼女の胸中にある気持ちを言葉に描いた。


「じゃあ僕は強くなりたい!モリタカ……いやモリタカさん。僕に銃の扱い方を教えて下さい……!」


 彼女は彼等に頭を下げた。それに何も言えずに彼はただ立ち尽くし……


「くそったれめ……」


 苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ一言周囲に聞こえないほどの小声で……ぼそりと言い放った。



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