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五十七話



 何かも分からないなら取り敢えずはそれに従おうと軍の駐屯地まで歩を進める。町を歩くと先程の光景が更に顕著に現れていた。


『おーい!バリケードの資材を置いておくのは何処だ~!』


『そことあそこの建物を吹っ飛ばして道路を塞じまおう。少しでも敵が動きづらくするんだ……!』


 などと言った話し声が町の彼方此方から聞こえ、何やら作っている作業音が聞こえてくる。


 此所は間もなく……いやすでに戦場だ。働いてる人々が全員殺気立っている。ソフィアはその感覚を肌で感じた。


 逆に此の地を後にしようとする者達も勿論多く存在した。先程の様に家財を引っ張る家族がいれば、トラックに様々な荷物を積む者達も居る。


 この町を棄てて去る者達、それに対して文句を言う者は居なかった。誰も気持ちは同じなのだ。


 そんな光景を尻目に彼女は歩を進める。その頭には先程の言葉が反芻していた。


(レイヴン……レイヴン……?)


 その一言、その一言だけが妙に心に残る。つい最近聞いた事がある言葉。


 だがそれが何処で誰と話していた事なのかが思い出せない。まるで心に霧がかかった様である。


「どこだっけ?確か王都だった筈……誰に言ったんだっけ?ダメだ思い出せない」


 彼女はそんなことを考えていると、間もなく軍の駐屯地に到着した。


「此所が軍の駐屯地……じゃあ、ないね」


 その場所は軍の駐屯地と言うにはあまりにも粗末だった。


 なにせここには数台のトラックと幾つかの簡易テントとバラックの建物が置かれただけだったからだ。立派な建物も戦車もない。軍の中核を担う歩兵すら疎らと言った具合だ。


 どうやら此所は軍ではなく民兵達の駐留所であるようだ。彼女は此処で合ってるのか疑問に思いながらも歩を進め中に入っていく。


 こんな見窄らしい所に彼女の何が分かるのだろうか?しかし彼女自信が良い放った"あそこ"とは紛れもなく此所を示している。何かが在る筈だ。


 中を歩くと銃を持った民兵が何人か地面や壁に座りこんでいた。その姿がなんともまた……服はヨレヨレで目には精気が無い。銃……彼等が持っているのは木製のストックとバナナの様なマガジンが特徴のアサルトライフル。かの有名なAK47。全員が全員、体の何処かに怪我を負い包帯を巻いていた。


