五十八話
「……ふぁ~っ……ここどこだろ?」
目が覚めるとそこは知らない天井であった。綺麗な白色のシーツにキチンとした調度品。少なくとも彼女、ソフィアが住んでいた北地区貧民窟ではあり得ない光景だった。
「夢じゃ……ないね」
一瞬彼女はここがまだ夢の続きではないのか?と思ったが、窓から入る暖かな太陽の熱の感覚と、窓から見える懐かしき木と石で造られた建物の風景でここが王都だと理解した。夢から醒めたのだ。
彼女が窓を見ながらぼーっとしていると部屋の扉が開きそこからこれまた清潔な服装の女性が水瓶とコップ、タオルを持って入ってくる。女性はベットの中で目を覚ましている彼女を見ると顔をほころばせた。
「あらっ!目を覚ましたのですね!」
女性はそう言うと水瓶から水をコップに注ぎ彼女に手渡す。受け取ったソフィアは、自信が喉が乾いてるのに気付くと一気に飲み干した。
「ここはどこ?」
飲み干し空になったコップを近くにあった机に置き、彼女は問う。女性は微笑み窓を開いた。外から冷たく涼しい空気が室内を吹き抜ける。
「ここは[マルクス商会]。私はここの女中。貴女はモリタカさんとインさんに助けられてここで看病を受けてたのよ」
その言葉にソフィアは目を丸くした。まさかその言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。
「え、なんでモリタカとインが……?」
恐る恐る彼女は訪ねると女中は詳細を教えてくれた。
「貴女が貧民窟で倒れているのをモリタカさんとインさんが助けてくれたの。それで貴女のために貴重な生薬を獲ってきて下さったのよ」
彼女はまさかと思ったが女中が嘘を言ってる様子は無い。つまりは本当の事。
「そっか……モリタカとインが……」
嬉しい事ではあった。だが、思い出した記憶のせいで手放しには喜べない。流れ弾ではあったが自分を殺した弾丸は本来彼等を殺そうとした弾丸だからだ。
「さて、お医者様にモリタカさんとインさんに伝えなくちゃ……貴女は幸運よ、貴女の様な娘が無惨に転がってるなんて普通なんだから……素直に喜びなさい同胞よ」
女中が部屋から出ていくその間、ソフィアは彼女の揺れる猫の様な耳と尻尾をずっと見ていた。
「うん……うん……問題無いようだな」
医者であるヴィムが触診しそう言うと、部屋の中はホッとした空気が流れた。部屋に居るのは鴉羽守孝とイン、ソフィア、そして医者のヴィムとこの部屋がある[マルクス商会]の店主マルクス。
「いやー良かった良かったこれで一安心だな」
マルクスが守孝の肩を叩く。守孝とインが灰染熊を討伐し王都に戻ってから四日ほど時間が経過していた。
彼等は獲ってきた灰染熊の胆を医者であるヴィムに渡し、後の事は彼に託した。餅は餅屋、やれないことを無理にしても悲惨な結果にしかならない。
「ああ、本当に良かった。ヴィム先生どうもありがとう」
守孝が深々と頭を下げると、ヴィムはフンッと鼻を鳴らす。
「俺は俺の仕事をしただけさ。料金も頂いたし、貴重な灰染熊の胆の残りを貰ったからな。此方としたらリターンの方が多いぐらいだ。それに貴重なデータも取れたしな」
事も無げに話す彼にマルクスは肩をすくめた。何時もの事なのだろう。
「ありがとうモリタカ、イン。助けられちゃったね……」
ベットの上で頭を下げるソフィアを彼は押し止める。
「今回の件は俺達にも非がある済まなかった。それとインが言いたいことあるそうだ」
彼は彼の後ろに隠れるインを引き剥がし彼女の前に立たせる。彼女は少しの間オドオドとするが、決心がついたのかインはソフィアの手を握った。
「私はソフィアちゃんに謝らなければならないことがあります」
いきなりのインの発言にソフィアは首を傾げる。彼女には心当たりが無かった。インは一度息を吸ってから口を開く。
「あの日深夜にソフィアちゃんは貴女の横を通り抜ける馬車を見たでしょう。私は貴女を見ましたボロボロで歩いてるのを。ですが私はその事をマスターにも伝えず貴女を放置した……到底許さないと思います。ですがこれだけは言わせてください……本当にごめんなさい……!」
インは頭を下げる。ヴィムやマルクス、勿論守孝にも何かを発言する権利は無い。権利を有するのはソフィア唯一人。
「そうだったんだ……何となく馬車の中の人と目が合った気がしたけど……インだったんだ」
彼女はそう言うと目を伏せると部屋の中には沈黙が訪れた。誰も話そうとせず唯彼女が口を開くのを待つ。
待つこと数分後彼女は顔を上げた。
「うん……僕は許すよ。ソフィアの事を許す」
その言葉を聞いて一番驚いたのは謝った本人であるインだった。
「え!?良いんですか……?」
彼女は恐る恐る聞き返すとソフィアは事も無げに言った。
「普通は助けるなんて事はしない、こんな貧民窟の獣人を助ける事なんてね。確かに最初無視されたのは思う事が無いとは言わない。それでも結局は助けてくれたんだ僕には感謝しかないよ」
その言葉に嘘は無かった。心から出た感謝の言葉。彼女はそこで言葉を一度切り、ベットから起き上がる。
「本当にありがとうモリタカ、イン。"私"は貴方達に救われた」