 そんな光景が此処彼処で見られた。



 正に敗残兵の集まり。



「ん?あそこだけ他とは違う」


 中を歩いて程なくある一つのテントに彼女は目についた。


 そこだけ明らかに空気が違うのだ。なんと言うか他の所は濁り腐った沼地の様な空気なのだが、そこだけは草原の様な町中の様な、まるで日常の中と言わんばかりだった。


 此処だ此処に間違いない彼女の直感がそう示している。


『……で…………が……どう…………?』


 彼女がテントに近付くいていくと、中で何やら話しているのが聞こえてきた。何やら相談をしているようだ。だがテントに挟まれて聞こえにくい。


『どうするっ……まだ……契約は……ないだろう?』


 更に近付くと段々と話し合いが鮮明に聞こえてくるようになった。どうやらこれからどうするかを話し合っているようである。


()()()()はどうするの?』


 兵士の中には女性もいるだろうか。たおやかな、鈴の様な声から件の"レイヴン"と言う言葉が表れた。此処に彼女のナニかがいるのがこれで確定した。


「あれ?この声……」


 そして中からある一人の男の声が聞こえてくる。彼がレイヴンなのだろう。彼女はその声に聞き覚えがあった。


『どうするって……俺達は傭兵だぞ"契約は絶対"だ。それを違えちゃ俺達は傭兵じゃなくなる』


『フフっ……レイヴンならそう言うわよね』


 男の言葉にテントにいる女性は笑う。それにつられ他の者達も笑い出した。


『お前は変わらんなぁレイヴン』


『まあ……レイヴンだからなぁ』


『だな。ならもうちょっと頑張りますか』


 それからテントの中は和やかな空気が流れ始め、ガチャガチャと何かを弄る音が響き始めた。


 この時ソフィアはまだテントの中を見れずにいた。


「うぅどうしよう」


 中を見てしまったらナニかが終わってしまうそんな気がした。だが此処で見ないと何も始まらない、そうも感じた。


「……良し見よう」


 彼女は意を決してテントの幕をめくり中へと入いった。テントの中では装備の整備をしている四人の男女がいて、各々が精鋭なのが見てとれる。


「え……なんで此処に……?」


 その中で彼女は一人だけ見たことがある人物がいた。あり得ない有り得る筈がない。だって彼は此処に居る筈がないからだ。


 だって、だって彼と出会ったのは……


「何で此処にいるんだよ……()()()()!」


 彼女がその目に写ったのは銃器の整備をしながら金髪の女性と談笑している傭兵、鴉羽守孝だった。


 何故此処にモリタカが?彼は此処にはいない筈。だって彼は王都に居て、僕が貧民窟を案内して……一緒にお喋りして……それで僕にお金をくれて……それで別れて…………それで……あれ?


 そのあと僕は何をしていたんだっけ……?


 分からない思い出せない。思い出したくない。モリタカの元に行くと思い出してしまう……!


 しかしその心と裏腹に彼女はフラフラと彼の元へと歩いて行く。まるで天井から糸が吊ってあるかの様にフラフラ、フラフラと彼の元へと歩き続け……



 ……あと少しという所でブツンッと糸が切れたように、若しくは電源を落とされたTVの様に彼女の体と意識は暗闇へと落ちていった。











『ソフィア……ソフィア起きなさい!』


 肩を揺さぶられ彼女は目を擦りながら起き上がり、肩を揺さぶった者を見る。


「う~なぁに?お父さんもう夜ご飯?」


 肩を揺さぶった者は彼女の父親だった。その顔は焦燥と絶望がひしめいていた。


『よく聞きなさいこれからこの町から出る。直ぐに用意をしなさい』


 彼が言い終わったその時外で彼女がこれまで聞いた事が無い程の爆音が響き渡った。その衝撃は凄まじく窓はビリビリと震え、体が浮き上がった様な感覚すら覚えた。


「きゃあああっ!?な、なに!?お父さん!?」


 彼女は怯え父にしがみつく。彼はしがみついた彼女を抱えると外へと向かう。その間は爆発は無かったが何処かしらからパンっと言う乾いた破裂音が……銃声が何回も聞こえてきた。


 外へと出ると何時も通り隣家が立ち並び道路がある。だが地上から幾重にも伸びる黒煙によって空は遮られていた。


 未だ銃声は鳴り止まない。逆に次第に鳴り響く回数も時間も伸び、音が近付いてくる。


 父親は彼女を降ろすと手を繋ぎ音とは反対方向へと向かって行く。だが彼女は誰か一人足りないのに気が付いた。


「ねぇ……お父さん?お母さんは?お母さんは何処にいるの!?」


「…………」


 父親は何も語らずただ歩く。


「ねぇ!?お父さん!お母さんは!?お母さんは何処!?」


 彼女は父の手を振り払い足を止める。手で服をくしゃくしゃに掴みその瞳には涙を溜まらせてる。その姿を見た彼は歩くのを止め、ゆっくりと彼女の方を向いた。


『お母さんは既に避難してるよ。お父さんとソフィアが避難した後にちゃんと合流するから安心しなさい』


 彼は彼女に、いや彼自信にも言い聞かせる様に語る。それに納得したのか彼女は頷きまた手を繋ぎ歩き出す。


 少しばかり歩くと町の所々が壊れきた。建物が倒壊していたり穴が空いていたり車が燃えている。


 人の姿を見るのも多くなる。彼女達の様に家族連れだった、傷だらけだったり、銃を持つものもいる。何処かしらから悲鳴や怒号が飛び交い、それに混じり銃声や爆発が聞こえる。



 まるで音楽だ。戦場音楽が鳴り響く。



『……ッ!砲弾が来るぞぉ!!』


 ヒュゥゥッという風切り音が聞こえた瞬間、誰かが叫んだ。


 だが何も訓練されていない一般人がいきなりそんなことを言われても動ける筈が無い。


 誰も動けずにいると、砲弾が立て続けに着弾した。


『ギャアアアッ!?腕がぁぁ!?』


『助けてくれ!!息子が!息子が!』


『誰か手伝え!生き埋めだ!』


 正にこの空間は地獄へと塗り変わった。腕が足が吹き飛び、砲弾の破片によって腹を貫かれ、建物が倒壊し圧死したり浮き埋めになったり……正に地獄の様な光景だった。


「うぅ……お父さん?」


 その中彼女は生きていた。奇跡と言って良いだろう。傷と言う傷は無く立ち上がると父親を探した。


『ソフィアここだよ』


 父親の声が後ろから聞こえ彼女が後ろを向くと……瓦礫に挟まれた父親の姿があった。


「お父さん大丈夫!?今出してあげる!」


『ああ、お父さんは大丈夫だ……ソフィア先に行きなさいお父さんは後で行くから』


 彼はそう言うが彼女は離れようとしない。必死に岩を退けようとしている。


『良いから行きなさい!お父さんの言う事が聞けないのか!』


 そんな彼女を叱るように彼は語気を強め、その言葉に体を彼女はビクッとさせる。


「お、お父さん……私は……()()どうすれば……!」


 彼女は泣きそうで対する父親は笑った。


『行きなさいソフィア。お父さんは直ぐに追い付くから』


 再度今度は優しく語りかける様に言われ彼女は頷いた。


「分かったよお父さん。直ぐに追い付いてね」

 

 彼女を彼に背を向けると駆け出す。瓦礫の隙間から鉄錆臭い赤色の液体が滴るそれに彼女は気付かなかった。


 彼女は戦場と化した町の中を進み続ける。己が父の言い付けを守る為に。


「……まって。()()()()()()?」


 私のお父さんは優しくて格好良くて世界で一番のお父さん。でももういない。ぺしゃんこに潰れちゃった。


『私はだあれ?』


 僕はソフィアだ。王都の貧民窟で一人で暮らす獣人の女の子。親は居ない孤児だ。己の力だけで生きている。


「僕はだれ?」


 私はソフィアよ。この町でお父さんとお母さんの子供で一緒に暮らしてる人間の女の子。


「『僕はだれなの……!?』」


 その問いに答える者はいない。だが間もなく答えは出る。


『おい嬢ちゃん!こんな所で何してるんだ危ないぞ!』


 その声の主の方に彼女は顔を向ける。その声に彼女は覚えがあった。


『此方に来なさい安全な所まで案内してやる』


 彼女の視線の先に居たのは完全武装で手を此方に伸ばしている鴉羽守孝だった。周りには彼の仲間が銃を構え警戒している。


 彼女が手を伸ばそうとして……


「……え?」


 彼女の胸に銃弾が命中した。


『くそ!レイヴン!右から敵が来てるぞ!その子はもう無理だ諦めろ!』


 倒れた彼女の胸を手で止血する彼に仲間が無理矢理起き上がらせる。


『すまない』


 彼は一言そう言うと仲間と共に何処かに消えていった。


 唯一人残された彼女は動けず空を見上げる事しか出来なかった。既に太陽は沈み空は黄昏を迎えていた。


 銃声は止むこと無い。砲弾が炸裂し何処かしらから悲鳴と怒号が終わることはない。それが彼女には演劇が終わる時の拍手や出演者のカーテンコールの様に聞こえた。間なく終わる。


「そっか……そう言う事なんだ……」


 何かが分かったのかそれとも思い出したのか。彼女は真っ赤に燃える空を見上げながらポツリと答えた。


()()()()()()()()()()


 既にカーテンコールは終わり夢は終幕の時を迎えていた。彼女は必死に瞼を開こうとするが、何かしらに力を込められてるかの様に瞼は重く。徐々に徐々に落ちていく。


 消え往く彼女は最後の気力を振り絞り言葉を吐き出す。


「君は僕だ……」(『私は君よ』)


 その瞬間彼女の瞼は落ち意識を失った。



これで彼女の物語は一旦終わり。物語は元の傭兵へと戻ります

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